第9話 ボク……初めてだから、痛くしないでね?
ボク達の前に現れたのは、2メートル近くあろうかという大きな男。
見た目からして筋肉質の大男だ。
髪の毛と髭がもさもさしていて、第一印象でボクが連想したのは熊だ。
その熊男は、背中に大きな剣を2本交差させて背負っている。
2本の角を生やした熊のようだ。
その内の片方の柄には、とても豪華な装飾が施されていて、一目で名剣だとわかる。
ボク達二人はそのドゥル・カルナインと名乗った大男を見上げている。
「さっきの会話が聞こえてね。声をかける気はなかったんだが、捨ておけぬと思ってな」
カルナインが不器用そうにひきつった作り笑顔をボクらに向けた。
「漢気と英雄と王でしたっけ?……根源ってどういう意味ですか?」
姉ちゃんはボクとカルナインの間に割って入ってくれた。
いつも姉ちゃんはボクを案じて、ボクの前に立ってくれる。
姉ちゃんはボクのナイトみたいだ。
その様子を見て、カルナインは優しい笑顔を姉ちゃんに向けた。
さっきの作り笑顔ではなく、本当の笑顔なんだなって思えた。
「いい気構えだな。少女よ。そなたの美しい心がその行動でわかる。
安心するがいい。変な事はせんよ。ああ、言葉の根源のことだったか」
カルナインはランタンを地面に置き、その場に座り込んだ。
「よっと……」
カルナインは背中の2本の剣を外し、床に置く。
2本の剣はランタンの光を反射して、見事な装飾を輝かせる。
「NPCはな、それぞれ決まった3つの言葉がその根源にあるのだ。
美、名声、嫉妬、金欲、女、性欲、商売、奉仕、従属など様々な単語から、ランダムで設定されているのだ。
その性格は、3つの言葉によって決められる。
俺はその言葉が『漢気』と『英雄』『王』の3つなのだ」
「この人が漢気と英雄と王……」
ボクはカルナインの顔を見つめ、それぞれの言葉の意味とこの男を見比べた。
「がははは! そう恐縮することはないぞ! ただの根源だ。別に俺は英雄でもなければ王でもない。
ただの冒険者にすぎん。今はまだな」
ボク達はただ黙ってカルナインの言葉を聞いていた。
もし、カルナインの言葉が本当ならば、NPCにも多様な性格があって、下手したらとんでもないNPCもいることになる。
そして、このカルナインという男は……違う意味で別格なのではないだろうか。
「とても素敵な方ですね、カルナインさん」
姉ちゃんはいきなりカルナインに近寄り、カルナインの手に自分の手を重ねた。
「姉ちゃん!?」
その様子を驚いた顔で見つめるカルナイン。
「英雄や王になれる素質がある方ですもの。きっと言い寄る女も多いんでしょう?」
姉ちゃんは色っぽい声を上げて、カルナインの手を指でそっとなぞる。
「ふむ……」
カルナインは姉ちゃんとボクを交互に見つめ、黙りこくってしまった。
「まだ新しい世界に来たばかりで、とっても寂しくって……」
姉ちゃんの指がカルナインの足へと延びていく。
姉ちゃんは見たこともない顔をしていた。
ボクの時とは違う、大人の色気を纏っていた。
目は細め、唇をつんと突き出し、舌でペロリと唇を舐め上げる。
こんな姉ちゃん見たくなかった。
ボク以外の男を誘惑する姉ちゃんの姿を初めて見て、ボクはそのショックで声も出なかった。
これが本気の姉ちゃんの誘惑なんだ。ボクへの誘惑はお遊びみたいなものだったんだ。
「……めて。や……めて」
ボクは、声を絞りだすのが精いっぱいだった。
それでも姉ちゃんはボクを無視してカルナインを誘惑している。
ボクは姉ちゃんにしがみついた。
やめて欲しくて。
そんな姿をボクに見せないで。
カルナインはそっと姉ちゃんの手を取り、そのまま姉ちゃんの手を姉ちゃんの膝の上にそっと置いた。
「どんな意図があるのか俺にはわからん。がしかし、後ろの幼子を悲しませる行為は感心せん」
姉ちゃんは下を俯いたまま震えている。
「姉ちゃん……」
ボクは姉ちゃんの背中にしがみついたままその様子を見ていた。
「くっ……くく……あははは!!」
突如姉ちゃんが笑い声をあげた。
「いいわね! あんた! 気に入ったわ。合格よ合格!!」
一人笑い声をあげる姉ちゃん。
その様子をボクとカルナインは呆然と見つめていた。
「あたしの誘惑にひっかるような男だったら、さっさと逃げ出してたわ。そんな男とあたしの大事な萌生を合わせるわけにいかないから。
でもあんたは違った。信じるわ。漢気と英雄と王だったかしら? カルナイン、あたし達とパーティーを組みましょう!」
カルナインはその様子を見て笑いだす。
