第5話 うわぁ! 姉ちゃん! ちゃんとトイレの時は鍵かけてっていってるでしょ!
そして次の日、人類にとって最期の朝が来た。
ボク達はお互いに見詰め合い、そして着替えて出かける準備をした。
転生する為には、各地域の公民館、市役所、学校などといった決められた場所に行くことになっている。
どうやらそこに転生する為の機械が配置されているそうだ。
相当な数だがよく作ったものだと感心してしまう。
ボク達の転生する場所は、ボク達が通っていた学校だ。
ボクも姉ちゃんも、学校にはしばらく行っていない。
ボクは出かける前にトイレに寄ろうと扉をあけた。
すると、目の前には下着を降ろし、便器に座っている姉ちゃんがいた。
驚いた二人の目と目が合う。
そしてニヤリと笑う姉ちゃん。
「鍵かけてっていつもいってるのに!! もう!! 姉ちゃんのばかー!」
ボクは慌てて扉を閉める。
しばらくすると姉ちゃんが出てきて、ボクの横を通り過ぎる。
「今更照れちゃって、もう」
ひじでつつかれた。
黙ってそのままボクもトイレに入る。
ふんわり香る姉ちゃんの甘い匂い。
さっきまで姉ちゃんがいたトイレ……そんなことを考えていると、変な気持ちが湧き上がってきた。
「姉ちゃんの香りがまだ残ってる……」
落ち着くんだ。落ち着け、ボク。
そうだ、深呼吸をしよう。
ボクは深く深呼吸をする。
すると、姉ちゃんの香りが体中に入ってくる。
余計変な気持ちになっちゃったじゃないか!
トイレを出ると、すぐそこに姉ちゃんが立っていた。
「あたしの香りがどうしたって? 萌生はあたしのトイレの臭いでも興奮しちゃう変態さんになっちゃったのね」
姉ちゃんは人差し指でボクの胸をつんつんつついてくる。
指先のつつきが胸からだんだん下へと移動してきて、ボクの下腹部にまで達してくる。
「あら~? この盛り上がってるのは何かしら~? お姉ちゃんわかんなぁい」
姉ちゃんは物凄い嫌らしい目でボクを見つめる。
ボクは耐えきれなくなって、姉ちゃんを払いのけて自分の部屋へと走ってゆく。
あれやこれやとしている内に、とうとう出かける時間が近づいてきた。
最後の外出は、制服を着ることにした。
行く場所が学校に指定されているからというのもあったのかもしれない。
二人はなんとなく制服を着ていたのだ。
「制服着るの……久しぶりね」
姉ちゃんがボクの制服を見ながら呟いた。
「姉ちゃんも制服姿久しぶりに見るよ」
「萌生も制服着てると、やっぱ男の子なんだなって感じるね」
「ボクは制服着てないと男に見えないの?」
姉ちゃんは答えずに鏡へと向き変える。
姉ちゃんは鏡に映る自分の姿を見ながら、色々角度を変えて眺めていた。
鏡に映る姉ちゃんの隣にボクが映り込む。
姉ちゃんはスカートを持ち上げ、くるりと一回転。
鏡に映る姉ちゃんの目と、鏡の前に立つボクの目が合った。
鏡越しに見詰め合う二人。
しばらくすると、姉ちゃんはボクへと向き合い、そっと手を伸ばす。
姉ちゃんはボクの制服のボタンを外し始めた。
「姉ちゃん……」
「萌生……」
姉ちゃんは掛け違えたボクのボタンを直してくれた。
「何が制服だよ! 何が学校生活だよ! 何が青春だよ! ふざけんな!!!」
姉ちゃん大声で叫び、黙って俯くボクを抱きしめる。
両親が死んでから、ボク達二人は学校に行くのを辞めた。
だから、制服を着ることがなかったのだ。
「あたし達には……そんなもの……無かった」
姉ちゃんはそう呟くと、両親の写真が飾ってある仏壇へと目を向けた。
無表情な二人の写真。
もっと笑っている写真とかあればよかったのに。
残念ながら、二人が揃って写っている写真はこれしかなかったのだ。
もう……お父さんとお母さんの笑顔も思い出せないや。
「お父さんとお母さんに、最後の挨拶をしましょう」
ボクと姉ちゃんは仏壇へと向かう。
そして二人並んでお線香をあげ、手をあわした。
「お父さん、お母さん。やっと……地球が滅ぶよ。人間が滅ぶんだって。やったね。
あたし達をこんな目に合わせた世界がやっと滅ぶの。
滅びろってずっと願ってた。夢がかなったよ。
それでね、あたしと萌生は転生するんだってさ。新しい世界に。
笑っちゃうよね、これであたし達の境遇も変わるのかな……?」
「お母さん、ちゃんと萌生を最後まで面倒みたよ……
お父さん、学校にいけなくなっちゃってごめんね……
でも……頑張って生きたよ……最後までちゃんと生きたよ」
いつの間にか、ボクの目には涙が溢れていた。
涙で視界がにじみ、見つめる両親の写真がぼやけてしまっていた。
溢れた涙がそっとボクの頬を撫でる。
そしてその目には、微笑む両親の顔が見えた。
涙で歪んだ視界が見せた一瞬だけの奇跡。
あぁ……そうだよ。
思い出したよ。昔ボク達を見守ってくれていた優しいお父さんとお母さんの笑顔だ。
ボクは久しぶりに両親に会えた気がした。
「あと2年、お父さんとお母さんが生きていれば……一緒に転生できたのに……うぅっ……」
泣き崩れるボクを姉ちゃんは優しく包み込んでくれた。
「見てて、お父さん、お母さん。あたし達……頑張って生きるから。……ぐすっ……転生して二人で頑張って生きるから!
