13話〜強大な『力』と明晰な『頭脳』〜

 車を走らせて首相官邸に着いた紅人くれとは秘書に連れられて防衛大臣の大倉おおくらが待つ部屋に入る。大倉は紅人を席に座るように促す。秘書を外させた大倉は今時珍しい紙の資料を紅人に手渡す。今となっては機密防衛にも紙を使うことは非常に珍しい。オフライン端末を使った方が多くの情報を楽に扱える。今回はいつもの機密任務とは格が違うということだ。


「拝見してもよろしいでしょうか」

「頼む」


 紅人は資料に目を通すと目を見開いた。


「一体何を考えているんですか?核兵器に匹敵する機械兵器を作るとは」


 資料の中に書かれていた兵器は惑うことなく戦略級。ありとあらゆる金属を腐食ふしょくさせる自己増殖機械を弾頭に搭載とうさいし炸裂させる。炸裂によってばら撒かれた機械は金属を腐食させながら自己増殖していく。これは停止コードを打ち込むまで無限に増え続ける。この通称「コロッシオンボム」は核兵器と違って核汚染が無く、実際に敵国に使用できる。見方によっては核兵器以上に危険な代物だ。


「第三次世界大戦でアメリカに変わって世界のリーダーとなった我々だが、彼らと違って圧倒的に足りないものがある」

「戦略兵器ですか……」


 紅人は顔をしかめる。確かに核を使われたらおしまいだが、迎撃すればいいだけではと紅人は常々考えていた。というか日本にあかりがいる限り日本の空を犯させること絶対にさせない。


「本当は夏頃に完成予定のはずでしたが、こんなに早く完成したのは何故ですか」

「すまない。先に謝っておく。最後のページを見てくれ」


 紅人は俯いた大臣からなんとなく察し、ページを開く。

 発案者佐々木雅信ささきまさのぶ。技術提供いぬいあかり。自己増殖機械を開発したのはやはりあかりだった。


 ごめんなあかり。やはり、君は優秀すぎる。どんなに僕が軍事から遠ざけてもその手を切り落とすことはできないようだ。


 紅人は大きなため息とともに資料を机に放る。彼は気づかないうちに右手を固く握りしめる。


「無理やり頼んだわけではないのはわかっています。ただ、私には約束を守れと言っておいてあなた方は平気で破る。国家だからと言って、人との約束を破ってもいいわけではないでしょう」

「本当に申し訳ない。これの計画を急がせた政府に非がある。君が不信感を抱くのはもっともだが、この兵器が敵の手に渡るのは君にとっても国にとっても利益にならない。今回は利害の一致ということで、この兵器の輸送を請け負ってくれないだろうか」


 大倉は紅人に頭を下げてお願いする。


 利害の一致ねぇ。大倉さんのいう通り利害は一致するが私が得られる利益が圧倒的に少ない。自分に無断で妹を軍事利用したことも含めたら、すでに害の方が多い気がする。

 気乗りはしない。けれども、あかりが作ったものが他国に渡るのは私が許さない。正直あかり以外の者が作ったものだったら受ける気もなかった。妹の作品を泥棒から守るのは私の務めだ。


「受けましょう。ただ、予想される敵とその作戦で出た犠牲の保障をすることを確約してください。今回は大鷹おおたかを出さなければならないでしょうから」

「わかった。今回の作戦において御社が出した犠牲は全て政府が保証する」


 大倉は紅人の予想に反してすぐに首を縦に振った。どう総理大臣を説得するのか見ものだ。


「今回コロッシオンボムが保管されているのはハワイ島。アメリカは襲撃をかけたいだろうが、紅人君を相手にするのは本意ではないだろう」


 戦前のハワイ島は有名な観光スポットだったらしい。しかし、今は日米安保条約のもと、日本がアメリカを監視するための六波羅探題になっている。


「ロシアは前から日本がなんらかの戦略兵器を持つべきだと主張していた。よって彼らも襲っては来ないだろう」


 中国はイラン率いるアラブ連合と一触触発の睨み合いをしている。日本に喧嘩を売っている余裕があるとは思えない。


「消去法から朝鮮あたりが仕掛けてくるでしょうか」

「その可能性が高い」


 紅人はめんどくさげにソファーにもたれかかる。

 第三次世界大戦直前に南北統一をした北朝鮮と韓国は国名を朝鮮と変えて日本を目の敵にしている。大戦時はNATO軍側につき敗戦した身だが、後方支援しかしていなかったためほとんど影響はない。兵装も兵力も大したことはない。ただ、反日教育を徹底された彼らの執念深さだけは認めざるを得ないだろう。


