第3話ジョージ・マイケル3

 学校を出た紅人は車を走らせ東京郊外にある母親の家へ向かっている。しかし、彼はハンドルを握っていない。100年前と違って、国産市販車には自動運転技術がどの車にも搭載とうさいされている。それどころか、自動車免許がなくても乗れる完全自動運転車、通称オートカーまで出てきている。

 学校から1時間ぐらい車を走らせて、八王子の母の家に着いた。助手席の収納しゅうのうに入れていた拳銃を腰の後ろのガンベルトに収める。多くの依頼いらいをこなして多くの人の命を奪ってきた彼は、もう武装ぶそうなしで散歩もできない体になっている。その後、カバンを取り出すと現金200万が入っているのを確認してインターホンを鳴らす。

「こんにちは隼人はやとさん。あがってください」

「お邪魔します」

 よそよそしく中から出てきた小柄な女性が紅人くれとの母である。実年齢は40歳を超えているが、どう見ても30代前半にしか見えない。しかし、親子だというのに紅人と似ているところが一切ない。

  リビングに通された紅人は母の向かいに腰掛ける。キッチンの方を見ると家事用ロボットが前来たときより新しいものになっている。

「今月の生活費です」

 紅人はカバンから現金200万円を取り出し、机の上に並べる。

「いつもありがとうございます」

「妹に不自由をかけたくありませんから」

 2人は親子とは思えないほどよそよそしく、愛想あいそ笑いを浮かべあっている。事情があったにせよ、子を捨てた母と捨てられた子なのだ。よそよそしくするなという方が不可能だ。

「彼女に会わなくていいのですか」

「私は妹をこちらの世界に巻き込む気は一切ないです」

「私があかりにあなたが兄であることを伝えましょうか?」

 紅人は怒りをあらわにする。

「私が父の死後、会社を受け継いだ最大の理由は彼女を守るためだ。事と次第によっては私より彼女の方が危険な存在となる。あの知能を正しく生かすためにもこちらの人間にするわけにはいかない。だから、私が兄であるということだけは伏せておいてくれ」

 紅人はこぶしを握りしめる。本当は自分だって妹と一緒に暮らしたい。自分のことを「兄」と呼んでほしい。しかし、それは彼女の身を危険にさらすだけで何のメリットも無い。歯がゆいがあきらめるしかない。

「わかりました。隼人はやとさんのことはこれからも秘密にしておきます」

「苦労をかけます」

 紅人の母は愛想笑いを浮かべて頷く。やはり、複雑な子供より、今の夫との間にできた子供の方が可愛いのだろうと紅人くれとは感じた。

「娘さんと息子君は元気ですか?」

「ええ、2人とも元気ですよ。上の子は今年高校受験なので、勉強が大変ですが……」

 予想通り紅人の母は上機嫌に答える。

「そうですか」

「それはそうと、カラコンを入れたんですか」

「ええ、サングラスだとよく職質を受けるので」

  彼は遺伝子組み換えで類稀たぐいまれなる身体能力を得た代わりに、軽度のアルビノ種として生まれている。彼の場合、他のアルビノ個体と違って毛髪もうはつの色素を合成することはできる。しかし、紅彩こうさいの色素を合成する遺伝子が欠損けっそんしているため、彼のひとみは鮮やかな紅色くれないいろだ。紫外線から目をを守るすべが彼の目にはないので、黒のカラーコンタクトを入れているのだ。


 紅人と紅人の母が世間話しをしていると誰かが階段を降りてくる音が聞こえる。

「おはようございます。乾 修いぬい おさむさん」

 二階から降りてきた男は紅人くれとの義理の父にあたる人だ。インターネット関係の仕事をしているため、基本的には在宅勤務である。

堅気かたぎの人間じゃねぇ奴はさっさと帰れ。薄気味うすきみ悪い」

  修と紅人の仲は見ての通り非常に険悪けんあくである。一方的に修がデザインチャイルドである紅人のことを毛嫌いしているだけである。一方、紅人の方も本音を言えばこの男に興味がない。つまらない男だし、大した才能もない、どこにでもいるような男としか思っていない。

