第六話ジョージ・マイケル6

 作戦会議を終えた後、紅人くれとはホワイトコンドルこと中条穂波なかじょうほなみに別任務を与えるため、2階の自室に呼びつける。彼女の得意分野は暗殺。撃ち合いや格闘戦も高いレベルでこなせるが、メンバーのほぼ全員が軍の元エースで構成される猛禽類のコードネームファーストの中では低レベルと言わざるを得ない。よって、彼女を有効活用するために兵士として使うのを紅人は避けている。


「君に与える任務は潜入だ」

「潜入ですか?指揮官の暗殺ではなく?」


 穂波はいつもと違う任務に違和感を覚えるが、紅人には何か意図があると思い黙って説明を待つ。


「君には作戦決行1時間前にジョージ氏が呼んだ女として先に潜入してもらう。あらかじめ事情は伝えておくので、彼に出会ったら事情を説明して私達が突入するまで守っておいて欲しい」

「守れといわれましても武器が無いと厳しいと思います」


 確かに、ジョージの家に入る時、身体検査を多少ねちっこくされるであろう彼女が武器を持ち込むのは難しいだろう。


「この2つを持っていけ」


 紅人は穂波に上下二連装式デリンジャーとベルトに偽装したナノファイバーで作られた剣を渡す。

 ナノファイバーはカーボンファイバーをさらに進化させた繊維で、硬度を自在に変えられる新時代繊維素材である。この繊維で作られたベルトは持ち手の部分を強く握ると刃渡り55cm、厚さ2mmの剣に早変わりする。その斬れ味は折り紙付きで剃刀かみそりやいばのように斬れる。

 穂波はナノファイバーベルトを手に取り定革の先を強く握る。すると垂れていたベルトが立ち上がり、紅人の鼻先で止まる。


「おい、こっちに向けるな」


 紅人は体を反らせ刃物から少しでも離そうとする。試したくは無いが、剃刀の刃と同等の斬れ味を持つならちょっとでも触れれば顔が斬れる。


「失礼しました」


 穂波はベルトを握る手の力を抜く。


「20年前までは実用レベルにとても達しなかったんだが、最近ようやく使えるようになったよ」

「ボスとしては複雑ですか?」

「まぁな」


  紅人は椅子に深く座りため息をつく。

  この技術自体は20年以上前から存在していた。発表当時からあらゆる繊維産業を根底から覆すかもしれないと世界中から期待されていた。しかし、期待とは裏腹に誰もが実用レベルまで技術進化をさせることができないでいた。その挙句開発者本人が事故死し、研究を受け継ぐものが誰もいなかったためナノファイバー事業は暗礁あんしょうに乗り上げた。

  だが、2116年。この研究を受け継ぐと宣言した少女が現れた。科学者達はその少女をみるとあまりの若さに落胆らくたんし批判を浴びせた。「どうせ無理だ」「いくら最年少でノーベル賞を受賞したとはいえ調子に乗りすぎだ」

  その少女の名はいぬいあかり。紅人の実妹である。人類が生まれてから3本の指に入る天才とうたわれる彼女はその名に恥じぬ研究成果を示し、わずか1年で20年間停滞していた技術を実用レベルまで進化させた。

  科学の進歩は軍事の進歩から生まれるのは22世紀になっても変わらない。稀代きだいの科学者であるあかりと軍事、裏社会と軍事は切っても切れない縁で結ばれている。妹を裏社会からなるべく遠ざけたいと日々思っている紅人が複雑に思うのは当然なのだ。

  絶大な影響力を誇る彼の力を持ってしても妹と軍事の縁を断ち切れない程の才能を彼女は持っている。今は紅人の力で裏社会の魔の手を退けることができているが、このままだとあと2、3年でそれも叶わなくなりそうな勢いであかりは成長している。可愛い妹の成長が嬉しくも悲しくもある。いつかは僕の手の及ばないところに行ってしまう、そんなことをここ1年間彼はずっと考えている。


「ボス?ボス?ボース?」

「あぁ、すまんすまん。ボーっとしてた」

「ほんと、ボスはどーしようもないくらいシスコンですね」


 穂波は紅人の横に腰掛け彼のあごをいやらしくさする。暗殺の中でもハニートラップを得意とする彼女はせ方がうまい。少し目を落とせばそこには深い谷がある。さらに、あえて緩めの服を着ることであと少しで大切なものが見えるという期待感をあおっている。


