第31話〜シルヴィア・ル・レッドクラウン・ソルベェーク・レスタ2〜
日の出から約2時間後の午前6時。朝から降り注ぐ眩しい光のせいですでに気温は25度を超えている。朝の運動と称したリハビリを終えた
美人は一生で2億円得すると言われているが、彼女なような星のもとに生まれると失うものの方が多い気がする。
紅人は鏡の前に立つと携帯ホログラムで外見を偽る。病弱という設定上、学校にバレるとまずいのでこういう公の仕事では必須のアイテムだ。
さらに、紅人は80式拳銃の弾倉に弾を込めると銃に収めてコッキングする。続けて予備の弾倉を2つ作るとジャケットの右内ポケットに入れる。戦闘になるとは考えずらいが念のため防弾ベストを着込んでいる。
不本意ではあるが、左手の反応が鈍いのでサポーターをつける。これは首筋のあたりにつけられた電極パッチが脳からの電気信号を読み取り、肘につけられたパッチに電流を流して機能を補助する機械だ。
万が一を考えて87式
私は殺すことに抵抗はないけどシルヴィアに死体を見せたくない。友人の笑顔が見られなくなるのは心苦しい。
ソルヴェーク王国日本大使館
今日は天気はいい天気ね。
支度の終わったシルヴィアは紅人が来るまで大使館の庭を散策していた。六本木という都心中の都心にある大使館だが、その庭園は観光名所にも数えられる本国のものを再現している。日本政府から贈られた
「シルヴィア様。柊殿がお見えになりました」
「通してください」
サングラスをかけキャリーバッグを背負った少年がこちらへ向かってくる。紅人はシルヴィアの前で立ち止まると荷物を置いて一礼する。
「武装運輸会社BLACK HAWK代表取締役の柊紅人です。これより1週間よろしくお願いします」
「肩肘はらなくてもいいのよ。友達なのだから」
頭を上げた紅人は首を振る。
「仕事は仕事。ケジメは付けさせてもらいます。これから1週間私はシルヴィのことをシルヴィア王女と呼ばせていただきます」
「仕方ないわね。そのかわりしっかり守ってくれるかしら?」
「仰せのままに」
紅人はシルヴィアに恭しく一礼した。
「行きましょうか」
お洒落な時計で時間を確認したシルヴィアは車へ向かう。しかし、紅人は腕でそれを制した。彼は集まって来たシルヴィアの黒服の方を向く。
「君たちにはこれから1週間私に従っていただく。その上で私からの注意点は2つ。1つはシルヴィア王女の半径2m以内に近づくな。諸君らが有能な護衛であることは重々承知している。しかし、私は初対面の者を信用しきることはできない。2つ目に私が許可もしくは発砲するまで銃を撃つな。ここは日本。文民は銃とは無縁の生活をしている。無用な争いを防ぐためにも協力を要請する」
紅人の言葉に憤りを覚えた黒服も多いだろう。いきなり出てきた少年に上から信用できないと言われれば無理もない。しかし、彼は世界最強の一角に数えられる民兵組織の長だ。加えてシルヴィアから絶大な信頼を受けている以上従いざるを得ない。
実力を持っている者に従うのはこの世界の常識。たとえ経験があっても結果を残せないのなら役立たずだ。
「参りましょう」
紅人はシルヴィアを先導して車へ向かう。車の脇に立っていた運転手がドアを開けようとするのを遮って紅人はシルヴィアを車に乗せる。
「君は1週間臨時休暇だ。この車には私とシルヴィア以外が乗ることを許さない」
「従ってくれるかしら」
運転手が戸惑っているとウィンドウを下ろしたシルヴィアが声をかける。運転手が差し出して鍵を受け取った紅人は運転席に乗る。彼はセキュリティチェックのために携帯の車両ハッキングアプリを使ってみる。すると、いとも簡単にエンジンがかかる。
紅人はため息をつく。
「自動操縦は使わないの?」
「セキュリティの脆弱な車は手動で運転するに限る」
