BLACK HAWK

大原陸

第1部

第1話ジョージ・マイケル 1

  2118年4月7日。武装運輸会社BLACK HAWK の若き社長である柊紅人ひいらぎくれと(ビジネスネーム)は始業式に出席した後、その足で総理官邸を訪れていた。彼の仕事に迫る前にまずは、この100年間で大きく変わった世界について説明しなければならない。

 

 この100年間で世界は3度目の世界大戦を経験した。

  2050年に世界人口が90億人を突破した時には、マンション型の農地で水耕栽培の普及をする事で食糧難を乗り切った。気候に左右されない水耕栽培は常に一定の食料を供給できる画期的な技術だった。誰もが飢えることのないある意味幸せな世界だった。

  しかし、2090年。世界人口が100億人を突破した時、頼みの綱である水耕栽培でも食料の供給が追いつかなくなった。特に2050年以降、超高度経済成長期を迎えたアフリカ諸国の人口増加は爆発的で、国民の10人に1人は必要最低限の食事を得られない状況に陥った。

  この時の科学者たちは次のような見解を示した。

  『この先、20年以内に農業革命が起きず、世界人口が110億人を超えたならば必ず戦争が起こると』

  そして、タイムリミットである2110年が訪れた。結論から言って農業革命に成功したのは日本とフランスとロシアのたった3カ国だけであった。スーパーフローと呼ばれる収穫効率と加工効率に優れた遺伝子組み替え小麦をこの三カ国は日本主導で共同開発した。その結果、3国の食料自給率は110%に上った。

 農業革命こそ起こせなかった最先進国の面々だが、不測の事態に備え、一人っ子政策や、35歳以上の出産を禁止することで、自国の人口増加を抑えることに成功していた。それでも足りないぶんは高い金を出してスーパーフローで補った。

  しかし、アフリカ諸国は人口調整政策に失敗した上、農業革命も起こすことができなかった。国民の30%が栄養失調状態に陥ったアフリカ諸国が生き残るには食料を奪うしかなかった。

  同年4月、アフリカ諸国は「アフリカ諸国連合軍」と呼ばれる多国籍軍を結成しアラブ諸国への侵攻を開始した。これにより、第三次世界大戦の戦いの火蓋が切って落とされたのである。

  アフリカ諸国連合軍の侵攻を受けたアラブの国々は彼らと同じように多国籍軍を結成しようとした。しかし、宗教上の理由で団結することが出来ず、次々とアフリカ諸国連合軍の前に敗れ去った。同年6月。アフリカ連合軍はアラブ諸国を農地にするため、村や人をことごとく焼き払った。

  同年7月。今まで静観を続けていた国際連合だが、アフリカ連合軍がアラブの占領地にしたことは虐殺であり、決して許されることではないと声明を出した。直ちにアラブ諸国を解放しなければアメリカ、中国、イギリスの三国さんごくを盟主とした軍による報復攻撃に出ると通告した。

  手に入れたアラブの地を手放しては自国の国民を飢えさせることになるアフリカ連合軍は、同年8月にアフリカ大戦と呼ばれる徹底抗戦を開始した。

  この時、農業革命を起こした日本、ロシア、フランスの三カ国は『RFJ《ラフジェ》(Rossiya France JAPAN)協商』と言う軍事同盟を結び、この度の戦争では物資運搬などの後方支援に徹することにした。表向きの理由はスーパーフローの開発に多くの費用を投じていたため軍事力が弱体化し、役に立たないからである。しかし、本当の理由は真の敵が誰か見極めるためである。

  2110年6月。アフリカ大戦は国連軍の勝利に終わった。ただし、開戦当初の見立て通り国連軍の圧勝というわけではなかった。アメリカは建国以来始めて本土に空襲を受け、イギリスは多額の出費から財政破綻寸前に追い詰められ、中国は地上戦を繰り広げたため農地の半分を失った。そして、戦勝国であるはずの彼らは多くの食料を失い、自国民を養えなくなった。

  そこで彼ら国際連合盟主三国は今回の功績の対価としてRFJにスーパーフローの。すなわち、研究に携わった研究者を無償で提供するように要求した。タイやインドには要請があったため、安価でスーパーフローのを提供したが、30年にも及ぶ長い歳月と40兆円を超える多額の費用を投じて開発したスーパーフローそのものを無償で提供することなどできるはずもなかった。

  同年8月。国際連合盟主三国はスーパーフローの開発者であるRFJ協商を世界の秩序を乱す者として宣戦布告をした。アフリカ大戦で消耗しているとはいえRFJ協商が盟主三国とまともに争っては勝ち目がないのは火を見るより明らかだった。そこで彼らは盟主三国を打倒するために奇策に打って出た。

