16話〜拉致少年少女奪還編2〜

 裏切り者の根が思いのほか深いことを知った紅人くれとは部下がいるオフィスに降りる。オフィスには人がおらず、名簿を見るとみんな地下の訓練場で思い思いのトレーニングをしているようだ。紅人は備え付けの内線を手に取ると電話をかける。


「こちら射撃演習室です」

雅英まさひで。コードネーム持ちを全員集めろ。仕事だ」


 紅人は敬語を取り払い社長として彼らに命令する。


「了解しました」


 紅人は内線を切り作戦立案の準備にかかる。プロジェクターの電源を入れ、社内ネットワークから調べておいた資料を出す。

 しばらくすると階段からドタドタと音が聞こえ出す。射撃演習室にいた猛禽類のコードネームファースト肉食獣のコードネームセカンド達がそれぞれのデスクに立つ。少し遅れてやってエレベーターから穂波ほなみとタクミがやってくる。


「座れ」


 全員が揃ったのを確認した彼は着席を促す。部下達は失礼しますといい座る。見た目にそぐわない威厳を紅人からは感じられる。


「ボス、今回は我々を何処へ連れて行く気ですか?」

「中国だ」


 彼は端末をいじりスライドをホワイトボードに映し出す。紅人は部下たちの顔を見る。その顔は様々で待ちわびていた者もいれば、子供に非道を働く者への怒りをあらわにしている者もいる。


「今回は拉致協会と被害者の親からの依頼で中国諜報部に誘拐された子供達を救出に行く。襲撃するのはこの当局の偽装マフィア拠点。ネットのランキングだが世界で残忍な諜報機関トップスリーに数えられる連中だ。楽ではないぞ」


 ネットの情報なんかより中国当局が恐ろしいのは自分たちが1番理解している。しかし、気を引き締めるのにはやはり数字だ。


「情報が少ないですね」


 映し出された映像を読み終えた直己なおみが言う。


「旧共産党国家の情報統制力をなめないほうがいいデス。私が最新鋭パソコンで挑んでもカウンターアタックをされマス」

「お前がそこまで言う相手なのか」


 ハッキング関係にそこまで詳しくない直己はタクミがハッカー界でどのような位置にいるかは正確にはわからない。それでも大抵のファイヤウォールをそつなく破る彼の実力がトップクラスであることはわかっているはずだ。


「当たり前だろう」


 紅人が苦笑する。


「タクミんのハッキングはえげつないからね」


 いつもとうってかわって女性用スーツを着ている穂波が言う。あい変わらず見た目がエロいが誰も気にしない。と言うかみんな慣れているだけだ。


「私もさぁ〜あれさえなければ紅ちゃんを殺せてたんだけどねぇ〜」

「初めて会った時から君は怪しかったけどな」

「なぜぇ?」


 穂波は素っ頓狂な声をあげる。横に座る亜里沙ありさが彼女をにらんでいるが全く気にしない。


「人殺しの目をしてたからな」


 暗殺や実戦経験のある人の目は普通と少し違う。彼らは死が身近にあるおかげで生への執着が強い。どんなに冷静に見えても、目の奥に宿る熱量は隠しきれない。


「話が逸れた」


 パンと手を鳴らし彼は視線を集める。


「今回予想される子供の数はおよそ30人。増えた場合も考えてわし型2機で行く」


 大型輸送機『鷲』は最大積載量80t、最高速度マッハ1.5の大型にしては足の速い日本軍の主力輸送機である。もちろん自社製だ。ただ、中型輸送機の『とび』と違って防衛力が低くくパルスフレアが10回分しかない。このぐらい大きい船だと回避軌道を1つ取るだけでゴリゴリと速度が削れて行く。敵は護衛機に任せて逃げたほうが良いのだ。


「護衛機は4機でいいだろう」

「少なくないですか?」


 健太郎けんたろうが疑問を呈するが紅人は首を横に振る。


「警察では軍用機は動かせない。流石の中国当局も自分たちがヤバいことをしているのは理解しているはずだ。下手に軍を動かして露見させるようなことはしないだろう」


 警察はともかく、主要各国の軍の動向は常に世界中の注目の的である。国際法に反することをしておいて軍を動かせば避難を浴びることは避けられない。紅人達もブラックなことをするが、『子供を取り返す』という中国にはない大義がある。露見した時に背負うリスクは比べるまでもない。


「確かに」

「他に疑問はあるか?」

「はーい」


 穂波がヒラヒラと手をあげる。


「私が先に乗り込んで情報を集めるのはどうですか?」

「君のように優秀な部下を死なせる気はない」

「私がしくじるとでも?」


 ハニートラップに絶対的な自信を持つ穂波は憤慨ふんがいする。彼女は他の猛禽類のコードネームファーストと違って自分が兵士として劣っていることを自覚している。得意分野まで否定されたらここに座っていることを彼女のプライドが許さない。


