第28話〜拉致少年少女奪還編14〜

 子供達の回収を終えて外に出ると雨が降っていた。分厚い雲から降る雨粒は大きく、風が強く吹いたら飛行機を飛ばせるか怪しい。

 紅人くれとは3つの遺体をトラックの荷台に乗せると白い袋で包む。中に詰め込んだ子供達の視線を感じると彼らの方を向いて笑う。


「安心しろ。君たちは世界で一番の空軍が守る」

「ボス……」

「ホワイトコンドル(亜里沙)、ブラックコンドル(穂波)は子供達と荷台へ。3番車は回収地点でホワイトイーグルを乗せろ」


 子供達へ紅人なりの気配りをすると扉を閉めて鍵をかける。

 時計を見ると残り30秒。彼は舌打ちをする。どう足掻いても警察に追われる。追われるのに慣れてはいるが面倒なのには変わりない。


「なるべく飛ばせ。ブラックオスプレイ(タクミ)は信号を全て青にしろ」


 紅人は4人乗りの1番車に乗る。運転手はブラックイーグル(健太郎)。助手席に紅人。後ろの席でブラックオスプレイがパソコンを構えている。


「行け」


 紅人の合図でトラックは一斉に発車する。




 上海タワー屋上

 滴で濡れるスコープ越しに紅人たちの乗るトラックが出たのを確認したホワイトイーグル(直己)は周囲の高い建物をクリアリングする。

 スナイパーがいないのを確認した彼はライフルを分解してケースにしまう。


「やれやれ、随分お粗末な教育をしていますね。我が兄は」


 なに!


 ホワイトイーグルは心臓を握り潰されたような衝撃を受けた。背後には顔を隠し、パワドスーツを着た少年が立っていた。

 気配はもちろん無かったし、対人センサーにも反応していない。むしろ、殺されていない状況が不思議でならない。


「ステルス機能のついたスーツです。機械に頼って感を疎かにしている人には効果抜群です」


 少年は手を後ろで組んで油断しているように見える。しかし、全く隙がない。というかコンマ1秒でも隙が有れば銃を抜いて始末している。


「何者だ」

「さぁ、強いて言うならあなたのボスの弟でしょうか」


 少年はクスクスと笑う。

 おそらくこの少年は人を殺めることをなんとも思っていないし自分が死ぬことを恐れていない。戦場で命の奪い合いをしている状況で笑えることがその証拠だ。


「ボスに弟はいねぇ。いたら俺がしらねぇわけねぇ」


 紅人は兄弟を何より大切にしている。それはあかりへの投資で嫌と言うほど理解している。そんな男が弟を守らないなんてあるわけがないのだ。

 雨粒がホワイトイーグルの頰をつたう。


「知らなくても無理はありません」


 少年が手を広げてクルッと一周回る。降り注ぐ雨を楽しむ子供のようだ。その隙をホワイトイーグルは見逃さなかった。持ってきた83式短機関銃を少年へ向ける。

 振り返った少年は両手を上げる。


「おっかないですね」

「生憎もっとおっかない奴を俺は何人か知っている」

「銃を向けているからと言って勝ったわけではありませんよ」


 少年はしゃがみながら横に1回転して射線を切るとナイフを投擲してくる。ホワイトイーグルは動いた瞬間に発砲するが命中弾はなかった。飛んでくるナイフを半身になって避けると少年顔を近づけてくる。


「遅いですね」


 とっさに銃を振り回すことで距離を取ろうとした。しかし、少年はそれを見切り身体を少し後ろに倒すことで避ける。


 強い。近接戦闘では勝てない。距離を取らなければ。


 ホワイトイーグルは少年の足元に牽制射撃をすることでなんとか距離を取る。


「逃がしませんよ」


 少年はホルスターからハンドガンを抜くとホワイトイーグルの持つ銃目掛けて発砲する。放たれた銃弾はホワイトイーグルの持つ銃を破壊する。

 少年はナイフを抜くとハンドガンを抜こうとしたホワイトイーグルの手を押さえて右太腿と左肩を浅く斬りつける。殺そうと思えば殺せるが屈辱を与えるため彼はあえてしない。


「クソガキが、舐めやがって」


 口でこそ強気なことを言っているが表情は硬い。肩の傷からは血が滴ってきている。運動に支障がないのが幸いだ。


「イキがるのはいいですけど次は殺しますよ?」


 少年はナイフをくるくる回している。本当に紅人の弟なのではと思うくらい少年の身体能力は高い。器用で柔軟な発想、刃物の扱いに長けているところもそっくりだ。

 全くうんざりだ。こんなことになるならもうちょっといい女を抱いておけばよかったぜ。

 ホワイトイーグルは拳を構える。


「来いよ。クソガキ」

「のぞみ通りにしてあげます」


 少年はホワイトイーグルをナイフの間合いに入れると途切れることのない斬撃を繰り出す。捌かれはするが決して拳の間合いには入らない。

 そんな攻防を15秒ほど続けているとホワイトイーグルから血が舞い始める。かすり傷程度で済みそうな攻撃をあえて捌かず受けることで踏み込んで拳を届かせようとしているのだ。しかし、彼の拳は紙一重で避けられる。