「やめろ。仕事中だ」


 紅人は穂波の額に手を当てて制止する。


「仕事中じゃなければいいんですか?」

「ダメに決まってるだろう。別に付き合ってるわけじゃないんだから」


 穂波は残念そうな顔をして、紅人の正面のソファーに座りなおす。彼女にとって男とは全てが落とす対象つまりターゲットなのだ。しかし、紅人は半強制的に貞操ていそうを奪われてから彼女のことを警戒している。その時は勝手にベットに忍び込んできて壮絶な行為を強制されたので、今でも悪い思い出として残っている。


「ボスは恋愛しようとは思わないんですか?」

「興味ない」


 紅人は即答する。


「そもそも私の遺伝子が他国に渡ればそれだけで日本にとっては脅威となる。それに現存人類とセックスしても遺伝子上子供ができるか怪しい。だったら未婚のまま妹の幸せを見守れれば十分だ」

「どうしようもないシスコンですね」

「兄貴が妹の幸せを祈って何が悪い」


 穂波は開き直った紅人を見て呆れる。それなら自分のそばに置いて守ってやればいいのにと思う。影ながら守るより、柊の庇護下に置いてしまったほうが害虫も寄り付かないだろうに。




 2118年4月16日。

 大方の情報収集が終わった紅人は飛行場に残った肉食獣のコードネームセカンド達を召集し、隠れ家から2時間ほど離れた射撃場に来る。2日前から貸切にしてジョージ・マイケルの家をベニヤ板で再現してある。突入訓練といったところだ。

 いきなり突入訓練をするのも身が入らないので、ウォーミングアップがわりにとあるゲームを提案した。


「ルールは簡単。100m、500m、1000m、2000m、離れた的に向かって3発ずつ撃ってもらう。距離×当たった弾の数がそいつのスコアだ。私より点数が高かった人には臨時報酬として30万、低かった人は私に10万。使う銃は各レーンに置いてあるからそれを使うこと。以上説明終わり!」


 紅人は説明を終えると健太郎を指差して一番目にやるよう指示する。


「30万は頂きましたよ」


 健太郎は100mのレーンに立ち置いてある銃を手に取る。銃はM19A2 第三次世界大戦前から存在するガス圧式のアメリカのアサルトライフルだ。

 健太郎は単射モードにすると銃を構える。ホロサイトの照準と的が重なったのを確認すると3回引き金を引く。放たれた3発の銃弾は木の的に3つの穴を開ける。

 続けて第2、第3、の的ともに全弾命中させた後、彼は第4の的に向かう。


「ここからが本番だな」

「そうなんですか?」


 ホワイトイーグルこと直己が呟くとホワイトコンドルこと亜利沙が聞く。


「ボスが用意した最新式の狙撃用レールガンを使えば、距離1500m以下の目標になら殆どの兵士が弾を当てられるでしょう。でも、2000m級の狙撃になればレールガンの弾もコリオリの力や風の影響を受けて弾道がブレます」

「流石はBLACK HAWK 1番の狙撃手。物知りですね」

「今回ルールなら俺が1番でしょうが、動いてる目標ならボスの方が10倍上手ですよ」


 直己と亜里沙の話が終わると健太郎は残念そうに戻ってくる。彼の成績は6800点。つまり最後の目標には1発しか当てられなかったのだ。



 1時間程して殆どの社員が打ち終わり、残すは紅人と直己だけとなる。暫定一位は1番手の健太郎。やはり、最後の的で苦戦する者が多く、みんな似たり寄ったりの成績だ。


「では先にやらせていただきます」


 直己はいつものチャラさを捨て第一の的の前に立ち銃を構える。照準器と的が重なった瞬間3回引き金を引く。当然全弾命中である。続けて第2、第3の的も全弾命中させ問題の第4の的の前に立つ。

 置かれている銃は80式対物電磁誘導砲たいぶつレールガン。有効射程は約2500mで銃口初速2438m/s。装弾数が3発と少ない代わりに、重い銃弾を使用することで威力と弾道の安定性に特化したシングルボルトアクション銃である。

 直己は地面に伏せ、銃に銃弾を込める。スコープのツマミを回し、的がスコープの半分ぐらいを占めるように倍率を調節する。

 準備覆えると両目を閉じゆっくりと息を吸う。


 ーー風は西から3m、重力や自転の影響は微々たるもの、そしてこの銃の癖は着弾が若干右にブレる。以上より、左に6°上に2°だ。


 彼は経験と勘により導き出した偏差をすると引き金を引く。発射された弾丸は少し右にカーブすると的の真ん中を正確に穿つ。


「すげぇ」


 肉食獣のコードネームセカンドの誰かが無意識に歓声を上げるが、直己の耳には届かない。すぐさまコッキングをし2発目を放つ。これも真ん中に命中させるとゆっくりと深呼吸をし、偏差を修正する。