彼は助手席に持ってきたキャリーバッグを置くとハンドルを握りアクセルをふかす。自慢ではないが紅人は運転の腕には自信がある。少なくともシルヴィアは目的地に着くまで不快感を感じることはなかった。
「シルヴィア王女。予定を確認しておきます。この後9時30分より和服に着替えて庭園での撮影。その後責任者と対談。昼食を取っていただいた後13時には次の目的地に移動していただきます」
「わかったわ。なんだかいつもの紅人と違って新鮮だわ」
「お戯れを」
紅人は車のドアを開けてシルヴィアを案内する。
着物に着替えたシルヴィアはいつにも増して綺麗だった。輝く金髪に小花が散らされた着物。スラッと細長くいて健康的なシルエット。世界中から大人気の王女様というのも納得だ。
彼女はカメラと報道陣に囲まれているが絶えず笑顔で求めに応じている。品位ある振る舞いはソルヴェーク王室の教育の賜物だろう。
全く、嫉妬してしまうよ。
紅人は心の中で称賛の拍手を贈る。真夏の日差しがシルヴィアを引き立て、彼にはジリジリと刺さる。彼は改めて夏は嫌いだと思う。
ふと、紅人は肩を叩かれる。
「失礼、ミスター柊。至急耳に入れたいことがあります」
「今じゃないとダメか?」
「可能な限り早い方がいいかと」
紅人は他のボディガードに少し外す旨を伝えると黒服と共に人目のつかないところへ場所を移す。シルヴィアはその様子を見逃さなかった。
「それで何のようだ?」
「これは極秘情報ですがシルヴィア様に何かあってからでは遅いので伝えておきます。たった今ソルヴェーク王国の政治犯が1人脱獄しました。詳しくはこちらを御確認ください」
紅人は渡されたメモリーチップを端末にダウンロードして中身を確認する。
脱走した政治犯の名前はサイモン・フェアチャイルド。ソルヴェーク王国は現在誰が王位を継ぐか決まっていない。本来は王と正妻の間に生まれた子が継承することとなっているが、シルヴィアは女性だ。古典的な伝統では王というのは男とされている。
そのためシルヴィアは伝統派と呼ばれる派閥に狙われている。日本に留学しているのも身の安全を守る側面が強い。現国王がさっさとシルヴィアを女王とすると明言してしまえば全て解決する。しかし、有力貴族内でも意見が割れているらしく今決めてしまうと最悪内戦の発生だ。
サイモンは5年前にシルヴィアを暗殺しようとした罪で終身刑を言い渡されている。さらにタチが悪いことに奴はSSS(ソルヴェークシークレットサービス)通称トリプルSと呼ばれる諜報部隊の元メンバーだ。その人脈を使えばここに来ることもたやすいだろう。
あの王は優秀だ。時間はかかるが説得はできるだろう。いいリハビリになりそうで安心した。
「報告ご苦労。私が何とかしよう」
紅人はメモリーチップをショートさせて使えなくするとシルヴィアの元に戻る。サイモンが来るにしても2、3日の猶予はある。何事も起こらないもしくは起こさせないのがベストだ。しかし、彼女が帰国して自分の手の届かないところで襲われるよりは今ここで襲われた方がいいと紅人は思っている。戦うために生まれた紅人に戦うために訓練した人間が単純な戦闘能力で勝るとは思っていない。
彼が考え込んでいると突然強い風が吹く。
「うぁっ」
風に煽られたシルヴィアは慣れない着物姿と下駄では踏ん張ることができずその場に尻もちをつく。下世話なカメラマンたちが一斉にシャッターを切る。転んだ拍子に袖を引っ張ってしまったようで、着物が着崩れ豊かな胸が恥ずかしそうに顔を覗かせている。シルヴィアは表情では冷静を装っているが紅人の目は誤魔化せなかった。
彼はシルヴィアの手を取りひき起こすと彼女を自分の背に庇い報道陣の方を向く。
「お集まりの皆様には申し訳ありません。只今より前5分の映像、写真、音声の公開を禁止とさせていただきます。また、データの削除をお願いいたします。これはソルヴェーク王国大使館からの命令です」
