26話〜拉致少年少女奪還編12〜

 紅人がソルヴェーク大使館から出たことをキャッチした李平金リヘイキンは乗り込んでくるであろうビルでタバコをふかしていた。銘柄は昔ながらのセブンスターである。

 静かで実にいい夜だ。同時に夜行性の猛獣たちが獲物を求めて動き出すのには絶好の日だ。


「師よ。外にトラックが3台と武装した集団がウロウロしています」

「決戦は今夜だ」


 平金はタバコを灰皿に投げ込むと勢い良く立ち上がる。部下達は浮き足立っているように見える。


 全く。若いものは血気盛んで困る。


 彼は一瞬頰を緩めた後、すぐに深刻な面持ちに戻る。ここにいる部下を使ってする事はあくまで下見。勝つためではなく威力偵察だ。


 私も若い頃痛い目にあったな。


 平金は1つの銃創をさする。


「そう生き急ぐな。平常心で望め」

「わかっています」


 彼は落ち着いて部下を配置につける。

 基本的に戦いというのは防衛側の方が有利である。どんなに調べてもその建物や拠点に詳しいのは攻め側ではない。ビックリ手品を仕込まれていたら土壇場での対応をせざるを得ない。精鋭が少なくても紅人くれと達がボコボコにやられることもあり得る。




 戦闘準備を整えた紅人率いるBLACK HAWK の社員達は配置につく。今回紅人は前線で戦いながら指揮を取るのではなく後方でドローンによる映像とマップを見ながら指揮を取る。非常事態が起きたときに彼1人で対応するつもりだ。


「ホワイトイーグルの狙撃を合図に電源を落とす。暗視モードの準備をしておけ」


 紅人は部下全員に聞こえるオープンチャンネルからホワイトイーグルこと直己だけに聞こえる個別チャンネルに切り替える。


「難しいと思うが、やれるな?」

「任せてください」


 3.4km先にいる直己は深呼吸をすると超長距離狙撃システムを起動させると81式対人狙撃電磁誘導砲しきたいじんそげきレールガンのスコープを覗く。

 この銃は対人狙撃に特化した電磁誘導砲レールガンであり、貫通力と耐久性を犠牲に銃口初速を極限まで早め弾道の直進性を高めている。銃口初速は驚異の4850m、有効射程4km、到達距離9km、装弾数2発、ボルトアクション式の一撃必殺を体現したような銃である。

 彼はバトルゴールの指示に従って照準を定めていく。この距離になると経験で小細工するより素直に狙った方がいい。しかし、ここは地上300mで風は北西から風速12m。弾道上にビル風も吹いているためスコープ内に緑点で表示される着弾点も絶え間なく動いている。

 深呼吸をして意識を極限まで集中させる。人を殺すのに頭を狙う必要はない。胴体に当てれば致命傷を与えることはできる。

 彼は柱に寄りかかって休憩している敵に狙いを定める。呼吸を止めてアシストの緑点と敵が重なる瞬間をいまかいまかと待つ。


 今だ!


 直己はターゲットと緑点が重なった瞬間引き金を引く。弾丸はきれいなカーブを描き吸い込まれるようにターゲットの胸を貫いた。


「ターゲットダウン」


 直己はコッキングをして再びサイトを覗く。


「ナイスワーク」


 紅人はハンドサインで突撃合図を送り、それを見たタクミは町中の電気を落とした。光1つない闇の中部隊は配置につく。


「スナイパーだ!」


 中国兵の1人が叫ぶと外に出ていた6人は急いで物陰に隠れる。外を警備していた分隊長は遠隔で館内の非常警報を鳴らそうと端末を起動したがドクロマークが表示される。敵の情報を断つための電波収束はブラックオスプレイ(タクミ)にはお手の物。軍事用のプロテクトがされてるとはいえ所詮は携帯端末。彼の前ではおもちゃに等しい。


