第七話ジョージマイケル7

 2118年4月18日午後11時47分。


 仮眠を終えた紅人はシャワーを浴びて戦支度を整える。サポーターを備えたアンダーの上に衣擦れを最低限に抑えた夜戦戦闘服を着る。夜戦戦闘服にはナイトビジョンによる索敵を避けるために対赤外線繊維がり込まれている。

 さらにその上に防弾ベスト、毛髪の落下を防ぐ帽子をかぶる。政府がアメリカに追求された時、身元を特定されていると足切りを食らう可能性がある。逆に言うと身元さえ特定されなければ政府も事実無根と称して、シラを切って誤魔化してくれるのだ。

 その前に自分の遺伝子を国外の犯罪現場に残しては置けないのだ。

 装備はメインに87式突撃電磁誘導砲アサルトレールガン、サブ1に80式拳銃、サブ2に脇差一本。予備の弾倉はメイン武器4つ、サブ武器2つである。

 紅人の装備は社員達より軽装である。社員たちは彼の装備プラスショットガンを1丁担いでいる。小柄で機動性に重点を置く彼にショットガンは重りにしかならないのだ。

 これから人を殺すというのに紅人の心は凪の日の海のように落ち着いている。こんな日には家の屋根に登って日本酒片手に星でも眺めていたいものだ。本当は飲酒を認められていない歳だが、彼は週に一度の頻度で酔わない程度に酒を飲む。いつ襲われるかわからない彼にとって酒に酔うことは厳禁だ。




 ーー始めて人を殺してから11年。今まで実に多くの人を葬ってきた。ヤクザの幹部に、裏切った社員、軍人、アメリカ大統領、中国国家主席、イギリス首相。そして、鷹月光輝。


 俺はあんたのやり方が大嫌いだった。将来、あかりを社に引き入れ使うと言った瞬間に俺はあんたを殺すと心に決めた!その選択に後悔は無いし、未練もない。


「地獄で見ていろクソ野朗。あんたの思い通りにはさせねぇ」


 紅人は戦闘ゴーグルと呼ばれるメガネをかけるとアンダーの裾を口元まで上げ顔を隠す。





  一階に降りた紅人は同じような格好をした社員達の前に立つ。


「作戦を確認する。第1に12時15分にホワイトコンドルがターゲットの家に入る。その間にホワイトイーグルとブラックオスプレイは狙撃ポイントへ。

 第2にホワイトコンドルの合図とともにハッキングでこの辺りを停電させる。ここで30分のカウントダウンを忘れないように!

 第3に外周の敵の排除。サプレッサー付きハンドガンを打ってもいいが、なるべくナイフで静かに殺せ。

 第4に室内への突入。一階は私の率いるファルコン隊が制圧。二階とターゲットはブラックイーグル隊が制圧しろ。その際、敵は全員確実に殺せ。

  最後に脱出だ。オートドライブで呼び寄せた車で飛行場まで全力疾走、そのまま日本まで高飛びだ」


 長い説明を終えた紅人は質問がないことを確認し、ホワイトコンドルこと中条穂波にゴーサインを出す。

  今日の穂波の服は胸元が大きく開かれたワンピースだ。大きな胸の間には上下二連式拳銃デリンジャーを仕込んでいる。ウエストに巻かれたベルトはナノファイバーでできており握り方1つで鋭利な刃物へと変わる。両方とも金属探知機に引っかからない材質でできている。