萌生は……あたしが面倒みるから! 約束するから! だから……心配しないでね」
「転生したあたしたちを……見守っててね」
「姉ちゃんが幸せになれるように見守ってて」
「あたしね、今笑ってるお父さんとお母さんに久しぶりに会えた気がした」
姉ちゃんが泣いていた。
ボクは初めて姉ちゃんの涙を見た。
両親が死んだときも、ボクの前では泣かなかった。
隠れて泣いていたのは知っていたけれども。
ボクの前では絶対泣いたことのない姉ちゃん。
それが、最後の最後でボクの前で涙を見せた。
「ボクも会えたよ。お父さんとお母さんの笑ってる顔、思い出せてよかった」
ボクと姉ちゃんは玄関を出て外に出た。
上を見上げると、空はすっきりと晴れた青空が広がっている。
冷たい風は二人を吹き抜け、二人はぶるっと体を震わせる。
そっと寄り添う二人。
自分たちの育った家を見上げ、二人はそっと手を繋ぐ。
「色々あったね……」
「そうだね、姉ちゃん……」
「覚えてる? 萌生が小さかった頃、泣き虫でさ~。すぐあたしに抱きついてくるの」
「うん……いつも姉ちゃんが一緒だったのは覚えてる」
「一昨年の夏ごろの事覚えてる? 萌生が玄関であたしに泣きついて離してくれなかったの」
「うん……覚えてる」
「もし萌生があたしを止めてくれなかったら、あのままあたし萌生を残して先にあの世にいってたんだよ」
「うん……だから必死に止めたんだ」
「あんたの泣き顔見てたらさ、どうせ死ぬならこの命を全部萌生に使おうって考えるようになったんだ」
「姉ちゃん学校やめて働き始めたもんね。ありがとう、姉ちゃん」
「不思議なもんだね。ぜーんぶ無くなっちゃうんだね。地球……終わるんだって。実感全然沸かないなぁ」
「そうだね……」
「一度は死のうって思ってたのにさ。あの絶望の日々から這い上がって、生きようって心に決めたのにさ」
「そうだね……」
「結局終わっちゃうんだね」
「そうだね……」
「なんなんだろうね、人間って。ついに人間は肉体を捨てて、精神だけの存在になっちゃうんだね」
「ボクにはよくわからないよ」
姉ちゃんはボクの肩に寄りかかる。
「転生出来たとしても、出来なかったとしてもさ、萌生が一緒ならあたしはそれでいいって思うんだ。
地球がどうなろうと、萌生と一緒ならそれでいいって、ね」
ボクは姉ちゃんの手を強く握って答えた。
「ボクも同じだよ。姉ちゃんと一緒なら何も怖くない。これからも一緒にいられるって信じてるから。きっと大丈夫だよ」
ボク達は最後に、家へと向かってお辞儀をした。
「長い間、ボク達を住まわせてくれてありがとう」
家族の思い出が詰まった家に感謝をした。
そして、二人は歩き出した。
かつて家族四人で歩んだ道を、今は二人で歩んでいく。
すべてにさよならをして。
「転生しても、ずっとボクの姉ちゃんでいてね?」
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