「大人なら最低限、口の利き方に気をつけなさい。この家が誰のおかげで裕福ゆうふくな暮らしを享受きょうじゅできているのかお分かりでしょう」

「チッ、感謝してるよ」

  修は苛立いらだちを隠すことなく吐き捨てる。彼が今では高収入の会社勤めができない理由がよくわかる。

「私ではなくに感謝してください。彼女がいなければこんな家手助けしませんから」

「お前、ケンカ売ってんなら買うぞ」

  修は一回り小柄な紅人くれとをどつき回す。かかって来いと言わんばかりの行動だが、紅人は持ち前の忍耐力にんたいりょくで笑顔を崩さない。

「事実を言ったまでです」

「あんな大学に行ったら金だけむしり取って追い出してくれるわ。見た目はいいから水商売でいい線いくんじゃないか」

「口の利き方に気を付けろと言っただろう。下等生物」

  紅人は左手で修の胸ぐらを掴むと自分の顔の前に彼の顔を持ってくる。

「俺の妹に手を出してみろ。貴様のその空っぽな脳みそを壁にぶちまけてやる」

  修は恐怖のあまり何も言えない。何百人もの人を殺してきた紅人の本気の怒りは一般人には耐えられないだろう。なにせ、社内でも紅人を怒らせてはいけないと暗黙あんもくの社則まであるぐらいなのだから。

  紅人は修を壁に投げ捨てる。あまりの恐怖に修は口をパクパクさせ、座り込んでいる。

「お見苦しいところをお見せしました。今日はこれで失礼します」

  紅人は母に向かって笑顔で一礼するといぬい家を後にする。


  乾家を出て車に乗った紅人は数百メートル先の裏路地で車を止め、カラーコンタクトを外し、車内で本を読んでいる。この車の窓は紫外線カット率98%なのでアルビノの目を持つ彼でも目を痛めることはない。

「待ちましたか?ボス」

 扉を開け、車に乗ってきた男は武装運輸会社BLACK HAWK の中で紅人が最も信頼を置く人物。高槻 健太郎たかつき けんたろうである。

「待ってない、今来たところだ」

「仕事以外でもその口調で話してくれると嬉しいんだがな」

「そうはいきませんよ、高槻さん。あなたは一応歳上ですから」

 紅人は愛想あいそ笑いではない本当の笑みを浮かべる。一方の健太郎はやれやれと言わんばかりの表情だ。

「交代要員は?」

「ホワイトオスプレイであります」

「社に戻ったらホワイトオスプレイにこう伝えろ。『明日には肉食獣のコードネームセカンドに役目を引き継ぎ撤収てっしゅうしろ』」

「了解であります」

 健太郎は紅人に敬礼で応える。少し長めの敬礼を終えた健太郎は仕事モードのスイッチを切り、イスのリクライニングを後ろに倒す。

 紅人は自動運転モードに会社を入力する。すると、「目的地への自動運転を開始します」と言う声の後、車はゆっくりと加速する。下手な人間が運転するよりずっと安全性が高いので、行政や車会社は手動運転よりも、自動運転を推奨すいしょうしている。

 特にすることもないので紅人は外を眺める。2040年代から世界的に行われた温室効果ガス抑制プロジェクトの効果で、100年前より地球温暖化は落ち着いてきた。とはいえ、すでに桜は葉っぱが多めについている木が多い。

  それにしてもひまだと紅人は感じる。本は先程読み終わってしまったし、健太郎けんたろうは助手席で熟睡中じゅくすいちゅうで話す相手もいない。彼は大きなため息をつき、再び外を眺める。

  2、3分車を走らせたところで、紅人はふと、気になるものを見た。裏路地で日傘をさした少女が4人の男子生徒に絡まれている。見たところ絡まれている少女と絡んでいる少年達の制服は違う。少女の方は国立のハイレベル高校の制服で、少年達はその逆の制服だ。

  紅人は積極的に面倒ごとにから良心りょうしんは持ち合わせていない。むしろ、面倒ごとや戦闘は可能な限りけるのが彼の仕事スタイルだ。ただ、この時の紅人くれとはなんとなく少女のことが見逃せないと思い車を路肩ろかたに止めた。

 

