18話〜拉致少年少女奪還編4〜

2118年5月19日


中国諜報部のトップに君臨する李平金り へいきん柊紅人ひいらぎ くれとが2日前に中国国内に入ってきたことを知らされた。この時点で奴が誘拐した子供達を奪還しにきたのは明白だった。


世界最強とも謳われる戦闘集団を送り込んでくるとは。日本も重い腰を上げたということか。


平金は暗い部屋の中で静かにゆっくりと口角を上げて笑う。

厄介やっかいな者が入ってきたというのが彼の偽らざる感情だ。子供達をさらって、洗脳して、スパイとして仕込むのは簡単な作業ではない。しかし、同時に紅人と一戦交えられることを喜んでいる自分が心の底にいるのを平金は感じた。


「師よ。黒鷹ヘィンは運送用のトラックを調達したようです」

「迎え撃つ準備をしておけ。常時最大の警戒をするように」


平金は右胸に手を当てるとクスッと笑う。


「師よ。何かいいことでもあったのですか?」

「いいや、大したことじゃない。もう10年も昔のことになるが、奴の父にここを撃たれたことがあってな。あの時ばかりは3日ほど死線を彷徨さまよったわ」

「万が一奪還された時用に空軍に協力を……」

「不要だ」


平金は「要請しますか」と20代の部下が言い終わる前に答えを返す。その部下は合点がいかないようだったので彼は仕方なく口を開く。


「お前はこの世界で最も優れている空戦軍師5人の名を言えるか?」

「イギリス空軍 ネヴィル・カニンガム、フランス空軍 ジル・ド・レ、ロシア空軍 アレクセイ・バラノフ、あとは……」


若い諜報部員は腕を組んで考え込む。思い出せそうで思い出せないそうな様子だ。


「イスラエル空軍 ギルド・サルモン、BLACK HAWK 柊紅人」


若い部下は頷きスッキリしたような表情を浮かべる。


「こう並べて見ると1人だけおかしいと思わないか?」


平金は部屋の明かりをつけると紙にボールペンでさっきの5人の名前と所属を書いていく。


「自分にはおかしいとこなどないように見えます」


大きなため息をついた平金は額に手を当てる。


「柊紅人だけ所属が国軍ではない。お前たち」


平金は事務作業をしていた若手の諜報員2人を指差して言う。


「ジルの異名を言ってみろ」

聖騎士パラディンです」


集められた3人は同じ異名を言う。これは聖女ジャンヌダルクを守護する者という意味でつけられたものである。


「では、柊の異名を言ってみろ」

空の支配者エアフォーサー」「不可侵領域ノーインベイダー」「紅眼の隼」


若い諜報部員たちはそれぞれ異なる名を口にすると顔を見合わせる。


「仮に空軍が腰を上げたとしてもだ。それだけ各国から恐れられている奴と空戦をして勝てると思うか?」


若い諜報部員たちは言葉に詰まる。場の空気がグッと重くなったように感じた。

お世辞にも中国空軍はレベルが高いとは言えない。数だけ見れば日本軍の3倍だが、指揮官と練度では大きく劣っている。中国空軍の特殊部隊が日本軍の通常部隊と戦っても10中4は負けるかもしれない。

中国自慢の陸軍も島国の日本には無意味だし、生来の海洋国家である日の丸の国の海軍に騎馬の民であった漢民族が勝てるはずもない。まさに天敵とも言える存在だ。


「ぬはははは」


重い空気が漂う中平金はコンクリートの壁に声を何重にも反響させて笑う。東からの光が採光ファイバーを通して平金たちの元に届く。


「今回やるのは空戦じゃない。市街地戦だ。無論、奴は市街地戦も高水準にこなすが、私の方が経験はある。堅実に守っていればそう簡単に負けんさ」


平金は立ち上がると若い諜報部員の肩を叩き部屋を出る。

外に出た彼はポケットから今は珍しい紙タバコ取り出してマッチで火をつける。ゆっくりと煙を吸い込み、同じようにゆっくりと煙を吐き出す。風に流されてゆらゆらと煙が空へと上がっていく。

彼は灰皿にタバコを捨てると空中で指を振り下ろしコールウィンドウを開く。出てきたウィンドウを操作して6人の男を呼び出す。


「ご苦労諸君。今週中に黒鷹ヘィンと一戦交えるが1級諜報員とお前達特級諜報員は今すぐ全員海外派遣する。奴らと雌雄を決するのは今ではない。攫った子供達などくれてやる。

派遣場所は各々に送った暗号ファイルを参照。絶対に死ぬな。それが最優先任務だ」

「承知しました」


平金は通話を終了して再びタバコに火をつけた。




日が沈みきった紅人は懸念事項を解決するために上海の街を歩いていた。部下たちには自主訓練をさせている。彼は角を曲がる度に背後を確認して歓楽街の方へ歩を進める。

視線の数は2つ。1つは後ろをつき回っている中年の男。こちらは素人なので対処はするが、警戒する必要はあまりない。問題なのは右上のあたりから途切れ途切れに感じる視線だ。明らかに素人ではないが、途切れ途切れに来る視線というのは今までにるいを見たことがない。普通は視線を外されても見られているという嫌な感覚が残るのだが、この追っ手は途切れている間の気配が一切ない。

紅人の頰筋を冷たい汗がはしる。まるで頭に銃口を頭に突きつけられている気分だ。距離を詰めるように動いても離れていく、相手は相当なやり手だ。


「仕方がない」


紅人は猛者の始末を諦め、素人の対処をすることにした。


夜も更け歓楽街もその顔を表し始めた。肌を露出させた女たちが店の前で男を捕まえ、腕を組んで店の中へと消えていく。裏路地に入れば違法ドラックを吸って身体を痙攣させてるやつもいる。

紅人は後ろからつけてくる男がギリギリ自分を見失わないように歩く。つけてきている男は人混みをかき分け紅人を追いかける。


「くそっ、気づかれたか?」


男は紅人を追いかけて角を曲がった時胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられる。


「騒ぐな。今は殺す気もない」


紅色の目をあらわにした紅人は男の腹に銃を突きつけている。男は小刻みに頷いて紅人に従う。男の額には脂汗が滲み、顔色はすっかり青ざめている。


「貴様は記者だな?パスポートと社員証を見せろ」


紅人はパスポートと社員証を確認する。


「週刊潮新所属の高橋雄太。忠告する。私を追うのは控えろ。今回は何もせんが、国家機密に関わるようなことを撮った場合殺さなければならない」


高橋は目の前の男が関わってはいけない類の人だと感じた。報道の自由などと口にしようものならこの場で殺されると本能が警告していた。


「今回撮ったものをすべて置いて去れ。もう2度と私に関わるな」

「はい」


高橋は機材すべてを置いてその場を離れていく。

もう1人の尾行者をあわよくばおびき寄せようと思っていた紅人だが、失敗に終わったようだ。


「誰だ!」


気を抜いた矢先、背後に迫る強烈な気配に紅人は銃を構える。相手も紅人が気づいたのに呼応して気配を消す。今までの調子なら気配を消してから5秒から6秒後にもう一度奴は現れる。


上か!


気配の出所がわかった彼はいまどき珍しい鉄骨製の非常階段の踊り場を飛ぶように登っていく。あっという間に地上8階建ての建物の屋上に来る。歓楽街の建物は10階建て以下のビルしか建ててはいけないという法律があるのでこのような芸当ができた。

そこに立っていたのは奇妙な男だった。黒いフルフェイスの軍用ヘルメットに黒いパワードスーツ。何よりも体格が自分そっくりなのが1番不気味だった。三日月の弱い月明かりが怪しげな街を照らす。


「動くな」


紅人は銃のセーフティーを解除する。


「トライデントに輝きを」


僕と同じ声?

そう思った矢先、パワードスーツを着た男は屋上から飛び降りる。


「正気かよ」


紅人は思わず叫ぶ。彼はフェンスから身を乗り出して下を見るが、奴の死体がない。その代わりに紫色の粒子のようなものが3階くらいのところから表通りの方へ連なっていた。



下に降りて確認してみたが死体はない。どんな技術を使ったかわからないけれども、奴はワイヤーもパラシュートも無しで地上8階から飛び降りて生きている。かといって、パワードスーツだけで衝撃を殺せる高さでもない。

何か自分の知らない新兵器が投入されていると見るのが正解だろうと紅人は考えた。この高さから落ちても死なない技術。欲しいという気が無いと言ったら嘘になる。しかし、あれは直感的に世に出してはいけない技術な気がする。戦争を根本から変えかねない。そんな大きな力のような気がする。