「では、先に行ってお待ちしてます」


 穂波は運転手付きの車に乗ってターゲットの家へと向かう。




  ターゲットの家に着いた穂波は車を降りると運転手にチップを渡し、帰るようにいう。運転手は相場より多いチップをもらって満足気に帰っていく。


「何用だ?」


 入り口にはアサルトライフルを持った兵士が2人立っている。服の上からでもわかる筋肉は彼らが鍛え上げられた兵士であることを物語っている。

 私では相手になりませんね。


「見てわかりませんか?」


 彼女は兵士の胸板を下から上へ撫でる。


「わかった、わかったから」


 興奮する気持ちを抑えられなくなった兵士は彼女に離れるようにいう。視線を落とすと兵士の下半身が若干膨らんでいる。

 穂波の凄いところは「この行動をすればこの人はこういう行動をする」というのが瞬時にわかることだ。これは偶然ではなく、経験と観察からもたらされる必然である。


「悪ふざけが過ぎましたね。どうぞボディーチェックを」


 彼女は手を水平にあげる。

 兵士は顔を赤らめながら彼女の体を上から触っていく。

 いやらしい身体検査になると思っていたけど、恥ずかしがり屋さんの兵士で助かりました。1時間後には死体になっているでしょうけど。


「入っていいぞ」

「ありがとうございます。そしてさようなら」


 私はこれから起こることを示唆して屋敷の中に入っていく。

 ジョージマイケルの屋敷は2階建て500平米とかなり広い。いわゆる玄関から入り口までが遠いと家と言うやつだ。

 マイケルさんは予定なら2階の大きな窓のある角部屋にいるはずですね。


「兵士さん、マイケル氏はどこにいますか?」

「2階の角部屋だよ」


 念のため確認をした私は階段を上がり目的の部屋へ向かう。

 部屋に着いた私はノックをする。


「失礼します。お呼びいただいた赤川ヒナミです」

「入れ」


 私はドアを開け部屋に入る。部屋の中に兵士が1人、ドアのすぐ横にアサルトライフルを持って立っている。

 どうにかして追い払わないとマイケルに段取りを説明できない。


「マイケルさん、私、少し歳がいった人とヤるのは久しぶりなんです。楽しませてくれますよね?」


 私はマイケルのことをベットに押し倒し、彼の着ているワイシャツのボタンを一つ一つはずしていく。


「マイケルさん、兵士を追い払うためです。協力してください」


 ワイシャツのボタンをすべて外した私は彼の耳元に口を寄せて囁く。なるべく自然に男女の営みをするように見せないと兵士は出ていかないだろう。歳下好きの私としては本意では無いが仕方ない。


「ならば、君も簡単にイクんじゃないぞ?」


 マイケルが私のワンピースの下に手を忍ばせた時、気まずさに耐えきれなくなった兵士は部屋の外に出ていく。

 作戦成功!私は再度マイケルに覆いかぶさり耳元で囁く。


「そのままで聞いてください。今から私が合図したらボスが来ます。イエスなら瞬き2回、ノーなら1回」

 マイケルは2回瞬きをする。

「では合図を出します」

「待ってくれ」


 私が身を起こそうとした瞬間マイケルは私のことを抑える。


「何ですか?私の美に見とれてしまいましたか?」

「そうじゃない、脱出するには問題があるんだ」

「問題なら合図を出してから聞きます」


 早くしないと兵士に怪しまれる。そう思った私はカーテンを開け窓辺に立つ。ウエストに巻いたナノファイバーベルトを外して合図を出す。




 ホワイトイーグル&ブラックオスプレイ(狙撃、支援班)


「ホワイトコンドルからの合図を確認、ボスに連絡を」

「了解デス」


 高倍率の狙撃スコープ越しに穂波の合図を確認したブラックイーグルこと直己はブラックオスプレイことタクミに言う。


『こちらブラックオスプレイ、合図を受信作戦を開始しマス』

「こちらファルコン、了解した」


 紅人から停電実行の許可を得たタクミはノートパソコンのキーボード叩く。このノートパソコン、見た目は市販品だが、中身は軍事用パソコンよりハイスペックなBLACK HAWK 産のモンスターである。

 住宅街の送電網を一時的にクラッキングすることなど朝飯前だ。

 クラッキングコードを入力したタクミはエンターキーを叩く。

 すると、辺りが一瞬にして暗闇に包まれる。


「いつ見ても恐ろしいな。お前のハッキングは」

「本社のパソコンならこれの2倍は短い時間で4倍長く送電を止められマス」




  突入班。ファルコン隊及びブラックイーグル隊

 電気が落ちた。これで自動防御システムは当分使えないはずだ。

 作戦は今のところ順調。後は予定通り突入するだけだ。


「総員顔を隠せ、バトルゴーグルをつけ、簡易マップ起動。敵を視認次第反映、絶対にしくじるな!」


 アンダーとバトルゴーグル、キャップで完全に正体を隠した紅人達は一気に走り出す。

 この100年間、戦いにおいて戦術面での進化はあまりない。結局最後は陸軍による殴り合いだ。ただし、装備、戦略面で大きく変わったものが1つある。それがバトルゴーグルだ。

 バトルゴーグルは1つで様々な機能を持つ多機能戦闘用ゴーグルである。ナイトビジョンはもちろん、サーマルセンサー、レーザー感知、照準アシスト、簡易マップの投影スキャンシステム等様々な機能を備えている。

