第29話 ボク何でも好きな事してあげる!
「こんな時間までどこいってたの萌生!」
帰宅早々姉ちゃんに捕まって怒鳴られてしまった。
「みんなと狩に行ってきたんだよ。聞いて姉ちゃん、ボク強くなったんだよ」
姉ちゃんはボクの両肩を掴み、ボクを睨み付ける。
「いいから座りなさい、萌生。ここでおとなしくしてなさいって言ったでしょ? なんで出歩いてるの! しかも狩にいってたですって!?」
姉ちゃんはボクの話をまったく聞こうとしてくれない。
聞いて欲しい。ボクは強くなったんだよ。
「何かあったらどうするの! もう勝手にで出歩いちゃだめよ? 萌生はあたしが帰ってくるまでおとなしくしていなさい」
「どうして? ボクだって色々やれるもん! そうだ、ボクね、仲間が出来たんだよ」
「は? あたし達以外と狩いってたの? 何やってるの! もう二度と行かないこと。いいわね!」
「なんで? ボクだって強くなってるんだよ! 聞いてよ姉ちゃん、リテアさんのペットを捕まえるのもボクが頑張ったんだよ。ユニークモンスターの白い綺麗な狼なんだよ」
「は!? ユニークモンスターですって!? 冗談じゃないわ! 何でそんな危険なことしてるのよ! 信じられない……」
「大丈夫だよ! マイクさんやともさんだっているんだから」
「マイク!? 何であんな奴と一緒に行ってるの!? あぁ……もう……わかった」
そういうと姉ちゃんはロープを取り出してボクを縛り始めた。
「何するの!? 姉ちゃんやめて!」
ボクはもがいて抵抗するが姉ちゃんの力には敵わない。
いとも簡単に縛り上げられ、地面に転がされてしまった。
「いう事聞かないなら、縛ってここで大人しくさせるしかないでしょ? 萌生が悪いのよ? あたしの言う事を聞かない罰よ」
「嫌だ! ボクは姉ちゃんのお人形さんじゃないんだよ! どうしてボクの話を聞いてくれないの? ボクだって姉ちゃんの役に立ちたいんだよ!」
姉ちゃんはボクの口に人差し指をそっと当て、そして頭を優しく撫でた。
でも、姉ちゃんの目は全然優しくなんかなかった。
獲物を狙うようなギラギラした眼光を灯していた。
「うふふ。お人形さんじゃない、かぁ……でもいいわねそれ。うふふ……あたしのお人形さん。可愛い可愛いあたしだけのお人形さん。あー……どうしよう、そういう風に調教しちゃうのもいいかも」
「姉ちゃん……? どうしちゃったの? 何かおかしいよ?」
「お姉ちゃんねぇ……色々疲れちゃったのかなぁ……だから癒しが欲しいの。ねえ萌生? あたしを癒してちょうだい?」
そういうと姉ちゃんはボクに馬乗りになり、強引にボクに口づけをしてきた。
「んんっ!?」
柔らかい姉ちゃんの唇の感触。
でも、ボクはこんなのちっとも嬉しくない。
顔を背けて唇を引き離す。
今やボクが自由に動かせるのはそれが精いっぱいだ。
「ほら、いっぱい溜まってるんでしょ? あたしが素直にさせてあげるから」
姉ちゃんはボクの服を脱がそうと手をかけてきた。
「ばかー! 姉ちゃんの馬鹿ー! 姉ちゃんなんか嫌い! 大っ嫌い! そんなことしたら一生嫌いになるから!」
姉ちゃんの手が止まった。
どうしようか揺れているようだった。
「……冗談よ。ごめん。本当にあたし疲れちゃってるの。……許して」
そういうとボクを縛っていたロープを解き、ボクを解放してくれた。
ボクはどうしたらいいかわからなくなり、宿屋から外に出ていった。
「姉ちゃんの馬鹿……」
ボクは一人で夜の街をふらついていた。
少しづつ形になってきている街。
姉ちゃんが作った街だ。
オレンジ色の屋根。紺色の屋根。出来たばかりの綺麗な建物が続く。
街頭もおしゃれで橙色の温かみのある光がともっている。
そしてその光はまっすぐ通りにそって綺麗に並んでいた。
正六角形に切りだされた綺麗な石畳が続くストリート。
そこに街頭の光が反射し、夜の露天商にたかる人々を照らしている。
通りは夜なのに息づいた賑わいが感じられた。
警備兵が巡回し、フルムーンで感じた不安はここでは感じない。
心なしか街を歩く人々の顔に笑顔が多く見えるような気がする。
ボクは何もさせてもらえなかった街だ。
「どうしてボクを仲間はずれにするの……ボクも一緒に参加させてくれれば、もっと一緒に喜べたのに」
その時、ボクの視界にメールの着信を知らせるアイコンが隅っこで点滅しているのが見えた。
「誰だろう? 姉ちゃんかな……」
メールを開くと、送り主はカルナインさんだった。
メールの内容は『少し話をしよう』というものだった。
「一人でやることもないし……」
ボクはカルナインさんと新しくできた公園で待ち合わせをすることになった。
カルナインさんが指定してきたのは公園にある時計塔だった。