「戻ろう」


紅人は先ほどより賑わう歓楽街を通り抜け、止めておいた車の方へ向かう。その足取りはいつもよりゆっくりな気がした。




拠点に戻った紅人はシャワーを浴びる。将来、彼が嫁を貰ったら相手は驚くだろう。そもそも、遺伝子をいじられている自分が正常な子供を産ませることができるのか疑問だ。その辺も含めて政府は実験したがるので結婚しないわけにもいかない。しかし、彼を全く知らない一般人からしたら古いヤクザだ。やってることはそれよりもっと非合法的なことだが、ヤクザと違って国益と社会貢献をしているから多少のことには目を瞑ってもらいたい。

もっとも紅人がどんなことをしようと国はそれを全力で隠すだろう。柊紅人が空を守っている。この事実だけで各国の挑発行動を抑制することができる。さきの大戦で轟かせた名声はお飾りでは無い。

紅人は久し振りに湯船に浸かる。紅人の頭の中は『落下死しない謎の兵器』と『トライデント』の事でいっぱいだった。あの兵器の謎はいつか相対した時に解けばいいとして、トライデントという組織は耳にした事がない。

トライデントと言うとギリシア神話の海神ポセイドンが持つ海を支配する三又槍の事だ。最近できた海運業を営む会社の名前なのだろうかと紅人は思う。


でも、あんな私が見たこともない兵器を使う。そんな会社の名が私の耳にその名前が届かない。そんな事があるか?


紅人は両手で湯船の水をすくい顔にかける。ポタポタと顔から雫が溢れる。

仮説は2つ。1つは辺境国家のしょうもないマフィア。もう1つは国家ぐるみで地下に隠されていた組織が動き出した。論理では前者の可能性が高い。しかし、紅人の直感は後者の可能性を捨てるべきではないと騒いでいる。

国家が本気で地下に組織を隠したら明けの明星とはいえ謎を暴くことはできない。穂波ほなみもアジアのパイプは太いが、西欧のパイプは細い。

レイモンドやジャンヌを頼るか?でも奴らに大きな貸しを作るのは避けたい。特にジャンヌに貸しを作るとフランスで戦争があった時現地で指揮を取らされかねない。

いつもニコニコ笑顔で聖女と呼ばれていても、腹のなかは墨汁を撒いたかのように黒い。本人は啓示と言っているがあれは天性の才能とも言える交渉術の賜物。相手が何を望んでいるかわかるのはまるで未来視のようだ。同じような才を持つ穂波でもジャンヌからしたら子供同然だ。


クソッ!


紅人は水面をパーで叩く。立ち上った水が落ちてくる。

まずは目の前の仕事に集中するべきだ。

彼はいつもの冷静さを取り戻すとバスタオルで水気を取り、パンツとズボンを履くとタオル1枚を持って浴室から出る。



「相変わらずすごい傷の量ですね」


亜里沙はホワイトボードの前に上裸で腕を組んで立つ紅人に声をかける。先日受けた銃創もきっちりと彼の腕に刻まれている。


「子供の頃は君が想像よりもはるかに苦痛を伴う訓練を受けたからな。実戦で食らったものはそう多くない」


ボードの前から離れた彼はワイシャツを羽織る。いくら風呂上がりで暑くても冷房が効くこの部屋でずっと上裸では風邪をひく。

奥の部屋からぞろぞろと猛禽類のコードネームと肉食獣のコードネームたちがやってくる。時刻は23時過ぎだと言うのによく疲れを見せないものだと紅人は感心した。


「ボス、具体的な構成とルートは決まりましたか?」


雅英まさひでが口を開いた。


「基本方針は正面突破なのは変わらない。戦闘が始まって想定される状況を言ってくれ」

「まずはじめに考えるのは増援でしょう」


健太郎けんたろうはあえて無難なところを攻める。


「我々の人数は30人。対して敵数は80人。武装警察が来るまで、およそ20分がタイムリミットだ。それを過ぎたら撤退だ」

「子供たちを助けられなくてもですか?」


亜里沙が口を尖らせ、目つきが悪くなる。


「そうだ。6人以上の死者が先に出た場合も撤退だ」


6人の死者というと少なく感じるかもしれないが、全体の20%の兵士を失った。もしくは部隊が1つ壊滅したと言い換えれば結構な数字だ。

その後も次々と紅人は部下に状況を言わせ、それの対策を言っていく。



意見が出尽くすと紅人は部下の方に向き直る。


「今回の任務がいかに難しいか理解できただろう。私の命令には絶対従え。そうすれば最小限の犠牲で勝てる!明日の夜、飛行機の中で貴官らと祝杯があげられることを願っている」

「はっ」


部下全員は紅人に向かって軍隊式の敬礼をする。


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