 紅人達は遮蔽物のない暗闇を駆け抜ける。


「止まれ」


 自動防御システムの射程圏内ギリギリのところで僕は全員を停止させる。

 本当に停電で自動防御システムが停止しているかバトルゴーグルのスキャンシステムを使い確認する。


「スキャン開始……スキャン完了。対象は無力化されています」


 5秒ほどで安全が確認されたので僕は再度進軍命令を出す。

 僕はハンドサインでブラックイーグルこと健太郎に裏口に回るように指示する。

 健太郎は頷くと同じようにハンドサインを出し半分の社員を引き連れて裏口へ向かう。実に素早い動きだ。 熟練度で言えばブラックイーグル隊の方が勝るだろう。

  しかし、紅人率いるファルコン隊は全体の熟練度では劣るが紅人くれと本人がそれを埋められるほどの戦闘力を有している。時代錯誤ととも言える脇差を戦闘に持って来ているのがその証拠だ。


「こちらファルコン。ブラックイーグル、ホワイトイーグルに告ぐ。位置についた。視認できる敵は全てマッピングした」

『こちらブラックイーグル、いつでもいけます』

 [こちらホワイトイーグル、マッピングされたエネミー1を狙撃する。それに合わせてファルコン隊はエネミー2をやってください]

「ファルコン了解した」


 紅人達は物音1つ立てずにギリギリの距離まで敵兵に近寄る。僕はハンドサインで自分が殺すとアピールすると左腰に差している脇差を静かに抜く。敵兵間の距離からしてサプレッサー付きの銃では音でバレる可能性が高い。

 この100年間でサプレッサーは物理限界まで進化した。しかし、物理限界に達しても銃声を70dB以下することは出来なかった。




「これから目標を狙撃する」

「敵のバトルゴーグルは全てクラッキングしました。これで奴らは仲間が死んだことにも気づきません」

「気がきくな」


 直己はいつも通り感覚を研ぎ澄まし、弾道を読む。

 目標までの距離は2.2km、この82式対物電磁誘導砲たいぶつレールガンモデルBHの銃口初速は2482m/s。着弾まではおよそ5秒。ターゲットとの高低差は12m。風は東から西へ1.2mといったところか。

 バトルゴーグルの照準アシストは大方あっているが少し風の読みが甘い。プラス1度右だ。


「ふぅ」


 俺は少し息を吐き呼吸を止める。手ブレと照準が合った瞬間引き金を引く。

 カンと銃弾の尻を銃内のハンマーが叩いた音がなる。力を与えられた銃弾はライフリング内に張り巡らされた電磁加速機構によってどんどん加速され、射出される。

 放たれた弾丸は左にカーブしながら飛んでいき、兵士の胸を撃ち抜く。




  直己のスナイプにより敵が倒されたのを確認した僕は茂みから飛び出す。横にいた兵士の口を押さえて、左肩に脇差を深く突き刺す。突き刺した脇差を抜くと血柱が上がる。

 左肩から脇差を深く突き刺すと刃は心臓にまで達し致命傷を与える。首を搔き切るより早く、音も小さいため、軍人や傭兵はこの手をよく使う。

 僕は始末した兵士を茂みに隠す。


「誰だ!」


 やべぇミスった。

 死体を隠しているところを見られた僕は左手に持っていた脇差を兵士めがけて投げようとした。

 しかし、僕が脇差を投げるより早く、兵士の頭が爆散する。

 直己のスナイプか。


「いい腕してるぜ」

『対人スナイパーなら自分は世界一です』

「クリアか?」


 BLACK HAWK でのクリアとは敵兵の完全抹殺のことである。


『裏はブラックイーグルがやりました』

「了解。作戦を第四段階に移行する」


 僕は無線で塀の裏に隠れていた社員達を呼ぶと配置に付かせる。僕と万が一のためライトマシンガンを担いで来た社員以外は全員ショットガンを抜いている。

 後はブラックイーグル隊の準備を待つだけだ。


『こちらブラックイーグル隊。配置についた』

「了解。閃光弾を放り込んで突入する」


 通信を切った僕はホワイトオスプレイと目を合わせ閃光弾のピンを抜く。

 ブラックホワイトオスプレイはドンと思いっきり玄関の扉を蹴破る。すかさず、僕は手に持っていた閃光弾を室内へ投げ込む。


「ああぁー!」


 閃光弾が弾け、まばゆい光が室内の兵士たちを襲う。


「いけいけいけ!」


 まずはじめに僕が室内に入り、閃光弾をモロに食らった兵士3人を3点バーストで打ち抜き仕留めていく。それとほぼ同じタイミングでブラックイーグル隊が突入し、2階に駆け上がっていく。

 広い玄関を制圧した僕はハンドサインで隊を2つに分け一階を制圧するよう指示する。

 玄関左右の通路からショットガンの銃声が聞こえる。


「1階右クリア!」

「1階左クリア!」

「よし!柱に爆弾と燃焼促進剤を仕込め!」


 2階の方はまだ銃声がなっているが、時間の問題だろう。


「ターゲット確保!」











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