17話〜拉致少年少女奪還編3〜
2118年5月17日11時。
中国に飛び立つため
全く、昨日運輸連合から呼ばれなかったら一緒に行くつもりだったのに。老害どもの頭の固い話に付き合わされるとは最悪だ。だいたい仕事を取りすぎってなんだよ。実力のないものは
保安検査はビジネスクラスに乗るのでエコノミークラスの手荷物検査に並ぶ必要はない。専用ラウンジに繋がる場所でやればいいのだ。
「パスポートと申請書類があればご提出ください」
紅人はパスポートを提出する。ただし、その色は黄色。空港のスタッフは紅人の顔が一致しているのを確認すると手荷物検査をせずに保安カウンターを通す。
今の日本には四種類のパスポートがある。有効期限が5年と短い黒のもの。一般成人男性が持っている有効期限が10年の赤いもの。外交官などが持つ緑のもの。この3つは旅券が生まれた時からあるものである。しかしここ10年で機内への武器の持ち込みをできる黄色いパスポートが生まれた。
これのおかげで合法的に拳銃を機内へ持ち込める。そのかわり機内で暴動が起きたら解決する義務が発生するが、そんなものはほぼ起こらない。
出発時刻まで後1時間。紅茶と雑事を済ませるために紅人はラウンジに座る。パソコンを開いて仕入れや書類選考をする。
「AAN108便上海行きの搭乗を5分後に開始します。搭乗される方は27番搭乗口までお越しください」
紅人はパソコンを閉じると、残った紅茶を一気に飲み干して搭乗口へ向かう。
搭乗口にはすでに多くの人が待機していた。ゴールデンウィーク明けだから満席とまではいかないが、7割ぐらいの乗車率だろう。この会社はまず障がいを持つ人と子連れの家族が案内された後、ビジネスクラスの人が案内され、最後にエコノミークラスの人が案内される。
空いている席を見つけるのが面倒だった紅人は柱にもたれかかって案内を待つ。機内で何をしようかともの凄くどうでもいいことを考えていた。
「クレェト?おおクレェトじゃないですか!」
紅人の背後から
ビズというのはフランスの挨拶で相手と頬を合わせ耳元でキス音を鳴らす行為のことだ。
突然のことに驚いた紅人は状況が飲み込めずされるがままになる。
「ジャンヌ!?」
ようやく彼方にあった意識をこっちに持ってきた紅人は自分より背の高い少女の名前を言う。
「そうですヨー。ジャンヌ・ダルクですヨー」
彼女はフランスの聖女ジャンヌダルク。正確には700年ほど前にオルレアンを解放したジャンヌダルクの子孫である。フランス政府はイギリス教会によってジャンヌダルクは
700年後、第三次世界大戦という危機を目の前にしたジャンヌダルクの血を受け継ぎし者は再び
嘘か本当かはわからない。
戦前より宗教チックになったフランスを見ていると、危機と宗教というのは切っても切れない縁にあり、戦争がなくならない原因だと紅人は深く思っている。
「なんでここにいるんだよ」
「クレェトと会えると
ジャンヌは紅人に抱きつく。紅人は彼女を引き剥がそうとするが、ものすごい力と勢いでそれをさせない。まるで子供にじゃれつく母親のようだ。やがて、彼女は自分の持つ大きな2つの山の間にある深い谷に彼の頭を沈める。
「おいこら離せぇ〜、啓示なんてあるわけないだろ」
やっとの思いで脱出した紅人は崩れたネクタイを結び直す。
「赤くなってますよ」
ジャンヌはクスクスと悪戯げに笑う。見ている側からしたら金髪碧眼の美少女が満天の笑みを浮かべていて眼福なのだが、ときめかないのはなぜだろうと紅人は思った。
「誰のせいだ!この野郎」
呆れている紅人だが、目の前の女のペースは崩れない。見る限り営業スマイルではなく、心の底からジャンヌは笑っている。その笑いの奥に何があるのか紅人は気になって仕方がない。