  まず初めに日本は国防のほとんどをロシアに任せ、アメリカ、中国本土上陸作戦に備えた。次に、数で劣る協商側は盟主三国の大統領、大臣、軍の上層部を片っ端から暗殺していった。さらに、指令系統が崩壊した盟主三国は後方支援を担っていたフランスの巧みな情報操作により、仲間割れをした。

  2115年。RFJ協商は同士討ちで弱った盟主三国に上陸。分裂した盟主三国はいともたやすく降伏した。そして、第三次世界大戦は終戦を迎えた。

  この大戦での総死者数は60億4000万人。内訳は30億人がアフリカ人、10億人がアラブ人、15億人が盟主三国の民、あとの5億人がその他の国である。皮肉なことに、戦争で世界人口が大きく減少したことで、食糧危機は去った。

  終戦後、RFJ協商はインドとタイを仲間に加え、国際連合の常任理事に就任し世界を復興へと導いた。


  第三次世界大戦初期、日本が盟主三国の後方支援をしていた時に多くの輸送会社が立ち上げられた。その中でも紅人くれとが運営する武装運輸会社BLACK HAWK は、若くして退役軍人となった彼の父が大戦前に立ち上げたものである。死神の異名を持つ軍人であった父は退役後も政府から頼られ、おおやけにできない政府の荷物を運搬したり、アメリカ大統領の暗殺をしたりしていた。しかし、その父も3年前の2115年、中国国家主席暗殺計画の最中に殉職した。その後、紅人は弱冠15歳にして社長の座に座った。彼が社長に就任してからは運輸業以外の軍事産業にも手を広げ、会社を成長させてきた。今では年商1兆円、総資産6兆円、国内でも指折りの企業である。

  今日も紅人は政府が公に動くことのできない仕事を代行するために総理官邸そうりかんていを訪れている。仕事の内容は多岐にわたるが、ほとんどが国家機密に関わる危ない仕事である。

「武装運輸会社BLACK HAWK 代表取締役柊紅人です」

 紅人は第2応接室と書かれた部屋のドアを三度ノックする。

「紅人君、進級おめでとう」

「ありがとうございます。閣下」

 紅人は中から出てきた防衛大臣と握手をかわすと部屋に入る。

「今お茶を運ばせるからかけてくれ」

 紅人は「お気遣いなさらず」と言って椅子にかける。

 3分ほどして防衛大臣の秘書がお茶を運んでくる。以前来た時の秘書ではなかったが、彼女が見た目ではなく、技術で雇われたのは明白だった。紅人が秘書の女性にお礼を言うと彼女は部屋から出て行く。これから始まる商談を自分が聞いてはいけない話だと言うことをわきまえているようだ。

「それで閣下、今日はどういったご用件で?」

「進級祝い……と言いたいところだが、今回は人を1人運んでほしい」

 大臣は紅人に極秘と書かれた紐付きの封筒を差し出す。

「拝見してもよろしいでしょうか」

「もちろんだ。見なければ話が進まんからな」

  紅人は封筒の紐を解き、中から白人男性の写真付きの資料を取り出す。

  白人男性の名前はジョージ・マイケル。フロリダ州在住の53歳で子供が3人。子供はいづれも23歳を超えており独立済み。妻とは2年前に死別しており、現在は独身。職業は思想家。2114年にRFJ協商に宣戦布告したことを批判し、ノーベル平和賞を受賞。その後アメリカ政府によって自宅に軟禁状態にある。

  戦時中政府の批判をしたら死ぬまで自由を奪われるのはよくある話だ。むしろ、家族が一緒に軟禁されていないだけマシだ。

「それでこの人を本国へ運べばいいんですか?」

「そうだ。ジョージ・マイケル氏は日本への亡命を希望している。しかし、軟禁されているため大使館に行くことができない。君にはそこを襲撃して彼をこちらに連れてきて欲しい」

 なるほどと紅人は納得する。第三次大戦終了後、日本は日米平和条約と日米安全保障条約あんぜんほしょうじょうやくをハワイに日本軍基地を置くことで結んだ。『言論の自由を守る』という大義名分があるとはいえ、同盟国に正規軍を送るわけにはいかない。だから、政府は信頼の置ける民兵組織に頼るしかないのだ。

「期間はどれぐらいでしょうか」

「22日までで頼めるか?」

 紅人はあごに手を添えて考えを巡らす。

 2週間だと日程的に空輸するしかない。明日から準備するとして、装備と編成を整えるのに2日。行き帰りで1日。予備日2日で、差し引き作戦可能日程は9日。9日で警備状態を把握して、隙を伺う。

 不足の事態があった場合、予想される敵の最高戦力は、出てこないことを祈りたいが、アメリカ空軍の最新鋭さいしんえい戦闘機F-52インパルス。自動誘導ミサイルを12本も積みながら、マッハ2.4を出せる化け物戦闘機に追われたらかなりめんどくさい。

