十話ジョージ・マイケル10

 ヘリを撃退したが、何台もののパトカーが連なって紅人くれとたちの車を追ってくる。


「うっとおしいなぁ」


 先程から紅人は車の上から後ろのパトカーを銃撃している。これまでに3人の運転手を無力化しているが、焼け石に水だ。連絡を受けたパトカーが町中から集まってきている。

 こういう時にフルオート射撃ができない電磁誘導砲レールガンは不便だな。

 彼は改良を依頼するべきかと考えたが、それは無理だと悟った。電磁誘導砲レールガンの銃口初速は約2200km。単射を主体に使っても銃身の消耗が激しいのに、フルオートで使うのは到底不可能だ。バッテリーの消耗を抑えることも考えるとレートもかなり抑えないとならない。

 最初のエネルギーを与えれば銃身内の電磁誘導によって弾を加速させる電磁誘導砲に反動は殆どない。しかし、それだと発射レートを高めても制御しやすい長所を捨てることになる。


「ボス、飛行場の前にバリケードが張られています」

「強行突破だ。総員、警官を始末しろ!」

「了解」


 紅人の指示で運転手以外の社員が窓から乗り出し、銃撃を始める。いきなり銃撃された警察たちは抵抗するまもなく、死を与えられた。

 悪いな、普段市民を相手にしているお前らとは格が違うんだ。

 紅人が乗る車はガシャーンと大きな音を立ててパトカーを押しのける。雅英は飛行機に向けアクセルを踏み込む。




 先に飛行場に着いた健太郎けんたろうたちは先程から激しい銃撃にさらされている。飛行機を傷つけられないように少し離れたところで撃ち合っている。


『こちらホワイトイーグル、悪い知らせがある。弾切れだ』

「了解。すぐに降りてこちらに加われ」

『了解』


 給水塔に登って狙撃していた直己なおみ対物電磁誘導砲対物レールガンを背中に背負うとハシゴを下る。

 地上まで残り7m、梯子を半分ぐらい降りた時に給水塔にロケットランチャーが炸裂する。ドーンという大きな音とともに給水塔が傾く。


「うぉぉおおおおおお」


 梯子はしごが外れ、彼は空中に投げ出される。


「ホワイトイーグル!生きているか」

「あぁ、落ち方が良かったのか骨も無事だ」

 彼は瓦礫をかき分け立ち上がると親指を立てる。

 とはいえ、背中から派手に落ちたのでノーダメージとはいかない。パワードスーツがあっても瓦礫がれきのクッションはこたえる。背中は擦り傷まみれで、尋常じゃなく痛い。正直言って戦線を離脱したいが、そうも言っていられない。

 彼はポーチから注射器型の痛み止めを取り出すと、左腕に打ち込む。スーッと痛みが引いていくのを感じた彼は銃を構える。


「さーて、もう一仕事だ」


 直己は機影や貨物に身を隠しながら健太郎の近くによる。


「無駄弾をなるべく撃つな!単射で確実に当てていけ!殺す必要はない!とにかく怪我を負わせるんだ!」


 戦場において死人を出すよりケガ人の山を築かれる方が厄介やっかいなのだ。死体はタグだけ回収すればいい。しかし、ケガ人は救助して治療をしなければならない。最低限士気を下げないためには、助けようとする振りをする必要がある。


「予備のマガジンをよこせ!」


 最後の弾倉を銃に入れた直己は肉食獣のコードネームセカンドに向けて言う。


「これで最後です」


 ハイエナのコードネームを持つ兵士が直己に向け弾倉を2つ投げる。

 早く来てくれよボス。

 残弾が少なくなってきた社員の中に焦りが見え始める。



「3時方向より装甲車2台!ボスです!」


 バリケードを派手に破って飛行場内に入って来た紅人は車の上から顔を出して状況を確認する。

 敵は2個中隊。撃滅よりも逃げたほうがいいな。



「急いでマイケル氏を飛行機に乗せろ!」


 彼は後ろに乗る穂波ほなみに言い聞かせると車から飛び降りる。まず始めにEMPグレネードを投げて敵のバトルゴーグルを無力化する。EMPグレネードの効果が切れたのを確認した彼はパワドスーツの電源を入れ直すと、銃のセーフティーを解除して撃ち始める。彼は人間とは思えない速度で照準を合わせ、確実に致命傷を与えていく。


「ブラックイーグル!ボスが抑えている間にさっさと準備を」

「わかった」


 車を止めた雅英まさひで穂波ほなみはマイケルをかばいながら飛行機に乗せる。


「お前達もさっさと乗れ!」


 紅人は彼の援護をしていた社員達に飛行機に乗るよう促す。彼の命令を受けた社員達は援護射撃を止め、飛行機に乗る。

 早くしろ、早くしろ、早くしろ!紅人は心の中で叫ぶ。

 援護の無くなった彼には激しい制圧射撃が加えられている。降り続ける鉄の豪雨の中、彼は止まることなく遮蔽物しゃへいぶつを移動し続ける。スライディングやローリングを駆使して射撃をかわし、一人一人確実にしとめる。


