25話〜拉致少年少女奪還編11〜
隠れ家から飛行機で2時間移動した採石場にタクミと
「こちらホークウィンドウ1ターゲットを確認した。指示を待つ」
「了解した」
健太郎は上空に待機する爆撃機のパイロットから通信を受ける。
爆撃で採掘場ごと吹っ飛ばして中にいる敵を全員生き埋めにして終了。
「実力不足と見られているのだろうなぁ」
「何が実力不足なんデスカ」
健太郎は心の中で言っていたつもりだったのだが、どうやら口から漏れていたらしい。
「おそらくこの中は情報の宝だろう。紅人がそれを諦めるということは俺たちが受ける推定損害と利益を天秤にかけた時。前者に傾いたということだ。俺の指揮では不安と言われているような気分だ」
「事実だから仕方ないデス」
悪びれる様子もなくタクミがいう。
カタカタとキーボードを叩く手を止めると彼は健太郎の顔を見る。
「このカンパニーで戦闘と指揮に最も優れているのはボス。ハックは私。ハニートラップはホナミ。メディックのアリサ。スナイパーのナオミ。あなたはエースパイロット。本命じゃないからできなくて当たり前」
もともと
「お前が多くを語るとは珍しい」
「らしくない表情をしていましたから」
タクミは再び手を動かすと通信掌握を完了する。
健太郎は通信衛星とのリンクを確認する。バトルゴーグルには上空から見た採掘場の鮮明な映像が映されている。
昔は人の顔なんてわからなかったのに今では地面にいるトカゲまで見えるようになったとは進化したものだ。
「ブラックイーグルよりホークウィンドウ1へ。指定の座標へ遅延信管爆撃を開始せよ」
「ホークウィンドウ1了解した。3分後に攻撃を開始する」
少しすると南の上空に中高度で速度を落として飛んでくる飛行機が一機見えた。重爆撃機に分類されるその機体の名は
「投下!投下!投下!」
機長の命令とともに大量の爆弾が降ってくる。ミサイルのような形をした爆弾は甲高い風切り音を鳴らして宙をまう。やがて爆弾は爆発することなく地面に突き刺さる。
全ての爆弾が地面に刺さったのを確認したタクミはパソコンのエンターキーを押す。すると地面に突き刺さっていた爆弾が東側から順番に爆発していく。
腹の底が震え上がるような地響きとともに採掘場は崩れ去る。土埃が晴れる頃には大きなカルデラが出来上がっていた。
今回使ったのは手動信管爆弾。電子機器で信管を制御することで自由なタイミングで爆発を引き起こせる爆弾である。地面に突き刺すことができるため地下構造の対象に効果的。また、いつ爆発するかわからない爆弾を置いておくことで敵の進行を阻止し、味方が撤退するまでの時間稼ぎにもよく用いられる。
「対象の全壊を確認。生体反応は?」
「サーマル、電磁波ともになし。全滅したものと思われマス」
「作戦終了。これより帰投する」
健太郎とタクミは自分たちのいた痕跡を消すと、その場を後にする。
ソルヴェーク大使館でくつろいでいた紅人のもとに1通の暗号化されたメールが届く。専用の解析ソフトで文字化けした文を復元する。
メールを読み終わった紅人はとある人物に電話をかける。
「ボンジュール、柊です」
「あら、何のよう?」
電話に出たのはジャンヌだった。
「事は君の思惑通り進んだか?」
「ええ、あなたならやってくれるだろうと思っていました」
ジャンヌは電話越しで満面の笑みを浮かべているのがわかった。しかし、紅人はその表情を凍りつかせるために電話をかけたのだ。
「発破で吹き飛ばしたから観光客も吹き飛んだだろうな」
「はぁ?」
ジャンヌは思わず立ち上がる。
紅人はジャンヌが本当に欲しいものを知っていた。それは情報。彼女の狙いは紅人と情報部が争っている最中に機密情報を持ち去ること。自分だけ利益を得ようとしなければ何もする気はなかったのだが、昨日の件で紅人は少なからず怒っていた。目には目を歯には歯を危害には危害を返すのが裏社会組織のやり方だ。
