第33話〜シルヴィア・ルレッドクラウン・ソルベェーク・レスタ〜
サイモン・フラチャイルドはシルヴィアが理工に入ったのを確認した。同時に護衛についている男がとんでもなく厄介であることを認識した。
紅人が大怪我をしたというのは業界では足早に知れ渡った。いっそのこと死んでくれればどんなに都合がよかったのだろうと思ったのはサイモンだけではない。しかし、彼が自由に動けないのであれば少しは移動の自由が効く。いつもより日本に入る海外組織は多かった。
正式な軍籍を持たない民兵の紅人は国家の命令を待つことなくある程度自由に攻撃を仕掛ける権利を持っている。その分責任を全て負わなければならないリスクはあるが、敵を完膚なきまで潰せば問題はない。死人に口無しという奴だ。
フットワークの軽さと戦闘能力の高さこそがBLACK HAWK最大の矛である。それゆえに世界に名を轟かせる5人の空戦軍師の一角に数えられているのだ。
これは作戦を変えなければならない。奴の戦闘能力は折り紙付き。正面からやり合うのは愚の骨頂。側面から叩くしかないか。
彼はパソコンを取り出すと理工のシステムに侵入を開始した。
サイモンがハッキングした警備ロボット7体は紅人の前に立ちはだかった。民間の警備ロボットなので拳銃ではなくスタンバトンを装備している。
「2人とも私の後ろへ」
紅人はバックの中から81式
射線にたくさんの人が入っていたのだ。
「慌てずに中へ入っていろ!」
紅人は廊下を走り回る職員に命令するがパニックになった人に彼の声は届かない。仕方なく彼は銃を納めて脇差を抜く。
「警告。直ちに武器を捨てて投降してください」
「口より先に手を動かせ」
紅人は姿勢を低くすると警備ロボットの懐に潜り込んで胸のコンデンサーに刃を突き立てる。ロボットは変な音を立てながら沈黙する。
「対象の脅威判定を更新。排除行動に移ります」
ロボットの持つスタンバトンが青白い電流が流れる。致死量ではなさそうだが、食らったら気絶しそうだ。
紅人はロボットたちに囲まれスタンバトンを振り下ろされるが、避けて、受け流し、ひとかすりもしなかった。機械は良くも悪くも最適解しか実行しない。常に最適の攻撃をしてくるというならわざと隙を作り誘い込めば相手の攻撃を支配することができる。
慣れてきた彼は徐々に反撃を始める。ロボットの足を払って転ばせるともう1台のロボットのスタンバトンを胸に突き刺す。
残り4体。いや、これで3体だ。
紅人は手にしていた脇差を
「終いだ」
射線に人がいないのを確認した紅人は81式
彼は部屋にある監視カメラを睨み付ける。
「紅人怪我はないかしら?」「紅人さんお怪我はありませんか?」
シルヴィアとあかりは左右の手を握ってくる。
「大丈夫だ。さっさとズラかろう」
彼はバックの中に入っていたピースブレイカーとフラググレネード、EMPグレネード、テルミットグレネードを装備する。
「あかりさんも一緒に私の家へどうですか?ここより安全かと思います」
「ご好意感謝します」
紅人とシルヴィアは目を合わせると頷き合う。
「念のためこれを」
紅人はホルスターから拳銃を抜くとあかりに渡す。あかりは不安そうにそれを受け取ると白衣のポケットに収める。シルヴィアと違って紅人の保護下にある彼女は一歩間違えたら死ぬという状況に出くわしたことがないのだろう。
「私の後ろから何があっても離れるな」
紅人は少し屈んで2人の目を見て言う。
「わかったわ」「承知しました」
彼は銃のコッキングレバーを半分引いて弾詰まりを起こしていないのを確認すると歩き始める。こう言う状況の時エレベーターは使えない。階段なら退くか戦うか2つの選択肢がある。しかし、エレベーターは敵がいた場合出会い頭の戦闘を強要される。それにどんな細工を仕込まれているかもわからない。
「道を開けろ。指示に従わないものは敵とみなして攻撃する」
紅人は人をかき分けて2人を誘導する。無事に1階まで降りると警備ロボットたちが歓迎会の準備をしていた。
「警告。直ちに武器を捨てて投降しなさい。従わない場合は排除行動に移ります」
「うわぁ」「紅人?」
紅人は警告を一切無視してフラググレネードを放るとシルヴィアとあかりの上に覆いかぶさって伏せる。