 数分、思考を巡らせた紅人は難しい顔で口を開く。

「できないことはありませんが、かなり無理をしないといけませんね」

「40億でやってくれないだろうか」

 40億とは我が社の量産型戦闘機「隼」が3機作れないぐらいの値段だ。言い方を変えれば戦闘機2機までは損失できると言うことだ。

 ここまで最悪の事態を想定して話を進めてきた紅人だが、最悪の事態に陥る仕事は年に一件もない。いつものように、バレないように襲撃し、バレないうちに逃げ帰ってしまえば銃器の弾代と飛行機の燃料代だけで済むからボロ儲けだ。

「私と閣下の仲です。少しまけて36億でお受けしましょう」

「ありがとう!紅人君!」

 2人は立ち上がり握手を交わす。

 握手を解いた紅人はカバンから契約書を出し、軽快に万年筆を滑らして行く。2118年現在。普通の会社なら契約書はデータで作るのが一般的だ。普段は紅人もそうだが、政府の裏仕事の契約書だけは別だ。いくつか手書きで契約書を書く理由はいくつかあるが、最大の理由は偽装を防止するために本名で契約書を交わすからだ。

 彼の仕事はいわゆる堅気かたぎのものではないので、契約書の重要性が普通の仕事に比べて高い。彼と同じように政府の裏仕事をしている他社が、我が社に金を払わせようとして契約書を偽装ぎそうし、上手くいった場合。関係なくても金を納めなくてはならない世界なのだ。

 紅人は契約書の最後に「鷹月 隼人たかつき はやと」と本名で署名し、判子を押す。

 契約書を受け取った大臣は「大倉大輝おおくらだいき」と署名すると懐から端末を出し、契約書をスキャンする。およそ40年前まではコピー機が活躍していたが、現在はこの携帯型スキャン端末にとって代わられている。この端末でスキャンされたものは全て政府のオフラインデータ保管庫へ保存される。紅人との契約は最重要機密なので、総理の権限がなければデータの消去もできない安心設計だ。

「それではいつも通り3日以内に前金として半額。成功したら残った18億を現金か小切手で収めてください。前金がいただけなかった場合はそこで契約打ち切りですのでしからず」

「まぁ待て紅人君」

 大臣は退室しようとする紅人を呼び止めると部屋の隅にある巨大な金庫を開ける。その金庫は今時珍しく、静脈認証キーや生体認証キーが一切使われていない年代物だ。

 大臣は中から次々と一億円の入った紙袋を取り出し、その数を18個まで積み上げる。

「一緒に運んでやるから、持ってけ泥棒」

 紅人はぽかんと口を開け、状況を飲み込めないでいる。そんな彼を横目に先ほどの秘書がやって来て、台車を3台持ってくる。大臣と秘書は次々と一億円の入った紙袋を乗せ、1つあたり60kg、つまり6億円が乗った台車を3台手早く作る。

「紅人君、いつまで口を開けているのかな」

「失礼しました」

 紅人は軽く頭を下げると、秘書の後に台車を押して第2応接室を出る。エレベーターに行くまですれ違う人の二度見率が高かったが、紅人は気にしたら負けだと自分に言い聞かせる。


 総理官邸を出ると向こう側の車線にデカデカと飛翔する鷹の紋が描かれたワンボックスカーが一台止まっている。どこからどう見ても怪しい仕事をしている車にしか見えない。事実そうなのだが、創業以来使い続けているマークだから仕方ない。

「紅人〜迎えに来たぞ〜」

「大声で人の名前を呼ぶなと言っているでしょう。あずま君」

 問題の車から紅人の部下が出てくる。彼の名前は東 直己あずま なおみ。年齢は30歳で、今は髪を赤色に染めているが、ちょくちょく変わる。簡単に言うとチャラ男だ。ちなみに、見た目通り性格もチャラ男で生粋きっすいの女たらしである。社内恋愛は禁止していないけれども、女性の部下達のガードがもう少し緩かったらと思うと悪寒がする。

「とっとと金を積みなさい。今日から忙しくなりますよ」

 4人は18個の紙袋をワンボックスカーの後部座席に積み上げる。

「前金は払った。後は頼んだぞ!」

「我が社の名にかけて必ずや」

 助手席に乗った紅人は車を出すように指示する。大臣と秘書は紅人の乗った車が見えなくなるまで見送った。

「よろしいのですか。あのような子供に任せて」

「何のことだ?」

 大臣は秘書の質問にとぼける。

「何やら大切な仕事を任せたご様子でしたので」

「彼なら大丈夫だ。人間を超えた人間。それがBLACK HAWK 代表取締役柊紅人。その男が死神と畏怖された父が集めた部下を率いている限りミスはせんだろう」

 大臣は満面の笑みを浮かべている。

 武装運輸会社BLACK HAWK その若き社長である柊紅人は裏社会の人間である。彼は優秀な社員を従え、今日も荷物を運ぶ。













 
































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