第12話 ボクに乗れっていうの? あ、きつすぎるよぉ!

 ボクは無理やり月欠けの街フルムーン恒例空中飛行レースにエントリーさせられてしまった。

 参加者はおよそ100名。観戦者は1,000名ほど集まってきている。


「それでは、規定人数に達しましたのでこれで受付を終了いたします。これより会場へと通じるゲートを開きますので、選手の方はお進みください。

なお、観戦者の方はこちらに巨大モニターをご用意いたしますので、こちらで観戦してください」


 係員が言い終えると、3メートルくらいある青い円柱状のゲートが現れた。


「はい、どうぞお進みください。移動されましたら、その場で立ち止まらず先に進んでください。あ、そこ走らないで! ゆっくりお進みください」


 ボクは姉ちゃんにひっぱられてゲートへと入っていった。


 ゲートをくぐると、周囲の異変に気が付いた。

 悲鳴をあげる人、ゲートへ戻ろうと押し寄せてくる人々など、混乱の真っただ中だった。


「何? 一体どうしたの?」


 ボクは周囲を見回すが、人壁に阻まれて周囲の状況がわからない。

 姉ちゃんはボクの手を引き、はぐれない様に抱き抱えてくれた。

 そして、人壁の隙間から見えた光景にボクは絶句する。


 それはおびただしい数の恐竜。

 いや翼竜というべきか。

 高さ2メートルほどの翼竜や大きな鳥。そしてひときわ目立つのが、高さ5メートル以上ある首の長い巨大な翼竜。

 そんな大量の恐竜がずらりと並んでいるのだ。しかもほんのすぐそばに。


 ボクは足がガクガクと震え、おしっこを漏らしてしまいました。


「ゲートは片道です。戻らないでください! 皆さん落ち着いて! 大丈夫です。危険はありません! 落ち着いてー!」


 女性の係員が大声で注意を促すが、混乱は収まらない。

 姉ちゃんも恐竜達を目にし、驚愕の表情を浮かべている。


「に、逃げないと……!」


 姉ちゃんはボクの手を引き、ゲートへと走り出す。

 しかし、ボクら二人の肩を掴みその場に押しとどめたのはカルナインだった。


「落ち着け! あれはテイム済みの恐竜だ。襲ってはこないから安心しろ!」


 カルナインの言葉で冷静さを取り戻し、恐竜に目を向ける。

 確かに大人しく列をなして大地に立ったままだ。

 どの恐竜も一歩も動こうとしない。

 しばらく混乱が続いたが、慌てふためく人間を笑うNPCや、安心させるために声をかけるNPCの姿を見て、人々は次第に冷静さを取り戻していった。


「えー、そろそろ大丈夫かな? それじゃ説明に入らせてもらいますね」


 拡声器を持った女性の係員が、恐竜達の並ぶ手前にある台座へと上がった。


「これから皆さんには、ここに並ぶ『乗り物』を選んでもらいます。早い者勝ちですので、注意してくださいね。

まずは乗り物の説明からいきます」


 係員は高さ2メートル程の翼竜の前に進む。


「これは『プテラノドン』といいまして、ここにいる3種の中では一番速度があります。しかし、スタミナと安定性が劣ります。中級者以上の方がお勧めですね。

まあ、今回は全員初心者ですが」


 次に大きな鳥の前に進む係員。


「次は『アルゲンタヴィス』です。プテラノドンより速度は遅いですが、スタミナと安定性が優れています。初心者にお勧めですね」


 そして係員は高さ5メートル以上ある一際大きな翼竜の前に移動する。


「はい、最後はこれ『ケツァルコアトル』です。大きいですねぇ。しかし速度はこの中では一番遅いです。ただし、スタミナと安定性は群を抜いています。

ちょっとした接触事故や、操作ミスで激突してもびくともしません。自信のない方はお選びください。ただし、数が非常に少ないです。早い者勝ちですよー」


 再び係員は台座へと戻ってゆく。


「さーて、皆さんはこれから10キロメートル先にある輪っか状のゴールへと向かっていただきます。空に上がってもらいますと、地面に大きな矢印が描かれているのがわかるはずです。

