第2話 あれ? 姉ちゃんどこいったの?

 冬の大三角形として知られるオリオン座の恒星、オリオン座α星。

 別名ベテルギウス。


 この星は、長らく星が崩壊している最中であることは知られている。

 いつ爆発してもおかしくはないと言われ続けていた。

 この星と地球との距離は642光年。

 爆発したとしても、その光が届くのに642年もかかる。

 もしかすると、既に爆発しているかもしれないとも言われ続けていた。


 近年天文学者がベテルギウスに『こぶ』があることを発見する。

 しかし、このこぶの正体が衝突した連星だとはついぞ一般に公開されることはなかった。


 ここスーパーカミオカンデでベテルギウスからのニュートリノ検出を研究していた男がいた。

 その男の名は二杜氏豊(にとうじ ゆたか)。助手と二人で研究室でモニターを睨んでいる。


「教授! ベテルギウスから膨大なニュートリノが検出されました!」

「なんだと! ついに爆発が確認されたか!」


 二杜氏は助手のそばまで駆け寄り、助手のモニターを覗き込む。


「ベテルギウスの軸の方向は、地球の位置と20度しか違わないからな……そのまま軸がぶれずにいてくれれば良いが……」

「大丈夫ですよ、教授。ベテルギウスが爆発しても地球には大した影響はないっていうのが学会の定説ですし」


 二杜氏はモニターの一点を指さす。そこには、ニュートリノの観測量のグラフが表示されている。

 急激な折線グラフは、観測量の増加をしめしていた。


「何故地球にここまで異常とも言える大量のニュートリノが降り注いでいる? 自転軸の角度を再観測してくれ。急ぎでだ」


 助手は急いでパソコンのデータを計測する。

 その後ろでモニターを見ながら二杜氏は語り始めた。


「屋久杉の年輪から、774年に地球に降り注いだガンマ線バーストが地球を襲い、大量のエネルギー放射が起こったことは知っているね?」

「はい。本来地球には影響を及ぼさないとされる小さな恒星が、連星との衝突の影響で通常より巨大なガンマ線バーストが発生したというやつですね。

いくら探しても爆発の残滓も見つからなかったため、小さな恒星だというのが間違いないと言われていますね」

「そうだ。地球との距離は3000光年~1万2000光年だ。それでもあれだけのエネルギー放射だったのだ。

もしもっと近ければ、地球の生態系に壊滅的なダメージを与えていただろう。

そして、その「もしも」が起こった。ベテルギウスはたったの642光年しかないのだ。しかもベテルギウスにこぶがあるのは知っているな?」

「はい……まさか……そのこぶは連星だと……? ベテルギウスも連星衝突の影響で、強力なガンマ線バーストが地球に影響を及ぼすと?」

「可能性はある。連星衝突で爆発すれば、当然軸はぶれるんだ。たった2度の差などあってないようなものだ」


 再観測を終えた助手の手が止まった。しかし、その手は震えている。


「教授……ベテルギウスの地軸が……ぶれています」


 二杜氏は天井を見上げ、そっと目を閉じた。


「滅ぶぞ……地球が……」




 しんと静まり返った会議室。

 その席に並ぶのは政府の要人、宇宙物理学者、JAXA、NASA、ロスコスモス、自衛隊の面々。

 そして、その壇上に立つ一人の男。

 彼の名は二杜氏豊。

 その男が居並ぶ面々に体を向け、そして口を開く。


「えーと、要請のあった火星移住計画についてですが……まあ、初めに言っておきましょうか。可能ですよ。ただ、人類70億人全員は連れていけません。

なので……連れていけない人間をデータとして連れて行くことになります」


「データだと……?」


 ざわめく会議室。

 しかし、二杜氏は気にせずに続ける。


「宇宙船にそれだけ人間を詰め込むわけにもいかないでしょう。生き抜くことが出来ない火星に強引に行こうとしてるわけですから。

だからしょうがない。人間を辞めてもらいます。

人間には、仮想空間で生活してもらうことになりますね。データとして。

仮想空間内に自身の体を用意させます。データだから、物資は何もいりません。食料もいらないわけです。管理するマシンさえあればいい。

まあ、食文化を楽しみたいでしょうし、味覚処理は用意してありますけどね。

そしてその体にデータをインストールするわけですな。そうすると、あら不思議。まるでその肉体が自分の体のように動くわけです。

あとは、各自好きに生きればいいわけです」


 二杜氏の説明に怒りを覚えた男達が次々と席を立ち、二杜氏に声をあげる。


「人間を辞めるだと? ふざけるな! 魂はどうするんだ!?」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、まるで動じていないかのように手元のリモコンを操作する。