「安心しろ。情報は私が回収しておいた」
彼は足元を見られるのは嫌いだが見るのは大好きだ。
「いくら払えばいいの?」
「3億で譲る代わりに私の周りに忍ばせている兵隊を引き上げさせろ」
そこまでバレているのかとジャンヌは驚きを隠せなかった。紅人の監視をできなくなるというのは想像以上に痛手だ。何かしらの弱点を見つけていざというときに備えられなくなるという事だ。
「できないのならこの話は無しだ。兵隊は消し去るし情報も渡さない。私を甘くみすぎた罰だと思えば安いものだろう」
ジャンヌは嘲笑まじりにいう紅人のことが憎たらしかった。
「受ける……」
苦し紛れの決断だった。苛立ちのあまりテーブルに拳を打ち付ける。
「私が日本に帰った後兵が帰ったのを確認したらデータを送ろう。金はその後でいい」
紅人は無愛想に電話を切る。
電話越しでもわかる悔しそうな想いは
あかりと私の関係を知られれば彼女を出しに何をさせられるかわかったものではないし、人質にとられたらゲームオーバーだ。洗脳技術が進んだ今世紀では優秀な頭脳をさらって思い通りに動かすことができる。
たとえ同盟国でも紅人からしたら敵であり、日本でさえ味方とは言い切れない。信じられるのは自分が作り上げた組織と地位だけだ。
事態が落ち着くまではまだ余裕がある。残りはゆっくり友達と過ごすとしよう。
電話を切り終えたジャンヌは各方面の対応に追われていた。聖女としてある程度の立場を得ているが手続き無しに国策を動かせるような権力はない。フランスの主権はあくまで国民にあり聖女はそれを助言する立場でしかない。大統領の許可がなければ作戦中の軍を撤退させる事はできないのだ。そのためにはまず、諜報部に大統領へ進言してもらう必要がある。
彼の身辺を調べられなくなるのは痛手だ。現状フランスの敵となったとき止める要素がないからだ。しかし、今は中国軍の状況を知るのが優先だ。新鮮なアジアの情報はなかなか手に入れられるものではない。
「よくあんなのを友と呼べますね」
ジャンヌの後ろに控えていたのはジル・ド・レ。紅人と同じ世界に名を
「お互い利益をかけた場では一切の妥協をしないだけで本当の意味で彼を嫌ってはいません。どちらかと言えば好きな分類です」
「そこまで公私を分られることには感服します」
40を過ぎた男が小娘に頭を下げる異様な光景がそこにはあった。
「彼と戦って勝てますか?」
「わかりません。彼は予測不能な奇策を練ることに長けているのでそれを凌げればというところでしょう」
ジルは難しい顔をする。
これだから紅人を止める手段が必要なのだ。これまで同じ土俵で彼に突っ込んだ人は多くいるが、その全てが返り討ちにあっている。
チェスで例えるなら紅人は1手で正面の駒全てを倒すようなインチキ駒だ。盤外、同等レベルの反則の一手なしではやりあいたくない。
大きなため息をついたジャンヌはサインが終わった助言書をジルに渡す。
フランスでは電子機器が発達した世の中でも漏らすことの許されない情報は紙でやり取りされる。どんなハッカーでもデジタル化されていないものは盗めないからだ。
「これを大統領にお願いします」
ジャンヌはジルに書類を渡す。すると、ジルは恭しく一礼して部屋を後にする。
2日後
つかの間の休暇を楽しんだ紅人は大使館を出る準備をしていた。時刻は18時30分。
2日間で紅人の疑いを払拭する事は結局出来なかった。しかし、ソルヴェーク王国と日本が中国警察に圧力をかけた事で少しの猶予を得ることができた。夜明けまでに全てを片付けて飛び去ってしまえば万事解決だ。
青いワイシャツと黒いスーツに着替え終えると愛用の80式拳銃に弾倉を込めてホルスターにしまう。
ショットガンはお礼の品という事でおいていくことにした。
