19話〜拉致少年少女奪還編5〜

2118年5月20日


日が中央を過ぎた頃、紅人くれとは自室で銃のメンテナンスをしていた。愛銃の87式突撃電磁誘導砲アサルトレールガンは室内が想定されるので今回は使わない。あれは命中精度に優れたマークスマン向けの銃で200m〜1000mの間合いで最も効果を発揮する。

代わりに使うのは自社製散弾銃の「ピースブレイカー」。外見は87式散弾電磁誘導砲ショットレールガンとほぼ同じ中折れのレバーアクション式の散弾銃である。しかし、後発型のピースブレイカーには新しい機能がいくつかつけられている。

性能面も室内戦に特化した仕上がりになっている。威力と射程を犠牲にした代わりに銃身を5cm短くし、狭い場所での取り回しをあげている。また、ペレットの拡散範囲を抑えているので1発で確実に致命傷を与える事ができる。

樹脂製のカバーを外すと35cmほどの6本の棒が円状に並んでいる。電磁誘導機構レールガンきこうと呼ばれるこの棒1本1本に電流計を当てて正常に電気が流れているか確認する。この銃の恐ろしいのは整備不良で銃身内で弾が暴発すると50万Vもの電流に襲われることだ。人間ステーキで死ぬのは御免被りたい。


よし、正常値だ


最後に紅人は絶縁体と磁気を遮断する絶磁体ぜつじたいがついているのを確認してから樹脂製のカバーをかける。絶磁体がないと周りの金属が引き寄せられて、くっつき、銃が使い物にならなくなってしまう。電磁誘導砲レールガンは噛み砕くと強力な電磁石と同じである。

新機能のテストも兼ねて近くの射撃場で試し打ちでもするか。

紅人はカラーコンタクトを付けるとガンケースを背負って軽やかな足で部屋を後にする。




外に出ると観光地らしい人の多さだ。数キロ先に仕事がなければ心置きなくとは言えないが、美味しいご飯を楽しむ事が出来たのにと思う。世界中からマークされている紅人くれとなので、海外で完全に気の休まることはない。慣れていても常に暗殺に気をつけないといけないのはやはり疲れる。

準備運動を兼ねて彼は射撃場までの道を歩く。今日は中国の祝日。同じ歳くらいの少年少女たちがショッピングや食事を楽しんでいる。

紅人は手を繋いでいる男女のカップルを見つけると少し立ち止まり2人を目で追う。カップルは洋服屋の前に置いてある服飾ホログラムモデルを見ると男が女に手を引かれて店の中へ入っていく。

雲の合間から日差しが差し込みあたりが眩しくなる。彼はサングラスをかけると再び歩き出す。

上海シャンハイの町並みは一言で言えば超都会。それは中心部だけに限らず郊外にも言える。高級店から安価な物を売る店、多種多様な業種の店が立ち並ぶ。

大戦の爪痕はどこを見ても見当たらないし、ほぼ無理やり併合した国との対立もなく中国として収めている。国民を恐怖で支配しているのは間違いないが、反感を生み出させないのは元共産主義の恩恵ともいえよう。


おっかないな。


紅人は町中に置いてある治安維持ロボの武装を見る。日本の治安維持ロボはスタンガンを標準装備。アメリカのはハンドガンを標準装備。それに対して中国のはアサルトライフルを標準装備している。裁判をするまでもなく犯罪者は死刑と語っているようだ。


本当に恐ろしい国だ。


紅人は終始自分に向けられる視線に注意しながら射撃場へ向かった。




紅人がホテルを出た頃、穂波ほなみは暗殺者時代の仲間と会っていた。いつもの大胆な装いとはうって変わって、白いワイシャツに黒いスーツと普通のオフィスレディにしか見えない。


ハオりゅう

ハオ中条」


穂波は同い年くらいの中国人の女性と少し高そうな中華料理屋の個室に入る。完全防音で部屋の前には黒服が常時2人立っている。ここは穂波が手配した場所で料理を食べるために来たわけではない。


