第39話〜国家任務4〜
夜も更け月が高く上り海面にその姿を写す頃。
5大空戦軍師のゲリラ会議が終わった紅人はハワイ基地に隣接している日本軍の研究施設を訪れていた。地下10階に位置する極秘エリアには荷物の戦略兵器が置いてある。先ほどテスト映像を確認したところ想像以上の代物だった。運用次第では核兵器にも勝ることができそうというのが紅人の見解だ。
一発逆転の手が無いとは我ながら盛大な嘘をかましたもんだ。
明日の世界空軍会議は嵐の予報だ。イギリスやアメリカの口を縫い付ける策を用意しておいたが、これがバレたら水の泡だろう。共同開発のアメリカが口を割らないようにくさびを打っておくべきなのだろうか。
彼はぐつぐつと煮える頭を覚ますため壁に寄りかかってコンクリートの天井を眺める。
よく考えてみれば今の状況でアメリカが日本を切るメリットは少ない。いざ戦争になっても核兵器の飽和攻撃をすれば日本を滅ぼすのは容易い。世界的に許されることでは無いが先制攻撃してしまえば他国はブルって何も出来まい。
『平和とは次の戦争までの準備期間である』と昔の偉人は言ったらしいがまさしくその通りだ。人類史は戦争史。勝者が名を刻み敗者は忘れられる。だから歴史は”history“彼の物語と呼ばれるのだ。
「結局戦いを辞められないという点だけは人間らしいのかもな」
誰1人いない部屋の中で紅人は笑う。
輸送は明後日の予定だが積載は明日のうちに済ませてしまうつもりだ。大型の輸送機に乗せて周りを大鷹や戦闘機で囲う。念のため偽装部隊を2つ用意して目眩しをするつもりだ。政府からの依頼は撃ってくる者を撃退せよ。どっしり構えて守るのは紅人では無くジルの得意戦術なのだが金をもらっている以上やるしかない。
あいつらが出てこないのが唯一の救いか。
時刻は草木も眠る丑三刻。こんな時間に出歩いているのを見られて不審がられるのは不本意なので、彼は本を読んで時間を潰すことにした。電子書籍が市場の98%以上を占めるようになったので紅人もパネルに表示された文字をなぞる。
1冊の本を読み終わったところで彼はパネルを閉じる。
「やっぱり本は紙のものに限る」
ページをめくった時に感じる微かな風、紙と印刷インクの匂い、徐々に薄くなっていくページの束。電子書籍では味わえない読んでいるという感覚が紅人は好きなのだ。
「紅人君いや、今は柊特将と呼ぶべきか」
「閣下、ご無沙汰してます」
紅人は立ち上がって大倉に頭を下げる。
「こんな物騒なものを日本が持つ日が来るとは思わなかったよ」
「時代は川のように流れ移りゆくものです。決まった流れよりこれから下る急流を見極めなければなりません。ただし、経験を忘れてはなりませんが」
「そうだな」
結局、日本はポツダム体制時代からあまり変わってはいない。もちろん再軍備をし、自衛のための戦争はできるように憲法は変わった。しかし、国民の意識はどうだろう。連合国が弱っていたのに加えて柊紅人という圧倒的な指揮官の登場によって文民は戦争を殆ど感じずに勝利してしまった。第三次世界大戦も鳥籠の外で起きた出来事程度にしか思っていないのが大半だろう。
「情けないな」
大倉は紅人に聞こえないように囁いた。
「閣下。今し方監視カメラに怪しい人物が写っていましたがつけられていましたね?」
「そんなはずはなかったと思うんだが」
「いや、いますね」
紅人は監視カメラの録画映像を大倉に見せる。そこには一眼レフカメラを構えるスーツ姿の男が写っていた。
「処理してきます」
彼は黒の皮手袋をはめると部屋を後にする。
外に出た紅人はバトルゴールをかけターゲットの追跡を開始する。幸い普段は芸能人のスキャンダルを追っている記者のようで監視カメラをさける術は持っていないようだ。
ちょろいな。
紅人は7割くらいの速度で走り出す。追いかけられているとは夢にも思っていない男の背中を紅人は捕らえた。
音を立てず背後についた彼は喉元にナイフを当てると物陰に引きずり込む。
「静かにしろ」
記者は両手を上げコクコクと頷く。
「カメラを置いて膝をつけ。妙な真似をしたら殺す」