息を整え終わった紅人の耳にジャンヌは口を寄せる。また、抱きかかえてきたらぶっ飛ばしてやろうと紅人は身構える。
「勃ってますよクレェト」
ジャンヌはねっちこく、妖艶に言葉を紡ぐ。呟くなどという生易しい感じではない。狩りをするメスの目だ。ただし、その瞳には好意よりもからかいの方が多く含まれている。
「ジャンヌ、私だって男だ」
紅人は彼女の腹をすくい上げるようになぞる。
「あまり高ぶらせると壮絶な初めてを味わうことになるぞ」
舌なめずりとともに紅人は人を殺す時と同じ目を浮かべる。
「ふぇぇぇぇ」
予想外の行動にジャンヌは両手を胸の前で組み身悶える。その顔はリンゴのように真っ赤だ。その姿を見た紅人は思わず吹き出す。
「何を笑ってるんですか?」
ジャンヌの声はところどころ裏返っている。
「いや、初心な反応が滑稽でな。君はあいも変わらず清い身体だったのか」
「うるさい」
どうやら彼女は先程と立場が逆転したのに腹を立てたらしい。なんとも純粋な少女だ。
「大変お待たせしました。ただいまから優先搭乗をいたします。対象の方はチケットかざしてからご搭乗ください」
ジャンヌと話していると優先搭乗が始まる。
「そういえばクレェト、今回は何をしに上海へ?」
「子供達の救出だ」
紅人の言葉を聞いたジャンヌは手を合わせて目を瞑り祈りを捧げる。薄い雲で隠れていた太陽が顔をだし、彼女に光が注がれる。聖女の祈りを受けられるなんて光栄なことなんだろうが、あいにく彼は神を信じてはいない。それに彼は仏教徒である。
「あなたと子供たちに主の導きがあらんことを」
祈りを終えた彼女は真面目な面持ちで彼を見つめると悔しそうな表情をする。
「私も手助けしたいですが、立場上そうはいきません。本当に申し訳ありませんクレェト。いつも助けてもらうばかりでお礼もできない私達をお許しください」
「君の交渉術にはいつも完敗だ」
紅人は彼女の頭にポンと手を置くと搭乗カウンターに向かう。ジャンヌは手を合わせながら紅人を見送る。その目には小さな雫が溜まっていたが、彼女は決してそれをこぼさないようにした。戦士を送るのに涙はよくない。彼らは死にに行くのではない。名誉と祖国を守るために戦い英雄として帰還するのだ。
ーー主よ、どうかかの者に祝福をお与えください。
羽田から上海まで3時間のフライトを楽しんだ?
まぁ僕は高層ビル群の夜景より湖に移る月を眺めている方が好きだ。都会の騒々しさより自然の美しさの方が心地よい。
都会だとこびりついた血と硝煙の臭いも洗えないしな。
「紅人〜迎えにきたぞ〜」
よりにもよって遊び人2人組かよ。いや、遊びついでに拾ってこいと言うのが健太郎の指示だろう。仕事さえ真面目にやれば何も言わんがこの2人は考えものだな。
「東、シャツの裾が乱れてる。穂波、香水の匂いが混ざってる。全く、昼間っから盛んだな」
「別になおみんとセックスしたわけじゃないし。私の場合は仕事で仕方なくだからこいつと同じにして欲しくないし」
「お前みたいなビッチとヤる奴の気がしれんわ」
2人は睨み合って言い争いを始める。大の大人が街中でセックスだとかしゃぶるだとかイカせるだとか卑猥な単語を連呼しないで欲しい。思春期に入りたての中学生の会話を聞いているようだ。
「どっちもどっちだ!さっさと行くぞこの野郎」
喧嘩する2人を脇目に車の後部座席に乗り込んだ彼はウィンドウを下げて呆れた声をあげる。2人は顔を見合わせ、同じタイミングでそっぽを向くと直己は運転席へ、穂波は紅人の横へ座る。ナビに目的地を入れると自動で車が動き出す。
紅人は車内に漂う匂いに顔をしかめると目をつむる。なんだか呆れすぎて疲れがどっと出てきた。拠点までは1時間半。少し寝るにはもってこいだ。飛行機ではいつ襲われるかわからないからオチオチ寝ることもできなかったので体力的にも休みを取っておきたい。