「He is monster!」


 遺伝子組み替えで産まれてる時点で化け物。だが、強きものが正しい。それが戦場だ。

 紅人は最後のマガジンを差し込むと走り出す。前宙、フェイントバック、スライディング、パワドスーツをフルに使った上下運動で射線をかわし、照準に敵を収めた瞬間、敵を倒していく。

 弾切れかよ。

 あと少しで社員全員が飛行機に乗り終わるところで突撃電磁誘導砲アサルトレールガンの弾が切れる。すぐさまハンドガンを抜き、応戦する。しかし、最新のボディアーマー相手では効果が薄い。

 紅人の弾切れを察したアメリカ兵達は制圧射撃をしながら距離を詰めてくる。移動しようにも射線が通り過ぎている。先の事情から敵を倒して射線を切ることはできない。はっきり言って八方塞がりだ。

 残りのグレ(グレネード)は閃光せんこうが1つにEMPが1つ、スモークが2つ。こんなことになるんだったらフラグを持ってくるんだった。


くれ!」


 健太郎が紅人の愛称を呼ぶとショットガンを投げる。すぐさま彼はフラッシュバンを投げ、敵が怯んでいるうちにショットガンをキャッチする。

 85式電磁誘導散弾銃レールショットガン。一見レバーアクション式の旧式ショットガンに見えるこの銃だが、ショットガンで始めて電磁誘導機構を導入した銃である。まだ試作段階で至らない点も多いが、超音速で飛翔する円盤型のペレットは人体を深く切り刻む。

 紅人は目の前のアメリカ兵に向けて引き金を引く。破裂音のような銃声とともに13枚のペレットが飛び散る。


「エッグいなぁ」


 ペレットは敵のアーマーを桃でも切るかのように引き裂き文字通りひき肉になった。

 これは禁止兵器になりそうだ。


「fuck you!」


 叫ぶアメリカ兵に向けて紅人はショットガンを撃つ。撃たれた者は頭が破裂し、腕が引きちぎれ、内臓がこぼれ落ちる。

 8発打ち終わったところでリロードをする。レバーを動かし薬室に弾を送った彼は遮蔽物から身を乗り出し再び肉塊を築く。


「ボス!出発します!」

「今向かう」


 彼はショットガンを適当に撃ちながら飛行機に向かってダッシュする。

 痛ぇ!

 不意に左腕に激痛が走る。すぐに左腕を見ると銃弾が食い込んでいる。今すぐ抜いた方がいいのだが、血を残すわけにはいかないのでそのままダッシュする。某ロボット映画に出てくる男がバイクに乗りながらやっていたスピンコックを使い立ちはだかる敵兵を倒す。


「出せ!」


 飛行機に飛び乗った紅人は命令する。健太郎はエンジンを全開にして離陸をする。




「クッ……」


 離陸して数分後、紅人は左腕に刺さった銃弾を引き抜く。抜いた瞬間傷口から血が吹き出す。

 さすがは、電磁誘導砲レールガン。骨まで届いたか。


「青木、治療を頼めるか」

「了解です」


 紅人はパワドスーツを半分脱ぎ傷を見せる。


「静脈が切れてますね。止血してつなぎ治すには麻酔をしないといけません。ですが、ボスに効く麻酔は今はありません。応急処置として止血をするか、痛いのを我慢して無理やり手術をするか選んでください」


 遺伝子組み替えで産まれた紅人はさまざまな薬剤耐性を持っている。一般的に使われている麻酔は全て耐性を持っていて、専用に調合した麻酔しか紅人には効かない。今回大怪我することを想定してなかった紅人は麻酔を持ってくるよう指示を出していなかった。


「オペしてくれ、いつもの薬を飲めば痛みは感じないしな」


 彼がポケットから錠剤ケースを出した時、警報音が鳴り響く。


「レーダーに敵機多数!アメリカ空軍です」


 操縦席の健太郎が叫ぶ。


「総員銃座につけ、迎撃準備!フルスロットル、高度1万3千まで上昇!」


 彼は銃弾を分解して中から火薬を出し、傷口に塗る。その後ライターで火をつけ無理やり止血する。


「強引過ぎます!」

「時間がない、さっさと位置につけ!」


 彼の合図で亜利沙ありさは仕方なくレーダーの前に座る。


「距離と方位を」


 彼は銃座ではなく椅子に座り目を閉じる。

 さて、この私が乗っている船を落とせるか、お手並み拝見といこうじゃないか。

 おそらく世界最強の空軍はロシア軍であろう。しかし、私が指揮する空軍戦力は最凶。指揮官次第で1匹のハヤブサは100匹のタカに勝ることを教えてやろう。


「ブラックホーク、私のゴーグルとレーダーをリンクさせてくれ」


 彼はバトルゴーグルをかけて航空地図を開くと、現在地と敵の位置を確認する。

 距離は50km。敵の数は12機、このままだと後数十分で追いつかれる。かといって全部を撃墜することは現実的ではない。なら、通るべき進路はハワイ上空。日本機のシグナルを出して、ここまで逃げられれば在米日本軍の援護が受けられる。