もちろん紅人もノーダメージとはいかず背中に金属片が3つ食い込んだ。
「敵対行為を確認排除に移ります」
不協和音のような音声が流れる。
「それじゃ人は守れない。警備システムを見直す必要有りだ」
紅人はロボットに向けて銃を撃つ。スタンバトンしか装備していない警備ロボットはまっすぐこちらに突っ込んで来るのでバタバタと倒れていく。ハンドガンのような弱装弾を想定して作られている装甲では
全てのロボットを排除した紅人は2人を車の後部座席に案内する。
「怪我はないか?」
「おかげ様で」
「私もです」
胸を撫で下ろした紅人は2人の頭を2度撫でると車を出す。
流石は柊紅人。ガラクタでは全く相手にならないか。
サイモンはパソコンを閉じると目的地を入力して車を出す。もちろん彼もこのくらいで紅人のことを止められるとは思っていなかった。しかし、手負いかつ荷物が2人いた状態でほぼ無傷で切り抜けるとは思わなかった。
正面きっての戦闘。特に撃ち合いは絶対に避けるべきだと彼は思った。理想は紅人とシルヴィアの距離が空いた隙に始末することだ。しかし、そのような期待はするだけ無駄だ。思考の結果、変装して殺すのが1番可能性がありそうだという結論に至った。
東京にある紅人の本邸に着くと2人をリビングに案内して昼食を家事ロボットに出させる。2人が昼食をとっている間に紅人は身体を洗い背中の傷を治療する。パワードスーツのクッション性がうまく働いたので金属片は2、3mm食い込んだだけで済んだ。少し傷がヒリヒリするけれども服を着ないとタトゥーであかりに兄であることがバレかねない。
服を着たは2人のいるリビングを訪れる。
「落ち着いたか?」
「おかげ様でね」
シルヴィアはソファーで寛ぎながら紅茶を飲んでいる。しかし、あかりは部屋の至る所にかけられている銃や日本刀をチラチラと見ている。
「物騒な部屋で申し訳ない」
「いいえ。見たことないものも多いので気になっていただけです」
どうやら好奇心の方が大きいらしい。
「それはM4という火薬式の銃です。第三次世界大戦以前、アメリカ軍の主力小銃として使われていました。ここにあるものはほとんどが
「つまりここにある武器の数だけ戦ったということなんですね」
「単純に言えばそうですね」
シルヴィアは肩を並べる2人を見て微笑む。2人とも右手を腰に当て同じ立ち姿をしている。兄弟というのはどんなに離れていても似たもの同士になるのだとシルヴィアは思う。
「シルヴィ。君にはいつも泊まっている客間ではなく私の部屋を使ってくれ」
「いつもの部屋でいいわよ。あなたの場所を奪うわけにはいかないわ」
「あそこが1番安全だ。そこで寝ろ」
紅人は念を押すようにいう。彼女は意外と我が強いのである程度必要に迫らないと自分の意見を曲げてはくれないのだ。
「そこまで言うなら言う通りにするわ」
シルヴィアは大人しく従う。
「できればことが済むまであかりさんも泊まって行ってください。不自由はさせません」
「紅人さんがそう言うならお言葉に甘えさせていただきます」
「ならシルヴィと同じベットで寝てください。広さは十分ありますし、一部屋に固まっててくれた方が守りやすいので」
あかりとシルヴィアは目を見合わせる。困惑しているが幸い2人は仲良しで同性なので問題はない。突然紅人の電話が鳴り出す。呼び出し人には大倉大臣と書いてある。
紅人は席を外すと音声を繋ぐ。
「柊です」
「よかったやっと繋がった。本社に連絡しても外出中の一点張りだったから焦ったよ」
紅人はもう一つの端末を開いてみると本社からの不在着信が7件溜まっていた。さっきまでドタバタしていたので全く気づかなかった。
「申し訳ありません。お話を伺いましょう」
「次の真珠湾日米合同空軍演習の際、世界空軍会議行われることになった。これが君への招待状だ」
大倉は宛名が英語で書かれた便箋を見せる。
世界空軍会議というのは世界中のお偉いさんと5人の優秀な空戦軍師によって開かれる軍策会議である。そこで決定されたことが国連の安全保障理事会に提出され可決されると法的な拘束力を持つようになる。いわば世界の空の国会と言ったところだろう。
紅人はこの会議が非常に嫌いだ。軍属ではない自分は悪目立ちするせいで毎回言いがかりをつけられる。場合によっては戦力縮小を強要されることもある。