やがて紅人は車の窓にもたれかかり寝息をたて始める。
予想外に道が混んでおり予定の30分遅れで拠点に到着した。在宅勤務が多くなったとはいえ、夕方は買い物客と通勤者で道が賑わう。
「紅人、紅人、着きましたよ」
穂波は彼の頬をペチペチと叩いて起こす。
「あぁ、着いたのか」
車から出た彼は大きく伸びをする。身体からポキポキという音がなる。
今回の拠点は穂波が暗殺者集団に所属していた時に使っていた所だ。暗殺者が使う拠点というと小汚い雑居ビルを想像するかもしれないが、穂波が使う所はそうではない。ペーパーカンパニー経由で穂波が実質的に経営するホテルだ。もちろんホテルとして観光客を宿泊させている。しかし、最上階にある部屋だけは別物だ。
紅人たち3人はエレベーターで85階にあがる。エレベーターホールの前にはドアが1つある。建前上はスーイートルームの扉を開ける。そこには悪いことをするためのパソコンと壁のいたるところに銃火器が置かれている。壁一面ガラス張りで狙撃の心配がある?厚さ30cmを超える強化ガラスを貫通できる対物ライフルを用意できるなら撃てばいい。
「お疲れ様です」
「誰か、現時点でわかっていることを教えてくれ」
仕事モードのスイッチを入れた紅人は情報がまとめられているプロジェクターを見る。場所や武装などは調べられているが、敵と子供達の正確な人数はわからないようだ。さすがは中国当局だ。
「では、私が説明いたします。大体は見てわかると思うので書いてないことだけを言います。子供達は見つかりましたが、親御さんたちはすでに殺されています。水酸化ナトリウムで溶け残った髪が下水道から見つかりました。
警備の交代は04:00、12:00、20:00の3回。いずれも交代要員が来てから交代になるので、この時間をつくのは危険です。
また、通気口も下水も潜入ができないよう対策されています。ここに今言ったことが書いてあります。以上で報告を終わります」
「ご苦労」
会社で1番真面目で優しい亜里沙は敬礼をして作業に戻る。気持ちいつもより焦りが見えるのは気のせいではないだろう。
「さてと」
紅人はプロジェクターの前に立つと建物の見取り図とにらめっこする。
潜入が無理だとすると取れるべき手段は2つ。1つは空挺降下。もう1つは正面突破。まず空挺降下は出来そうにない。ビルの上には自律セントリーガンが6機もある。そのまま降りたら10秒で全員ボロ雑巾。完全オフライン型でハッキングは出来ないし、こんな街中でEMPグレネードを使おうものならインフラというインフラが壊れて大惨事になる。それだと逃げる時非常に面倒くさい。
「はぁ〜」
紅人は深いため息をつくと髪の毛をわしゃわしゃする。
正面突破するしかないか。
正直言うと正面からやり合うのは御免こうむりたい。怪我人は多く出るし、下手しなくても死人が出る。しかし、それしか方法がない以上やるしかない。子供達を安全に移動させるにはどうせ中にいる敵を皆殺しにしないといけない。わざわざ芋掘りするよりは番犬狩りした方が楽だ。
紅人は狙撃ポイントと書かれた資料を拡大表示する。
「最短狙撃距離3.4km?これじゃフォローも間にあわねぇ」
彼は腕を組んで考え込む。
この辺りは上海の外れの方だが、300m越えの建物が何棟も並び立っている。ビルの隙間を縫ってやっと射角を取れるのがマークされているビルの屋上というわけだ。
ただ、東の腕を疑うわけではないが少し遠いな。
いくら
さらに、
少し、本気を出す必要があるか?
紅人はカラーコンタクトを外してその裏に潜む紅き眼をあらわにする。闇夜に訪れる隼は誰よりも速く、鋭く、冷酷に獲物を仕留める。それが私の偽らざる本性だ。
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