  紅人が車を止める前、少年達はを求めてあたりをふらついていた。彼らは目当ての子を見つけると声をかけて強引に遊びにさそう地元ではちょっと有名な不良だった。

  いつも通り駅の周りで張ってた少年達は日傘をさす白髪はくはつの少女を見つけると声をかけるため後をつけていた。

「君、国立先端科学高校こくりつせんたんかがくこうこうの子だよね」

「そうですが、何か用でしょうか」

 声をかけられた少女は日傘を深くさし顔を隠す。

「いやー俺たち遊び相手を探していたんだけどどうかな?」

 リーダー格の少年が一歩前に出る。

「あいにく私は生まれつき身体が弱いのでお断りします。他の女性を誘ってください」

 白髪の少女は玲瓏れいろうとした声で言う。彼らの言う遊びはただの遊びではないことは明らかだと彼女は感じた。

「そんなこと言わずに俺たちと遊ぼうぜ〜」

「あぁっ」

  少女の手から日傘が取り上げられる。日傘の中から現れたのは真っ白に咲く一輪の百合ゆりのような少女。髪は細く、透き通るような白髪。しゅっと引き締まった顔立ちに薄く引かれたルージュ。宝玉のように輝く真紅しんくひとみ。背は小柄でありながら、大きく発達した胸と完璧なボディライン。弱々しくも守ってあげたいと直感的に感じる美少女だった。

「君、めっちゃかわいいじゃん」

 リーダー格の少年の後ろにいる3人も同じようなことを言って盛り立てる。

 少年の手が少女のあごに触れようとした瞬間、その手は払われた。その行動は少年を逆なでするのに十分だった。

 少年は少女の首を抑え、彼女の雪のように白い太ももをでる。

「調子に乗ってるとこの場でおかすぞ」

 少年は彼女の太ももに置く手を上へ滑らせスカートの中へと入れていく。

「先輩。こいつアルビノのですよ。きっと乳首とあそこは綺麗なピンク色ですよ」

 貞操ていそう危機ききを感じた真紅しんくひとみには涙が浮かんでいる。恐怖で身体はふるえ、今にも声を出して泣き叫びそうだ。


  少女が少年に押さえつけられた時、紅人くれとは一本の電話をかけた。

「こちらファルコン、ホワイトオスプレイ応答願う」

『こちらホワイトオスプレイどうぞ』

「手を出すな。俺が行く」

  紅人は相手の返事を待たずに電話を切る。その表情にはあせりと怒りが混ざっており、今にも人を殺しそうな勢いだ。

  助手席の収納を開け、80式拳銃を腰の後ろのガンベルトに収める。

「殺すなよ」

「わかっている」

 紅人は車のドアをいきおいよく閉めると白髪の少女の元へ駆けて行く。


  不良少年の手が白髪の少女の胸をつかもうとした時だった。

「女の子に乱暴するのは良くないぞ貴様ら」

  紅人くれとはリーダー格の少年の方に手を置いてさとす。無論むろん、彼らをせられないことはわかっているし、万が一説き伏せたとしてもそれだけで済ませる気は毛頭もうとうない。そのぐらい今の紅人の腹わたは煮えくり返っている。

「なんだてめぇ」

「私の名などどうでもいい。彼女を解放しろ」

 紅人はリーダー格の少年の肩においた手を握る。

「お望み通りテメェをぶっ殺してから、この女を犯すとしよう。お前らやっちまえ!」

 後ろにいた1人が紅人を拘束こうそくしようと羽交はがいめをかける。

 もう2人は羽交い締めにされた紅人にりを入れようと近寄ってくる。この時点で不良少年達は自分達の勝利を確信してるようだ。

「舐められたものだ」

  紅人は羽交い締めをしている男に頭突ずつきを入れる。鼻の骨が折れる感触が伝わり、少年の鼻からはものすごい量の血が出ている。

  羽交い締めを解いた紅人は中段蹴りを仕掛けてきた少年2人の足を掴み後ろに一回転させる。2人は後頭部を強打して気絶する。後遺症こういしょうが残りそうな一撃だが、知ったことではない。

目障めざりだ」

  紅人は無表情で大量の鼻血を出す少年に蹴りを入れる。鳩尾みぞおち強烈きょうれつな蹴りを食らった少年は倒れこむ。なおも意識がある彼に紅人はトドメの蹴りを頭に入れる。

  返り血を浴びている紅人の表情に一切の変化はなく、非常に落ち着いている。おそって来るものはすべてをねじ伏せると言葉ではなく、行動が語っている。はたから見れば紅人の方が悪人に見える有様だ。