「君がしくじることはないだろうが、彼らには効果的じゃない」

「……理由をお聞かせください」


 少しの間の後、穂波は敬語で問う。


「タクミが調べられない情報を持っているのは幹部達だが、奴らはハニートラップに引っかからぬよう去勢されている」

「それは私でも無理かなぁ」


 相手の情欲に漬け込むのが穂波だが、肝心の情欲そのものがないものには無力だ。彼女はテーブルに肘をつき楽な姿勢をとる。


「飛行場までの輸送はどうするんですか?乗用車で運べる人数でもないでしょう」


 雅英は口を開く。

 少なくとも30人の子供を、場合によってはそれ以上の子供を運ぶのだ。トラックかバスか輸送車のどれかを調達する必要がある。コスト的に考えるならバス。防御力を考えるなら輸送車。偽装性ならトラックといったところか。


「換気口のついたトラック3台に適当な荷物を積んでごまかそう」

「子供をトラックに詰め込むんですか?」


 亜里沙は紅人の目を見つめる。二児の母ならではの想いなのであろうか。紅人は少し自分の体温が下がったように感じた。


 だが、譲れるものとそうでないものがある。


「輸送車を走らせてはただの的だ」


 毎回のことだが数で劣るこちらには偽装が必須。いくらなんでも市街地に戦闘機を持ち込んでミサイルをぶっ放すわけにもいかない。それこそ負うべきリスクの天秤がこちらに傾いてしまう。


「そうですね……すいませんでした」


 紅人言っていることは正しい。しかし、感情では納得できない彼女は言葉で無理やり自分を納得させる。それを見て紅人は心の中で謝罪する。指揮官として必要なのは感情の一切を挟まない最適解を選択すること。心で謝ってもそれを口にすることは許されない。


「出発は3日後。調達は穂波に任せる」

「私ですか」


 普段調達を任されない穂波は驚く。


「中国にルートがあるなら君しかいない。軍上がりの連中では無理だ」

「わかりました。昔の仲間に頼んでみます」


 首を縦に振った彼は地下へと降りていく。




 地下4階の近接演習場に降りた紅人くれとはジャケットを脱ぐとツボに刺してある木刀を一本抜く。彼のいる近接演習場はスパーリングロボットという訓練用ロボットと肉弾戦をするために作られた場所だ。床は今時珍しいたたみで怪我をしにくいように工夫されている。

 準備運動と素振りを終えた紅人はスパーリングロボットの設定をする。モードはナイフ、強さはもちろん最強。というか最強でも物足りない。


「認証しました。10秒後に演習を開始します」


 のっぺら坊だったロボットがホログラフィックで装飾される。紅人は木刀を両手で持ち、中段に構える。あたりの風を集めるかのように集中する。極限まで集中した彼の耳に雑音は一切聞こえない。ロボットが動き出す瞬間を今か今かと待ちわびる。

 ピッと言う電子音とともにロボットは動き出す。一度息を吸い吐いた紅人はロボットが木刀の間合いに入った瞬間に左下段から斬りあげる。それをロボットは右手で握るナイフで受け流すと紅人の下腹部に向けて蹴りを放つ。彼は蹴りが当たるとともに衝撃を逃すように後ろに飛ぶ。

 紅人の得物は全長50cmの木刀。対してロボットの得物は刃渡り12cmの模造ナイフ。長さがある分普通に戦えば紅人が有利だが、一度懐に入られれば取り回しのいいナイフの方が有利だ。

 ロボットはナイフを構えて再び突っ込んでくる。ロボットが木刀の間合いに入ると紅人は激しい攻撃を仕掛ける。刺突、斬りあげ、斬り下げ、なぎ。木と金属のぶつかり合う音が演習室に鳴り響く。息つく間もなく繰り出される紅人の連撃。ロボットは防戦一方だ。


 弱い。弱すぎる。力5割で完封とは改良の余地ありだな。


「おっと」


 考え事をしていた紅人は胸へ向かって来る模造ナイフを左手でいなす。するとロボットは振りかぶった勢いをそのままに体勢を崩す。


 体格上どうしても僕はパワー不足になる。だから、馬鹿正直にパワー勝負をする気は無いんだ。

 そろそろ終わりにしよう。


 紅人は両手で木刀を握るとロボットの背中を斬り伏せる。鈍い金属音を立ててロボットは沈黙する。紅人の額には汗ひとつない。


「流石だな、紅人」

「このぐらい高槻たかつきさんでもできるでしょう」


 不敵な笑みを浮かべた健太郎は両手に持っている模造刀のうち1本を紅人に向けて投げた。紅人はそれを右手でキャッチする。


「久しぶりにやろうじゃないか」


 紅人は口を開く代わりに模造刀を抜く。健太郎は5歳の頃から剣道をやっていたらしく今では8段の腕前。自衛隊時代に国体で準優勝したとも言っていた。練習相手に不足はない。

