20話〜拉致少年少女奪還編6〜
観光客がいなくなった射撃場では柱の裏に隠れる
「クッソ」
公たちはアサルトライフルを単射にして何発も柱に撃ち込む。いわゆる制圧射撃、相手をその場にロックするための射撃だ。
数は見えただけで7人。まぁ奥にその2、3倍の敵が控えていると見るべきだろう。彼らに連絡を……
ホテルで待つ部下に救援を頼もうと端末を取り出したが、無情にも圏外と表示されている。ジャミングだ。援軍を断つのは初めにすべきことだが、手が早すぎる。さらに、悪い事とは重なるもので今日は車もない。準備運動が裏目にでるとは思いもしなかった。すると、取れる選択肢は絞られる。
可能な限り敵を倒して適当な車をパクる。
行動方針を決めた彼は柱の影から銃口をのぞかせて撃つ。ライフルでブラインドショットはあまり効果的ではないが、ショットガン、それも室内戦に限ればある程度の効果を期待できる。ライフルは点の武器。銃口を向けた一直線上にしか殺傷範囲がない。しかし、ショットガンは面の武器。発砲と同時にペレットが拡散して広い殺傷範囲を持つ。
紅人は射撃の合間に覗き見るようにして状況を確認する。6発の弾丸を撃ち切った紅人はリロードを始める。
「突っ込め」
公はこのスキを見逃さなかった。部下を3人突撃させる。さっき撃たせてもらった事で装弾数は6発だとわかっている。あらかじめ薬室に弾を入れておく前込めができる銃ではないことも確認済みだ。
足音で距離を詰めてくるのを察した紅人は2発シェルを入れたところで、腰から拳銃を取り出す。まるでマシンガンを撃っているかのような速度で彼は拳銃を撃つ。
「うぉ」
突撃してきた2人は頭に銃弾を受けそのまま紅人の方へ転がってくる。もう1人は前の2人が倒れたのを目の当たりにしてさっきまでいた壁に戻ろうとする。
「フォローしろ!」
公の指示で紅人に制圧射撃が加えられる。
逃がさない!
紅人は左手一本でピースブレイカーの銃身を戻すとスピンコックをする。こちらに転がってきた死体の1つから手榴弾を拾うと公と逃げる兵士の間に投げる。兵士は手榴弾から身を守るため近くにあった受付カウンターを飛び越えた。
これで3人目
想定通りの動きをしてきた獲物に照準を合わせて紅人は引き金を引く。受付の壁に血の絵画が描かれる。直後に手榴弾が爆発して兵士の死体は公たちとは反対側に大きく飛んでいく。
紅人は死体からもう一つ手榴弾を奪うと同じ位置に投げる。そして、落ち着いて全ての銃をリロードする。ついでに死体が持っていたアサルトライフルとその弾倉を2つ、スモークグレネード、手榴弾1つを頂戴する。
拾った銃は01式アサルトライフル。中国軍の主力武器で6.8mm弾を使用した火薬式の銃だ。威力は抜群だけれども、反動が大きいから個人的には大嫌いだ。
まぁでもハンドガンで頭を狙うより、アーマーを抜けるこちらを使った方が効率がいい。
現代のアーマーは拳銃ごときではビクともしない。中国のボディアーマーはその中でも特に硬い。日本の小口径超高速弾を防ぐ目的で作られたものを低威力高レートの80式拳銃で抜けるわけがない。
「さすがは黒鷹のボス。一筋縄ではいかんな!」
「このくらい誰でもできる」
紅人の頭と心は氷のように冷たく冴えていた。平静を失った者から命を落とすのは戦場の常。それに、このぐらいの修羅場は幾度となく乗り越えてきた。
紅人はいつもポケットに入れている薬ケースを取り出す。数秒考えた後、首を横に振りポケットにしまう。
館内の電気が落ち、真っ暗になる。
これは警察が来た合図だ。犯人の視界を奪った状態でバトルゴーグルをつけた警察官がバシバシ倒していくというのがセオリーだ。普通の犯罪者や金の無いテログループはバトルゴーグルなんて高い物は持っていないので大きなアドバンテージを稼げる。
世界的に恐れられているBLACK HAWKはもちろんバトルゴーグルを標準装備しているが、あいにく今は持ち合わせがない。今日、こんなことになるとは想像していなかった。
ただ、私の目は闇夜でこそ真価を発揮する
彼はカラーコンタクトを外す。紅彩の色素が欠乏している彼の目は普通より多くの光を取り込む。さらに、夜目を利かす訓練もしているのでバッチリ見える。
「お前ら、ここを守れ。俺はボスからの呼び出しがあった」
公は部下たちに命ずると走っていく。
絶対に逃がさない。ここにいるやつは皆殺しだ!