 すると、スクリーンに映像が映し出された。


 映し出されたのは小さな女の子。

 10歳くらいだろうか。

 カメラ越しに、少女は笑顔で右手を振っている。

 その少女に向かって二杜氏も手を振って応えた。

 すると、スクリーンに映し出された少女は二杜氏に視線を移し、親指と人差し指で丸のサインを送った。

 その様子を確認した二杜氏は頷いて少女に話しかける。


「そっちの様子はどうだい?」


 すると少女はブイサインをして話し始めた。


「特に問題ないよー。あーでも、ちょっと暇かなぁ~。もっとコンテンツ増やしてよー」

「あーすまないねぇ。もうすぐ新しいコンテンツが完成するから、楽しみに待ってておくれ。君にしかできない大役を用意してあるからね」


 すると、少女は「おお~」といって目を輝かせる。


「今さ、前言ってたプレゼンの最中なんだよ。悪いけど自己紹介してくれるかい?」


 二杜氏の言葉に応えて、少女はぐるりと会議室を見回した。


「はーい、はっじめましてー! わたしは二杜氏ゆたかといいまーす。よろしくね!」


 何が始まったのかまったく理解できない会議室の面々。

 お互いに顔を見合わせたり、眉をしかめたりしている。


「今わたしは仮想世界に来ていまーす。わたしの魂にあたるメインデータはそこにいるおっさんがベースになってまーす。

びっくりしました? 右列の前から2番目の方! 驚愕の反応ありがとうございます! 残念でした、わたしのベースがロリっ子幼女じゃなくってスミマセン!」


 てへぺろする少女。

 そして、二杜氏豊がそれに続く。


「えーこのように、人格データがあればみなさんが言う所の魂があるかのように行動します。しかし、実際には魂なんて存在しないんです。

思考する脳が重要なわけです。その脳をプログラムに変えるだけで人間は存在できるわけです。

死んだら転生なんてできません。物理的に脳がなくなるわけですから。

だから、データにする。そうすれば仮想世界に転生できるわけです。

この少女がその証拠ですね」


 二杜氏の説明を聞いた一人の男が立ち上がって大声で叫んだ。


「まてまてまて! 二杜氏豊はそこにいるだろうが! なら、同じ人間だというこの少女はなんだ? 二人が同時に存在していることになるぞ!?」


「まあまあ」と手でその男を抑えて二杜氏は話し出す。


「だから言ったでしょう? そもそも認識が間違っていると。魂は存在しないんですよ。

ヒトデをちぎったら二つの生命体にわかれるのは知っていますか? ちぎった程度で魂が分裂なんてしますか?