「この際、朝鮮軍を滅ぼしておくのも一興かもしれませんね」


 紅人はクスリと笑う。大倉は首筋に冷たいタオルを巻かれたような幻覚がはしった。

『紅人の笑いは非常に恐ろしい』

 これは彼と戦闘を共にした兵士が口々に言う言葉だ。普通なら実現不可能なことでもこの少年。いや、この化け物は鬼才的・・・な謀略と天才的・・・な戦略でそれを可能にしてしまう。


「勘弁してくれ。国際情勢的に朝鮮を崩壊させるのはまずい」

「では縄張りに入ってきた番犬を追い返すだけにしておきます」


 実のところ、朝鮮を排除してしまいたいという紅人の意見に大倉は賛成だ。日本海にしょっちゅう短距離ミサイルを撃ち込んでくるし、年に1回は国際法で禁止されている核実験を何食わぬ顔でやってくる。放射能の完全浄化技術がなかったら戦争案件だ。


「反日教育で洗脳された国民には悪いですが、国の罪は国民の罪。いずれは打ち負かさなければなりませんね」

「優れた軍人は政治にも通ずるのではないか?」


 フフと紅人は笑う。嘲笑うような失礼な笑いだ。


「私が守りたいのはあかりであって日本ではありません。この国を攻撃してくるものは早めに始末したいんですよ」


 彼にとって国を守るのはあくまで妹の安全を守るついで。欠けている感情から唯一生まれてきたその想いは彼にとって何よりも大切なものだ。向かってくるものは退けるのではなく蹂躙じゅうりんする。自分の悪名が上がれば上がるほど妹を守れるのだ。


「時に紅人君。今年は新入社員をどのくらい取るつもりなのかな」

「例年通り最大80人、最小は殉職者分なので40人ですね。最も優秀な軍人しかうちには入れませんけどね」


 彼は悪戯いたずらっぽく笑う。大倉は毎年国防軍の人材を紅人に紹介しているが、そのほとんどが不採用になっている。経歴は特別優秀な者のはずなのに採用されないのを長いあいだ不思議に思っている。


「うちに求められるのは平均以上の身体能力と尖った戦闘技術です。狙撃や空戦、諜報などに秀でている。私はそういう人材を求めているんです。

 むしろ、大臣が紹介してくださる指揮官タイプの人は不要なんです。私の方がうまく作戦を立てられますからね」

「同じ組織に太陽は1つでいいということか」


 大倉は納得したように首を縦に振る。

 指導者気質の人は自分の意見を持ち、それを実行しようとする。作戦1と作戦2どちらが最適解かわからない時は自分の策を優先する。これは紅人的に困る。トランプタワーを立てている最中に隣でジェンガをやられるのは嫌だ。


「分隊指揮は我が社の求める水準なら誰でもできます。それ以上は私がやるので他人はいりません。私より優れた空戦軍師がいれば別ですが」


 そんなやついるわけがないがと彼は心の中で呟いた。

 知識があってもそれを使って知恵を生み出すのはそう簡単ではない。デザインチャイルドで小さい頃からノウハウを叩き込まれた自分ですら試行錯誤するのだ。普通の人間には一生に一回できるかできないかだと彼は思っている。


「紅人君より優秀な人間がポンポンいても困る」

「それはもう、人類が進化したとしかいえないでしょう」


 大倉と紅人は笑う。




 いつのまにか空が暗くなっていた。

 思いのほか話し込んでしまったと紅人は思った。休み明けから始まる就職面接のエントリーシートに目を通さなければならない。毎年のことだけど500枚近いエントリーシートに目を通すのは非常に手間だ。それでも殉職確定のような者が入ってくるより千倍ましだ。


「契約書を交わしましょう。今回は損失によって報酬が変わるので特別に後払いで構いません」

「意外だな。報酬金は先に払えというと思っていたぞ」


 初めはそういうつもりだったが、普段より金額が大きい。いくら大倉の頼みといえど総理の支持を仰ぐ必要がある。


「内閣も一枚岩ではないでしょう」

「よくわかってるな。外務の西山とは3年前から仲が悪いからな」


 憲法で禁じられている他国への攻撃を紅人というジョーカーを使って実現している大倉とその尻拭いをしている西山外務大臣の仲がいいわけがない。


「これが契約書です」


 紅人はいつも通り手書きの契約書を渡すと大倉はサインする。


「ではこれで失礼します」

「作戦は1週間前まで他言無用だ」

「言われなくてもそのつもりです」


 前回の件で社内に裏切り者がいると紅人は確信している。少なくとも肉食獣のコードネームセカンド。最悪の場合猛禽類のコードネームファーストの誰かが裏切っていると彼は考えている。そんな状況で手の内を明かすことはできない。