紅人は心の中で呟くと壁にリポジションし、その先を目視で確認する。すぐさま銃弾が飛んできたので彼は頭を引っ込める。敵の数は5人と把握した。あとはどう倒すかだが、彼は数秒で結論に至った。
腰にしまっているハンドガンを除いた全てのセーフティーを解除する。何かの拍子に誤作動するか分かったものではないので、非常に危険な行為だ。しかし、0.1秒以下の時間で生死を分けることもある。
紅人は深呼吸とともに雑念を吐き出すと壁から身を乗り出してショットガンを撃つ。5メートルくらい離れた敵の腹に7つの穴が空き、後ろに吹き飛ぶ。
すぐさまコッキングして飛ばされた死体を受け止めた敵を狙って撃つ。頭部に多くのペレットが当たったせいで割れたスイカのように中身が飛び出す。
「撃て撃て撃ちまくれ!」
敵はフルオートで絶え間なく射撃を始める。跳弾が紅人の髪をかすめる。しかし、紅人は表情1つ変えない。彼は制圧射撃が止まないのを察すると向かい側の壁めがけてスライディングする。上の方を弾が飛び交う中、彼は引き金を絞る。
「誰か援護を!まだ息がある!」
動きながらだと微妙に狙いが荒れる。腹の肉が大きく抉られたようだがまだ生きている。しかし、戦場で最も厳しいのは負傷者を出すこと。元気な敵は2人だが、1人は重傷者を救助いけないので実質戦闘可能人数は1人。殺してしまっていたら2人相手にしなければならなかったので、怪我の功名とも言える。
紅人は低い姿勢でカバーから飛び出すと壁を蹴って宙を舞う。敵の撃つ弾丸はその機敏な動きの甲斐もあってことごとく外れる。頭が地面と垂直になったタイミングで彼は引き金を絞る。最後の元気な敵がフルオート射撃に切り替えたのを悟った紅人は天井を蹴り、壁を蹴り、螺旋を描くように宙を舞って敵の腹に銃を突きつける。
「詰みだ」
床に鮮血と臓物が飛び散る。最後に虫の息だった敵の頭にナイフを突き立て確実に息の根を止める。油断して後ろから寝首をかかれて死ぬのはごめんだ。
紅人は水を飲んで一息いれる。
不安なのは装備だ。シェルホルダーに入っている弾は残り10発、ハンドガンの弾倉が1つ、拾った銃の弾倉が3つ。ショットガンで撃ったせいでアーマーはボロボロ、とても着れたものではない。
暗闇の中、紅人は紅い眼を凝らしながら出口へ向かう。途中、人混みに押しつぶされて圧死したと思われる死体が転がっている。
酷い顔だ。
白眼を剥き口から泡を吹いている死体があったので、彼は眼を閉じてやる。彼の生きる裏社会、世界の闇は一般人が想像もしないほどに深い。今日のようにその末端に触れてしまうだけで命を落とすことも少なくない。
カツカツと真っ暗な通路に足音が反響する。彼は一定のリズムを刻み続ける。なぜかわからないが敵とは遭遇しない。というか気配すらしない。
出口まで一直線という階段を半分ぐらい登ったところで紅人は異変に気付いた。赤いパトライトがチカチカと反射している。
なるほど。さっきの奴らは
彼はアサルトライフルを手に持つ。中国にとって
パトライトの光源の方を見ると車体を横にしてバリケードを築き、アーマを着こんで銃を構えた特殊部隊が大量にいる。全員始末するのは不可能だ。いかんせん弾が足りない。
人1人の命を奪うのに必要な弾丸は4〜5発。30人以上の敵を倒すには外さなくても120発の弾が必要で今持っているアサルトライフルの弾を全て当てなければならない。パワー思考で精度貧弱の中国ライフルでそんなことできるかと彼は心の底から叫びたかった。
やるか
彼は1人の警察の頭に狙いを定めると引き金を引く。水道管が破裂したような血柱が上がる。
「発砲!」
現場監督のような男が手を振り降ろすと激しい銃撃が紅人に向かって加えられる。それでも彼は臆することなく銃弾の雨の中、顔を出して敵を抜いていく。出口までは一直線で60m。
ヤバイ!グレネードだ!
