第34話〜シルヴィア・レッドクラウン・ソルヴェークレスタ5〜

 ちょっとした演奏会を終えた紅人、シルヴィア、あかりは食卓を囲む。オートミールに作らせた食事でも人と食べれば幾分かは美味しくなる。誤解しないでほしいがオートミールの作る食事は決して不味いわけではない。ただ、この3人の舌が肥え過ぎているだけだ。1人は王女様、1人は天才科学者、1人は一流企業の社長。10代にして小国の国家予算に匹敵する富を持つ者達が美食と呼ばれるものを食べていないわけないのだ。


「やっぱりストラディバリウスは違うわ。私の持っているどのヴァイオリンよりもいいわ」

「喜んでもらえたようで何より」


 シルヴィアは弾き終わった瞬間からずっとこんな感じだ。憧れのヴァイオリンを手にできて興奮している。無邪気な子供のようだ。


「あかりのピアノも素敵だったわ」

「あなたのヴァイオリンには及ばないけどね」


 食事が終わると紅人は紅茶を運んできて3杯入れる。紅茶をこよなく愛する彼は家事ロボットにお茶だけは入れないようにプログラミングする徹底ぶりだ。

 シルヴィアは慣れた様子で紅人の紅茶を飲むが、あかりは味わいながら飲んでいる。


「部屋に案内しよう。ついて来て」


 あかりとシルヴィアは紅人の後を着いて3階に上がる。この屋敷は古き洋館と言う言葉がぴったりの作りで中央の大階段の左右に部屋が連なっている。所々高そうな絵や銅像が置いてあるがそれらは全て偽物で防衛設備のカモフラージュになっている。


「ここが私の部屋だ」


 紅人は今どき珍しい南京錠を開ける。

 中は赤い絨毯が敷かれていて人2人が寝ても余裕がありそうなほどの大きなベット、ソファー、テーブル、パソコンデスクが置かれている。


「左の扉はトイレ、右は浴室だ。備品は置いてあるから好きに使ってくれ」

「何から何までありがとうございます」


 あかりは頭を下げる。


「私は隣の書斎で寝るから何かあったら呼んでくれ。言い忘れる前に言っておくがデスクの引き出しは開けないでくれ。一応鍵はかかっているけど国家機密がいくつかあるから見ない方が幸せだぞ」


 無論そんなものは入っていない。本当はあかりと兄妹であると言う証拠が入っている。彼にとってそれは国家機密よりも重い秘密だ。


「おやすみ2人とも」


 紅人は念のため机の引き出しに鍵がかかっているのを確認した後部屋を後にする。




 部屋に残されたあかりとシルヴィアは一緒に風呂に入ることにした。紅人の部屋に付けられているバスルームはとても広く洗面台が2つ、600Lの浴槽、シャワーがあった。

 先にシャワーを浴びて湯船に使っていたのはシルヴィアだった。あかりは日焼け止めをしっかりと洗い流し、背中の中程まで伸びた曇りひとつない白髪を丁寧に手入れする。別に異性に好意的に見られたいと言う気持ちは一切ないが、持って生まれたものを生かさないのはもったいないと思うのが彼女の性である。客観的に見て自分の容姿が平均以上であることを自覚しているし、どうすれば見栄えが良くなるかもある程度は理解している。

 シャワーを浴び終わった彼女はシルヴィアの浸かっている浴槽にお邪魔する。


「2人で入っても狭くないわね」


 シルヴィアとあかりは足を伸ばしているがぶつかる気配がない。


「こうしてみるとシルはスタイルがいいね」


 あかりは彼女の細い足とくびれているウエストに目をやる。シルヴィアは身長168cmと海外女性にしても割と高めである。対してあかりは153cmと日本人女性の平均身長より少し低い。


「あかりも身長の割におっぱいはあるし、何より綺麗な肌をしているじゃない」


 色素のないあかりの身体は一点の曇りもない白だ。白人のシルヴィアよりも白い。


「シルには見せたことなかったかな」


 あかりはシルヴィアに背中を向けると髪をよせる。彼女の左肩には掌大てのひらだいたかのタトゥーが入っていた。一見すると紅人の背中に入っているものと全く同じに見えるがデザインが少し違う。紅人のは鷹が右を向いているのに対して、彼女のは左を向いている。


「優雅な鷹ね」

「小さい頃のことで殆ど覚えていないけど、私の兄さんにもこれと同じような墨があったの。今はどこにいるかもわからないけれど、いつか会えた時のために残しているの」


 真実を知るシルヴィアは複雑だった。彼女に真実を伝えれば紅人が心の奥底にしまいこんでいる想いを叶えることができる。しかし、同時にそれは紅人が今まで守って来たものを破壊することになる。今よりさらに多くの危険が付き纏うだろう。