「お前、俺たちに手を出して無事で済むと思ってんのか?」

「貴様がどんなヤクザとつるんでるか知らないが、多分そいつは俺にケンカを売ることはできない」

 紅人は事務作業をこなすように淡々たんたんと言う。

「何故だ」

「答えてやる義理ぎりはない」

「そうかよ!」

 リーダー格の少年は懐から折りたたみ式ナイフを取り出し紅人に斬りかかる。

 ーー今どき折りたたみ式ナイフなんて珍しいな

  紅人はそう思いながらナイフをける。素人しろうとが振るうナイフなど戦闘用に遺伝子を調整されて生まれた紅人には恐るるに足らない。上方向からしか来ないナイフを紅人はつまらなそうに後ずさりしながらける。ど素人だ。ヤクザとつるんでいるならナイフ術ぐらい学んでるものかと思ったが全くそんな気配が見えない。

  これ以上は無意味だと感じた紅人は振り落とされたナイフを持つ手首をつかひねる。少年は痛みのあまりナイフを落とす。武器を失った不良など赤子同然だ。無慈悲な掌底がリーダー格の少年のあごを撃ち抜く。

 

  不良少年達を組みした紅人はアルビノの少女に左手で日傘をかたむける。

「大丈夫ですか?」

  紅人くれとは右手を差し出す。怖がらせないように優しく問いかけたつもりが、彼女の真紅しんくひとみにはしずくがたまっている。無理もないかと紅人は思う。レイプされそうになって怯えない女性など紅人の知る限り、BLACK HAWK の女性戦闘社員しか思いつかない。あの人たちはされる前に返り討ちにするだろう。

「助けてくださりありがとうございます」

  少女は紅人の手をつかんで立ち上がる。真っ白で日焼け1つない柔肌やわはだは彼女がメラニン色素を一切分泌ぶんぴつできないアルビノ個体だと物語ってる。

「あの、あなたもアルビノですか」

「目だけですけどね」

「でも、日差しは痛いですよね。よかったらこれを使ってください」

 少女はカバンからサングラスを取り出し紅人に渡す。渡されたものはレンズの色が薄く、必要以上に瞳孔どうこうが開かない目に優しいものだ。

「ありがとうございます」

 紅人がサングラスを受け取った時、後ろからサイレンを鳴らした車がやってくる。中から降りてきた若い警官は現場を見るなり紅人に銃を向ける。

「大人しく両手を上げて、地面に伏せろ!」

「あー、待てよ。今ものを取り出すから撃つなよ」

 紅人はうんざりしながら身分証を出そうとする。

「動くな!」

「落ち着けって。別に君にケンカを売ろうってわけじゃないんだ」

 これだから無駄に正義を信じてる若手警官は嫌いなんだと毒づきたい気分にかられる。ただ、それを表に出しては余計面倒なことになるので、こらえて警官の言う通りにする。

「悪いけど君、右の内ポケットから身分証を出してくれないか」

「分かりました」

 白髪の少女は言われた通り紅人のポケットをあさる。彼女の髪からはふわっと甘い香りがした。

「おい待て!」

 警官は血相けっそうを変えて怒鳴る。この時、紅人は警官に背を向けたことを後悔した。彼は背後には拳銃が収められている。武器の所持を合法化されているが、話が通じなそうな警官には無意味だ。

「ごめん」

 白髪の少女に先に謝った紅人は振り向きざまに80式拳銃を抜き発砲する。銃弾は警官の持つ銃に当たり、それを破壊した。

「すいません。話しても分からなそうでしたので、実力行使をさせていただきました。私、武装運輸会社BLACK HAWK 代表取締役柊紅人と申します。この通り行政特権で武器の携帯及び国家機密保護こっかきみつほごのための破壊活動を許可されていますので悪しからず」

 紅人はたかもんが入った身分証をかかげて言う。

「つきましては今回のおおわびがわりに彼女を家まで送ってください。さもないとあなたはクビです。警察なら私の権力がどこまで及ぶかわかりますね」

 警官は無言で頷き少女をパトカーへ乗せる。紅人は終始笑顔でいたがその笑顔からは恐怖しか感じられない。

 少女は「ありがとうございました」と言い去っていった。

「過保護だなぁ」

 車から降りてきた健太郎けんたろうは紅人の肩を叩く。

「うるさい」

 紅人は色白のほおを赤らめて車に向かっていく。

「シスコンめ」

















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