第4話ジョージマイケル4

  2118年4月11日。

  武装運輸会社BLACK HAWK の代表取締役こと柊紅人ひいらぎくれとはアメリカに飛ぶべく完全武装で東京湾の自社飛行場に来ていた。

  今回の依頼で使うのは自社製中型輸送機『とび』。最大貨物量62t、最高速度マッハ1.3、防衛火器に12.7㎜キ式機関銃を前に2門、機体上方に2門、下部に2門、左右に3門ずつ、後部に2門の計14門の機関銃。それに加えてフレアを搭載している。

  アメリカに行くのは猛禽類のコードネームファーストの6人全員と肉食獣のコードネームセカンドの半分にあたる7人、と紅人、計14人である。操縦そうじゅうするのは元日本空軍のエースパイロットにして、コードネームブラックイーグルこと高槻 健太郎たかつき けんたろう。社員の中で紅人が最も信頼を置く人物である。


「ブラックイーグル、飛べるか」


 紅人は機体の最終点検をしている健太郎に問いかける。


「飛べます」

「よーし、全員乗り込め。5分後に出発する」


 全員が乗り込むと飛行機はハッチを閉め、滑走路へと向かう。


「これより仕事が終わるまでの2週間はコードネームで呼びあえ。私達の正体を悟られないよう厳命する」

『了解』


 健太郎を除く、機内にいる全員が敬礼をする。


「テイク・オフ・レディー」

「ゴー!」


  紅人の合図で健太郎は離陸を開始する。低燃費かつ高出力エンジンの「木星」を4発積んでいる機体はみるみる加速し、あっという間に500kmまで加速し大地を離れていく。


 


  アメリカには約7時間で到着した。政府の依頼とはいえ、違法行為をするため空港は2週間貸し切っている。可能な限り一般人を巻き込まない配慮はいりょである。

 普通、この手の仕事をする人間は一般人に配慮することは少ない。むしろ、一般人を盾にして公的機関から身を隠す人の方が多い。

  紅人くれとの父もそっちの人間だったが、紅人は違った。たとえば、仕事で1人の要人を運ぶのに一般人100人を危険にさらすのはおかしいと彼は思ってる。どんな人間の命は平等というわけだ。


「ボス。何人連れて行きますか?」


 飛行機を置いてきた健太郎は荷物の積み込み指示の手を止めて聞く。


「とりあえず、猛禽類のコードネームファーストだけでいい。他は決行まで町で遊んでようが何してても構わん」


「ヤッホー」と生きのいい声が聞こえる。普段から命がけの仕事をしている彼らにとって、交通費無料で海外にこれるのだ、無理もない。


「ミスしたら再訓練だから覚悟しとけ!」


 浮き足立つお留守番組に紅人は釘を刺す。1人のミスで部隊全員が死ぬこともあるので当たり前とも言える。

 

 


  30分程して荷物を積み終わったと報告を受けた紅人は2台ある装甲車のうち、セダンに偽装ぎそうした装甲車に乗る。見た目は黒のセダンだが、防弾防爆ぼうだんぼうばくガラスに防弾タイヤを装着した立派な装甲車である。

 ちなみにもう一台は軍用の装甲車で偽装なんて可愛げことは一切していない。

  紅人達はターゲットの家に向かう。セダン装甲車には紅人と健太郎2人が乗っており、後の4人は後ろの軍用装甲車に乗っている。


「そういえばこの前、ボスの妹のあかりちゃんを久しぶりに見たけどいい女になってたじゃないか」

「頭はもっといいけどな」


 紅人は若干嬉しそうにいう。

 普通、妹や弟より学問で劣っていることはコンプレックスになる場合が多いが彼の場合違う。きっと、陰ながら守ってあげている分、親目線になっているのだろう。


「前から思ってたけど、ボスは重度のシスコンだよな」

「何言ってんですか。兄貴が妹を守ってあげたいと思うことのどこがシスコンなんですか?」


  健太郎が見るに紅人は開き直っているように見えない。本心で言っているのならそれはもうどうしようもないシスコンなのではないだろうか。

 ほぼ確実に本心なんだろうが……


「そんなに妹が可愛いなら、いっそそばに置いたらいいんじゃないか?」

「そう思うことも多いですが、あかりをこの業界に巻き込みたくないですから」


  紅人は残念そうな表情を浮かべる。彼にのはもう妹だけだ。彼女と一緒にいたいが、それよりも彼女の安全が大事だ。

  会社をいだ理由もほとんどは妹を守るため。彼女の安全に自分が不必要ならば自分は近寄らない。このスタンスで紅人は3年前から仕事をしている。


「俺もこういう兄貴が欲しかったなぁ」

「ブラックイーグルは姉が2人に妹が1人の女系家族ですからね」

「軍人になるって言った時は親から大反対されたよ」


 紅人はクスクスと楽しげに笑う。


「何がおかしいんだ?」

「いやぁ、そんな君が今は軍人より命の取り合いをするうちで働いていると思うとおかしくて」

「確かにな」


 紅人と健太郎はその後も他愛もない話を絶やさず目的地に向かった。




  1時間程車を走らせたところで今回の隠れ家に着く。周囲に家はなく手入れされた草原が広がっている。

  ぞくに言う高級住宅街で、著名な映画スターや社長もこの辺りに居を構えている。隠れ家からターゲットの家までは3.5km程で遮蔽物になりそうなものは一切ない。

  平原での撃ち合いは数がものを言うので可能な限りけたい。狙撃合戦をするにも、1kmを超える距離では弾の直進性が強い対物電磁誘導砲レールガンを使わないとお話にならない。