「進路80、船速そのまま、緩降下高度1万。6時方向目視にて敵を発見しろ」

「了解」


 少しでも速度を上げるため、降下しながらハワイ上空へと向かう。これでも戦闘機に速度で敵うわけないのだが、時間を稼ぐのが先決。


「5時方向敵!距離20」

「視認した」


 最後尾の銃座に着いている直己は敵を照準に収める。


「警告!ロックオンされました。警告!ロックオンされました」


 機内に警報音が鳴り響く。


「回避運動入ります」

「回避起動するな!速度を失えば死だ!」


 健太郎が舵を切ろうとした瞬間紅人が強めの声で言う。戦闘機相手に速度を落とすのは自殺行為でしかない。


「敵アクティブホーミング射出!数4!」


 アクティブホーミングミサイルは動く熱源を捉え、自動で追尾するミサイルである。飛行機のエンジンは大きな熱を発しているので、空対空戦闘において非常に有効なミサイルである。


「機銃掃射、ミサイルを撃ち落とせ」

「了解」


 機銃に着いている社員が一斉に発砲を始める。

 紅人は敵に追われているとは思えないほど落ち着いて指示を出す。

「動かざること山の如し」どんな状況であれ冷静さを欠いてはならない。落ち着いて構えていれば勝機は必ずやってくる。


「ミサイル撃墜!」


 穂波が報告した束の間、新たな警告音が鳴り響く。


「セミアクティブホーミング!数7!」


 セミアクティブホーミングミサイルは先程のミサイルと違い、ミサイルが着弾するまで目標をロックし続けなければならない。そのかわり手動誘導のため命中率は非常に高い。


「5秒後パルスフレア展開。それまでに可能な限り敵機を落とせ」


 ロックオンし続けている敵機はあまり大きな回避軌道を取れない。ギリギリまで引きつけて数を減らす。逃げ切るためにはそうする必要があった。


「パルスフレア放出」


 機体の後ろから日本の棒が射出される。2秒後2本の棒が爆発すると大量の電子が振りまかれミサイルは海上へと落ちていく。


「牽制射撃。絶対にロックオンさせるな」


 指示を出した紅人は操縦席に向かい、通信用ヘッドセットを取る。


「こちらJBH02秘匿回線にて連絡する。本機は極秘任務中。繰り返す本機は極秘任務中である。ただいま、

 アメリカ空軍に追尾されている。至急援護されたし!」

「こちらハワイ駐屯地、了解した。数はわかりますか?」

「F52インパルス8機」

「了解。すぐに疾風を向かわせます」


 彼はヘッドセットを置くと席に着く。しばらくすると日の丸をペイントした戦闘機が20機現れ、アメリカ空軍はすごすごと帰っていった。




「疲れた〜」

「操縦を離れて大丈夫なんですか?」


 スーツに着替え完全に仕事スイッチを切った紅人は健太郎に話しかける。


「自動操縦中だ。墜落はしないだろう」


 健太郎はガハハと笑う。戦闘が絡む時は絶対的な司令官を気取っている彼も、それ以外は社員達に敬語で接している。平均年齢が34歳の彼の会社では代表取締役である彼が1番年下である。

 いくら才能があるとはいえ、年上にはある程度節度を守ることにしている。これは社員達が彼を高く評価している理由でもある。


「帰ったらゆっくりできるのか?」

「無理ですね。5月頭には調布で空軍指導のお誘い。中旬には中国で仕事と中間テスト。それが終わったら就職面接がありますね」


 その先も6月には裏社会の仕事。まだ口外することを許されてはいないが、7月には政府から超機密依頼が来ている。彼が仕事のない時など正月ぐらいだ。その正月もいろんなところから新年の挨拶に来る。何だかんだ忙しいので、実質休みはないに等しい。


「新規採用……今年はどのくらい取るの?」


 軽快な口調で穂波が聞いてくる。


「戦闘科は去年殉職したのが30人、退職したのが5人だから、40人ぐらいですね。一般科は退職した分の補充ですね」

「新人かぁ」


 健太郎達は一斉に肩を落とす。

 それも無理はない。成熟した兵士や諜報員しか募集していない僕の会社でも、殉職者の8割は新入社員だ。1対多数や人数不利の状況に慣れていない兵士達は初回の任務で死んでいく。我々は正規軍でないため、降伏ができない。したがって、生きるか死ぬかの二択しかない。

「今年は殉職者が少ないといいんですけどね」




 4月21日。

 紅人は予定通り羽田空港に着くとマイケル氏を引き渡した。アメリカは彼の身柄の引き渡しを求めてきたが、政府がこれを拒否したことでアメリカは大人しくなった。

 ただし、その報復として紅人はFBIのレッドリストに名前が載った。このリストは確たる証拠がないが、ほぼ確実にアメリカの国益を損ねる行為をした者をリスト化したものである。タクミの情報操作がしくるわけがない。今まで通り軍の中の架空の人物がやったことにしたはずなのになぜバレた。

思考を巡らせた彼は1つの答えにたどり着いた。


 ー裏切り者がいるなー


 紅人は防衛大臣から送られてきたメールを確認しながら思った。






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