第37話〜国家任務2〜
葬式から3日後の今日は出発日和の夏らしい晴天だ。波は穏やかで海は太陽光をキラキラと反射している。しかし、気温はそれほど高くなく過ごしやすい気候と言えるだろう。
右胸に沢山の勲章とバッチのついた黒地の軍服を着た紅人がブリッジに降りてくると
軍服は数ある服の中で1番着たくない服であるが、空軍委任法が可決した今はやむを得ない。似合ってはいるが、それを言うと本人が嫌がるので口にするものは誰もいない。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
紅人は艦長席に腰かけると艦載機の武装状態を確認する。指示した通りの部隊が配備されているのを確認すると立ち上がる。
「エンジン点火。離水準備」
「了解」
寸分のズレもなく大きな返事が木霊する。
「ハッチ閉鎖完了」「艦載機体固定完了」「乗員着席完了」「計器オールグリーン」
ブリッジにある操縦席に座るのは
いかつい体つきからは想像できないほど丁寧な所作で計器を弾いていく。
「エンジン点火。離水します」
機体に取り付けられた可動式のエンジンが轟音を立て始める。激しい水しぶきとともに大鷹は垂直にゆっくりと離水していく。四方に取り付けられたエンジン
「離水完了」
「高度100mまで垂直上昇後水平加速に移行。十分加速したら高度12000mまで上昇せよ」
「了解」
堀泉はエンジンの出力を15%まで上げ時速40kmほどでゆっくりと上昇していく。戦艦並みに大きな物体が空を飛ぶのは圧巻の一言に尽きる。
「エンジン出力80%加速に移ります」
機体のバランスを損なわないように可動式のエンジンを水面と並行に動かした大鷹はみるみる速度を上げていく。ソルベェークの軍港が小さくなってきた頃には時速500kmを超え、再び高度を上げ大空に羽ばたいていく。
大鷹の離水を第二王宮にある自室から眺めていたシルヴィアは空に向かって手を振る。地響きのような轟音には驚いたが。戦艦に匹敵する重さの機体をたった四つのエンジンで飛ばすとなれば当然かと思う。
「失礼します」
彼女の親友であり序列1位の近衛であるエルトライトが入ってくる。長身の彼女がスーツを着る様は男のスーツとは違ったかっこよさがある。
「シル様今日の夜には国を出ます。ご準備ください」
「わかったわ」
と言ってもシルヴィアはすでに荷物をまとめているしすることはない。本でも読みながら待っていればいいだけだ。
景色を眺めていたシルヴィアはふとエルトライトの顔を見る。
「ねぇエル。明日には紅人が世界の空軍を前にお話するそうよ」
「案外面倒くさいと考えているかもしれないですよ」
「それもそうね。式とか懇親会とかあまり好きではないものね」
シルヴィアとエルトライトはクスクスと笑う。
スッとシルヴィアの笑みが消えエルトライトの手を取る。微かに震えるシルヴィア手。いつも明るい彼女からしたら珍しい。
「私、エルには軍人ではなくいつまでも隣に立っていてほしいわ」
「シル様……」
エルトライトは言葉を紡げないでいた。
「確かに、命の危険があると言う点では大差ないかもしれないけど、私の知らないとこで死なれたら耐えられる気がしないわ」
シルヴィアは右手を胸の前でキュッと握る。
「シル様。私が軍人にならないと言うのは非常に難しいです。当家は王国が起こるよりも前から50年の間、陸軍で要職について参りました。跡取りである私が軍に入らないともなれば国民に顔向けできません」
「貴方さえ良ければレッドクラウンとして軍部に命令するわ。誰にも文句は言わせない」
シルヴィアの目はいつになく必死だった。
エルトライトは心の中で自問自答を始める。
私は何のために軍に入ったのか?