「終わりです」


 少年は1度大きく距離を取るとマッハの如き速さで距離を詰めてくる。戦いに慣れていない人が見たらまさしく瞬間移動したように思えるだろう。

 死んだ。

 ホワイトイーグルが死を自覚したとき黒い影が彼と少年の間に割って入る。


「よく耐えた。後はこの私が対処しよう」

「紅人、何故ここに?」


 驚きのあまり名前で呼んでしまう。

 少年のナイフを刀で受け止めていた紅人は1度大きく刀を振って退けさせる。対峙した2人はフルフェイスのヘルメット越しに睨み合い様子を伺う。


「スナイパーのお前が時間通りに来ないのは珍しいからな」


 どうやらホワイトイーグルの粘りも無駄ではなかったらしい。


「お前は先に行け。私がコイツの相手をする」

「しかしボス。そいつはかなりの腕です」

「だからだ。お前を守りながらでは戦えない。さっさと行け」


 ホワイトイーグルはうなずくとビルから飛び降りてパラシュートを開く。


「待たせたな。トライデントの手先」

「おやおや、気付いていましたか」


 少年はクスクスと笑うとより一層雨が強まり雷が落ちる。

 紅人は迷っていた。全力を出せる今の状態なら10中8分勝てる。しかし、時間がかかりそうなのは明白だ。これ以上天候が荒れて飛行機を飛ばせなくなれば本末転倒。あくまで今回の目標は子供の奪還である。

 だったらやることは1つだ。


「悪いな」


 紅人は刀を少年に投げつけるとフラッシュバンを転がす。


「クッ」


 紅人の思いもよらない行動に少年は対応できなかった。彼が目を庇っている間に紅人はビルから飛び降りる。200mほど重力に身を任せたところでビルの外壁に向けてグラップルガンを撃つ。モリのような先端がビルの外壁に突き刺さるとパワードスーツのエアブレーキとワイヤーを使って減速し着地する。

 サイレンと赤い光がこちらに向かっているのを確認した紅人は急いで車に乗り込み発車の合図を出す。走り始めたトラックの後ろには3台のパトカーが耳障りな音を鳴らしながらピッタリついてきている。


「やれるか?」

「任せてください」


 威勢の良い返事をしたホワイトオスプレイ(タクミ)はパソコンのキーボードを叩き始める。都会のインフラを広範囲ハッキングするのは骨が折れるが信号5、6個なら容易い。彼がキーボードのエンターキーを押すとすぐ後ろの交差点の信号が全て青になり車が入り乱れ、衝突する。ほとんどのパトカーは事故に巻き込まれるか立ち往生した。

 まだ追ってきている3台のパトカーの進行を阻むべく彼はキーボード再び叩く。


「これでもくらうデス」


 ハッキングが終わった彼がエンターキーを押すと道の両脇に控えていた警備ドローンがパトカーに向けて発砲を始める。左右4台ずつのドローンによる一斉射撃がパトカーを襲う。たまらずパンクしたパトカーが何度もスピンして車道と歩道を仕切る車止めに衝突する。


「よくやった」


紅人達は車を飛ばし続けた。



 その後は何ごともなく車を走らせ空港に到着した。

 酷い雨と風で顔を庇わなければ目を開けることもできない。弱った子供たちがこの悪天候の中飛行機まで歩いて行くのは難しいだろう。


「総員その場で待機。ブラックイーグルとブラックオスプレイは飛行機を滑走路に乗せに行け」

「了解」


 1号車から降りた2人は駆け足で格納庫へと向かう。紅人は1号車の運転席に座ると荷台の様子を確認するため小窓を開ける。


「子供たちの様子は?」

「あまり良くはありません。早く身体を温めないと風邪をひきそうです」


 ブラックコンドル(穂波)が答える。


「もう少しの辛抱だ」


 ピシャリと小窓を閉めた紅人はパソコンを開いて今日のことをまとめる。被害は軽症3人に重症1名。死者2名。思いの外死者は出なかったのはよかった。しかし、平金(ヘイキン)をお目にかかることはできなかったのは残念だ。