「会えるといいわね」


 シルヴィアは現状を保つことにした。


「そうね。そのときにはシルにも紹介してあげるわっ!」

「ちょっと、あかり」


 あかりは陰鬱そうな表情を浮かべるシルヴィアの胸を掴む。いきなりのことにシルヴィアは顔を真っ赤にしてされるがままになる。


「なーにが身長の割におっぱいがあるよ。シルの方が1回りは大きいじゃない」

「あひゃん。もう!」


 シルヴィアはあかりを浴槽の隅に追いやるとヘソから胸を撫であげる。身体能力が極端に低いあかりは簡単に抑え込めた。


「身体が弱いとこういうとき困るなぁ」

「往生しなさい。可愛がってあげるわ!」


 シルヴィアはあかりの身体をのぼせるギリギリまで弄って遊んだ。




 紅人はシルヴィア達がお風呂で遊んでいる間今日の襲撃について調べていた。理工のシステムに侵入したのはサイモンだろう。昔サイモンがうちの情報を盗もうとしたときに侵入した方法と今回のハッキングには似ている点が多くあった。癖というものは隠そうとしても見えてしまうものだ。


 サイモン・フラチャイルド。貴様は超えてはいけない一線を超えた。生かして捕らえるというのがソルベェークの要請だ。しかし、五体満足のまま帰れると思うなよ。


 紅人は心を落ち着けるためにウイスキーを1杯煽る。


 今日は疲れた。


 紅人はゆるい服に着替えると電気を消してソファーに横になる。念のためクッションの下に拳銃を忍ばせておく。ちなみに彼は眠りが深い方だ。ちょっとやそっと音を立てられたくらいで目覚めることはない。しかし、名前を呼ばれたり、武器の音、悪意ある気配には非常に敏感だ。一度そういったことが起こればすぐさま目覚めることができる。

 何やら隣の部屋が騒がしいが数分後には深い眠りについていた。




 日が出て1時間ほどすると紅人は目を覚ました。今日でシルヴィアの護衛は終了だ。しかし、最後というのは大抵大仕事があるものだ。類に漏れず今日は総理大臣と面会である。

 今の総理大臣と紅人は折り合いが悪いので非常に気まずい。

 平和主義を掲げるのは構わない。しかし、必要最低限の防衛力まで削ろうとするのは間違っている。そんなことをすれば中国、韓国、アメリカが黙ってはいない。今は自国を自分たちだけで守るのが当たり前の時代である。敗戦国はしたたかに王座復権を狙っているのだ。

 良くも悪くも現職総理の考えは前世紀的だ。次の総理は話が分かるのがいいというのが紅人の願いだ。


「紅人。起きているかしら?」

「シルヴィか?」


 紅人はシルヴィアを部屋に入れる。


「あかりが熱を出したみたいなの」

「すぐ行く」


 紅人はジャケットを着ると部屋へ急行する。ベットの中には顔を赤くして息を荒げている少女が横たわっている。あかりの額に手をあてる。


「38.4℃だな。昨日はしゃぎすぎたんだろう」


 紅人は昨日の夜からなんとなくこうなるのではないかと思っていた。身体能力が極端に低いあかりが事件に巻き込まれた後あれだけ遊んだらこうなるのもうなずける。


「迷惑をかけてしまって申し訳ありません」


 あかりが身体を起こそうとすると彼は寝ているように促す。


「無理はいけない。1日休めば治ります」

「紅人……」


 シルヴィアが今日の予定を取りやめようなどという妄言を言い出す前に電話をかける。相手は自分が知っている中で1番いい医者だ。


「もしもし、柊です。至急本邸に来てください。コード11901です」

「こちら青木。了解しました。15分で着きます」


 紅人は電話を切る。


「15分ほどで青木という部下の医者が来ます。何かあればなんなりと言ってください。私は出なければならないので」

「何から何までありがとうございます」


 辛そうにしているあかりの頭を2、3度撫でると紅人はシルヴィアと共に部屋を出る。今日は昨日のように完全武装というわけにはいかない。総理大臣に会うのだ。いくら超法規的な行いを許されている彼でも武器はせいぜい拳銃の持ち込みが許される程度だ。

 ジャケットにネクタイという礼装に身を包むとシルヴィアを車に案内する。


「紅人!」


 すれ違いギリギリのところで来た亜里沙が声をかけてくる。


「私の部屋だ。寝かせているから後は頼んだ」


 それだけ言うと紅人は車に乗り込み総理官邸へと向かう。




 車の中には気まずい空気が流れていた。どちらかというとシルヴィアが一方的に罪悪感を抱いている形だ。


「気に病むことはないシルヴィ。私は妹が楽しそうに笑っているのを見るのは君といる時くらいだ。普通なら疲れて途中で切り上げるけど、疲れを忘れるほど楽しかったんだろう。ありがとうシルヴィ」