「紅人、準備ができました」
シルヴィアが部屋に入ってくる。何やら不安そうな顔をしている。
「演奏会には行く。心配するな」
紅人は子供をあやすように彼女の頭をなでる。少し頰を赤らめて嬉しそうにしているシルヴィアを見るとこちらの心も温かくなるように思えた。
「これを。お守りです」
シルヴィアはリングケースに入った純金製の指輪を渡す。それを紅人は右の薬指にはめる。サイズはぴったりだ。よく見ると指輪にはソルヴェーク語(旧ノルウェー語)で「神々の加護がありますように」と刻まれている。
「ありがとうシルヴィ、大事にするよ」
紅人はシルヴィアに案内されて用意された車へ向かう。
車の前ではルシアナが待っていた。
「お世話になりました」
「こちらこそ。フランスの思惑を潰してくれたことには感謝します」
相変わらずソルヴェークはいい耳を持っている。まだ日本の諜報部すら自分のしたことの真意を掴めていないというのに。
「お礼を言われるようなことではありません」
紅人が車に乗り込むとすぐに運転手は車を出す。振り替えるとルシアナは頭を下げ、シルヴィアは手を振っている。
3時間ほどして紅人は部下の元に到着する。中国で一番大きな運輸会社のトラックが調達されている。
「ありがとうとルシアナさんにお伝えください」
彼は車を見送る。
「お帰りなさいボス」
「挨拶はいい。装備はどこに?」
「こちらです」
紅人は雅英につられて黒塗りのワゴン車に向かう。
ワゴン車の荷台には装備一式がそろっていた。彼はその場で服を脱ぎ捨てパワードスーツ専用のアンダーに着替える。通行人から見られれば不審な目で見られる事は避けられないが、この辺の夜は危険だと名高いので人通りは少ない。
パワードスーツに着替えた紅人はガンケースに入っていたピースブレイカーに弾をこめて背中に背負う。次に今回のメイン武器となる83式短機関銃の伸縮性のストックを伸ばす。
この銃はサブマシンガンと言われる銃で毎分1180発もの弾丸を撃ち込むことができる火薬式の銃である。射程は300mくらいだが、その発射レートから殲滅力と瞬間火力にたける。室内戦には持ってこいだ。
「マガジンに弾はこめてあるか?」
「こちらです」
彼は30発のストレートマガジンを装填すると予備のマガジンを4本パワードスーツのマガジンホルダーに突き刺す。
ショットガンシェルホルダーを左足の太ももに固定し、80式拳銃を右腰のホルスターにしまう。最後に脇差を左腰に差して戦闘準備完了だ。
「これを忘れていますよ」
「予定通り正面突破で行く。ブラックオスプレイ(タクミ)の停電を合図に総攻撃。可及的速やかに敵を排除し乗り込む。本作戦は40分以内に済ませる。1割以上の損失もしくは、20分を超えた時点で突破できなかった場合は撤退。命令を遵守し諸君らの奮闘に期待する」
「了解!」
部下たちは紅人に向けて敬礼をする。
普段は気を引き締めることの少ない穂波や
生憎落ち着けている暇はない。落ち着けたところで戦闘が始まればすぐに弱い部分が露呈する。乗り越えられなければ死ぬだけ。ここで選別するのも悪くない。
「ボス、ハッキング完了しました」
「全員集合」
紅人は通り様にタクミの肩を叩く。完全に戦闘モードに入った彼の顔はいつも以上に引き締まっていた。
ワゴン車の前に部下たちは整列する。もちろん完全武装済みだ。
紅人は彼らの前に立つと口を開く。
「あまり長く言っても仕方ないので短く言う。我々の未来をつなぐ者たちを奪う卑劣なものには死を与えよう。怠惰な死神に教えてやれ。我々こそ死神だと」
「了解」
部下たちの目はギラギラと輝いていた妻帯子持ちが多いので子供を奪われる気持ちは痛いほどわかるのだろう。
「作戦開始だ!」
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