「お前!ベルを鳴らしてこい!」

「はい!」


 命令された分隊員がカバーから出ようとすると停電が起こる。


「走って応援を呼んでこい。そう長くはもたない」


 分隊長は敵の装備を見て焦りを感じた。

 自分たちは防弾ベストとアサルトライフ、拳銃、バトルゴール。対して、敵すなわち紅人達の装備はマシンガンにパワドスーツ、正規軍でも特殊部隊でしかつけられない装備ばかりだ。

 もう少し数が多かったら逃げ出していたかもしれない。


「撃ち方始め!」


 分隊長のブラックイーグル(健太郎)の指示で一斉射撃を始める。分隊6人のうち3人はライトマシンガンのフルオート射撃で敵の動きを封じ、3人はアサルトライフルの単射で敵を仕留めていく。

 塹壕戦が終わった第二次世界大戦後に米軍によって生み出されたファイヤアンドムーブはこの時代でも歩兵の基礎戦術である。


「右柱裏ダウン!」

「左柱やった」


 立て続けに報告が入るとバトルゴールに写っていたマップの赤点が2つ消える。


「手榴弾行くぞ」


 ブラックイーグルが手榴弾を投げると花壇に隠れていた敵兵が2人吹き飛ぶ。そして、回避行動を取った兵をホワイトイーグル(直己)が狙撃する。

 ひとまず制圧したのもつかの間。


「後方から増援!およそ30!」

「全部隊でこれに応戦。可及的速やかに敵を排除し、進軍せよ」


 紅人は偵察ドローンの映像を見ていた。敵の練度は思ったより高くない。このままの状態でもいずれ押し込める。


 マズいな。


「時間は?」

「開始6分です」


 押し込めると言っても5分やそこらでは無理だ。残り14分でブラックオスプレイ(タクミ)のハッキングが切れる。そうすれば増援が来るまで秒読みになる。戦況は五分、負傷者は1人。

 悠長にしている時間はない。


「プランBに移行。以降の指揮はブラックイーグルに任せます」

「了解」


 紅人はフルヘイスヘルメットを被りパワドスーツの電源を入れると裏口に向けて走り出す。小さな駆動音と共に彼は時速50kmで疾走する。

 裏口につくとそこには高さ5m程のコンクリートの壁がそびえ立っている。紅人は右胸のポケットから薬を取り出す。

 これは月初に打つ薬の効果を打ち消し人間を超えた人間として行動できるようになるものである。ホワイトコンドル(亜里沙)には非常時以外使うなとキツく言われている。ただし、言いつけを守ったことはあまりない。


 後で大人しく怒られよう。


 紅人はカプセル錠の薬を飲み込むと目を閉じて深呼吸する。

 ドクンと心臓が鼓動すると全身の感覚が研ぎ澄まされる。銃声と血の匂いが彼の心にかけられていた最後の枷を打ち砕き、破壊衝動を掻き立てる。


「おはよう僕。狩りを始めよう」


 紅人は5m助走をつけるとパワドスーツのブーストと合わせて壁を軽々と飛び越えていく。




 戦闘が始まって8分後。

 平金は3人の護衛を連れて地下通路を歩いていた。地下通路と言ってもキチンと整備されている。LEDで照らされているし、全面コンクリートで固められている。もちろんネズミや汚水などは一切ない。


