九話ジョージ・マイケル9

 マイケルに仕掛けられたGPSチップを取り出すまであと3分。戦闘はさらに激しさを増していく。すでにアメリカ軍はマイケルの家の門を突破し、玄関に迫ろうとしている。紅人くれとは門近くのしげみから玄関に撤退てったいし、進軍してくる米兵を食い止めている。


 数が多い。減ってるどころか増えてるんじゃないのか?


 紅人は3つ目の予備マガジンを装填そうてんする。

 事実、敵は増えている。タクミのハッキングが切れてから、無線通信が回復してアメリカ軍達は基地から増援を呼んでいるのだ。


 さっさとズラからないと戦車まで出してきそうな勢いだな。


 リロードを終えた紅人は身体を半分だけ乗り出して発砲する。しかし、すぐに制圧射撃を受けカバーに入りざるを得なくなる。


 クソッ。腐っても米軍。ファイヤーアンドムーブを徹底してやがる。


 ファイヤアンドムーブとは1部隊が敵を撃っている間に別働隊が動く、これを交互にやる戦術のことである。


『ボス、残念なお知らせです!ライトマシンガンの弾薬が切れました』

「了解。使えない武器は捨てていく。ショットガンを構えて階段で待ち構えとけ!」

『了解』


 さて、上からの援護射撃がなくなった今突入してくるのも時間の問題だ。弾も少なくなってきたしこっちも限界は近い。でも後2分稼がないと全てがパーだ。

 長い2分になりそうだ。


「ゴーゴーゴー」


 アメリカ軍から突入の合図が聞こえる。


「来るぞ!備えろ」


 紅人は大声で叫ぶ。

 彼は走ってくる兵士に向けて3点バーストで射撃していく。しかし、焼け石に水だ。


『裏口、突破されます!』


 悲痛な叫びが無線から聞こえる。


摘出てきしゅつ完了!後30秒!』

「二階へ上がれ!終わり次第ズラかるぞ!」


 紅人は87式突撃電磁誘導砲アサルトレールガンを全て撃ち切るとリロードせず、80式拳銃を抜き部屋に入ってきたアメリカ兵を撃っていく。

 だが、拳銃弾はさっきまで撃っていた電磁誘導砲レールガンと比べて威力が弱いため、ボディアーマーに阻まれて致命傷になっていない。

 アメリカ兵達が紅人くれとに銃を向ける。ちょうどその時、ハンドガンの弾が切れる。


 ここまでか……。


 紅人が諦めた時だった。


「ハンズアップアンドフリーズ!」


 なぜ撃たない?