 2人は模造刀を構えて向かい合う。紅人は右手で刀を持ち、その剣先に左手を添える。そして、集中力を高めて腰を落とす。

 対して健太郎は中段にどっしりと構える。なんでも来いと言わんばかりだ。


 しばらくの間、時計の秒針が動く音だけが部屋に響いた。


 先に動き出したのは紅人だった。右足で思い切り畳を蹴り、勢いをつけたところで右手を突き出す。健太郎は紅人の剣を横に流して、突きをかわす。


「面」


 紅人の背後から模造刀が振り下ろされる。姿勢を低くして攻撃を避けた彼は下段回し蹴りで健太郎の足を刈りにいく。


「うぉっ、きったねぇ」


 てっきり刀だけの勝負と思っていた健太郎はとっさに後方に飛ぶ。その隙を紅人は見逃さない。一気に距離を詰めて健太郎の右上から斬りかかる。健太郎は右手一本で模造刀を振るとギリギリのところで鍔迫り合いに持ち込む。


「実戦で刀しか使わないバカがどこにいますか?」


 すぐに紅人は少し引いて鍔迫り合いを辞める。


「確かにな」


 健太郎は再び中段で構える。


「遊びはおしまいです。ここからは一方的にいきます」


 紅人は今までと違って片手で構える。部屋の空気が張り詰める。

 健太郎は思う。

 一見腑抜けた構えだが、どこから攻めても崩せる気がしない。かといって後手に回るのは最悪。紅人は人間として最高の肉体を持っている。その中でもスピードはさらに頭一つ抜けている。一度猛攻を始められると一気に押し切られる。


「せぇい」


 健太郎は雄叫びとともに面をうちにかかる。紅人はそれを刀で受け流すと健太郎の腹を打つ。動きの無駄が一切ない見事な返し技だ。

 健太郎はこみ上げるものを抑えて背後に流れた紅人の胴を薙にかかる。防ぐのは無理だと判断した紅人は健太郎の腰を蹴り飛ばして攻撃を回避する。彼は再び体勢を崩した健太郎を上から斬り伏せ、斬りあげ、しまいに腹部を思い切り薙ぐ。すると健太郎は崩れ落ちる。




「俺も衰えたかな」


 なんとか座れるまでに回復した健太郎は紅人に渡された水を飲み干す。打たれた腹は骨折こそしていないが、青い線が横一文字に引かれている。キチンとケアしないとしばらく残りそうなアザだ。


「剣道はスポーツですが、剣術は殺人術。私の術の方が実戦で使いやすいだけです」

「人殺しに特化した四天一流には敵わんか」


 紅人の使う四天一流は室町時代前半に生まれたとされ、一子相伝の人殺しに特化した剣術である。技は口伝4つに奥義1つと他の流派に比べて少ない。しかしそれを組み合わせ、多種多様な連撃を繰り出す。それが四天一流の極意である。


「今の戦場で剣を使うことなんてほとんどないですよ。撃って、爆破して、燃やす。刃なんて文字は1つもない」


 紅人はクスクスと笑う。剣の時代は数百年も前に終わった。しかし、自身は戦場にいつも剣を持っていく。なんと滑稽なんだろうと思った。


「でもまぁ、たまにこうやって競うのは楽しいだろう」

「ええ」


 紅人は紅の目を輝かせる。何だかんだ言って紅人は競いごとが好きだ。遺伝子に刻まれているからと言われて仕舞えばそれまでだが、少なくとも今の模擬戦は心の底から楽しめた。


「やっぱり君は人間だ」


 健太郎の思いがけない言葉に紅人は顔を赤らめる。


「それはそうと。穂波さん。さっきからそこで覗いているのはわかってますよ」

「流石ですねー。暗殺者の顔が立たないよ」


 穂波は降伏と言わんばかりに両手を上げて出てくる。


「それで何の用だ?」

「昔のツテから手に入れた情報なんですけど、見ますか?」


 穂波はオフラインの携帯端末を出す。それを紅人は受け取ると中身を確認する。そこに並ぶのはどうやって手に入れたのか想像もつかない情報ばかり。秘密軍事施設の場所や試作兵器、用心用の緊急シェルターの場所まであるとは驚きだ。

 紅人は感動しながら画面をスクロールしていく。


李平金りへいきん……」


 紅人は中国諜報部最高司令官の名前をポツリと呟く。彼はおでこに手を当てて髪をかきあげる。

「闇喰らい」の異名で各国の諜報部から恐れられる平金。彼に捕まったら最後、人格を破壊されて解放される。

 実際に穂波の前にウチに勤めていたアサシンは中国で行方不明になった。3日後居場所がわかって助けに行った時にはもう遅かった。彼女には新たな人格が4つも生まれ助けようがなかった。


「そう気を落とすな。傭兵戦か空戦に引きずり出せばお前が勝つ」

「昔のことだ」


 紅人は演習室を後にする。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る