「師よ。兵達を残してきて良かったんですか?」


 平金は悪い笑みを浮かべる。


「あいつらでは黒鷹ヘィンには勝てん。いくら数で勝ろうと未熟者達ではな」

「では何故挑まれたのですか?」


 平金は歩みを止めて大きなため息をつく。

 割とできる奴を引き抜いて来たつもりだった。しかし、彼らは自分の意図に気づくことが出来なかったようだ。


「これはテストだ。実力者達が揃って海外に飛んだ。この時点で勝機が五分以下であることを察し戦場から逃げ延び後日ワシの元に来る。教えを守れる者は要らぬ」


 スパイの仕事は情報を知らせることと平金は常日頃言っている。決して死んではならない。なんとしてでも生き残る。その教えを理解できない者を選別しようというのだ。


「あまりに残酷では?」

「特級に任せている仕事の中には黒鷹ヘィンも含まれている。乗り越えなければならない壁だ」


 護衛達はチラチラと目を合わせては離すことを繰り返している。気のせいかどうかわからないが彼らには平金の足音が早まったように感じられた。




 壁を飛び越えて華麗に着地を決めた紅人はすぐさまローリングをして茂みに身を潜める。ざっと見回したところ敵は10人。残りは表の対応と子供の監視だろう。


 念を入れて確認しておこう。


 紅人は左手首につけられた小さなタッチパネルを押す。数秒後、バトルゴールにリアルタイムで敵の位置が映し出される。壁越しの敵もバッチリだ。

 敵の数は15人とスキャン結果が表示される。


「超音波スキャンされた!」


 どうやら紅人の使った超音波スキャンに引っかかったことを知らせるシステムが敵にはあるようだ。いい装備を支給されている。


「いたぞ!」


 敵は紅人に向けて発砲を始める。どうやら逆探知機能もあったらしい。

 紅人は落ち着いて回避行動を取り遮蔽物に入ると今度は右手首に装着されたタッチパネルを押す。すると紅人の姿が闇に溶け込む。シルヴィアからもらった屈折型光学迷彩を仕込んでおいたのだ。

 足音を消して風のように速く駆け抜けて敵の背後で迷彩を解除する。パワドスーツに埋め込んだこの迷彩は便利な反面バッテリーの消費が激しい欠点がある。全身を消していられるのは最大でも3分だ。


「雑魚は消えろ」


 彼はサブマシンガンを撃ち外に出ていた5人を始末する。予備のマガジンでカラになったマガジンを飛ばしてリロードする。紅人のリロードは最適化されているため鬼のように早い。装填中のマガジンを外す前に予備のマガジンを握ることでロスタイムを可能な限り減らしている。


 次は通路でチラチラしてる7人と小部屋にいる3人。いや、通路にいるのは6人か。


「やぁー……」


 紅人は勇ましい声を上げて突っ込んで来る敵の首を斬り落とした。脇差を振り下ろし血糊を振り払うと鞘に収める。


 弱いものほど吠える。


 紅人はもう一度超音波スキャンをかけて敵の正確な位置を把握するとその情報を頼りに銃だけを遮蔽物から出して攻撃する。昔は悪手と言われていたブラインドショットだが、壁越しでも位置が分かるなら非常に有効である。

 紅人が追加で2人始末したタイミングで足元に円柱状の物体が転がってくる。


「EMP!」


 つい癖で叫んだ紅人はすぐに全電子機器の電源を切りグレネードに足を向けて伏せる。地面というのはマイナスに帯電しているため、伏せることでEMPグレネードの効果を弱めることができる。

 青白い光と共に電子がばら撒かれるが、ノーダメージだ。

 タイマーを確認すると残り10分。大胆な手を打たなければ間に合わない。


 一気に片付けよう。


 彼は閃光手榴弾のピンを抜いて炸裂寸前までためてから放り投げる。激しい光と音が敵の視界と平衡感覚を狂わせる。

 遮蔽物から飛び出して奥の小部屋に入り損ねた1人を撃ち抜く。あとの2人は隠れてしまったので後回し。正面の安全を確保したら次は側面の敵だ。

 紅人は走り出すと向かって左の壁に飛びつき壁を走る。レティクルと敵が重なったところで引き金を引き、右側面の敵を倒す。

 右壁を蹴り、天井を2、3歩走り、左壁を走り始めた彼は同じ要領で敵を排除する。最後に小部屋に残った敵を排除するためスライディングで部屋に入る。ショットガンを背中から抜き壁に血の花を2輪咲かせる。

 裏口を制圧した彼は全ての銃に弾を込めると向こう側の扉が蹴破られる。

 現れたのは体が一回り以上大きく見える防具にガトリングガンを担いでいる男。男は紅人に銃口を向けると弾幕をはる。

 紅人は壁や天井を蹴り空間を最大限に使って弾をかわす。


「めんどくせぇな」


 イラつきと共に彼はサブマシンガンをしまいショットガンを構えた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る