「家族がいるんだ。言う通りにするから殺さないでくれ」
わなわなとした声を上げる記者を容赦なく跪かせる。銃を頭に突きつけるとカメラをチェックする。映っていたのは大倉が地下に入っていく様子、紅人と5大空戦軍師が大鷹に乗っていく様子。素顔が写っているがモザイクをかければ法的にはセーフだ。しかし、見かけ上のデータだけでは無く隠しファイルがないか調べるのが本職というもの。簡易ハッキングツールでデータを漁ると地下に置いてあるコロッシオンボムと紅人、大倉が写った写真が出てくる。
「なるほど、カメレオンか」
記者の腕には光化学迷彩の起動スイッチが隠れていた。不要になった1世代前の型を軍が売りに出して流れついたものだろう。
「周到な準備をしたのなら電池の計算をきちんとすべきだったな」
「データは全て渡すから殺さないで……いててて」
紅人は記者の頭を踏みつけると地面に這いつくばらせる。ポケットからバトルゴーグルを取り出した彼はカメラをハッキングする。今のカメラは内部のメモリーに景色を記録すると同時に、設定されたクラウドにもデータを送る作りとなっている。
例に漏れずこの記者も自宅のパソコンにデータを送っているようだ。ただ、厄介なことにこのデータは定期的にパスコードを打ち込まないとインターネット上に公開されるようだ。
「残念ながらお前はここで死ぬ」
「ふざけるな!政府がやっていることがわかっているのか!」
「わかっている」
銃声。
紅人は銃を収めると電話をかける。
「もしもし、柊です。座標を送ったので清掃をお願いします」
「了解しました」
電話が切れると紅人は健太郎にメールを打つ。コロッシオンボムの写真データを完全に消し去るには記者の家を訪れハードを破壊するしかない。それに始末するものがそれだけとは限らない。
「忙しくなる」
スーツの裾に赤を散らした彼はジャケットを手に持ちその場を去った。
次の日の朝。紅人はコロッシオンボムの積み込みを取り仕切っていた。会議が始まる2時間後までには積み込みを終えないといけないので、いつもよりも指示の声は荒い。
「ボス、軍の方が演習の件でお会いしたいと言っています」
「今は無理だ。90分後に会うと言っておけ」
「了解しました」
紅人は自分にしか見えない投影された工程表にチェックを入れていく。トラックに無事積み終わったので、輸送機に運ぶまでは余裕がある。
一息つくまもなく部隊編成を全て投影する。100枚近くに及ぶウィンドウを暫しの間眺め、修正が必要な物以外を閉じる。手早く修正、加筆をすると車に乗り込む。
「出してください」
車が動き出すと「Call」と書かれたウィンドウが右端に出てくる。
「柊です。忙しいので簡潔にお願いします」
「こちら輸送機班長です。固定具が届いていないのですが、どうしたらいいでしょう?」
「すぐに確認します。搬入だけ済ませて仮止めしておいてください」
「了解しました」
彼は担当に向けてすぐさまメールを飛ばす。5分と間が開かずに返信が返って来る。どうやら軍の方で手違いがあったらしくリサイズ中とのことだ。軍のガサツさに落胆した紅人は車を降りてボートに乗り、大鷹に乗り込む。
ブリッジに入るとその場にいた全員が紅人の方を向き頭を下げる。
「本作戦に関わる全員に通信を繋ぎなさい。詳細な作戦を説明します」
タクミが傾注命令を出すと騒がしかった空気がシンと静まる。
「お疲れ様、柊紅人です。まずは詳細を知らせずに働かせていたことを謝罪します。しかし、本依頼は第一級国家機密に指定されていることを理解していただきたい。無論、口外すれば処分しなければならない」
社員たちの顔が強張る。紅人が身内であろうとやるときはやるというのは戦闘員の中では有名な話だ。過去には国家機密を漏らした一家全員を処分したこともある。紅人と
「本依頼は戦略兵器コロッシオンボムの移送・護衛です。ただいま配った指令書の通り配置についてください。襲って来る敵もそれなりの装備と数なはずです。気を引き締めてかかるようにお願いします」
