八話ジョージ・マイケル8

 2118年4月19日01:15

 穂波ほなみ紅人くれとたちに向け突入の合図を出した後、ジョージマイケルの話を聞く。


「本当ですか?それは困りましたねぇ」

「もっと早く伝えられていればよかったんだが、すまない」

「いえいえ、マイケルさんに非はありません。手紙一通出すにも検閲が厳しかったでしょうから」


 穂波はターゲットを不安にさせないように笑顔で答える。

 とはいえ、厳しい状況になりましたね。いかにボスが人間離れしていても突入に20分はかかる。処理しないで強行する選択肢もあるけど、危険すぎる博打になる。

 亜里沙ありさの腕次第か。

 突然電気が落ちる。


「自動防御システムの電弦をすぐに予備電源に切り替えろ」

「ダメです!予備電源のAIをクラッキングされました」


 衛兵たちが騒ぎ始める。

 流石はタクミん。予備電源の方もぬかりない。アメリカはどんな精密機械にもAIを入れるからタクミんにとってはやりやすいだろうな。


「マイケルさん私の後ろに隠れていてください」


 穂波は胸の谷間に挟んでいた上下二連式デリンジャーを取り出すと左手で構える。右手にはナノファイバーでできたベルトを握る。

 エッチなおねーさんを装うのにヒール高いハイヒールを履いてきたけれど、流石に12cmはやりすぎた。もともと欧米人にも負けない身長があるのに盛ったのは失敗だった。残念だけどこの靴はここで処分していこう。どうせ健太郎さんあたりが戦闘服を持ってきてくれるだろうし。

 下の階から閃光弾が炸裂する音が聞こえる。


「襲撃だ!絶対にジョージを渡すな」

「了解」


 威勢のいい声とともに1人の兵士が部屋に入ってくる。

 全く、本来ならエッチの最中だと言うのに容赦なく入ってくるとは空気が読めないにもほどがある。マナーのなっていない人には、この私が死をプレゼントして差し上げます。

 穂波は入ってくる兵士の頭に鉛玉を打ち込む。死体が見つからないように私は兵士の胸ぐらを掴んで部屋に引き込む。

 下では突入してきた仲間がショットガンをぶっ放して大きな銃声を立てているから、私の銃声は聞かれていないだろう。


「shit!奪われるぐらいならターゲットを殺してしまえ!」


 はぁあ?最後まで諦めず戦えよ!このボンクラどもが。

 穂波は呆れながらも、扉の横に立ち兵士が突入してくるのを待つ。


「マイケルさん!万が一の時はこれを使ってください」


 穂波はジョージに向けてデリンジャーを投げる。

 この距離でも頭か心臓に当てないと1発で致命傷を与えるのは厳しい。

 あー、奴ら防弾ベストをがっつり着込んでいたから、ヘッドショットじゃないとやれないか。よく考えてみると私が銃を持ってた方がワンチャンあったんじゃないか?

 穂波が失敗したなと思っているとアメリカ兵がドアを蹴破り入ってくる。それと同時に穂波は右手に握っているナノファイバーベルトを強く握る。すると、ベルトは極薄ごくうすやいばへと変化する。

 剣術などやったことはないのでとりあえず穂波は敵の首筋目掛けて力任せに刃を振るう。

 兵士はとっさに腕を出し、迫り来る刃を受け止めようとする。

 りきれるか?

 穂波は躊躇ためらわず刃を振るとアメリカ兵の手首をいとも簡単に斬り落とし、そのまま喉に深い切れ込みを入れる。

 斬れ味は折り紙つきと言っていたけれど、まさか豆腐のように腕を切断できるとは思わなかった。金属探知機に引っかからなそうな見た目なので、これは悪用できそう。


「よくもトーマスを!」


 しまった。

 穂波が敵を倒して油断していると新手のアメリカ兵がこちらに銃を向けてくる。とっさに右へローリングする。穂波が射線上にいなくなり、誤射の可能性がなくなったのを確認したジョージはデリンジャーの引き金を引く。

