第35話 オレ達のエピローグ

      ◆



「っつーわけさ」


 話し終えた詩志は、小さく息を落とす。


「これで全部の伏線は消化していると思うけど、何かあるか? あったら小説のあとがきにでも書いておくよ」


「……」


 しかし、ぼく達は誰一人として口を開くことが出来なかった。

 ツッコミの言葉すら出来なかった。


 驚愕。

 あまりにも次元が違い過ぎる。


 ぼくだけじゃなく、みんなもそう思ったはずだ。

 並大抵の人では、ここまでの発想には――


「――にゃー」


 その時、喋ることが出来る一『匹』が声を上げた。それをきっかけに、ぼくはやっと言葉を発することが出来た。


「すげえな、お前……」


「ん? そうでもないよ」


 大口を開けて、詩志はソファに踏ん反りがえる。そしてひょいと首だけ戻すと、


「こんな考えは誰でも、少しの思いつきがあれば、スルスルと考え付くよ」


「その少しの思いつきが出来ないんだよね」


 夢が感慨深そうに頷く。その横で、


「私にはさっぱりだよ」


「わたしもー」


 杏と美里が両手を上げながら、二人同時に後ろへと倒れこんだ。そこに一呼吸置いて、


「……俺も、まだまだ考えが足りないな」


 改多も同様に倒れこんだ。そんな彼を見て、誠は苦笑を浮かべ、


「えっと……この流れだと、僕もやらなきゃ駄目かな?」


「……誠、お前が決めろ」


「んじゃ、えーい」


 みんなと同じ行動をしようとする誠に、ぼくは素早くイタズラを仕掛ける。


「あ、誠! お前の後ろに美里が――」


「え、ええ!」


「いなかったりして!」


「も、もう。やめてよね……」


 倒れこんだ後、誠は複雑な表情でそう抗議してきた。いても、惰性に任せた振りして飛び込んだんだな、あれは。


「このラッキースケベ」


「何もしていないよ!」


「じゃあ、ラッキースケベ未遂」


「言い掛かりだよ!」


「じゃあ、おれもラッキースケベで――」


 そう言って、悠一が杏のいる位置にダイビングを決め――ようとした。

 けれど、夢の蹴りが決まっただけ。

 悠一は、お空のお星様ならぬ、地下室のガラクタとなりました。

 ある意味、輝いていたけど。


「……っていうか、今回の宣戦布告さあ」


 吹き飛ばされた悠一が、身体を開いてそう呟く。


「情報があっても、ぜーぜん判らなかったよ……」


「あたしも、なーんもだね」


 夢まで倒れこんでしまった。

 これで6人、身体を開いて寝ていることになる。


「おいおいおい。夢まで寝ちゃうと、ぼくもそうしなくちゃ……」


 そう理由を付けながら、身体を倒そうとしたのだが――


「オレが先だ!」


「何でだよ!」


 先に詩志がひっくり返る。ってか、みんなが詩志の計略に感心の声を上げて倒れているのに、当の本人がどうしてそうなるんだよ。理由がないじゃないか。

 ……まあ。


「そんなことはどうでもいいか」


 嘆息して、やっとぼくも仰向けになった。

 地下室の天井の電球が、まるで太陽みたいに眩しかった。思わず眼を細め、拳を突き上げてその太陽を隠す。

 そして、ふと気付く。


 それは――ガッツポーズの形であると。


「――はは」


 不意に嬉しさが込み上げてきた。

 ぼく達は、勝ったのだ。

 大きな敵に、勝ったのだ。

 それは喜ぶべきことだし、実際こうして嬉しい。


 だが――

 ぼく達のゴールは、ここではないのだ。

 ぼく達の敵は、さらに大きいのだ。


「なあ、詩志。これからどうするんだ?」


「うーんと……しばらくはこのままだな」


「そのまま?」


 その驚きの言葉は、夢のもの。


「この学校を掌握したんだから、次の段階に……」


「そうだよ。今が一番チャンスだよ」


 美里も賛同の声を上げる。だが、そこで改多が平坦な口調で、


「……違う。俺達は、まだ、この学校を掌握していない」


「え?」


「……生徒だけは掌握したけど、まだ肝心な所が掌握できていない」


「あ、分かった。先生だね」


「正解だ、誠」


 手帳を捲る音と共に、悠一が答える。


「教師陣の中には今回の1年生勝利のシナリオに不満を持っている者もいる。3年生が1年生の下につく、ということに――いや、正確には、3年生が下級生の頭脳を奪えなくなったことにな」


「どういうことー?」


 杏がのびのびとした声で問い掛ける。


「だってー、その方が学校側にもいいんじゃないー?」


「学校側にはね。でも――」


「個人だったら、ってこと?」


 悠一が続けようとする所に、夢が割って入った。その問いに解答したのは、詩志。


「その通り。平たく言うと――教師が生徒を使って頭脳を奪っていた。そういうことだな」


「学園漫画にはありがちな展開だね」


「呑気な発言だけど美里、結構深刻だったんだぞ」


「ふぇ? そうなの?」


「考えてみろよ。どうして本郷がいたんだ?」


「え? それは……お母さんから産まれたからじゃない?」


「そういうことじゃない。あんな大々的に不良を名乗っているのに、どうしてこの学校にいるのかってことだ」


「うーん……先生も怖がっていたんじゃないかな?」


「そう思うだろうが、今回の勝負を見た通り、あいつはそんなに強いわけじゃないだろ?」


「海斗君が強すぎるんだよ」


「いや、本当に弱かったよ、あいつ」


 中の中辺りかな。


「まあでも、確実に言えることは、全校生徒を従えるような強さではなかった」


「それに強さをつけたのが、先生が手出し出来ないといった形と、あいつは強いという噂だ。ここまで言えば判るだろ?」


「先生側で、今の本郷を作り上げた、ということだね?」


「そゆこと。だから強くないことを露呈してしまった本郷のせいで、その教師も困っているんだよ」


「それは自業自得でしょ」


 ぼくの右方向に転がっている夢が、眉を寄せる。


「だったら、それこそ、今の内に学校を掌握しちゃった方が――」


「そしたら、黒幕の教師があぶり出せないだろ? もしかしたら、学校ぐるみでの計画かもしれないしな」


 そこで、ふふ、と含み笑いをする詩志。


「このオレに、公的な発言をする機会はしばらく来ないだろう。だが、ある時期にそれは絶対に来る。その頃がベストなんだ」


「ある時期……?」


「それはまた、別のお話だな。それまで半年以上あるし……」


「……そんなにのんびりしていいのか?」


 改多が、少し不満を混ぜた声で訊く。


「……そうしている間にも、日本でこのシステムの犠牲者が出る。この学校の先生だって、何らかの方法に出るかもしれない……」


「犠牲は付き物。仕方ないさ。オレ達は全知全能じゃないんだから」


 割り切った考えだ。だが、正しいことでもある。


「ここで失敗すれば、助かる人も助からない。大局を見れば、ここでタメを作るのはある意味必要なんだよ」


「……」


「それに、そんなことを言うなら、中学生の時期に宣戦布告して実行するべきだろ? それをしなかったんだから、賢いお前は、そこんとこ了承してくれていると思ったんだけどな」


「……それでも、現状を見たら、そう思ったんだ」


 その改多の言葉に、詩志は「んー」と声を伸ばすと、少し低い声で、


「……なあ、改多。いや……みんなにも言えることだけどさ、もしかしてこう思っていない?」


 言葉を切って、詩志は、はっきりと言い聞かせるように告げる。


「『オレ達は正義の味方だ』って」


「……正義の味方……」


「2年生との勝負の時にも言ったけどさ、それは、全体にも言えることなんだよ」


『正義の味方』

 確かにそう思っていたかもしれない。

 この国を正しい方向へ変えることを、自分の利益のためではなく、自主的に行おうとしているのだから。

 そんなことをする人間達のことを、正義の味方と言わずに何と言う。


「……でも、オレはな、お前達の高校生活まで奪うつもりはないんだよ」


 少し弱弱しく、詩志はそう言った。


「正義の味方だと、無償で、相手が助けを求めたら必ず助けなきゃならない。それは他人にとっては羨望の的だが、本人達にとっては苦痛でしかないからな」


 ふう、と息を吐く音。


「オレ達は、ただの普通の高校生でもある。せっかく入ったんだから、高校生活を満喫しようじゃないか」


「……そうだな。すまない」


 息を吐く音がまた聞こえたが、これは改多のものだろう。


「……このことは、気が向いたらやる、程度の認識でいいんだな?」


「おう。ただし、時期が来たら絶対に気が向くけどな。……そうだ!」


 パン、と乾いた音が鳴り、詩志の高揚を抑えたような声が続いた。


「一応、宣言しておくか」


「宣言?」


「おう。宣言だ。オレ達が何をしなくちゃいけないか、ってのをな」


 その詩志の言葉が何を意味するか。

 ぼくには、いや――ぼく達には分かっていた。


「ああ、一応、細かい確認をすると、これから勝負するのは生徒ではなく、かといって教師だけじゃない――ここまで言えばもう判るな?」


 ここからでは表情は分からないが、詩志は大きな笑みを浮かべているのだろうと予想がつく、そんな楽しげな声だった。

 だからぼくは、返してやった。


「ああ!」


 大きな笑みを。

 それは7人、同じだった様で――


「当たり前じゃん!」

「大丈夫ー」

「おお!」

「オッケー!」

「判っているぜ!」

「……うん」


 肯定の声が、地下室に充満する。

 ――そこで。

 詩志がいるであろう方向で、ゆっくりと拳が挙がる様子を、眼の端で捉えた。

 それを見たぼくも、自然と拳をつき挙げていた。


 意思疎通。

 続々と、周りから拳が掲げられた。


 瞬く間に、八つの手が、円状に並ぶ。

 そして、まるでタイミングを計ったかのように――



「オレ達は――」

「おれ達は――」

「あたし達は――」

「僕達は――」

「わたし達は――」

「俺達は――」

「私達は――」

「ぼく達は――」





「この学校に――宣戦布告する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オレは上級生に宣戦布告する 狼狽 騒 @urotasawage

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

サポーター

新しいサポーター

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