  しかし、今回持ってきた対物電磁誘導砲レールガンは1丁だけだ。他にも1丁長距離狙撃用のレーザーライフルを持ってきているが紅人くれとしか扱えないし、対人用ではないので使い道がない。


「めんどくさくなりそうだ」


  紅人はソファーに寝転び目を瞑る。昨日から不眠不休で働いていたので眠気が襲ってくる。睡魔すいまに身を任せてもよかったのかもしれないが、その前に部下に対して指示を出さなければと思いソファーから起き上がる。


「こちらファルコン。総員に通達する。直ちに2階に集合せよ」


  今更だが、「ファルコン」は紅人のコードネームである。彼以外の猛禽類のコードネームファーストは父が軍人時代に所属していた部隊のものを流用している。

  とはいっても、最初の猛禽類のコードネームファーストは殆どが殉職していて、今では2人しか生き残っていない。

  その際、同じ動物名を呼び分けるために動物名の前に「ブラック」「ホワイト」をつけている。

  対して、肉食獣のコードネームセカンドは紅人が作ったものなので、一人一人が「ライオン」「ジャッカル」などのコードネームを持っている。

  3分程で全ての社員が集合した。彼は部下たち全員に座るようにうながすと部屋を暗くし、携帯型投影端末を使って壁にターゲットであるジョージ・マイケルの資料とこのあたりの地図を投影する。


「今夜から警備のタイムスケジュールを探ろうと思う」


 紅人はもう一枚スライドを出すと説明を始める。


「ブラックオスプレイの調査によるとターゲットは警察ではなく、軍人に守られている。しくじって増援を呼ばれた暁には7km先にある駐屯基地からふざけた数の敵が押し寄せてくる」


  ブラックオスプレイとはタクミのコードネームである。

 社員たちの顔はいつになく真剣だ。ここにいる社員は殆どが軍人や警察特殊部隊上がりの精鋭せいえい。今回の仕事がいかに難しいものか理解できないものはいない。


「これから口頭にて各員へ命令を下す。まずブラックオスプレイ。貴官はターゲットの家のセキュリティシステムを掌握しろ」

「了解であります」


 タクミは敬礼で応える。真面目な彼らしい態度だ。


「次にホワイトイーグル。貴官は狙撃ポイントとカウンタースナイプ予想位置を探れ」

「りょーかい」


 直己なおみはライフルケースを持って部屋を後にする。


「次に……」


 社員に命令を下そうとした時、電話が鳴る。見慣れた秘匿ひとく回線。呼び出し人は防衛大臣だ。


「ブラックイーグル、後の指示を任せる」


 紅人は指揮権を健太郎けんたろうゆずると隣の部屋に移り電話に出る。


「こちらファルコン。何用ですか?」

『おお、紅人君か!よかった。至急伝えなきゃならんことができてな』


 電話に向こうからは防衛大臣の声が聞こえる。至急の要件と言う割には急いでいるように聞こえないのが、紅人には腹立たしかった。


「閣下。いくら秘匿回線とは言え、作戦中はコードネームで呼んでくださいといつも言ってるでしょう」

『すまなかった』


 大臣は電話越しに頭を下げる。


「それで本題に入りましょう」

『そうだな。今日の明け方ジョージ氏の御家族が日本に亡命された』

「はぁ」


  紅人は驚きのあまり素っ頓狂すっとんきょうな声を出す。

  完全に予想外の出来事だ。いくら本人よりも警備が甘いとはいえ何かしらの監視が付いていたはずだ。おそらく、どこぞの正規軍か影響力の強い裏社会の人間、どちらかの協力を取り付けたのだろう。


「野党が動いた可能性はありますか?」

『断言はできないが無いだろう。大方、君達のような人間に頼んで送ってもらったのだろう』

「わかりました。連絡ありがとうございます」

『無事を祈っている』


  電話が切れたのを確認した紅人は端末を放り、ベットに寝転ぶ。

  最悪だ。このタイミングでターゲットの家族が亡命するなんて、いいことが1つもない。国境警備は厳しくなるし、ターゲットの家の警備兵も増えるだろうし、とにかく最悪だ。


「ブラックイーグル、電話は終わっている」

「さすがはボス。気づいていましたか」


 紅人は吐き捨てるように笑うとベットの上に座る。


「クライアントから連絡があった。ターゲットの家族が亡命したと」

「わかりました。より一層警戒するよう伝えておきます」


 紅人の一言で全てを察した健太郎は部屋を出ようとする。


「ブラックイーグル」

「まだ何かありますか」

「西海岸に停めてある隼10機にいつでも出動できるよう準備させておけ」

「了解であります」


  健太郎は敬礼をすると部屋を後にした。有能な部下というのはいい。いちいち説明しなくても察してくれるから楽だと紅人は思う。

 紅人は「ふぁー」と大きなあくびをする。


「お風呂に入って寝よう」


  時計を見ると時刻は午前2時。

  脱衣所に行くと紅人は服を脱ぐ。シャワーの温度を上げ体を洗う。

  一通り体を洗い終わると彼は鏡を見る。

  小さい頃から拷問のような訓練と数多の実戦をしてきた体は生傷が目立つ。その左胸には手のひらサイズの急滑降して獲物を捕らえに行くはやぶさを絵描いた刺青タトゥーがある。これは3年前会社を受け継いだときに入れたものである。


「反対にこの背中は」


 紅人は壁を叩く。背中に刻まれた同じくらいの大きさの刺青タトゥー。空に向かって飛翔ひしょうするたか。BLACK HAWK のエンブレムだ。

 これはあの父の血を引いていることの証。兄妹の証。もっともにく刺青タトゥーであり、最も大切な刺青である。


「もう寝よう」


 紅人はバスローブを着てベットに飛び込む。




  目が覚めたとき、空は明るく頂点に近付こうとしていた。時計を見ると11時。疲れていたとは言え寝すぎだ。

  紅人はバスローブを脱ぎ、青いワイシャツに形式的なズボンを履く。朝食はいつも通り甘いトーストと目玉焼き。ものの15分で身支度を済ませると外に出る。

  昨日ついた時にはもう暗かったのでよくわからなかったが、1.5km離れたところに鉄塔が一本ある。今は使われていない電線というやつの名残だろう。古くて安全性に不安があるが、夜なら位置バレしにくい狙撃位置になるだろう。


「ボス、どこかに行くんですか?」

「ちょっと情報を集めてくる」


 紅人はセダン型装甲車のエンジンをかける。


「ホワイトイーグル、昼過ぎには戻ると伝えてくれ」

「了解であります」


 彼は自動運転システムに目的地を入力する。無機質な音声とともに車は発進する。




  2時間程車を走らせた紅人くれとは目的地に着く。車を降りるとそこには彼が買った隠れ家よりも大きい家がそびえ立っている。門の前にはサングラスをかけた黒ずくめの門番が2人立っている。門番は彼よりも一回り大きく、巌のような体つきだ。


「止まれ!」

「クレト・ヒイラギが来たとボスに伝えろ」


  彼は胸ポケットからパスポートを取り出し、門番に渡す。門番はパスポートと顔が一致していることを確認し、家の中へ駆けていく。もう1人の門番は執拗に彼を見ているが気にしないというか仕方ない。

  数年前、アメリカを敗戦に追いやった立役者が目の前にいるのだ。禍根かこんがあるのも当然だ。


「ジェーン氏がお会いになるそうだ。入れ」

「ありがとうございます」


 黒ずくめの門番が紅人にボディーチェックをしようと近づいて来る。


「身体検査はやめてくれ」

「では、銃をこちらへ」


  男は手を差し出す。彼は黙ってその手の上に50ドルを乗せる。すると、身体検査をしようとした男は金を握りつぶす。


「いい加減にしてください。痛い目にあいたくはないでしょう」

「あなた達は来訪者を信用していないから銃を携帯しているでしょう。だったら、私が同じ理由で銃を持っていても問題ないでしょう」

「郷にはいらば郷に従えです。ここは抑えてくれませんか」


 男は意外にも感情的にならない。この社会で無くても食いぶちには困らなかっただろうに。


「無理です。『郷にはいらば剛を押し通せ』が私の心情です」

「ならばお引き取りください」


 はたから見れば紅人は完全なクレーマーだろう。だが、彼の顔に悪気は一切ない。お互い対等な立場で話をしようと言っているだけである。

  にっちもさっちも行かないと感じた紅人は携帯端末を取り出して本社に暗号メールを送る。ニヤニヤと笑みを浮かべる彼に門番2人は恐怖と苛立ちを感じた。


「本社に連絡して対地ミサイルを4本積んだ戦闘機を2機呼びました。10分ほどでこの屋敷は平らになります。嫌ならここを通してください」


  門番の顔はみるみる青くなっていく。紅人がやると言ったことをやる、有言実行人間だということは裏世界のものなら誰でも知っている。

 以前、彼との取引を反故にした組織がヘルファイヤミサイルで一網打尽にされたことは有名な話だ。


「わかった!わかったから飛行機を追い返してくれ!」


  紅人は満面の笑みを浮かべると門番に携帯端末を放り投げ「42971」と打ち込むよう言う。言われた番号を打ち込むと作戦中止と端末に表示され2人は安堵する。









 

 

 

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