「それでわざわざここを用意させた理由を教えてくれる」


穂波は劉を窓側の席に座らせると腹黒い笑みを浮かべる


「久しぶりに会うのだから世間話くらいしましょうよ」

「あいにくこの後は予定が詰まっているの」


穂波があしらうと劉は足を組む。劉のつま先がコツンと穂波の足に当たる。


「あなたの勤め先は黒鷹だったけ?」


穂波は何も言わない代わりににこりと笑う。


「単刀直入にいうよ。ヒイラギについて教えて」

「国籍日本、家族親族は一切なし、武装運輸会社BLACK HAWK の代表と……」

「そんなことじゃない」


劉はネットで検索すれば出てくるような情報を並べられて腹をたてる。


「あいにくネットで出てくる以上のものはは教えられない。もし、紅人の暗殺なんて企んでいるなら降りた方がいい。あなたの腕では確実に返り討ちにあう」

「お前、さんざん私のことを使っておいて対価を払わないとは感心しないな」


劉は隠していた拳銃を穂波へ向ける。しかし、穂波は焦り1つ見せない。何か策でもあるのかと劉は思ったが、暗殺者御用達のこの店ではありえないと思った。個室の中で起こったことはどんなことにも介入しないのがこの店のスタンスである。

穂波は立ち上がると窓辺に立つ。劉は振り向かれ様に拳銃を奪われない距離を取る。


「背が高くて羨ましいな」


劉の身長は178cmと女性にしてはかなり高い。スタイルもモデル体型でスラッと立つという言葉が似合う女性だ。対して穂波は160cmと低身長の割に胸が大きい。ロリ巨乳というやつであろうか。


「相変わらず余裕だな!死が目の前にあるんだぞ!」

「あら、私たち暗殺者からしたら死が目の前にあるなんてことは日常。銃を突きつけられたことくらい何度だってあるでしょう?」


振り返った穂波は笑いながら言った。劉は背筋に氷塊を当てられたような気がした。


「協力はできないのか?」

「ええ、残念ながら」


またも穂波は笑みを浮かべる。


「そうか、楽に逝かせてやりたいんだがクライアントの意向で何をしても吐かせろと言われてるんでな。悪く思うなよ」


劉は引き金を引く。しかし、目の前に立つ女はあいも変わらずニコニコ顔だ。何者かに銃身を握られて射線を切られた。


「奇遇ね。私も交渉が決裂したらあなたを殺すつもりだったの」


光学迷彩スーツで透明化していた直己が劉の持つ銃を握った状態で現れる。


「完全に視界から消える光学迷彩なんてそんなものありえない!」

「それはあなたの国で主流の同色投影型の話。これは屈折型」


光学迷彩には2つの種類がある。旧連合国側で主流の周囲の風景をスキャンして同じ色を投影する投影型。協商側で主流の光の屈折を変えて透明化するもの。


「すまねぇな!美人さん」


直己は劉を床に押さえつける。


「俺がやるか?」

「汚れるからダメ。これでやる」


穂波はバックの中から注射器を取り出す。中に入っているのはテトロドトキシン10cc。暗殺者育ちの彼女は軍上がりのものと違って血を嫌う。別に吐きそうになるからという理由で嫌いなわけではない。ただ足がつくと面倒だからという理由だ。


「離せ!離せ!くそッ!」

「それじゃ、おやすみ劉麗」


穂波は劉の頸静脈に針をさすと毒を入れる。命を奪うその瞬間にもいつもの笑顔を崩さなかった。バタバタと暴れていたが、少しするとピクリとも動かなくなる。念のため首に手を当てて、脈が止まっているのを確認する。




死体の片づけを終えた2人はあったかい烏龍茶をのむ。茶葉から淹れた烏龍茶は日本のものより美味しい。


「それ、まっ透明だね」


穂波は光学迷彩を指差す。屈折型の光学迷彩はどうしても屈折がうまくいかずにゆらぎが生まれる。しかし、このスーツには全くと言っていいほどゆらぎがない。本当にまっ透明というほかない。


「2日前にソルベーク王国のシルヴィア王女から送られてきたそうだ」


ソルベーク王国は第三次世界大戦が始まる直前に北欧に生まれた国で旧名をノルウェーという。長引いていたイギリス戦線を日本が粉砕したこともあって、国交はとても友好的である。協商側の光学迷彩はほとんどソルベーク産である。


「シルヴィア王女って今日本に留学していらっしゃらる?」

「ボスと同じ学校に通ってらっしゃる。お互い公務やら仕事で忙しいけど、仲もいいらしい。これも家の前に立っていた黒服に渡されたらしいしな」


紅人の学校は日本有数の金持ち学校。日本だけではなく世界中のご令嬢たちが通っている。


「ボスの人脈って恐ろしいのね」


ジャンヌにシルヴィア、その他王子や皇太子、全部合わせたら両手では足りない数の知り合いがいる。特別仲がいいのはやはりジャンヌとシルヴィアだ。この2人に関しては政府よりも強いパイプを持っているのでこういう裏技を使えるのだ。


「私はこれからトラックを調達してくるから、報告お願い」

「了解」


穂波は一足先に料理屋を後にする。




射撃場に着いた紅人は受付でショットガンの弾とハンドガンの弾を30発ずつ購入する。第1レーンと書かれた所に立つ。ガンケースからピースブレイカーを取り出すと銃身を折り、横に2発縦に3発並んでいるマガジンに弾を込めていく。

他のレーンに立つ人がチラチラと紅人を見る。突然やってきた若い男が市場に出回ってない奇妙なショットガンを持ってきたら気にならないわけがない。

弾を込め終わるとコッキングレバーを上下に動かして薬室に弾を送る。最後にストックの後ろを開いて長細く四角いバッテリーをいれ、セーフティーを解除する。


「打ちまーす」


紅人は的に照準を合わせると引き金を引く。

ピキュン!

電磁誘導砲には珍しい銃声が鳴る。

カチャリ

コッキングレバーを動かし再び引き金を引く。それを6回。弾切れまで繰り返す。彼は銃身を折り右側面にあるシェルリリースボタンを押す。6本のショットガンシェルがバラバラに宙を舞う。素早く弾を込めてコッキングレバーを動かしたところで銃を置く。

的の紙はすでに跡形もなくなっている。ショットガンで撃ったのだから当たり前だ。


「それ、なんていう銃なんだ?」


隣のレーンでアサルトライフルをフルオートで撃っていた男が英語で話しかけてくる。的を見るとすべての弾が内側から2つ目の円内に収まっている。


ただ者ではないな。


筋骨隆々、まるで巌のような男だ。


「ピースブレイカー、自分でカスタムした非売品だ」

「たっはっはっはっは。あんた電磁誘導砲を民間人に売るのは違法だ。俺は公李人こうりじん、あんたは?」

「柊紅人だ」


一瞬偽名を名乗るか迷ったが、面倒なことになりそうだったので本名を名乗ることにした。見かけによらず頭が切れるし、公はどう考えても警察か軍の関係者だろう。

それにこいつはヤッテいる。それも1人2人どころじゃない。10人20人もしかしたらそれ以上かもしれない。

鋭い眼光で紅人は公を物色する。


「お会いできて光栄だよ柊」

「銃が好きなんですか?」

「毎日撃たないと腕が鈍る。どちらかというと義務感の方が強い」


愛国心というものがかけらほどしかない自分には理解しかねる。どんなに国を守っても国民は軍人を人殺し呼ばわり。しかし、いざ災害が起こったら国軍が救助するのが当然だと思っている。私以上に損な役回りだ。

紅人はピースブレイカーを折ると公に差し出す。


「ワンマガジン撃ってみますか?」

「お言葉に甘えようか」


公は嬉しそうに銃を受け取るとそれを物色する。電磁誘導機構とバレル以外は樹脂製なので見かけより軽くて扱いやすい。

銃身を元に戻した公は照準を的に合わせる。


アイアンサイトもスタンド式で見やすい。ノーカスタムでここまで使いやすい銃はなかなかないぞ。


引き金を引き的を吹き飛ばす。コッキングレバーを動かして次々と弾を撃っていく。

全弾撃ち尽くした彼はシェルをすべて出して紅人に返す。銃を受け取った紅人はシェルを込めてセーフティーをかける。


「めちゃくちゃ扱いやすい。いい銃だ」


公は自分のレーンからアサルトライフルを持ってくると弾を込める。紅人は自分のレーンを掃除する。ただし、彼はショットガンシェルホルダーを腰に下げる。

迂闊だった。さっきまでと射撃場の空気が違う。客の中に何人かいるガタイのいい男がこちらに意識を向けている。


避けられないか。


彼は覚悟を決めた。


「ところで、柊。帰り支度をしたのに銃をしまわないのは何故だ?」


公の気質が変わった。

これは想像以上だ。ただの玄人じゃない。百戦錬磨の戦士だ。機能の一部を抑制していると案外気づかなくなるものだ。


「私は隼。空を誰よりも早くかけるハンターだ。向けられた悪意に気づかないわけないだろう」

「はははは」


客の中に紛れていた公の仲間が紅人に向けてアサルトライフルを撃ちまくる。紅人は近くのコンクリートでできた柱の陰に身を隠す。


「快逃!(早く逃げろ)」


紅人は何が起きたか理解できていない中国人に向けて怒鳴る。


「きゃああああああ」


耳が痛くなるような絶叫は他の客にも波及する。小さな波は高波となり非常口に人が押し寄せる。大波に押しつぶされた人はその背中を踏まれ息絶える。

当然だ。普通の人間は命を奪われる覚悟がないのだから。





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