国を守るため、王室に尽くすため、敵を排除するため、人を合法に殺すため、宿命のため。
どれも違う。
今まで私は世襲を建前に自分を誤魔化してきたが、シル様の笑顔を守りたくて軍に入ったのだ。彼女と離れてまで戦う意味があるのだろうか。
否だ。
これは軍人としてあるまじき行為だが私は国民や国王のためではなくシル様のために戦いたい。なんだ、簡単ではないですか。
エルトライトは一息つくとシルヴィアの両肩に手をおく。
「卒業したら3年だけ時間をください。自分を鍛え上げ必ずシル様の元に戻って参ります。ミストリナのように強くなって」
「わかったわ。絶対に戻ってくるのよ」
シルヴィアはにこっと笑うと背に日を浴びる。
真珠湾
世界各国の軍が集まり切り残すは大鷹だけとなった。自然と空中でホバリングを続ける大鷹に視線が集まる。国旗ではなく鷹の社紋が大きく刻まれた飛空母はやはり目立つ。
「あれが世界最強と謳われる柊紅人の飛空母か」
「わけぇ者は初めて見るよな」
1人のアメリカ兵士のボヤキにタバコを加えた中年の男性が反応する。着崩した軍服にひょうひょうとした口調の中年男は柵にもたれかかる。
「あれが初めて実戦投入された時はビビったモンだ」
「いきなり飛行機が降ってくると考えたらそうですね」
激しい水しぶきを上げ着水した大鷹の甲板には1人の男が立っていた。
「柊じゃねぇか。珍しいなあいつが表舞台に出てくるなんて」
「あれが柊何ですか?前と顔が違うような気がします」
若い兵士は研修中に何度も見せられた写真と紅人の顔が違うことに気づいた。
「ホロだ。あいつは未成年だからな」
「ああそう言うことですか」
第三次世界大戦以来、未成年の従軍は場合により認められている。ただし、公の場に出る時は顔を見せないのが一般的だ。
「おっと、時間だ。じゃあな若いの」
「失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
中年男は足を止めて振り返る。
「ネヴィル・カニンガムだ」
若い兵士はびっくりした顔をする。
ネヴィル・カニンガムはイギリス空軍のトップで世界に名を知られる5人の空戦軍師、通称5大空席軍師の1人である。
甲板に立っていた紅人は電話を受けていた。相手は海運事業を担っている須藤流星。紅人の父は海軍の精鋭で海にめっぽう強かった。その名残で海運も若干やっているが、自身は海にはあまり詳しくないので部下に一任している。
「川口組の武器を積んだ船を運ぶ契約をしていたんですが、金額が高いと文句を言ってきまして。このままだと面倒なことになりそうです」
紅人は送られてきた契約書を見る。
運ぶのは1万トンのタンカー。アメリカ西海岸から日本までで燃料と未登録の武器が積んである。これを15億円で請け負ったようだ。15億円と言う金額は普段なら高すぎるが、今は真珠湾に世界中の軍が集まっているため警備が非常に厳しい。
「日取りをずらせないか聞いてみましたか?」
「どうやら抗争を始めるらしく一刻も早くとのことです」
紅人は頭を抱えたくなる。
「私が話してみます。時間が決まったら連絡ください」
紅人は電話を切るとブリッジに戻る。
「
『了解』
一同が敬礼したのを見届けた紅人は
「全く、なんで私が訓示を言わなきゃいけないんだ」
「仕方ありません。軍属ではないぶん誰も禍根を残さないからだと思いますよ」
いつにも増して穂波は丁寧に言う。
「今は日本空軍の総司令だっつーの。めんどくせぇな」
「まぁまぁそう言わず。俺たちは誇らしいですよ」
笑いながら直己が言う。
「これはこれはいつも聖女様がお世話になっております」
紅人に声をかけてきたのはジャンヌダルクの右腕ジル・ド・レイである。紅人は焦って周りをキョロキョロと見回す。
「心配なく、今日は私1人です」
紅人は胸を撫で下ろした。ジャンヌと会うと何かと面倒なことになる。ただでさえ身の回りに面倒がついて回っているのにさらに増えては手が足りなくなる。
「会議の前に少しお話ししたいのですがよろしいですか?」
「生憎私は忙しい。訓示が終わったら軍に顔を出すことになっている」
「ではこれを」
紅人は1枚のメモリーチップを受け取る。
「会議のフランスの方針をまとめておきました。何かあればそこに書いてある連絡先に連絡ください」
「ありがとう」