ボクが公園につくと、最初に目に入ったのは白い塔のようなモニュメントだった。
高さ2メートルくらいの装飾が施された純白の壁に囲まれたその塔は、高さ5メートルほどもある白い大理石で作られており、上部に時刻を刻む時計が付いていた。
「そういえば時間なんて転生してから気にしてなかったなぁ……」
この時計塔は、待ち合わせ場所として使われているようで、多くのカップルが周辺を取り囲んでいた。
「うわぁ……こんなとこで待ち合わせなんてしなきゃよかった……」
周囲がカップルだらけなんだもん。
ボクなんか場違いだよね。
いつかボクもこんな所で異性の人と待ち合わせしてみたいなぁ。
あ、ボクは女の子だっけ……異性っていったら男性になっちゃうじゃない。
あれ? だとしたら……カルナインさんとここで待ち合わせっていったら、まるでカップルみたいじゃない!?
うわぁ……変な事考えちゃったら緊張してきちゃった。
落ち着かなきゃ……深呼吸しよう。
すぅー……。
「よう萌生、待たせたな」
突然カルナインさんが現れて声を掛けられた。
「ごほっ……ごほっ……」
深呼吸をしようとして思い切り息を吸い込んだ瞬間に声を掛けられたので、ボクは思わずせき込んでしまった。
「大丈夫か萌生?」
カルナインさんがボクの背中をさすってくれる。
そのため、まるでカルナインさんに抱きかかえられているかのように感じられた。
ち、近いよカルナインさん!
周りの人が見たら、勘違いされちゃうよ!
ボクはとても恥ずかしくなってしまい、自分でも顔が真っ赤なのがわかる位だった。
「だ、大丈夫です。そ、それよりお話って?」
なるべくカルナインさんの顔を見ないように話をしてみた。
ちょっと今は顔を見ることが出来ないや。
「ああ、じゃあこっちで話そうか」
そういうとカルナインさんは歩き出し、ボクはその後をついて行った。
先を歩いていたカルナインさんが、歩調を変えてボクの左横へと移動する。
そして、そっと右手をだしてきた。
「迷子にならないようにな」
「ボ、ボクはそこまでこどもじゃないよ!」
ぷくっとふくれるボクの顔をカルナインさんは笑顔で見つめている。
差し出された右手とカルナインさんの笑顔を交互に見つめる。
手を繋ぐまで待つ気なのだろうか。
じっとボクを見つめたままだ。
しょうがない。
いつまでもそのままじゃ悪いし。
ボクは自分の左手をそっとカルナインさんの右手へと置いた。
大きくてごつごつした男の人の手だ。
対してボクの手は小さくてふにゃふにゃの手だ。
以前のボクが知っている手とも違う。
これが本物の男の人の手なんだ……。
今のボクは女の子。
カルナインさんは転生前のボクを知らない。
きっとボクを女の子だと思っているに違いない。
カルナインさんは今どういう事を考えているんだろうか。
ボクを子供として見ているのだろうか。
それとも女性として見てくれているのだろうか。
無言で手を繋いでゆっくりあるく二人。
ボクの歩幅に合わせ、二人は人気のない場所へと歩いて行った。
「この辺でいいか……」
空いているベンチを指さし、座るように施されたのでボクはベンチに腰を掛けた。
そしてとなりにカルナインさんが腰を下ろす。
普段なら気にしない距離なのに、今日のボクは何故かこの距離がとても近く感じてしまう。
「最近マイク達と一緒に狩をしているようだな。話には聞いているが、順調にいってるようで安心したぞ」
話を切り出してきたのはカルナインさんだった。
「うん。ボクね、魔法使いに転職したんだよ。それでね、マイクさんとともさんとリテアさんと一緒に冒険したんだ」
「ああ。マイクから聞いている。マイクはニナとアリサが危ない所を助けただけじゃなく、萌生とリテアという娘のピンチも救ったそうじゃないか。
奴は女たらしな所はあるが、やつの根源である勇気は本物だ」
「そうなんだ。姉ちゃんは何故かマイクさんのこと信用してないみたいなんだけど、ボクはマイクさんのこと信用してるよ」
「まあ……美乃梨ももっとマイクを信用してくれればいいのだがな」
「そうだよね。それに、姉ちゃんはボクの事もちっとも信用してくれてないんだよ」
カルナインさんがしばしの沈黙の後、言葉を発する。
「美乃梨は美乃梨で今は特殊な立場にある。NPC至上主義者達の動き次第では、戦争も起こりかねん。美乃梨はもしそうなった場合、対抗する中心人物になるだろう。
萌生はそのことをきちんと理解し、美乃梨を助けてやらなきゃならん」
「でも姉ちゃんはボクに何もするなって言うんだ。ただお人形さんみたいにそこにいるだけでいいって言うんだ。ボクだって姉ちゃんの助けになりたいのに!」
再びカルナインさんは押し黙ってしまった。
カルナインさんまで姉ちゃんをかばうの?