「失礼ですが貴方は雇われの護衛とお見受けします。一体何の権限があってソルヴェークの命令としているのでしょうか?」
いかにも勉強ができそうな風貌の記者がたてついてきた。紅人は大きなため息をつく。
「確かに私の言葉はハッタリです」
記者たちの顔が浮ついたのもつかの間だった。
「ですが、この要請を聞かないというのであれば柊紅人を敵に回すことをご理解願いたい」
集まった報道陣の顔は凍りつき、選択肢など初めから無いという事実を突きつけられた。彼らは知っている。紅人の反感を買った民法が不正を暴露され倒産したり、企業秘密を知った記者が3日後に失踪したことを。多少のことなら国さえも黙らすことができる彼の影響力の前で一端の記者など小蝿と同義だ。
「確認のためメモリーの提出をお願いします。言っておきますがオンライン上に出ているデータは全て追跡できるので妙な考えを起こさないように」
紅人は笑顔で釘を刺す。
「ごめんなさい紅人。私が不甲斐ないばかりに……」
「シルヴィア王女の品位と安全を守るのが仕事ですのでお気になさらず」
これ以上撮影を続けられる雰囲気ではなさそうだったので少し早いが切り上げることにした。
シルヴィアは普段着ている白いシャツとスカートを身につけると紅人に続いて昼食会場に向かう。そこには広すぎない個室にテーブルが1つ置いてあった。ただし、皿とカトラリーは2セット。それも向かい合わせに置いてあった。
「紅人、座ってもらえるかしら?できれば昼食の時くらいいつもの貴方でいて欲しいわ」
どうやらシルヴィアの計らいで紅人の分の昼食も用意されるらしい。
「契約書には昼休憩の時は自由時間と書いてあった。だから、シルヴィと食事することにしようかな」
紅人は用意された席に座ると会話を楽しみながら食事を進めた。
「シルヴィに話しておきたいことがあるんだ」
食事が終わって紅茶を飲む紅人は切り出した。
「何かよくないことでもあったのかしら?」
シルヴィアは紅人の顔からいい話ではないことを感じ取ったようだ。
「君を狙うものが近々入国する。できれば予定をキャンセルして欲しいが無理だよな?」
「無理ね。狙われるのはいつものことだから」
シルヴィアが焦らないのはそれなりに危ない目にあっている証拠だ。やはり王族に生まれるのはごめんだと紅人は思った。紅人が狙われるのは自分のしたことの結果。言うなれば自業自得だ。しかし、シルヴィアは国王の正妻との間に生まれた唯一の子供というラベルのせいで生まれた瞬間から死ぬまで狙われ続ける。
「なら落ち着くまで私のそばを離れるな。近くにいれば何をしてでも守ってやる」
「わかったわ。貴方のそばを離れないから守ってくれるかしら?」
なんだか別の意味にも聞こえる発言だがこの際気にしないことにしようと紅人は思った。女性の悪戯に付き合っても徒労は終わらない。
「休憩は終わりだシルヴィ。次の予定に移ろう」
その後紅人とシルヴィアは問題なく3日間の予定をこなした。魔の手の気配もなくこのまま平和に終わってくれればよかったのだが、4日目の朝に不穏な知らせが紅人の耳に入った。
シルヴィの護衛が殺された。夜の渋谷に飲みに行っていたところを背後からめった刺し。指紋やDNAといった痕跡は残されていなかったらしい。
面倒なことになった。
おかげでシルヴィアの護衛たちは次は自分なのではと思い萎縮している。恐怖を覚えた兵士ほど役に立たないものはないので今日から紅人は1人でシルヴィアを守ることにした。もはやどこにスパイが紛れているかわからない。
昨日までとは違って完全武装だ。服の下にパワードスーツを着込み愛用の81式突撃電磁誘導砲とピースブレイカーを装備する。
1人で守ると決めたからには甘えは許されない。なりふり構わず最大の備えをするべきだ。
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