 私の妨害をしてくるだけならいい。しかし、あかりを傷つけるようなことがあったら覚悟しておけ。必ず貴様を突き止めて首をはねてやる。

 紅人は官邸を出ると車に乗り自宅へ向かう。




 3日ぶりに自宅に帰った紅人は三重にかけてある電子キーと物理的にかけてある鍵を開いていく。表面に見えているだけでも、1人で暮らすには大きすぎる家だ。だが、彼の家の本当の姿は地下にある。

 家の中に入り施錠した彼は靴を脱ぐとエレベーターで地下3階に降りていく。エレベーターのドアが開くとそこにあるのはスーパーコンピュータだ。

 スーパーコンピュータ「明けの明星」1秒間で1垓。すなわち10の20乗回の計算ができる。非公式ながら日本で三、四番目性能のいいものである。

 これを使うのはずいぶん久しぶりだ。

 紅人は縦3列横4列に並べられたデスプレイの前に上着を脱いで座る。このコンピュータは監視カメラ、個人所有の携帯のカメラ、音声データなどのありとあらゆる電子機器をハッキングし、それらの情報をつなぎ合わせることで対象が行ったところを探り、どこにいるかを一瞬で探ることのできるソフトが組み込まれている。


「さて、裏切り者が誰か探っていくとしよう」


 彼は社員の顔データをスキャンして取り込むと検索をかける。ディスクに穂波の1週間の足取りが映し出される。

 3日前に新宿のいかがわしい店に行っているが、どーせいつもの性欲発散だろう。ハニートラップを極めた彼女の性愛術はさながらクレオパトラ。私が色を好む人間だったらその竿いじりの技にはまっていただろう。

 その後も次々と紅人は部下の足取りを追跡していく。


「見つからんか」


 全員の足取りを追い終わった紅人は残念な表情を浮かべる。このパソコンのスペックをもってすればこれ以上追えないというわけではない。しかし、常時70%のリソースを世界中の要注意人物やあかりに割いている状態では無理だ。しかもそいつらは地下深くに潜伏しているやつも多く、1度目を離したら見つけるのが困難になる。それは砂場に埋まっている砂金を探すようなものである。


「流石は私の部下といったところか」


 彼が裏切り者を逃したことがないことを誰よりも知っているのは肉食獣のコードネームセカンド猛禽類のコードネームファーストだ。ただ、そんな彼らだからこそ単独では動かない。1対1で私と戦って勝てるはずがないと理解しているからだ。


「まぁいい。お前が尻尾を出した時が最期だ」


 彼は椅子から立ち上がるとエレベーターのボタンを押す。

 飯でも食ってエントリーシートに目を通そう。




 お風呂から上がった紅人はオートミルに作らせたオムライスを食べながら、送られてきたエントリーシートに目を通す。


 佐藤翔さとうかける

 日本国防陸軍第102師団第7大隊第3戦車中隊所属。戦車の扱いに長け、その操縦技術は師団トップクラスである。第三次ヒマラヤ陸戦では…………


 戦車なんてうちにはないしなぁ〜。半分ぐらい読んだところで紅人は佐藤翔のエントリーシートを不採用の方へドラックアンドドロップする。

 次も、その次も、そのまた次も、紅人はどんどん不採用にしていく。

 うちに必要なのはパイロットもしくは船乗り。会社は戦車などの陸戦兵器の一切を持っていないので、彼らは無用の長物でしかない。歩兵として優秀なら採用もあったかもしれないが、そこまで光るものを持っているものは今のところいない。


 こいつらうちを戦争屋かなんかと勘違いしてないか?うちはあくまで武装運輸会社であって戦争をするための政府の組織じゃないんだ。裏社会でわざわざ幅を利かせているのもあかりを守るためにしょうがなくだし、戦いたいだけなら傭兵団にでも入れよ。


 紅人は苛立たしげに端末を置く。


 履き違えるな若者よ。君たちのような血気旺盛のやつが初陣で死ぬんだ。軍とは違って少数で大多数を相手にしないといけない時も多い。戦い方の根本を覚えるまでは役立たずなんだよ。


 相手が自分より年上だということを棚に上げて紅人は文句を垂れる。そもそも人を尊敬するような人性格はしていないが……。

 なるべく実戦経験の多いやつと面接して従順そうな奴を採用しよう。紅人は珍しく消極的な案で自分を納得させた。

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