 ジョージが放った銃弾はアメリカ兵の左胸辺りにヒットするが、防弾ベストによって弾かれる。


「ホワイトコンドルとターゲットを確認」


 ブラックイーグルこと健太郎が横からショットガンで穂波が殺し損ねた敵を仕留める。


「2階クリアです」

「こちらブラックイーグル。ターゲット確保」

『こちらファルコン了解。すぐに向かう』




 建物内の敵をすべて倒し終えたのを確認した紅人くれとは2階に上がってくる。時計のタイマーを見ると残り時間は10分。予定通りといったところだろう。


「失礼します。武装運輸会社BLACK HAWK 社長柊紅人です。日本政府に変わって貴方を我が国まで護衛いたします。時間がありません、早く行きましょう」


 紅人は隠していた顔を見せる。


「ダメだ」

「は?」


 紅人は予想外の言葉に驚く。

 ここまで危険を犯させておいてそれはないだろう。まさか、僕たちを陥れる目的で呼んだというのならさっさと始末してここを去らなければならない。

 紅人がホルスターのハンドガンへ手を伸ばす。


「待ってください!これには事情があるんです」


 焦った穂波ほなみは紅人とジョージの間に入る。


「説明してくれ」

「彼の身体の中に常に位置情報を教えるICチップが埋め込まれています。このまま運べば位置がばれて確実に追撃をくらいます」

「わかった。ブラックコンドルを呼んで来るついでにこれに着替えてこい」


 紅人は女性用夜戦服を穂波に渡す。穂波はそれを受け取ると亜里沙ありさを呼びに行く。

 最悪だ。

 タクミのハッキングの有効時間はあと7分。20分後には連絡が取れないのを不審に思った基地の連中が駆けつけて来る。亜里沙でも体内の異物を除去するには15分はかかる。

 かといって発信機をつけたまま逃げれば西海岸に控えているアメリカ空軍が追っかけて来るだろう。これは官邸でイメージした最悪の盤面だ。

 どっちをとっても戦闘は避けられないが、戦闘機に追われるよりは歩兵に追われた方がマシだ。


『ボス!1階洋室2で通信してる奴がいるデス!」


 突如タクミが無線で叫ぶ。


「皆殺しだっていっただろうが!」


 紅人は部屋の入り口にいる部下をかき分け、階段を駆け下りる。


「何事ですか?」

「どけ!」


 紅人は洋室2の前で立っていた雅英まさひでを突き飛ばすとハンドガンを抜き、中で倒れる血まみれの兵士の頭に向けて発砲する。

 死体の首を踏み折り、確実に息の根を止めたことを確認した紅人は近くにある通信機を拾い上げる。

 クソッ!このご時世に充電型固定電話だと!

 部屋を出ると青ざめて立っている雅英の顔をハンドガンのグリップで殴る。容赦なく殴ったので雅英は床に転がる。


「貴様は何をやっていたんだ!」

「周囲の警戒をしていました」

「貴様はクリアと言った。うちの社で『クリア』というのは敵を全員殺したという意味だ。心配なら頭に1発入れろといつも言っているだろう!貴様のせいで不要な戦闘をしなければならない。帰ったら然るべき処分をするので覚悟しておけ!」


 紅人は2階の亜里沙のもとに駆け上がる。

 流石のタクミでも電話線を介した通信を阻害することはできない。そもそも電話線を介した固定電話は60年以上前に役目を終えたもので、今では無線式の固定電話をおいている家もゼロに等しい。携帯型端末が発展した結果である。

 優れたハッカーでもロストテクノロジーには手が出せない。

 この野郎、固定電話なんて博物館でしか見たことねぇよ。


「ブラックコンドル、何分で取り出せる」

「少し面倒な位置にあるので急いでも20分かかります」


 最低でも5分は耐えないといけないのか。空港の方を抑えられると脱出できなくなるからそっちにも人を送らなければ。残してきた肉食獣のコードネームセカンドだけでは荷が重すぎる。


「総員に通達。ブラックイーグル、オスプレイ両名は数名を連れては今すぐ車で空港へ迎え。他は2階に上がって急いで防衛体勢を整えろ!

 ブラックコンドルはさっさとICチップを取り出せ!」

「了解」


 健太郎は荷物をまとめると紅人の肩を叩いて、直己の運転する車で空港へ向かう。

 全く、健太郎さんも過保護だなぁ。人工的に作られたデザインチャイルドの僕が簡単に死なないことぐらいわかってるだろうに。

 身体能力、脳の反射神経に関わる遺伝子をいじられている紅人は戦闘の天才として生まれてきている。そこに長年の訓練と実戦経験が加われば、大抵の修羅場は乗り越えられる。むしろ、経営者や学生として成功しているのは本人の並々ならぬ努力の成果なのだ。


「マシンガンを持ってきたやつは2階で表口に近づくものを全て殺せ!他は下に降りて裏口を守れ!手術が終わり次第、中に敵を引き込み2階から飛び降りて車に走れ。その後、ここを爆破してオサラバだ!」

「一階の表口は誰が守るんですか?」


 穂波が心配そうな目で質問する。


「私が守る」

「無茶です!危険すぎます!」


 穂波の言うことは確かだ。マシンガンを持ってきた3人が敵を倒しても少なくない数が突入してくるだろう。だが、社員の尻拭いは社長がしなければならない。


「私1人の方が自由に動ける。総員配置につけ」


 紅人は強引に穂波の抵抗を退けると1人表口へ降りていく。

 彼は歳の割にで背負っているものが多すぎる。1人で抱え込まないで私たちにも少しは背負わせてほしい。そうすれば私たちも少しは楽になるんですけどね。




 2階で双眼鏡を覗いていた雅英は西の方から輸送用装甲車が3台やって来るのを確認した。双眼鏡に備え付けられたボタンを押すとバトルゴーグルのマップに水色のマークがつく。装甲車の大きさからして最大90人の兵士が押し寄せて来る。対してこちらの人数は8人。厳しい戦いになるのは避けられないだろう。

 てめぇのミスはてめぇでフォローする。

 雅英は強く心に決めていた。


 装甲車はジョージの家から1kmのところで車を止め中の兵士を降ろす。雅英は降りてきた兵士を双眼鏡で片っ端からマッピングしていく。次第にマップは赤点であふれていく。


「こちらファルコン、スナイパーの位置を教えろ」


 1階表口の外の茂みで紅人はバイポットを立て、伏せる。1kmを超える距離レンジを見られる銃。すなわち、電磁誘導砲レールガンを持っているのは紅人だけだ。突撃電磁誘導砲アサルトレールガンのため精度は落ちるが、カタログ上1.2kmまでは有効射程だ。


『スナイパーは黄色点です』

『了解』


 紅人はバトルゴーグルのマップを確認する。スナイパーは3人。ご丁寧に全員対物電磁誘導砲たいぶつレールガンを担いでいる。この距離であの銃とバトルゴーグルの照準アシストを使えば、射手がインフルエンザにでもかかってない限りあたる。

 さっさと始末しないとな。

 銃のセーフティーを外し単射モードにする。


「スコープリンク、長距離照準アシストオンライン」


 紅人はバトルゴーグルと銃のスコープをリンクさせると1番左側のスナイパーに照準を合わせる。


「おやすみ」


 彼は引き金を引く。小さい銃声と激しいマズルフラッシュが上がる。スコープ越しに狙撃手の頭が弾けたのを確認した彼は照準を真ん中の狙撃手に向け引き金を連続で三度引く。放った銃弾の1発がヒットしたのを確認したすると、最後のスナイパーへ照準を向ける。


「警告!敵に照準されています」


 クソッ!フラッシュバイザーを持って来るんだった。

 紅人のバトルゴーグルが敵の照準アシストに捕らえられたことを音声で警告して来る。流石の彼でも照準アシスト無しで1km先のスナイパーを突撃銃アサルトライフルで撃つのは難しい。右に1回転して身を隠した直後、さっきまでいた場所に着弾する。

 紅人はミニマップを見ると赤点が2つに分かれこっちに向かって来る。

 もう配置を整えやがったのか!クソッタレ……

 紅人はもう一度スナイパーに照準を向ける。

 あれ?死んでる。


『こちらホワイトオスプレイ。スナイパーを始末しました』

「よくやった」


 ガス圧式狙撃銃で1kmとはなかなかやるな。


「有効射程内に入り次第撃ち方始め!ブラックコンドルあと何分で終わる」

「12分です」


 意外とかかるな。手術はしたことないからよく分からないけれども、なんとなく面倒な場所に埋め込まれていることは想像できる。大方、太い血管か神経にでもに絡まっているのだろう。

 紅人は立ち上がり、銃のバイポットをたたむと向かって来る敵に向けて単射で射撃する。なんとなく照準して撃っているので全弾命中とはいかないが、6割以上は当たってるように思える。


「警告!アクティブホーミング接近!」


 激しい銃撃戦を繰り広げているとバトルゴーグルの警報が作動する。上を見ると地対地ミサイルが紅人めがけて落ちて来る。

 彼はとっさにセレクターを3点バーストに入れ、ミサイルめがけて乱射する。


 ふざけんなよ!敵はマイケル氏の確保を諦めたのか?そうにしても思い切りが良すぎるだろ!


 運良くミサイルに銃弾が当たり、ミサイルは空中で爆散する。一息ついた紅人は再度向かって来るアメリカ兵に銃を向けるが、弾切れに気がついた。マガジンを外し、服のマガジンポケットにしまうと予備のマガジンを差し込み、右手でコッキングレバーを引く。

 映画やゲームではマガジンを捨てていくことが多いが、現実ではよほど切羽詰まった状況でないとやらない。もっとも紅人が使っている銃は自社工場の試作品なので、技術流出を防ぐためにマガジンを捨てていくわけにはいかない。

 リロードが終わると、タクミのクラッキング効果が切れて灯が灯る。あと5分なんとしてでも耐えなければならない。









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