配られた指令書は小隊ごとに役割が明確に示されており少しずつ違う。普通は大まかな作戦書に口頭で肉付けをしていく。しかし、膨大で難解な情報を口で説明してメモさせても人によって差異が出てしまう。これで作戦がズレて死人が出たら大損害だ。利益を多くだすために損失を可能な限り減らすのは会社ならではだろう。
「以上で説明を終わります。わからないことがあれば分隊長がまとめて私にメールを送りなさい。行動開始」
パンと一度手を叩くと通信が切れる。下に降りようとするとブリッジにいた者は全員が敬礼する。
「期待していますよ」
紅人は一つ下の階の格納庫に降りて行った。
格納庫についた紅人は足早に整備部長の元に向かう。急ピッチで部品の換装が行われている。しかし、間違いなくさらに忙しくなるだろう。
「紅人さん。お疲れ様です」
「緒方さんご苦労様です。これから忙しくなる準備はできていますか?」
「紅人さんの命令なら何なりと。買われた腕の見せ所でさぁ」
緒方は右腕を一度叩く。
「では装備を全て空戦用に換装。ただし、第15部隊だけは爆装をお願いします」
「対戦艦用ですか?」
「対空爆装でお願いします」
「了解しました」
緒方は自分が想像している以上に強大な敵が襲って来るのだと察した。そしてすぐにと言い残すと何人かの部下を集めて指示を出し始めた。
紅人が防衛省や自身の諜報員からの情報を元に導き出した結果、予想される敵は2つに絞られた。日本の不可侵領域を非同盟軍が飛ぶのは厳しい。内からの手引きがあれば可能だろうが、選挙の近い今そんなことをする政治家はいないだろう。
となれば予想されるのは朝鮮連合軍、オーストラリア連邦軍、アメリカ軍どのみち数では勝てない。いつも通り練度と策で勝つのが柊紅人という者だ。
さて、軍の者にあって会議に行かねばな。
「紅人」
船を降り少し歩くいていると以前の親しく軽薄な口調とは全く変わった神妙な声をかけられる。
「聖女様が1人で出歩いては危険だぞ」
「何をしているのかわかっているの?」
「私は依頼をこなす。それが会社というものだ」
「個で軍を打ち払う力を持って生きていけると思うの?」
なるほどそちらか。
紅人は核兵器を握ったことをはぐらかそうとするがジャンヌはそれを許さなかった。今の彼女は友としてではなくフランスの聖女として話しているのだ。
「俺を止めようと思うのなら無駄だ。備えあれば憂いなし。邪魔する者は排除する」
「止められないようね」
「わかってくれればいいんだ。今度茶でもご馳走しよう」
「期待してるわ。クレェト」
勝ち目のない戦いをするはずもなくいつもの関係に戻ると2人は分かれる。
畜生め。思いの外長引きやがった。
空戦会議の裏で行われる演習の司令官にアドバイスを終えた紅人は時計を見る。走ってギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際だ。仕方ないのでジャケットを脇に抱えて全力で走りだす。
「失礼するよ」
「うお」
人混みをかき分け会場まで最短距離で駆け抜ける。最後に入るのはほぼ確定しているので目立つのはやむを得ないが、遅刻して印象を悪くするのは困る。
会場となる建物に入った紅人はジャケットを着ると大会議室まで足を進める。途中何度か身分確認を行われたが、時間ぴったりにドアを開け入室した。
「遅くなってすいません。柊紅人です」
「本当にあの若造が柊なのか?」
ホログラムで顔を変えていない紅人を見て会場はざわつく。そんなことを気にもせず彼は自分の名前が書かれた椅子に座る。ご丁寧に5大空戦軍師は国の代表たちと対面するような配置になっている。
「別にここなら隠す必要はないかと。しかし、公表はお控えください」
会場にいる人の反応は大きく分けて2つ。驚く人とただ頷くもの。後者の方が多いのを見る限り紅人は色々な国にマークされていることを自覚する。
「全ての参加者が集まりましたので、会議の方を始めさせていただきます。本日の議長は日本の大倉が務めさせていただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます