第27話〜拉致少年少女奪還編13〜
ブラックイーグル(健太郎)率いる表門部隊は倒しても倒しても湧いてくる敵兵に苦戦していた。絶え間なくサプレッサーによってこもった銃声と大口径弾の大きな銃声が交錯する。
「後方より新手!数的に最後だと思われます」
ブラックオスプレイ(タクミ)の補佐をする
再び彼らは激しい銃撃戦を始める。
「予備のマガジンをくれ!」
最前線に立つホワイトオスプレイ(雅英)が叫ぶと後方からやってきた補給班がマガジンの入った小袋を投げる。雅英はカラになったマガジンと袋に入ったマガジンを交換して後ろに放り投げる。
「グレネード!」
「伏せろ!」
ブラックイーグルの号令で社員たちはグレネードに足を向けて伏せる。グレネードで恐ろしいのは爆発ではなくそれによって撒き散らされる金属片である。これが身体に食い込んで死に至るのだ。足を向けることで金属片を弾く可能性を上げ、伏せることで金属片のあたる面積を減らす。これがグレネードの回避方法の定石である。
マズい!
ホワイトオスプレイ(雅英)の目の前に2つ目のグレネードが転がって来る。彼は急いで立ち上がり、グレネードを遠くへ投げ飛ばして耐ショック姿勢を取る。
身体の芯に響く爆発音が2回立て続けになる。雅英は爆発の衝撃で激しい吐き気を覚えたが、気合でそれを抑え込む。
油断して身体を晒した敵兵2名をホワイトイーグルが射殺する。
「2人ダウン。時間がないぞ!」
リロードを終えたホワイトイーグルはスコープ越しに状況を見ながら通信する。
「撃ち方……」
ブラックイーグルが手を高々と揚げ振り下ろそうとしたとき、対峙していた敵兵が背後から薙ぎ倒され始める。
パワドスーツを纏いショットガンでガンガン敵を屍へと変えていったのは裏口を制圧した紅人だった。
リロードの時間がもったいないと思った彼はショットガンをその場に捨てハンドガンを乱射する。ハンドガンを全て撃ち尽くした彼は脇差を抜くと残った5人の敵兵をまばたきする間に斬り捨てた。
「ああぁ〜」
1人の敵兵が恐怖のあまり訳の分からない言葉を発しながら背中を向けて裏口へ走り出す。
「逃げるな」
紅人は左胸のポケットから投擲ナイフを取り出して投げる。美しい放物線を描いたナイフは吸い込まれるように敵兵の後頭部に突き刺さる。
20秒もかからずその場を制圧した紅人は脇差を振り下ろして血糊を吹き飛ばす。この刀は血糊が付きにくいように表面が加工されているためわざわざ紙で拭く必要もない。首を斬り飛ばす用の名刀や妖刀を使えるほど今の戦場は甘くない。
ホワイトコンドル(亜里沙)は紅人のもとに走って来ると胸のあたりに正拳突きをしてくる。
「ボス!あれほど薬を使うなっと言ったのに!」
自分の身体を心配して声を荒げる亜里沙。しかし、今の紅人には決して響かない。彼は機械のように殴られた所を軽くはたく。
「今は話している場合ではない。さっさと行くぞ」
彼らは大量の屍の間をぬって建物の中に侵入していく。
数分前。
紅人は当然現れたジャガノート。まるで、中世の甲冑ばりに重厚な防具とガトリングガンを担いだ敵と対峙していた。
「うがぁぁぁ」
雄叫びと共にガトリングガンの銃身が回り始めて濃密な弾幕が張られる。それを紅人は体操選手のようにバク転やひねりを加えてかわす。遮蔽物物がないこの部屋では動き続けるしかない。幸いガトリングガンは重いため素早く動き続ければ重心の延長線上に捕らえられることはない。これはあくまで今の紅人での話だ。
時間がないな。
紅人はサブマシンガンをジャガノートのに向けて撃つ。しかし、まるで効果がない。当たった銃弾は地面に転がり弾頭がペシャンコになっている。ヘルメットのフェイスガードにヒビをいれて視界を奪おうとしたが無駄だった。
おそらく表面を極薄高耐久の金属で覆うことでガラスが割れないようにしているのだろう。
「吹き飛べ」
次に紅人はグレネードを握ると信管を調節してジャガノートに向けて投げる。グレネードはジャガノートの腹で炸裂する。
死んだか?
「ふんがぁぁぁ」
ジャガノートは爆風のダメージをものともせず立ち上がる。紅人はフラグじみたことを思うものではないと後悔した。
しかし、引っかかることが1つある。いくら丈夫な鎧を着ていてもグレネードの直撃を受けて立っていられるのはおかしい。金属片の飛散は防げても爆発による衝撃は防げるものではない。
「がぁぁぁ」
部屋中に響く雄叫びと共にガトリングガンが再び火を吹く。
この単調な行動に死を気にしていない心。こいつは薬をやっている。それも興奮を煽るような生易しい薬ではない。人間を操り人形へ変化させるえげつないやつだ。
本来人間は死の恐怖というものに逆らうのは非常に難しい。自分が死ぬ命令を下された時、頭では理解していても身体が動かないのが普通だ。しかし、目の前にいる男はイノシシのように紅人を殺そうとしている。
紅人は珍しく怒っていた。
彼は戦うために生まれた人形だった。亜里沙や部下たちの力を借りてやっと心というものを知ることができた。それを目の前にいる男はいとも簡単に捨て紅人の前に立っている。
ふざけるな。俺がそれを得るためにどれだけの時間を費やしたと思っているんだ。俺がどんなに欲しくても手に入らない物をお前は簡単に捨てる。
ならうさ晴らしに貴様を殺しても問題はないよなぁ。
心の蓋が緩み激情が少し溢れて来るのを感じた。目の前にいる男を殺したい衝動でいっぱいだが、頭は冷たく冴えていた。
弾の切れたサブマシンガンを背中にしまいショットガンを抜くと弾倉に入っていたシェルを全て抜き、代わりに青く塗装されたシェルを6発こめる。スピンコックを行いゆっくりと歩を進める。
「ふんがぁぁぁ」
再び紅人に向けてガトリングガンが火を噴く。彼は先ほどと同じようにアクロバットで攻撃を交わし、ショットガンの引き金を2度引く。すると、ジャガノートの持つガトリングガンにドリルで抉ったような大きな穴が開く。
普通のショットガンシェルではこのような弾痕はつかないが、今撃ったのは対装甲ペレット弾である。普通のショットガンシェルは12個の鉛のペレットを飛ばす。しかし、対装甲ペレット弾は4個のチタンのペレットを飛ばす。チタンはロケットにも使われる軽くて非常に丈夫な金属である。ゆえに、合金でできた銃身くらいならた易く壊せる。
銃を破壊した紅人は素早くジャガノートの背後に回り膝の裏を撃つ。
硬いな。
関節回りを硬い物で固めてしまうと手足を自由に動かせなくなるので防御を薄くしざるを得ない。甲殻類のカニをイメージするとわかりやすい。足の節は動かせるように硬い殻で覆われていないのと同じだ。しかし、ジャガノートは防弾性の高い布か、極薄の金属で関節を覆っているようだ。
それでもこの破壊力は想定外だったようだな。
膝の装甲が剥がれて肌が見える。紅人は脇差を抜き膝の裏を斬りつけると赤い玉飛沫と共にジャガノートは膝をつく。膝の靭帯を断ったのでもう立つことはないだろう。彼は頭を掴んでヘルメットを脱がせると髪を乱暴に引っ張ってジャガノートの顔を見る。
肥大した瞳孔に抜け落ちた歯。劇薬を使った急速なドーピングの影響で細胞分裂が急速に進んだ結果だ。放っておいても死ぬが、紅人は決して油断しない。
彼はジャガノートの口をこじ開けると脇差を突き立て、刀身が身体の中に収まると腹側に切り裂く。完全にジャガノートが息絶えたのを確認すると脇差を鞘に納めしたいをうつ伏せに転がす。
「所詮勇者は英雄に勝てないということだ」
建物内に入った紅人達一行は子供たちがいる地下へ降りていく。階段を降りるとそこには暗い一本道の左右に鉄格子の部屋がずらりと並んでいた。作り的に1世紀以上前に使われていた牢獄をそのまま管理をせずに使い、意図的に汚くしているようにしか考えられない。
精神的に追い詰めて洗脳するためにここまでやるのは流石としか言えない。冷酷と言われる日本の諜報部でもここまですることはないだろう。
吐き気を催す匂いに耐えながら奥へ進むと鍵のかかった鉄の扉が現れた。
「中にいる」
亜里沙は激しく心臓が鼓動するのを感じる。
ドアは時代遅れの物理的な鍵で施錠されている。生憎ピッキングという技術はすでに失われたも同然でここにいるメンツでそれができるものは誰1人としていない。
「テルミットで焼き切れ」
紅人の指示で
「遮光モードにして離れてください」
全員が扉から3歩離れたのを確認すると導火線に火をつける。直視できないような炎が扉を一周するとこちら側に倒れて来る。耳障りな音が通路上に響くなか紅人はバトルゴールを外して中の様子を見る。
酷いものだ。この光景を見てそれを思わない人間はいないだろう。
「ターゲット確認!救出に移ります」
「待て」
ホワイトコンドル(亜里沙)が前に出ようとしたところを紅人は腕で制する。彼女は紅人の目を見てゾッとした。
タイマーを確認すると残り7分。
「全員その場で待機。私の許可があるまで部屋に入るな」
厳命した紅人は1人部屋の中に入り子供たちを見る。身体の欠損こそないが目が座っている者、錯乱して奇妙な言葉を唱え続けるもの、苦しみのあまり自傷行為をしている者もいる。
人間は情報に飢える生物だ。真っ暗で一切の情報を遮断された場所に1週間以上放りこまれ目の前で家族を殺されたのであれば無理もない。一部の者にしか薬を与えず嫉妬心を煽るのは天才と称賛すべきなのか迷うところだ。
「聞け、子供たち。私は柊紅人。君達を助けに来た」
子供達の視線が真ん中に立つ紅人に集まる。しかし、彼の目は決して優しくなかった。そればかりか子供達に苦痛を与えてきた大人と同じ目をしていた。
「しかし、私は差し伸べられた手を掴もうとしない人を助けようとは思わない」
「紅人!子供に罪はありません!」
任務中にもかかわらず名前を叫んでしまうホワイトコンドル(亜里沙)。
「お前は完全に精神を破壊された人間を治療することができるのか?」
ホワイトコンドルは反論が出来ずに固まってしまう。
「必ず治療してみせます!だから」
「今できないことをできると言うな」
紅人は通路中に声を轟かせる。
「それとも何か?お前はこの子供達をモルモットとして扱うつもりか?」
「違います」
「違わないだろう」
一瞬の間も無く紅人は否定する。
「完全に精神の壊れた子供は絶対に親のもとには渡らない。親には死んだと伝えられた上で政府が引き取りマリオネットとして扱う。都合の良い子に世界中やることは変わらない。だったらここで楽にしてやるのがせめてもの情けだろう」
ホワイトコンドルとしては受け入れられない。しかし、紅人の言うことの方が道理があるのは認めざるを得ない。それに欠けた心を埋めることはできない証拠が目の前にいるのだ。
「わかりました」
彼女は拳を固く握り、唇を噛みしめる。
「生きたい子は自力でこの部屋を出ろ」
紅人は真っ暗で汚い部屋を出る。
1人の子供が立ち上がって扉へ進む。足取りはおぼつかないがその目にはしっかりと決意が写っていた。部屋から一歩出たところでその少女は倒れる。床に激突しないように女の子を受け止める紅人。
「よく頑張った」
3度背中を軽く叩いた彼は少女を部下に引き渡しトラックに連れて行かせる。それを見た子供たちはゾロゾロと立ち上がり部屋を出る。想像以上に立ち上がった子供の数は多い。
最終的に3人の子が部屋の中に残った。1人は壁にもたれかかり目がとろけ、1人は壁に向かって話しかけ、1人は赤子のように這いずり回っている。
「今までよく頑張った。助けが遅くなってすまない」
紅人は拳銃を手にすると壁にもたれかかる少年に向ける。セーフティーを外して引き金を引こうとした時、後ろから声がかかる。
「ボス、傷は最小限にしましょう」
ブラックコンドル(穂波)は銃を下げさせた代わりに注射器を3本渡す。致死量の塩化カリウム水溶液だ。銃で頭を抜くより綺麗な死体になる。
紅人は銃をしまうと膝をつき子供たちの腕に注射していく。彼らの腕は酷いもので何度も注射された痕跡がある。栄養が足りていなかったのだろう。手足は木の枝のように細く脆く、肋骨が浮き彫りになっている。
安らかに。
3人の子供が息を引き取ったのを見届けた彼は3つの死体を抱き上げる。
「1体持ちましょうか?」
「これは私が負うべき責任だ」
彼は安らかに眠る子供を抱えて建物を出た。
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