「がはははは! なるほど。そういうことか! 面白い奴だな、お前は。いいだろう、共にゆこうではないか!」
姉ちゃんはカルナインへと手を伸ばす。
しかし今の姉ちゃんの顔からは、先ほどの色艶は消えうせ、代わりに強い意志の籠った笑顔を浮かべていた。
「あたしの名前は宗乃 美乃梨。こっちはあたしの……妹で萌生(もえ)。よろしくね、英雄さん」
差し出された手を嬉しそうに握り返す英雄熊男、もといカルナイン。
「よろしくたのむぞ、美乃梨と萌生」
ボク達はお互いに軽く自己紹介をし、職業やスキルの事、パーティでの役割などを話した。
「ではまず最初に冒険者ギルドに登録せにゃならんな」
ボク達はカルナインの案内の元、受付カウンターに向かった。
カウンターには一人の小さな少女が受付の人と話をしていたので、ボクらはその後ろに並んだ。
背中に重そうなリュックを背負っている。
商人か何かなのだろうか。
「それではリオさん、依頼は承りましたので完了報告が来ましたらお知らせしますね」
「では……よろしくお願いしますね」
前の少女がペコリと頭を下げて、そのままふらついて姉ちゃんとぶつかった。
「あわわわわ! ご、ごめんなさいなのです!」
慌てて謝罪する小さな少女。
「いえ、大丈夫よ。そっちこそ大丈夫だった?」
「は、はい! 大変ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした!」
礼儀正しく、何より可愛らしい。
こんなNPCだらけならいいのに。
少女は重そうなリュックを背負い、ふらふらしながら外へと出て行った。
「ようこそ冒険者ギルドへ。登録はカウンターをタップしていただき、『新規登録』を押して登録してください」
ボクらの番になり、受付の人が案内をしはじめた。
受付の人の指示に従い、ボクと姉ちゃんはカウンターから登録を行ってみた。
思ったより簡単で、登録ボタンを押すだけの簡単な作業だった。
「冒険者の方は全員例外なく初めのランクEからのスタートとなります。
ランクの昇格には毎回かならず試験を受けていただきます。
いくら実力があっても、登録後いきなり高ランクにはなれませんのでご了承ください。
冒険者ギルドは人々の関係の上に成り立っています。
信頼がない人を、いきなり高ランクにするなどはありえません。
実力と信頼、この二つは同じくらい重要なのです」
登録が終わると、ボク達にギルドの証が配られた。
首から下げるネックレス状になっており、銀色の金属プレートが付いていた。
そのプレートには、『E』と一文字だけ記されていた。
「Eランクはどんな仕事を請け負えるのかしら?」
冒険者ギルドは街の公的な機関にであり、その依頼内容は街、NPC、人間からの依頼があるそうだ。
冒険者ギルドに登録する冒険者と公的な衛兵ではその役割が異なり、街の警備、戦争等を主な任務とするNPC主体の集団が衛兵だ。
それ以外の魔物討伐や各自の依頼は、すべて冒険者の仕事となるそうだ。
ただし、魔物の集団や敵国が攻めてきた際にはその限りではないらしい。
というより、魔物達も自立しており各自で村や国を創っているそうだ。
魔物との戦争という事態が発生する可能性を知った。
また、街には一番貢献度の高い人間またはNPCが長(おさ)となるらしい。
その長によっては、街同士の戦争も起こる可能性があるとのこと。
結構物騒だ。街にいればずっと安心って訳じゃないらしい。
姉ちゃんは、「出来る限り強くなっておかないと危ないわね」といっていた。
そして、ボク達が今回請け負った仕事はEランクの簡単なお仕事『ねずみ退治』だ。
街の内部にある畑や林、下水道などにいて、作物を荒らす害獣の一種らしい。
相手からは攻撃してこない、いわゆる『ノンアクティブモンスター』なのだそうだ。
「俺も実はこれが最初の依頼でな。戦闘自体はじめてなのだ。まあ、お互い初心者同志頑張ろうじゃないか!」
がははと笑い声をあげながら、ボク達は冒険者ギルドの外へと向かった。
ボクにとっては、生まれて初めての戦闘になる。
いくらリセマラでステータスが優れているといは言え、緊張で体が強張ってしまう。
怪我をしてしまったらどうしよう。
いきなり最初で死ぬことはないだろうとは思うけれども。
怖いな……痛い思いはしたくないし。
「ボク……初めてだから、痛くしないでね?」
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