「なんでお礼?」

「私は兄だからな」


 紅人は笑っていた。しかし、シルヴィアには紅人が笑っているようには見えなかった。まるで砂場で遊ぶ子達を羨ましそうに遠くで眺めている子供のように見えた。


「私も貴方みたいなお兄様が欲しかったわ」


 シルヴィアは思ったことを口にすることができなかった。




 紅人は車を走らせしばらくすると総理官邸に到着した。後ろのドアを開けてシルヴィアを案内する。民兵免許証で受付を通過すると官邸内に入る。今日はソルベェークが協商に加入した日である。お祝いの言葉を受け取り返すのは当たり前だ。

 会見が行われる部屋に入るとすでに何社かのマスメディアが準備を始めている。


「シルヴィア王女殿下、ようこそお越しくださいました」

「本日はこのような場にお招きいただき光栄に思います」


 シルヴィアは握手を求めずお辞儀で返す。普通の欧米諸国の要人なら無意識に握手を求めてしまう。しかし、どうやら郷に入れば郷に従えという文化がソルベェークにはあるようだ。


「柊君が何故ここにいるんだ?」

「ご無沙汰しております総理。シルヴィア様に護衛を依頼された次第でございます」


 総理は不機嫌そうな顔をしながらシルヴィアを控え室に連れて行く。控室の前には警視庁と書かれた腕輪をはめている屈強な男が2人立っている。


「護衛の方はここでお待ち下さい」


 紅人は2人の男を一瞥すると落胆する。彼は左手で1人の警官から拳銃を奪うと右手でホルスターから銃を抜くと警官に向ける。警官達が何が起こったのか理解したときには額に銃を突きつけられていた。


「総理。恐れながら申し上げますが入室の許可をお願いします。ここの警備システムを信じることができません」


 紅人が見ていたのは拳銃を取られていない方の警官だ。もし、この警官が自分の持つ銃を対処できたら合格だった。しかし、両手を上げて命乞いとはなんだ。せめて仲間を庇えよと紅人は思わずにはいられなかった。


「せめて銃を預けろ柊。それができないなら入室は許さん」

「私にいくら借りがあるとお思いで?」


 紅人は一瞬シルヴィアに目配せすると総理を挑発する。


「わかった。君の要求を呑もう」

「感謝します」


 紅人は自分の銃をホルスターにしまうともう一方の銃を警官へ返す。


「片時も離れるな。奴が仕掛けてくるなら会見中だ」


 紅人は部屋に入る前にシルヴィアに耳打ちした。


「わかったわ」


 会見前の会談自体は数十分で終わった。その間、紅人は1度も拳銃から手を外さなかった。感想としてはこれからもソルベェークと日本の友好関係が続きそうで一安心だ。ただ、紅人の影響力が大きいのは言うまでもない。現状ソルベェークは科学技術では世界で3本の指に入るだろう。しかし、新たな核兵器の製造が禁止されている状況ではイギリスやアメリカに勝ち目はない。第三次世界大戦でアメリカを破り世界最強の空軍の名を得た日本と仲良くしておくのは当然とも言える。


「不審な奴がいたら撃つ。だから、絶対に台から降りるなよ」


 紅人は会見に臨もうとするシルヴィアに声をかける。


「了解よ」


 シルヴィアは優雅に歩き、総理と共に会見台に立つ。


「こんにちは日本の皆さん。私はソルベェーク王国第7王女シルヴィア・ル・レッドクラウン・ソルベェーク・レスタです」


 紅人の予想に反して会見はことなくして終わった。それに越したことはないのだが、不気味なのも事実だ。

 そのまま部屋移動して立食パーティーに移る。ウェイター達が初めの一杯を参加者達に配る。

 違和感を覚えたのは偶然だった。シルヴィアにグラスを渡した男の服が違った。他のものは真っ白なワイシャツを着ている。しかし、その男は若干青のかかったワイシャツを着ていた。


「それでは皆さん。乾杯」

「乾杯」


 皆がグラスを上に掲げて中身を口に運ぶ。


「シルヴィア様のはノンアルコールですのでご安心ください」

「お気遣いいたみいります」


 シルヴィアが飲み物を飲もうとした時、紅人は彼女からグラスを取り上げて一口飲んでみる。会場にいる他人の視線を一斉に集めるが気にした様子は一切ない。嫌な味と吐き気を催したので吐き捨てると隣にいた大臣のグラスを奪ってうがいをする。

 紅人は銃を抜くとシルヴィアにグラスを渡したウェイターの右肩と脹脛を警告もせず撃つ。ウェイターはそこに倒れ込む。


「トリカブトとはまたお洒落な物を使うじゃないか?サイモン・フラチャイルド」

 紅人は足蹴にして正体を確認した。



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