「参加はします。しかし、今回私は自分の利益を最優先にして行動します。たとえそれが政府の意向に沿わないものでもご了承下さい」
大倉は内心焦っていた。
なんだかんだ言ってこの会議での紅人の発言力は非常に大きい。今まではその傘に入ることで日本の不利を回避してきたが、今回はそれができないかもしれない。
「これは経験から来る憶測に過ぎません。戯れと思って聞いてくれても構いません。私は近々割と大きな戦いに巻き込まれると思います。だから、今戦力を縮小するのは不可能です」
紅人の言葉には妙な説得力があった。
「もし、戦力縮小を政府が強要するなら私はこの国を出ます」
「待ってくれ。今君を失ったら日本は落ちる」
「私に頼らなくても守れはしますよ」
彼のいうことは事実だ。たとえ紅人がいなくても不可侵領域が破られることはないだろう。軍も遊んでいるわけではないし、教え子たちもかなりの策士にはなっている。しかし、大倉が恐れていることは別にある。
「君が侵攻してくるということはないよな?」
「私は壁があったら回り道をするのではなく壊して進む人間です。壁になるというなら誰が相手だろうと壊します」
大倉の背中に寒気が走った。そう言えば紅人がここまで危機を覚えているのを大倉は見たことがない。敵の正体が見えていないのだろうか。
「総理には私が言い聞かせる。だから、これからも頼むよ」
「無論です。この国にいた方が目的は果たしやすいですから」
紅人は電話を切った。
リビングに戻るとシルヴィアとあかりがお茶菓子を広げて楽しそうに将棋を指している。紅人は盤面を覗いて様子を確認する。
「おかえりなさい。有意義な話はできたかしら?」
「いや、厄介ごとが増えただけだ」
「紅人さんもなかなか大変ですね」
あかりは背中の半ば過ぎまで伸びた髪を後ろで束ねる。紅人と違って重度の色素欠乏症の彼女の髪は文字通り真っ白だ。対してシルヴィアの髪は黄金を思わせるかのような金色。なかなか良い絵になる。
「ちなみにシルヴィ。あと23手で詰みだ」
「ちなみにシル。あと23手で詰みよ」
紅人とあかりは目を見合わせると笑う。シルヴィアは突然の死刑宣告に必死に回避筋を探り出したようだ。ここで紅人はあかりに悪戯してみることにした。
「龍を2つ前に。あとは自分で頑張れ」
「紅人さんずるい!せっかく良い調子だったのに計算が狂った!」
あかりが指を指して怒るが紅人はクスクスと笑う。結局その後37手目でシルヴィアが根を上げた。彼女は悔しそうにしていたが、年の近い女の子と遊べて楽しそうだった。
「シルヴィ、この前コンサートに行けなかった詫びだ」
紅人は新しい紅茶と楽器ケースを持ってくる。ケースの形状からしてヴァイオリン。しかしその銘柄はとんでもないものだった。
「ストラディバリウス!こんな代物どうやって手に入れたの?」
驚きのあまり大声を出してしまうシルヴィア。
ストラディバリウスは17世紀にアントニオストラディバリが作ったヴァイオリンで世界に600本程しか現存していない貴重なものだ。その貴重さのあまり世界的に有名なヴァイオリニストの中でもごく一部しか持つことを許されていない逸品だ。
「ブラックマーケットで出回っているのを拾ったんだ。こういうのは価値を引き出せる人が使うべきだ」
ちなみに紅人はこれを見た瞬間シルヴィアへの贈り物として2000億円と言う有無を言わせない値段で落札した。
「弾いてみてもいいかしら?」
「あかりさんはピアノが弾けましたよね?」
「それなりには」
紅人は立ち上がると2人を音楽室へと連れて行く。そこにはメマハ製のグランドピアノが一台置かれていた。
「これは私のわがままなんだが、2人で合奏してくれないかな?」
「シルが許してくれるなら」
「やりましょう」
あかりは席につきシルヴィアがヴァイオリンを構えたのを確認するとショパンの革命を引き出す。シルヴィアの腕は言わずもがな。あかりのピアノの腕もかなりのものだ。力強いピアノに乗るヴァイオリンの旋律がなんとも心地いい。紅人はしばらくの間日頃たまった疲れを癒していた。
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