 紅人はハッとして一度キーボードを叩く手を止める。


 死体を見る限りトップエージェントたちはいなかった。初めから勝てないと悟ったあの野郎はウチで選別をしていたというわけか……舐められたものだ。


 紅人は平金の目的に気づくことができた。


「どいつもコイツもコケにしやがって」


 今回の遠征は誰かしらの手の上で転がされ続けていた。生憎他人を騙くらかすのは好きだが、いいようにされるのは腹が立つ。

 優れた策士とは大抵性格が悪い。そもそも相手の嫌がることや弱点を突くのが得意な人間の性格がいいわけないのだ。


 まぁでも。久しぶりにシルヴィと話せたから、今回はよしとしよう。


 雲の切れ目から月明かりが顔を覗かせている。これまでの不運を返上するかのような幸運だろうか。


「子供たちを外に。準備できたみたいだ」


 輸送機が滑走路に乗ったのを確認した紅人は子供たちを乗せるように指示する。トラックの荷台から降りて来た子供たちは不安そうにあたりを見回している。


「みんな!ついて来て!お家に帰るよ!」


 女2人が先導して子供たちを飛行機に乗せて行く。亜里沙はともかく、穂波も自覚はないが子供に好かれる。今はワンナイトラブを楽しんでいるが、将来本当に好きな人ができたらいい家庭を築けそうな気がする。彼女の仕事は他の部下より賞味期限が短い。どんなに長くてもあと10年以内には寿引退してほしいものだ。

 子供たちを輸送機に乗せた紅人はトラックを爆破する。泥棒は足跡を消すのだ。


「你好、柊」


 紅人に声をかけたのは李平金だった。しっかり左右にはトップエージェントを連れている。焦って飛行機から降りて来た穂波、亜里沙、雅英は平金に銃を向ける。


「銃を下ろせ」


 3人は渋々命令に従う。

 人目につかないとこならともかく、ここで平金を殺せば大問題だ。文民が中国諜報部のトップを暗殺なんてニュースが流れたら今度こそ彼の立場はなくなる。


「何しに来た?」

「そう構えないでくれ。貴殿の実力を称賛しに来ただけだ。今回はしてやられたよ」


 平金は乾いた拍手を送る。その顔には悔しさや部下を殺した男を憎む感情などはかけらもなかった。初めからこうなることを知っていたのだろう。


「鷹は空の上でその真価を示す。死にたくなければ無用なことをするな」


 平金は不適に笑う。


「ならお前はさしずめ鷹とライオンのキメラだな」

「減らず口を……」


 紅人は呆れたと言わんばかりの様子だ。


「だが、所詮生物ではオートマタには勝てんことを覚えておけ」

「忠告どうも。我々は行くとする」


 紅人が飛行機へ向かって歩き出したときスナイパーの照準に写っていると警告が鳴る。急いで屈んだ彼は敵の位置を確認しようとする。


「ボス?何かありました?」


 しかし、それっきり警告音は鳴らない。


「マズい」


 狙いが自分でないことに気づいた彼は穂波を左手で突き飛ばす。直後、紅人の左肘に激痛が走る。突き飛ばした穂波は無事だったが、彼女の前には自分の左手が転がっていた。パワードスーツの止血システムのおかげで血はさほど出ていない。

 平金の差し金かと思い彼の方を見ると部下が庇って移動させている。どうやら違うらしい。


「だいじょう……」

「方位263、距離740、屋上」


 穂波の心配を遮って紅人はスナイパーの位置を知らせる。


「了解。ですがもう1人います」

「そっちは私が始末する」


 背中からピースブレイカーを回しながら抜いた彼はセレクターを「遠」に入れ片手で狙いを定める。距離は150m程。普通のショットガンでは射程外だ。

 痛みで視界がグラつく。手ブレもいつもより大きい。紅人は舌を噛むことで気合を入れる。一瞬、スナイパーと照準が合う。すかさず引き金を引く。青白い電流を纏ったペレットがスラグ弾のように射出される。

 ピースブレイカーには遠距離モードが存在する。普段は電流を均一に外側に流すことでペレットを拡散させている。しかし、遠距離モードの時は中心にだけ超高圧電流を流すことで強い磁力を発生させる。するとペレットは拡散せずスラグ弾を撃っているかのように射出される仕組みだ。射程は300m。電磁誘導砲のパワーを舐めてはいけない。

 紅人はターゲットの頭が吹き飛んだのを確認するとその場に膝をついた。


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