「チェックメイト」


 激しいマズルフラッシュと共に放たれた弾丸は三度的を射抜く。


「全部当てるかぁ〜」


 紅人は頭を抱える。全弾命中に近い値を出してくるとは思っていたが、本当に当ててくるとは思わなかった。あのチャラ男にだけには優勝をやりたくないと言うのが紅人の本音である。しかし、全弾命中はいくら自分でも難しい。


「ボス、ボスの番ですよ!」


 最近襲名した肉食獣のコードネームセカンドたちに急かされた紅人は大きなため息と共に立ち上がる。

 紅人も他の人と変わらず4つ目の的までは難なく全弾命中させる。彼は4つ目の的の前に伏せる。銃を手にするとマガジンを入れコッキングする。

 直己と違って紅人は正確な偏差の計算をしない。そのかわり彼には鋭い感を頼りに偏差する。物心つく前から武器に触れている彼は、いつのまにかスコープを覗いたらどの辺に弾が飛ぶかわかるようになった。いわゆる野生の勘というやつだ。

 1発、2発、3発、と発砲するが弾丸は1つも的にあたることなく空へ飛んでいく。


「外したかぁ〜」


 紅人は立ち上がると笑いながら社員のもとによる。


「さて精算だ。私より点数が低かった5人は大人しく口座に振り込みなさい。逆に高かった人の口座には入金しておくので確認しておくように」


 そう言うと紅人は腕時計型の端末を操作してウィンドウを投影する。投影した映像をピコピコといじり直己と健太郎と雅英の口座に30万円ずつ振り込む。トータル90万円が自分の貯金から消えていったが彼からしたら痛くもない。


「少し休憩したら突入訓練するぞ〜」

「了解です」


 休憩の指示を出した紅人は2000mの的のあたりを訪れ、周りを見回す。


「探し物ならその辺に転がってますよ」

「ホワイトイーグル、さっきの狙撃は見事だったよ」

「ボスの方こそお見事でした。まさか2000m先の蛇を撃ち抜くとは」


 直己が指差した所を見てみるとそこには頭と胴体が切り離された三匹の蛇の死体が転がっていた。

 ゲームをしていた時、紅人はスコープを覗くと的から少し離れた場所に横に動く線を3本見つけた。倍率を上げて怪しい3本の線を確認すると毒蛇だったので首を撃ち飛ばしたのだ。


「君だってこのくらいの芸はできるだろう?」

「1匹目はともかく、2匹目以降は動くので当てられませんよ」


 動く目標相手に狙撃を成功させるのは一流の狙撃手でも難しい。ロボット相手なら等速で単純な動きしかしないので、直己にも当てられる自信はある。しかし、生き物相手だと不規則で複雑な動きをするので、紅人以上の精度で当てることは出来ないと断言できる。


「その分君より射程は短いんだ。おあいこということにしてくれ」


 紅人は直己の肩を叩くと端末を取り出して掃除用ドローンを呼ぶ。すぐに飛んで来たドローンは蛇の死体を片ずけるとまたどこかへ飛んでいく。


「ボチボチ訓練始めるぞ〜」




 紅人と社員達は装備を整えると突入訓練の開始位置に着く。突入に参加しないメンバーは敵兵役やターゲット役に分かれて配置している。


「では行きまーす。突入よーいよーいよーい、突入突入突入!」


 直己の合図で紅人は勢いよくドアを蹴破り中へ入っていく。


「クリア!」


 エントランス部分の制圧を確認した紅人は部下に他の1階部分を制圧するようハンドサインで指示する。右側の通路からペイント弾の間抜けな銃声が鳴る。


「客室1、2、3クリア!」

「客室3、4クリア!」

「1階オールクリア」


 左右の通路から制圧報告が入った紅人は1階の完全制圧を宣言する。


「2階でターゲット保護!怪我無し」

「各員、撃滅数報告!」


 裏口部隊のリーダーである健太郎からターゲット保護の連絡を受けた紅人は何人の敵兵を殺したか報告するように命令を下す。


「2階敵撃滅数5」


 健太郎が2階分のを集計し無線で報告してくる。


「1階a班撃滅5」

「1階b班撃滅数7」


 1階は肉食獣のコードネームセカンドが報告してくる。


「ホワイトイーグル敵逃走数は?」

「ゼロ」

「訓練終了!」


 敵の全滅を確認した紅人は訓練終了を言い渡す。時計を見るとタイムは4分23秒。本番は外の警備兵を始末する時間と証拠隠滅工作する時間を含めると4分以内で収めたい所だ。


「各員問題を分析。5分後にもう一度行う」

「了解」




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