無いんですよ。魂なんてものは。

しかし、思考や自意識、心は存在する。

だから、やろうと思えばいくらでも複製できるわけなんです。問題は自己統一視の観念ですな。はたしてこの少女は自分なのか。

ここにいる肉体に宿る自分は本当にそのままの意識のまま移動できるのか、といったね」


「そ、そうだ。自分じゃない自分のコピーが存在しても、自分じゃなければ意味がないだろう!」


 二杜氏豊はぱちぱちと手を打ち始める。


「はい、よくそこの結論まで至ってくださいました。そうです。彼女はボクとは違う、もう一人の異なる形をしたボクを表現するために作りだされた存在なのです。

そもそもの達成目的が違う。あれは、単純にボクがなりたかった理想を形にしたにすぎません。

はい、ボクは幼女になりたかったんですね。ボクの理想であり夢です。それは既に達成しました。

では、次はどうしたら『自分』がその仮想の体に移れるかを説明しましょう。」


 二杜氏は横に置いてあった機械を中央に移動させ、設置の準備を行った。

 その機械には、人一人が座れる椅子があり、電極が何本もついているヘルメットが椅子の上部に設置されていた。

 二杜氏は椅子に座り、ヘルメットを自分の頭の位置に移動させ、スイッチを押す。

 すると、スクリーン上にもう一人の少女が現れた。

 先ほどの少女とまったく同じ少女だ。

 その少女は、先ほどの少女と見詰め合ってにこりと笑いあう。

 そして、居並ぶ男達をぐるりと見まわして手を振り始めた。


「はーい。注目ー! ここにいるのは二杜氏豊、ボク自身です。そこの機械からこっちの仮想世界にアクセスしています。

今はまだボクの脳から操作していますが、こうすると……」


 少女は指をくるりと回して画面を表示させ、指で様々な画面をスライドさせたりタッチして操作しはじめた。


「はい、これで完成です。はやいでしょ? もうこれでボクの脳からデータ脳手動での操作に切り替わりました。

完全に自分がこっちに移動したという認識しかありません。

今のボクは、いわば仮想世界に転生した新たなボクというわけです。

ボクは完全にこの可愛らしい幼女に転生しました。

こっちの世界の肉体同士なら、ほら、こんなように触りあうこともできます」


 片方の少女がもう一人の少女に抱きつく。

 しかし、もう片方の少女は驚いてそれを跳ね除ける。


「ちょっと! さわんなバカ!」

「まってまって! これプレゼンだから! 我慢して!」


 そういうと、跳ね除けられた少女は、もう一人の少女の手を握る。


「ほら! こんなに柔らかい! ぷにぷにですよ、みなさん! どうですか!? 可愛いでしょう!?」


 座っていたJAXAの職員が立ち上がって拍手をしはじめた。


「さすが衛星を幼女に擬人化させていただけはある! JAXAさんはわかってらっしゃる!」


 となりにいるNASAの職員は冷たい目でそんなJAXAの職員を見ていた。

 その向かい側の席にいた自衛隊の制服を着た男が勢いよく立ち上がり、怒りの声を上げ始めた。


「バカを言うな!! ふざけるのも大概にしろ!!」


 怒りで体を震わせる自衛隊の幹部。

 二杜氏はそんな自衛隊の幹部に可愛らしく微笑み、軽く首を傾ける。


「というと?」


 二杜氏の問いに、机をダンと殴りつけ、自衛隊の幹部は声を荒げて答える。


「我ら自衛隊の方が先だ! 船に女性の名前を付けて擬人化していたのは我らだと言う事を忘れてもらっては困る! 我らをさし置いて後発組のJAXAを褒めるとは納得いかん!!」


 ロシアの宇宙開発局ロスコスモスの代表も負けじと立ち上がる。


「Верный!(ヴェールヌイ) СПАСИБО!(スパシーバ) 信頼できる!ありがとう!」


 ロシアに後れを取るわけにはいかないNASAも立ち上がって二杜氏を絶賛する。


 全漢達の夢である自身の美少女ロリコン化。

 世界共通認識であり、誰一人異論は唱えない、絶対の願望。

 かつてあった古代の王達も、そろってその夢を追いかけ、そして散っていった。


 かのイスカンダル、アレクサンドロス3世はこう語っていた。


『挑戦を続ける限りできないことはないのだ』


 夢を追いかけ続けた漢の言葉だ。


 そして、かのニーチェも言っている。


『世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。

その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め』


 ニーチェも太鼓判を押しているのだ。

 だから迷わず進め、漢達よ。


 次々と漢達が立ち上がり、二杜氏豊の提示した火星移住計画もとい、ロリコン転生計画が満場一致で合意された。


 こうして夢溢れる漢達が人類を救ったのであった。


 沸き立つ会議室を眺めながら、モニター内の少女二杜氏がニヤリと笑う。


「ところでみなさん、VRMMOはお好きですか? 人類滅亡まで時間がありません。

転生先の世界は、既存の完成された世界じゃないと間に合いません。なので……」


 二杜氏は両手を広げ、声高々に言い放つ。


「ボクの持つゲーム会社が現在開発しているVRMMOに入っていただきます」


 二杜氏は会議室の皆に背を向け、右手を高々と天へと掲げる。


「その名は……」


 モニターの画面が切り替わり、ゲームのタイトル画面が映し出された。


『THE LAST OF REINCARNATED INDIVIDUAL ~最期の転生~』


「通称LORIとでも呼称しましょうか」

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