ボクの事をちゃんと見て欲しい。
「聞いてよカルナインさん! ボクね、魔法使いに転職して、リテアさんを助けてペットを仲間にして、ともさんとも知り合って……どんどん強くなっているんだよ! 前までのボクじゃないんだよ!」
「そうか。それは心強い。次一緒に狩に行く時が楽しみだな」
「うん、楽しみにしてて! カルナインさんはちゃんとボクを見ててよね!」
「あ、ああ。もちろんちゃんと見ているぞ。お前さんの事は……きちんとな」
「ボクは前みたいな役立たずじゃないよ!」
ちゃんとボクの話を聞いてくれるカルナインさん。
ボクを見てくれるって言ってくれた。
それがとても嬉しかった。
「あ、そうだ。カルナインさん、ボクにやって欲しい事何かないかな? 何でもいいよ! ボク何でも好きな事してあげる! 遠慮しないで言って!」
「特には……」
「どうして? 何でも言ってみてよ! ボク何でもできるよ!」
「そ、そうか……? じゃあそうだな……手を……握ってもいいだろうか?」
そんなことでいいの?
さっきも手を繋いだんだし、今更それくらい大したことないよ。
ボクは手を差し出し、カルナインさんは優しくボクの手を握りしめた。
その手はとても暖かかった。
一吹きの風がボクらの繋いだ手を通り抜け、そして静まり返ったあたりの草木を揺らす。
木々は風に揺られ、葉を舞わせる。
その葉は風に揺られて上空へと舞い上がり、照らされた月明かりを反射する。
ふと見上げると夜空に輝く大きな月が見えた。
ボクらは一緒に手を握って月を見る。
綺麗な月が輝いている。
小さな雲が流れて月へと重なる。
「見てみろ、薄月だ。雲が月に被ることで、その明るさは少し抑え気味になるが、その分風情がある。雲の形によって、月は様々な形へと変化する。もし雲がなければ、月は月のままだ。
雲がかかる事で千差万別、月に彩りがかかる。いうなれば、萌生は風だ。俺に彩りを運び込む風だ」
繋いだ手を持ち上げ、カルナインさんは自分の胸にボクの手のひらをあてた。
「萌生、俺の心は今熱くたぎっている。英雄に早くなりたいという強い情熱が胸を焦がしている。
しかし心地よい風がその熱を冷ますのだ。無理に力を求めて駆けてしまうと、その風は力を失うだろう。
だからな、俺は思うんだ。その心地よい風をそのまま閉じ込めてしまいたいと。俺が帰る場所に閉じ込めてしまいたいと、な。
もしそうできたならば、その風は俺の心の大きな柱となるだろう。俺はどこまでも駆け抜けていけるだろう。
英雄、そして王へと駆けのぼって見せると誓えるだろう」
カルナインさんがボクへと向き直り、真剣な顔で続けた。
「萌生、一度しか言わん。我が風となり我を彩ってはくれぬか?」
ボクの目を見つめるカルナインさん。
あの力ずよく、頼りになるあの男がボクを見つめて真剣に語っている。
「うん? カルナインさんが何を言ってるのかさっぱりわからなかったよ」
目を丸くしてボクを見つめるカルナインさん。
ごめんなさい。何を言ってるのかわかりませんでした。
失望させちゃったかな。
「そうか! あははは! いや何でもない。うむ、今日の事は忘れてくれ!」
よくわからなかったけど、何か告白されてるような雰囲気に見えたな……そんなはずないのに。
うわぁ……どうしよう。ボクすっごいどきどきしちゃってる。
勘違いだってわかってるのに……あはは。
もしボクが女の子だったら、カルナインさんに恋しちゃってたかもしれないね。
危ない危ない。
あ……ボクって女の子だったっけ……。
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