その矢印に従って飛んでいけばゴールに到着できます。ゴールは大きな輪っか状をしていますので、それをくぐってください。

ゴールまでのタイムを皆さんで競ってくださいね」


 一息入れて、係員は説明を続ける。


「えー本来は、みなさん自身で乗り物を捕まえ調教し、その結果発表の場こそがこの大会本来の意義になります。

今回は初回ということで、こちらでご用意させていただいた乗り物に乗っていただきますが、是非次回以降はご自身の乗り物で参加してみてください。

大いなる目標である『空の王』へとチャレンジしてください! ではそろそろいきますよー。早い者順です。お好きな乗り物の前へと移動してください!」


 「ピー!」とホイッスルが鳴り響き、挑戦者が一気に乗り物へと走り出す。

 姉ちゃんもボクをひっぱり走り出した。


「ケツァルとられたか、ちっ! じゃあ萌生はこれに乗って! あたしは別の探しに行くから!」


 姉ちゃんはボクを大きな鳥の前に置き去りにして走って行ってしまった。


 ボクは目の前のアルゲンタヴィスを見上げる。

 真っ白な翼は光に照らされて輝いている。

 透き通った白い羽が全身を覆っている。


「なんか……もふもふだぁ……」


 恐る恐る手を伸ばしてアルゲンタヴィスの羽毛を触ってみる。


「柔らかい……」


 思わずボクはアルゲンタヴィスの体に抱きついてしまった。

 沈む身体に、ボクの体を包み込む柔らかな羽毛。そしてふんわりあったかい。


「わぁ~なにこれなにこれ! ふかふかだよぉ~」


 このまま眠ったら気持ちよさそうだ。

 アルゲンタヴィスの顔を見てみると、さっきほど怖さはなくなっていた。

 まっくろいくりくりのお目目でボクを見つめるアルゲンタヴィス。

 「クルルル」と喉を鳴らして、ボクの頬を撫でてくる。


「わあわあわあ~可愛い~!」


 ボクは頭を撫でようと背伸びするが届かない。

 しかたがないので、手の届く喉を撫でてみる。


「クァックァッ」


 気持ちよさそうに鳴くアルゲンタヴィス。

 この子なら身を任せても大丈夫そうだ。


 背中を見ると、革製のサドルが取り付けてあった。

 あれに乗って操縦するのか。


 ボクはアルゲンタヴィスの背に手をかけた所で動きを止める。

 

「そういえばボクさっき漏らしちゃったんだっけ……」


 周囲をきょろきょろ見回し、アルゲンタヴィスの陰に隠れてパンツを脱いでアイテムストレージに放り込む。

 アルゲンタヴィスは体を地面に伏せ、乗りやすいようにしてくれた。


「ボクに乗れっていうの?」


 背中によじ登ってしっかりベルトを締めるのも忘れない。


「あ、きつすぎるよぉ!」


 しっかり締めようとして締めすぎてしまった。

 あぶみも足が届くように調節し、手綱を握る。

 小さいボクはちょこんと乗っかっているだけ。


「あのね、ボクよくわからないけど、よろしくお願いね」


 ボクの言葉を理解したのか、「クアー!」と返事をしてくれた。


「さーてそろそろ皆さん準備はよろしいでしょうか? ちなみに、飛行中の武器、アイテム、魔法の使用は固く禁じられています。乗り物による他者への攻撃も即失格です。ご注意ください。

さてそろそろ時間です。スタート5分前です」


 すると、急に全体放送用に増幅された女性の声が聞こえ始めた。


「はいこちら放送席の解説担当ベニバラです! 今回初となる空中飛行レースですが、みなさんどのような飛行を見せてくれるのでしょうか。

スピード重視の低空飛行。はたまた安全重視の高度を取るのか。

普段は素晴らしい景色を見せてくれる各所に浮かぶ飛空島ですが、今回だけはやっかいな障害物です。

山から降り注ぐ下降気流は、低空飛行時のバランスを大きく崩してきます」


 ふわりと風が舞い、ボクのスカートがひらりと舞う。

 ボクは慌ててスカートを抑える。

 あわわ、スカート捲れちゃったら丸見えだよ!


「前方に見える巨大な山脈が見えますが、上空を超えるにはかなりの高度を上げないとなりません。迂回するにしてもかなりのロスタイムになるでしょう。

素早く地形を見抜き、谷や洞窟を選択してショートカットを狙うもよし!

すべて操縦者のすばやい選択が勝負のカギです」


 谷風でスカート捲れちゃったら嫌だなぁ……

 なんでこんなにスカート短いのかな。


「安全な場所を確保して羽を休める必要もあります。

山の天気も脅威です。霧や突風、雨なども飛行の妨げになります。

常に変わり続ける状況を素早く見抜き、対処する力が求められます。

なお、今回皆様が騎乗している乗り物は、今回の順位が記録されます。

次回以降での優劣の参考にしてください」


 うわ、ボクがダメだとこのこもダメな子の烙印を押されちゃうの?

 そんなの可哀想だよ……


「さあて、初代空の王に輝くのは一体誰か! そろそろスタートの時間です!」


 ボクはアルゲンタヴィスの背中をそっと撫でてみた。

 「クェ~」と甘えた可愛い声で鳴くアルゲンタヴィス。


 やるからには勝ちたいけど、ボクが優勝なんて難しそうだよね。

 でも……やれるだけはやっておこう。

 それに、このこがとても可愛いんだもの。

 一緒に飛びたいって思わせてくれるから。

 ボクのせいで君までダメな子扱いさせたくない。


 ボクが決めなきゃいけないんだ。

 コース選択をどうするか。

 高度をどうするか。

 スタミナ配分をどうするか。

 自分をどの集団にポジショニングさせるか。

 

 ボクならどうする……?

 

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