彼は床を転がりながら正面のカバーに移動すると床に伏せて足の裏を手榴弾に向ける。手榴弾で1番恐ろしいのは爆発の後に飛ぶ金属片だ。伏せて足の裏を向けておけば死ぬことはない。
ドン!と音を立てて爆発が起こる。靴の裏にコツコツと金属片がぶつかる。すぐさま彼はカバーから身を乗り出して射撃を始める。
弾を撃ち切ると弾切れしたマガジンを予備のマガジンで飛ばしてリロードする。ワンマガジンを撃ち切って状況を整理する。やはりいつもほぼ無反動の
いつまでもここで耐えていてはジリ貧。援軍が来たら勝ち目が無い。
紅人は手榴弾とスモークを握る。まず始めに一本目のスモークのピンを抜き、警察に向けて投げる。真っ白な煙が焚かれる。
「撃つな!」
誤射を恐れた現場監督は射撃を中止するようにいう。しかし、彼は気づかなかった。スモークから少し遅れて手榴弾が投げられていることに。
「まずいグレネードだ!」
1人の隊員が気付いた時にはもう遅かった。爆音とともにパトカーがひっくり返り大きな炎をあげる。紅人は追加のスモークを焚き、フルオートでアサルトライフルをでたらめに撃ち、走り出す。弾が切れたらリロードをし、それも尽きたらアサルトライフルを捨ててショットガンを握る。
「サマールが使い物にならないのか」
パトカーが燃えている熱とスモークに含まれている冷気のせいでサマールセンスが全く意味をなしていない。もちろん、紅人はこれを狙っていた。
紅人の全力疾走はリミッター有りでもオリンピック日本代表選手並みに早い。加えてしなやかな動きと底なし沼のようなスタミナ。彼は音と気配を頼りに煙の中を駆け抜ける。なんとかして車を一台奪わなければ死ぬ。
スモークを抜け、オレンジ色の日の中出た彼に激しい銃撃が加えられる。パトカーのボンネットを超える最中に右手を後ろに向けて引き金を引く。射線上にいた3人の警官が顔に怪我をする。
スピンコックをしパトカーに下半身を隠すと再び引き金を引く。最速でコッキングをしとにかく撃つ。少しでも気を抜いたら一気に距離を詰められる。全ての弾を撃ち切ったらすぐさまリロードをいれる。
絶望的だな
残りの弾は4発。車を奪う暇すら作れない銃撃。それでも紅人は反撃を続ける。警官の頭を吹き飛ばし、内臓を散らし、紅い花を咲かせる。
ここまでか
最後の弾倉を撃ち切った紅人は口をへの字に曲げる。ポケットから携帯端末を取り出し「戦術要請」と書かれたアプリを立ち上げる。後の処理は非常に手間がかかるが、この状況を脱出するにはもうこれを使うしかない。
彼はさらに画面をタップして近接方面支援爆撃の命令コードを呼び出す。このコードを打てば5分以内に対地ミサイルを積んだ隼5機が指定座標を更地にしに来る。大量の民間人の死体が転がることになるが致し方ない。
ジャミングは既に切れている。
画面には命令コードを実行しますか?はい、いいえ。の文字が並んでいる。
やるしかないと思った時、1台の黒塗りの車が紅人と警察の間に割って入る。
「撃つな!外ナンバーだ!」
動く異国とも言われる外交車を見た警察の現場監督は急いで射撃をやめさせる。
「私はソルベェーク王国第三王女ルシアナ・ファ・サファイアクラウン・ソルベェーク・エスタです。テロ被害に遭われた柊紅人様をお助けに参りました」
車から降りてきた180cmを超える長身と輝くような金糸を美しく結った女性は凛とした佇まいで言い放つ。
「ルシアナ殿!何故こちらに」
紅人は出てきた人物が意外すぎて驚きを隠せなかった。
その時、紅人に向かって1人の警官が銃を向け引き金を引いた。しかし、1発の銃声とともにその警官は頭を撃ち抜かれる。
「我らソルベェークは中国の法の外にいることを忘れるな!」
ルシアナの横に控えていた黒服を着た女性が撃ったようだ。
「柊殿!お早く!大使館までお連れいたします!」
「ああ……」
困惑を覚えられずにはいられないが、紅人が思うよりずっと穏便に脱出できそうなのでおとなしく車に乗った。
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