 紅人は不思議に思い後ろを振り向く。彼の後ろには裏口から入ってきたアメリカ軍が5名いた。今彼を撃ったらフレンドリーファイヤーになるということだ。

 彼は手に持っていたハンドガンを捨て、87式突撃電磁誘導砲アサルトレールガンの紐を調節し、背中に背負う。

 アメリカ軍指揮官が紅人を取り押さえろと指示を出す。


『ボス、今助けに行きます』


 血の気の多い肉食獣のコードネームセカンドが無線で語りかけてくる。


「こちらファルコン。助けはいらない」

『何言っているんですか!ボスがいなくなったら誰が俺たちをまとめるんですか!』

『まぁ待てライオン。ボスが本気を出す時、俺たちは邪魔になる』


 雅英まさひでがなだめに入ったのを聞いた紅人は通信を切る。


「ハンズアップアンドフリーズ!」


 1人のアメリカ兵が紅人くれとの頭に拳銃を突き付ける。


「42秒で全員地獄送りだ」


 彼は英語で厳かに言うとバトルゴーグルを外す。


「ハハハハハ……」


 アメリカ兵達が笑い出した次の瞬間、彼に拳銃を突きつけていた兵士の首が床に落ちる。彼は生暖かい鮮血を全身に浴びる。


「舐めすぎだ。私は人類史上最強の人間だ」


 紅人は脇差を抜き、首をはね落とした。その真紅の瞳が血を渇望しているかのように見える。


「トーマス!」

「戦場で仲間が死んで動揺しているような奴に負けてはいられないな」


 彼は目の前に立つ男の胸ぐらを掴んで引き寄せ、その男の頸動脈を断つ。続けて右からナイフを抜き襲いかかってきた兵士の髪の毛を掴むと同じように頸動脈を切りつける。


「Shit!《クソッタレ》」


 左側にいる男2人が銃を構え始めたが、もう遅い。彼は1人の男を飛び越え、背後に回るとナイフを突き立てる。刺された兵士が悲痛な叫びをあげている隙に彼は兵士のハンドガンを奪い、横にいた兵士の頭を撃ち抜く。

 紅人に刺された兵士が助からないと見た正面の兵士5人は銃を撃ち始める。彼は奪ったハンドガンを自分のホルスターにしまい、兵士が手にしていたアサルトライフルをフルオートで撃つ。正面に立つ兵士のうち4人を倒したところでアサルトライフルは弾切れを起こした。小柄な紅人くれとには欧米人のデカイ身体がいい盾になったので、一切ダメージがない。


「うぁぁぁぁぁぁ!」


 残された兵士は目の前の現状を受け入れられず発狂し、銃を乱射する。


「うるさい」


 紅人は脇差を引き抜き投げる。クルクルと3回転して脇差は兵士の頭を貫く。血溜まりの中に返り血にまみれて立つ彼の姿は吸血鬼を思わせる。


 45秒。最近刀を使ってなかったから鈍ったかな。まぁ反省は後にして撤退しないとな。


 彼はホルスターから奪ったハンドガンを抜き扉に向けて制圧射撃をする。弾が飛んでくるところに飛び込んでくる人間はそうそういない。もし、飛び込んでくるやつがいたのなら、それはクスリでイかれた兵士か自分と同じ遺伝子調整体だ。前者は可能性としてあり得るが、後者は絶対にありえない。

 世界で唯一遺伝子調整体人間を作れたのは父だけ。その技術と製法は僕自身の手で全て抹消した。敗戦間もないアメリカが巨額の投資をできるわけもないからな。

 紅人は制圧射撃を続けながら下がっていく。全弾を撃ち切ったところで彼は80式拳銃を拾い上げ、奪ったハンドガンを捨てる。その後、エントランスからジャンプで2階へ登り、部活の元へ向かう。




 走りながら紅人はすべての武器をリロードする。メイン武器の予備弾倉がもう残っていないのが不安だ。現在のボディーアーマーは小口径高速弾や、拳銃弾では貫通できないものがほとんどだからである。俗にNATO弾と言われる弾も小口径高速弾に分類されるが、今のNATO弾は貫通力不足を補うため弾頭にカーボンスチールという非常に硬い金属が練りこまれている。

 それでも安定的にアーマーを破壊するにはバトルライフル(フルサイズの弾薬を使う銃)や電磁誘導砲レールガンに勝るものはない。


「ズラかるぞ!20秒で完了しろ」


 部下の元に戻って早々紅人は指示を出す。穂波ほなみ肉食獣のコードネームセカンド達は安堵の笑みを浮かべているが、それを気にしている場合ではない。


「準備完了!」

「よし!EMPグレネードを使う。総員、対EMP防御」


 紅人はパワードスーツの胸のところにあるボタンを押すと、腰にぶら下げた縦長のグレネードのピンを抜き、1階に向かって投げ込む。


「対EMPグレネード使用、PSS《パワードスーツシャットダウン》」

「了解」


 社員達は電子機器類の電源をスーツの袖に付けられたボタンで切る。

 次いで、雅英まさひでが紡錘形をした手榴弾の先についた長いボタンを押し込む。

 EMPグレネードは極小の核爆発を起こす事で電子を発生させ、電子機器を破壊するグレネードだ。装備の電子化が進みすぎた現在では重宝される。しかし、欠点として効果範囲が広すぎて投げた本人、友軍の電子機器にも影響を与えてしまう。

 これを防止するために生み出されたのが対EMPグレネード通称陽子グレネードである。マイナスの電子をプラスの陽子で中和しようという考えだ。

 ちなみに紅人のスーツには胸のボタン1つでEMP兵器を防げる機能が付いている。

 EMPグレネードが炸裂さくれつするとアメリカ兵のバトルゴーグルやパワードスーツが壊れる。電子機器に頼りすぎている現代の兵士からバトルゴーグルとパワードスーツを無力化できればそこいらのゴロツキと対して変わらない。


「スーツオンして、飛び降りろ!」


 紅人の指示で社員達が2階から飛び降りる。マイケルは雅英と穂波が補助する形で飛び降りた。


「走れ!」


 紅人の指示で社員達は車へ走り出す。彼はスモークとフラッシュバングレネードの安全ピンを抜き、投げる。バトルゴーグルを失った奴らにはよく効くだろう。


「ああああああ」


 アメリカ兵達の悲痛な声が聞こえる。それを確認した紅人は武器をしまい全力で走る。

 彼の全速力はもともと陸上選手並みに速い。それをさらにパワードスーツで割増している彼の速さは時速50kmにもなる。


「はっ、早ぇ」


 先に走り出した社員達を追い抜き、紅人は1番で車に乗る。


「急げ急げ急げ!爆破するぞ!」


 紅人は偽装装甲車の天井を開けて顔を出し、手招きする。右手には屋敷に仕掛けられた爆弾の起爆スイッチが握られている。

 次々と社員達は車に乗り込み全員が乗ったのを確認した紅人は起爆スイッチを押す。

 ドーンという爆音とともにマイケル宅は炎に包まれる。証拠を一切残さないために燃焼促進剤を仕込んであるので、炎の高さは10mにも上る。80m離れたここでも汗ばむ熱気だ。

 かろうじて息のあるアメリカ兵が這い出して助けを求めているが、その兵士は目玉が溶け落ちている。人の焦げる嫌な臭いと熱風がひどくなる前に紅人は車を出させた。




 車を走らせて45分ほどすると田舎道を抜けて小さな街に出る。街の上空にはヘリコプターが、地上では検問が張られている。BLACK HAWK社員の顔はばれてはいないがマイケルが誘拐されたことは知れている。装甲車は米軍のものを裏ルートで仕入れたのでヘリコプターの心配をする必要はない。

 問題は検問だ。引っかからないのが最善だが、引っかかった場合は強行突破するしかない。幸い夜中で人は少ない。もし戦闘になっても一般人を巻き込まずに済みそうだ。


「8.0mm弾の予備はあるか?」

「弾倉2つ分しかないですね」

「十分だ」


 紅人は後部座席に座る肉食獣のコードネームセカンドから弾倉を受け取る。ベストの弾倉入れから空になった弾倉を取り出し交換する。


「ボス、検問に引っかかった」


 偽装装甲車の運転席に座る雅英まさひでは顔をひきつらせる。


「わかった」

「総員に通達!検問に引っかかった。状況次第で強行突破する。遅れるな!」

『了解』


 紅人は無線で後ろを走る装甲車に連絡する。連絡を終えて深呼吸をした彼は後ろを向いてマイケルの顔色を見る。

 緊張と不安から汗がすごいな。それと、麻酔が切れて痛みも出てきたな。まぁ普通の人間なら銃弾の雨の中走り回ったり、人の焦げる現場を目の当たりにすることもないから相当なストレスだろう。


「ブラックコンドル、彼に鎮痛剤を。

  マイケルさん今から検問を突破します。なるべく穏便に済ませるつもりですが、覚悟を決めてください」


 マイケルはコクコクと頷く。その後、横に座っていた亜里沙が鎮痛薬を打つ。



 じわじわと検問待ちの列が溶けていき、あと2台でマイケルの乗る車両の番になる。


「このホログラフィックを使ってください」


 紅人はマイケルに小さな箱型ホログラフィックを渡す。ホログラフィックとは3D映像を投影することで顔を隠す道具である。検知器で調べられたり、触られたりしてしまえば終わりだが、見かけは誤魔化せる。


 気休めにしかならんがなと紅人はおもう。


 コンコンと運転席の窓がノックされる。


「何でしょうか?」


 雅英はウィンドウを下げ、当たり障りのないよう警察官に話しかける。

 警察官は翻訳機を向けてくる。

 英語と中国語を話せるのが一般的な社会となって50年。未だに英語しか話せない人間がいるとは思わなんだ。アジア人には中国語で話しかけておけば大体当たるだろう。雅英はそう思った。


「さっきジョージマイケル氏が誘拐されましてね。一応身分証を見せていただけますか?」

「どうぞ」


 雅英まさひでは警察官にパスポートを渡す。もちろん精巧に偽造されたものである。


「ホワイトコンドル、いつでも撃てるように準備しておけ」


 紅人はロシア語で穂波ほなみに命令する。日本語では翻訳機に訳されてしまう危険性があるからだ。

 現代の翻訳機は自動で人種を見極め言語を選ぶ機能が付いている。そのかわり、選ばれた言語以外の翻訳をするには手動で切り替えなければならないのだ。

 紅人の話せる言語は日本語、英語、中国語、ロシア語、フランス語、イタリア語、ドイツ語の7カ国である。穂波はこれに加えてヒンズー語、アラビア語、スペイン語の計10ヶ国語をマスターしている。


「了解」


 穂波もロシア語で返答する。


「後部座席の窓を開けてください」


 警察官は雅英に指示する。

 携帯をいじっているように見せていた紅人は警察官の右手に握っている機械が気になった。


 微電子放出装置だと!あれを当てられたらホログラフィックは歪んでしまう。


「撃て!」


 彼の合図で穂波は拳銃を抜き、警察官の頭に鉛玉を撃ち込む。頭が変形した警官が地面へと倒れる。


「車を出せ!」


 雅英はアクセルを全開にして検問を強行突破する。それに続けて、後方に控えていた装甲車も走り出す。


「こちら9番検問所、犯人グループと思われる車両を2台発見!至急応援を頼みます」

「こちらヘリコプター1、応援に向かう」


 検問所の要請で上空を飛ぶヘリコプターが飛んでくる。一般道を爆走する紅人の車に、ヘリコプターからサーチライトが当てられる。

 スナイパーが2人。見た感じ軍用ヘリコプターじゃない。防弾性能は民間レベル、軍用の銃で撃てばすぐに落ちるだろう。でも、それでは一般人に迷惑がかかりすぎる。


「ホワイトイーグル、狙撃してみるか?」


 彼は装甲車に乗る直己に通信で問いかける。

 少しの間の後、直己は答える。


『遠慮しときます』

「了解。では私がやろう」


 紅人は車の天井を開くとヘリコプターを見上げる。スナイパーは左右に2人。


 対人狙撃の射程は短いが、動いている目標に弾を当てるのは大得意なんだ。遺伝子の違いをなめるなよ。


 紅人は81式突撃電磁誘導砲アサルトレールガンを構えて、射撃モードを単射に設定する。バトルゴーグルの照準アシストはこういう射撃には向いていない。だから、自分の感覚だけで彼は照準を合わせる。

 彼の目に映る世界が一瞬モノクロになる。


 ここだ!


 紅人は引き金を引きスナイパーを射抜いた。射抜かれたスナイパーは地面に落ち人間の原型をとどめていない。


「目標排除」


 彼は無表情に呟き席に座る。

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