紅人は足早に去ると一人で真珠湾基地に入る。外装は軍の施設とは思えない総ガラス張り7階建て。全ての部屋に日の光が行き渡るような設計である。必要以上に強い光はカットする特殊なガラスを使用しているため程よい明るさである。
紅人はエレベーターで7階に上がると総督室に入る。
「はじめまして司令官殿」
「ご足労頂きありがとうございます」
ハワイは本土の基地に次いで大きい日本の主要基地である。第二次世界大戦次のアメリカの屈辱の地に日本の基地を立てるとは皮肉な話だ。当然沖縄の意趣返しという点もあるだろう。
紅人は司令官を気にすることなく席にかける。空軍委任法が可決されている今は紅人が日本国防空軍の総指揮官なので当然だ。
「訓示の後私は世界空軍会議に出ます。具体的な指揮系統はここに記録しておきましたので後で確認してください」
紅人はメモリーチップをテーブルに置く。
「それは残念です」
「他の4人が出ないなら私が力比べを楽しめる相手はいない。教え子たちで技術を磨きあった方が得るものも大きいと思いますよ」
実力が離れすぎているもの同士が戦っても得るものが少ない。小学生に数学を教えるのが無意味なように、まずは基本を極めねばならない。
「失礼するぜ」
砕けた英語とともに部屋に入ってきたのはネヴィルだ。
「ご無沙汰してます。ミスターカニンガム」
紅人も英語で挨拶する。
「あんたが表に出てくるとはどう言う風の吹き回しだ?前回の空戦会議は日本に委任していたではないか」
「私にも引けぬものがあります。これ以上委任するのは不味いと思っただけです」
「確かにな!所詮は政治家。奴らに戦いのなんたるかがわかるようには思えねな」
「おっしゃる通りです。必要な時は私でも前に出ますよ」
紅人は豪胆に笑うネヴィルのことを無礼なジジイだと思った。イギリス紳士とは思えない言葉遣いに装い、出直してこいと言ってやりたい気分だ。
「私はこれで失礼しますよ」
紅人が司令室を出ようとするとネヴィルが肩に手を置き歩みを妨げる。
「なぁ、柊さん。あんたどさくさに紛れて何か企んじゃいねぇか?どうも連れてきた軍勢が多すぎる気がするんだが」
やはり5大空戦軍師感は鋭い。紅人が半数以上の兵力を動かすことはほぼ無い。特に大鷹を動かしたのがいけなかったのだろう。
「帰るついでに少し大きめの仕事をこなすだけです」
「国依頼だろう?ヤバイもんでも運ぶのか?」
「詮索してもいいが邪魔をするな。どうなるかはわかるだろう?」
声色を変え、紅人はポケットに手を入れるとネヴィルを見上げる。
「小僧がイキがるなよ」
ネヴィルの喉元を冷たいものが掠める。紅人の右手には抜刀された脇差が握られていた。氷のように冷たい目で紅人はネヴィルを見る。
「もう一度言ったら次は首を斬る」
紅人が刀身を鞘に収めると刀がホロで隠される。流石にこんなものをぶら下げながら堂々と歩くほど礼儀知らずではない。
「今夜10時に5大空戦軍師を集めろ。場所は大鷹。我々の中で格を決めようではないか」
「こっちの都合も知らずに好き勝手言ってくれるぜ」
ネヴィルはタバコをくわえると火をつける。一度大きく吸い込みモクモクと煙を吐き出す。
「いいぜ、付き合ってやる。俺とお前が見ている未来が他の3人にも見えているか見定めてぇ」
「では待っているぞ」
紅人が司令室の椅子にかけるとネヴィルは出て行く。
「失礼ですが伺ってもよろしいでしょうか」
真珠湾司令官が訪ねてくる。
「全てには答えられませんよ」
「柊司令官の見ている未来とは何なのですか?」
2人の間に少しの間沈黙が訪れる。
「それにはお答えできません。あまり不安を与えたくないので」
司令官は不満そうにしている。彼が知ったところで何ができるというわけではない。必要以上の情報を与えないのも有能な司令官と言うものだ。
ふと、紅人の電話に着信がくる。
「柊です」
「海運部門の須藤です。川口組の件でお電話しました。そちらの時間で今夜8時に電話をしたいとのことです」
彼は端末でスケジュール帳を開いて開いているかを確認する。
「了解しましたとお伝えください」
紅人は電話を切るとため息をつく。スケジュール帳が1時間単位でドンドン埋まっていって、このままだと次の休みまでは3週間以上ある。本分は学生のはずだが、本末転倒とはこのことだ。
「1度船に戻ります。何かあったらお知らせください」
紅人はゆるりと部屋を出て行く。
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