5話ジョージ・マイケル5

  紅人くれとは門番に案内されて屋敷の中に入る。時々すれ違う人がさまざまな目線を向けてくるが、彼は一切気にしない。いくら裏社会で顔が聞く紅人と言えど、実害を出されない限りは手を出さない。必要以上にツッコミを入れすぎると敵が増えすぎて敵対徒党てきたいととうでも組まれたらたまらない。

 今から会うのはアメリカ裏社会のトップの一角「パトリック・レディントン」。悪のコンシェルジュと言う異名をつけられており、アメリカ内外問わず様々な犯罪のお膳立てを生業なりわいとしている男である。


「レディントンさんは中でお待ちだ」

「ありがとう」


 紅人は案内された部屋のドアを開け中に入る。ドアが閉まった瞬間、ドア横に立っていた男が紅人の頭に銃口を突きつける。


「銃を渡してもらう」


 男が紅人の銃を没収ぼっしゅうしようとした時、彼は冷静に状況を分析していた。数は3人、胸のあたりの膨らみから全員拳銃持ち、殺さずに無力化するのは難しい。


「レディントンさん、殺したく無いので彼らを下がらせてください」

「殺さずに無力化したら貸し1にしておこう」


 なら頑張ってみるか。

 紅人は振り返り、左手で後頭部に当てられた銃口を右奥に控える男に無理矢理向ける。銃を逸らされた男は焦って引き金を引いてしまう。放たれた銃弾は右奥の男の右大腿部みぎだいたいぶに穴を開ける。左に立つ男が紅人の動きに反応してふところから銃を抜く。

 遅い。

 紅人はガンベルトにしまっていた銃を抜くと同時にノールックで発砲する。すると、左にいた男は左大腿部を撃ち抜かれ倒れる。

 最後に紅人は後頭部に銃を突きつけていた男の右足を撃ち抜き銃を取り上げる。彼はその銃のマガジンをリリースし、コッキングした後床に捨てる。


「見事だ!本当にやってしまうとは」


 レディントンは手を叩き紅人を褒める。彼は目の前で部下がなぎ倒されているのに眉ひとつ動かさない。倒れている男達とはくぐってきた修羅場の数が違うのだろう。


「次こういうおもてなしをしたらあなたの眉間に鉛玉をプレゼントしますよ」


 紅人は笑いながら物騒なことを口にする。無邪気な笑みを浮かべているが、恐らく彼は本気でやるだろうとレディントンは感じた。人を殺めることを何とも思っていない。さすがはあの男の息子と言うべきか。


「お前たち、治療してきなさい」


 レディントンの周りを守っていた男たちは肩を支えあいながら部屋を後にする。

 レディントンと2人きりになった紅人は彼の前に腰掛ける。今更ながらレディントンの頭には頭髪がない。今年57歳になるので当然といえば当然である。


「それで今回は何でうちに来たんだ?」

「率直に聞きます。ジョージ・マイケルの妻子を日本へ送ったのはあなたですか」


 紅人はレディントンの目を鋭い目つきで見据える。微塵の嘘も見逃さない。彼の目からはそんな熱を感じる。

 レディントンは一切の動揺を見せず紅人の質問に答える。


「私ではないし、運ばれたことも初めて知ったよ」

「そうですか」


 紅人は肩の力を抜き腰掛ける。


「それを聞くということは、マイケルの亡命手引きを引き受けたんだな」

「ええ、我が国は亡命者を広く受け入れてますから」

「よく言う、移民の受け入れを未だに認めていないくせに」


 確かにそうだ。日本は治安悪化防止を建前に移民を認める気がないし、これからも認めないだろうな。

 2人は苦笑する。


「最近のアメリカはどうですか」

「大統領選挙に向けて大忙しだよ。大方、右翼のマクラミランが当選しそうだけどね」


 主力の次期大統領候補である、右翼のマクラミランは最近日本のニュースでも度々話題になっている。現職の大統領と違い、打倒RFJラフジェ連合を掲げる過激な男だ。彼は演説で3年前に結ばれた日米安全保障条約を破棄し、再び輝かしいアメリカを復興させようと声だかに叫んでいる。それが若年層に熱烈ねつれつな支持者を生み出している。

 まるで第一次世界大戦敗戦後のドイツを見ているようだ。


「戦争になったらお互い稼ぎどきになるのか、それともあなたと戦うことになるのか。どちらも勘弁願いたいが、もしやるなら前者であってほしいです」


「私は君と違って自国からも追われている犯罪者だ。戦争になっても国に尽くす道理はないよ」


 それでもレディントンは紅人が邪魔になったらいつでも敵になるだろう。持ちつ持たれつ、昨日の友が今日の敵になることも珍しくない。

 自分たちが裏社会で最大の利益を得られるように立ち回るのがこの世界の常識。紅人のように国の依頼を受けている方が珍しいのだ。

 紅人とレディントンはその後いくつかの情報交換をした。

 アメリカ情勢を知れたし、有意義な時間だった。この先のアメリカ情勢が少し不安だが、いざとなれば叩き潰すだけだ。


「そろそろおいとまさせていただきます」

「また会えることを楽しみにしているよ」


 紅人は複雑な笑みを浮かべるとレディントン邸を後にする。次会うときは敵かもしれない。薄情にもそんなことを考えながら紅人は部屋を後にする。




  紅人がレディントンの屋敷を訪れている頃、残された社員たちはターゲットの家の守りを調べ始めた。3時間ぐらい経つと直己が戻ってきた。彼は隠れ家に入るなりライフルケースを投げ捨てソファーに座る。


「だらしないぞホワイトイーグル。仕事は済ましたのか?」

「そこんとこは抜かりないです。俺も死にたくないんで」


 コードネームホワイトイーグルこと直己は電子マップ上に半径4km以内の狙撃地点を入力したデータを健太郎に渡す。健太郎はデータを受け取るとすぐにまとめて投影用の地図に反映させる。


「ホワイトオスプレイただ今帰還しました」


 白髪混じりの年季の入った男性が隠れ家に戻ってくる。彼はホワイトオスプレイこと加藤雅英かとうまさひで。今年で52歳になる歴戦の現場兵士である。


「ホワイトコンドル、ブラックコンドル帰還しました」

「お疲れ様」


  ホワイトコンドルこと金子亜里沙かねこありさは今年32歳になる女性衛生兵である。2年前に国立の軍医大で腕のいい外科医がいると噂だったのを紅人が引き抜いてきた。現在二児の母でもある。

  ブラックコンドルこと中条穂波なかじょうほなみは今年27歳になる女性である。BLACK HAWK の中でも特殊な経歴の持ち主で、元殺し屋である。3年前に紅人を色仕掛けで暗殺しようとしたところを逆にスカウトされたのだ。その時、紅人は口封じと見せしめの意味を込めて彼女の所属していた殺し屋サークルを壊滅させているが、当人は全く気にしてない。


「大した情報はつかめませんでしたけど、軍内はターゲット家族を逃した失態を帳消しにしようと目の色を変えているのようですよ」


 穂波は衣服を緩める。おじさま達をたぶらかしてウンザリしているのだろう。時間的に身体を重ねる時間はなかったはずだが、一体どんな手で情報を聞き出したのか健太郎は気になった。


「私の方は医療物資を調達してきました。即死でない限り殉職者は出しませんよ」


 チャラい穂波に対して亜里沙は形式的に応え、お茶の用意をしだす。さすがは二児の母だ。


「ブラックイーグルこちらをデス。オート警備システムの場所と装備をまとめたデス」


 2階から降りてきたタクミは1枚のハードディスクを渡す。現在のオート警備システムは高度なAIを搭載しているため、下手に人間が守るよりよっぽど脅威だ。なにせ去年発表された最新型の機種は5km先の敵を感知、分析し、適切な武装で敵を倒す凶悪な仕上がりになっている。


「なんだ、全員戻っていたのか」


 12時30分を過ぎると紅人くれとが隠れ家に帰ってきた。


「おかえりなさいボス。お茶が入りましたので皆さんもどうぞ」


 紅人は一旦二階に上がり上着をかけてくるとソファーに腰掛け紅茶をすする。


「美味いな」


 アールグレイとダージリンのブレンドとは定番だがお互いの良さを邪魔しないように分量を調節しているのだろう。香り高く、それでいて落ち着いた味がする。


「ありがとうございます」


 全員が一杯目の紅茶を飲み終わると紅人は話し始める。


「さて、各々持ち帰った情報を共有しようか」

「こちらにまとめておいたので私から説明します」


 健太郎は立ち上がりまとめておいた情報を説明しだす。


「まず敵はアメリカ軍の精鋭部隊ネイビーシールズ。ターゲットの家の近くに張り巡らされている対物レーザーに引っかかれば、ここから15分の所にある基地から一個大隊の増援がぶっ飛んでくる。厄介なのはそれだけじゃない。自動防衛装置もかなり凶悪なもので500m以内に非認証の者が侵入するとたちまち蜂の巣だ。ちなみに機銃のレートは8万だ」

「ホワイトイーグル。貴官のハッキングで自動防衛装置を黙らせることはできるか?」

「厳しいですね。なにせあの家の防衛装置は完全オフラインになってマス」


 タクミの話を聞いた紅人は難しい表情を浮かべる。スモークを炊けばいいと思うかもしれないが、サーマルセンサー付きのレート8万の機銃の前では無意味だ。

 今日サーマルセンサーの進化とスモークの進化はいたちごっこが続いている。今のところサーマルセンサーの方が一歩先を行っている。しかし、スモークの方もサーマルセンサーが標準装備され始めた50年ほど前から冷却ガスを煙と同時に放出するようになり、日々改良されている。


「仕方ない。周辺住民に多少迷惑をかけるが、ここら一帯を停電させよう」

「それは物理的にですか?」


 ホワイトイーグルこと雅英が質問する。


「ブラックオスプレイ、インフラ設備をハッキングするとしたらどのくらいの時間乗っ取っていられる」

「そうデスネ、長くて40分、短くて30分ってところデス」


 タクミは少し考えた後答えた。

 タクミの返答を聞いて紅人は考え込む。確実性を重視するなら物理的に停電を起こした方がいい。しかし、近くにある送電場全てを無力化するには今いる人数では不可能だ。もしやるなら西海岸に控えさせている戦闘機に爆撃ばくげきさせるしかない。けれども、あまり効率的とは言えない。

 爆撃をしたら絶対に警備は今以上に硬くなる。万が一、戦車なんか出てきた日にはこちらもそれ相応の兵力を日本から呼ばなければならない。そうなれば確実に赤字になる。たまったもんじゃない。


「ハッキングでいこう。念のため1人4つずつEMPグレネードを渡す」


 EMPグレネードとは電磁パルスによって電子機器に深刻なダメージを与える手榴弾である。戦争の電子化が加速した現在では必須級の装備品である。


「しかし、それだと不測の事態が起きた時対処できないのでは?」


 雅英は紅人の提案に異議を唱える。


「ホワイトオスプレイ、最善の策が最適解であるとは限らない。与えられた問題に最適解を当てはめるのがプロの仕事だ」


 健太郎は鋭い目つきで雅英に言う。その言葉の裏には自分たちならできるだろうと言う挑発が込められていた。

 男という生物はいくつになっても意地っ張りで、売られた喧嘩は買う肉食獣だ。


「わかったやってやろうじゃないか」


 無論雅英もそうだ。挑発されて引き下がるほどヤワな奴らを雇った覚えはないからな。


「決まりだ」


 紅人は立ち上がり投影機の横に立つ。健太郎に座るように言うと紅人は話し出す。


「今回敵の指揮官はトム・キーン。第三次世界大戦次、私が殺し損ねた数少ない人間だ。戦場に出てこない場合はほっといてもいいが出てきたら容赦するな」


 これは先程レディントンからしい入れた情報である。最近の軍のお偉いさんたちは強大な力にあぐらをかいて、敵指揮官の情報など無駄だと言うものが多い。しかし、紅人はそう思っていない。

 戦場を将棋盤で考える人はよくいる。彼もそう言う人間だが少し違う。彼は将棋を指している棋士の思考を読むことが勝利につながると考えている。棋士の立てた策に意思はないが、棋士には意志がある。棋士の指す駒の動きは他ならぬ棋士の意思の動きである。

 従って、効率的に勝つには策を練る指揮官の性格を読み、それに対応する策をこちらが練ればいいというのが紅人の考えだ。故に敵指揮官を知ると言うことは彼にとってとても大切なことなのである。


「今回の作戦だがホワイトイーグルとブラックオスプレイは狙撃地点で支援。突入は裏口と正面の2班に分かれる。正面は私とホワイトオスプレイとブラックコンドル、肉食獣のコードネームセカンド1名の計4名。裏はブラックイーグル、ホワイトオスプレイ、肉食獣のコードネームセカンド3名の計5名。残りは飛行機のお守りだ。

 ただし、ホワイトコンドルは別任務を与えるから私のところに来い」

「質問であります」


 健太郎が挙手をする。


「言ってみろ」

肉食獣のコードネームセカンドの人選はどうするのでしょうか」

「各分隊のリーダーに任せる。私の分隊は私がリーダーだ。裏口分隊はブラックイーグル、狙撃、支援分隊はブラックオスプレイが努めよ」


 紅人はもう一度部下と視線を合わし質問がないことを確認すると解散を命じる。

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