第5話 オレ達は仲間という言葉を決して笑わない
◆
杏が担当したクラスの説得は、思ったよりも難航した。
杏は、詩志の言ったことをそのままきちんと伝えていたので、ほとんどの人は首肯していた。だが、ある一人の女生徒の言葉が彼女を困らせていた。
「私、上級生に彼氏がいるから、いや!」
そこで思わず杏は頷いてしまったらしい。その途端に女生徒は眼を輝かせて「ね、そうでしょ! あなたにも分かるでしょ!」と凄い勢いで迫って同意を求めてきたが、杏はこう返してしまったそうだ。
「あ、でもごめんなさいー。私、彼氏いたことないんでやっぱり分かりませんー」
その瞬間から女生徒が目の色を変えて杏を侮辱し始め、それが今の今まで続いているということらしい。
「もう15週目だよぉー」
杏は泣きそうな顔で夢に抱きついた。どうやら侮辱の言葉がループしているらしい。耳を傾けると、こんな感じだった。
「――あんたみたいな美人な人に彼氏が出来ないわけがないし! ああ、そうか。男をとっかえひっかえしているから彼氏いないんだぁ。そうかそうですよね、さすがですねぇ。私には到底真似ができませんよ。このアバズレが。あんたみたいな人に分かるわけないよね。そうだよね、この最低女!」
いずれにしろ、反吐が出るような言い掛かりだった。
「あんたねえ――」
夢が怒りを露わにしてその女生徒に掴みかかろうとする。だからぼくは、すぐさま彼女の前に立ちはだかり、彼女の進行を妨げる。普段のぼくなら間に合わなかっただろうが、杏が泣きついていたことが効を奏し、彼女の初歩を遅くさせた。
ここまでは予測通り。
だが――ここで予想外。
ぼくも怒りを抑え切れなかったのだ。
「なあ、いい加減にしろよ」
表面上は笑顔だったと思うが。
声音は静かだったと思うが。
ぼくは、とても怒っていた。
「――ッ!」
ぴたり、と女生徒の罵倒が止まる。
ぼくは笑顔のままで続ける。
「お前に杏の何が分かるんだ? 杏が男をひっかえとっかえしているなんて、どこの誰が言ったんだ? あ?」
「そ、それは……う、噂で……」
「噂? そんなことを聞いているんじゃねぇよ。どこの誰がそう言ったんだって聞いているんだ。言えよ」
「あ、あの、えっと……その……」
どんどん顔が青ざめていく女生徒。
「言えるわけないよな。杏をきちんと知っている人間は、杏のことを絶対に悪く言わない。それは老若男女関係なく、な。男が振られて悪い噂を振りまこうと思うような、また、女子が影で悪口を言おうとするような、そんな普通の人じゃないんだよ。いい意味でな。だから、こういうことを言い出すのは、決まって杏を知らない人間――そう、例えばお前とかな」
「う、うう……」
顔を真っ赤にしてぼくの方を睨んでくる。気が強く、負けを認めない人のようだ。こういう人が次に言いそうなことは大体判る。
「あ、あんた……」
嘲る様な表情で彼女は言う。
「何でそんなに必死なわけ? その――」
「『その女のことが好きなんじゃないの』ってか?」
「ッ!」
予想通り。
馬鹿すぎて話にならない。
「話を摩り替えて、それが出来なくても相手に一泡吹かせたいと思う。傍から見ると判るが、何の意味のない、愚かな行為だ」
「へ、ヘ理屈を……」
「その言葉、便利だよな。それだけで相手の正論が間違ったものだと自分に認識させちまう。まあ、ぼくが思うに、ヘ理屈って言葉自体がヘ理屈だよな――なんてパラドックス的なことはどうでもいいか」
こんないかにも頭がいいんです、みたいな語りはしたくないんだよな。
だけど、圧力をかけるには適しているんだよな、これ。
仕方ないから、キャラ変えてそれでいくか。
「さて、仮にお前が言ったことが正しいとしようか。ぼくが杏のことが好きだと。で、それがどうしたんだ?」
「ど、どうしたって……」
女生徒は口をパクパクさせる。次の言葉を探しているが、どうも見つからないらしい。やがて、その口は閉じられる。
「な? どうもならないだろ? 結論はこうだ。こんなことも相手に言われないと分からない程、お前は愚かなんだよ」
「…………」
女生徒はわなわなと肩を震わせる。だが不意に、キッと顔を上げ、
「い……言い掛かりだわ!」
「……は?」
「ふん」
女生徒は鼻を鳴らす。
「本題から逸れたそんなこじ付けで私を言い包めて、それで逃げたつもり? あんたはそうやってあの杏って子が好きなことを言うのを逃げたのよ!」
「はあ?」
呆れることしか出来なかった。
本題から逸らして、言い掛かりをして、逃げているのは、どう見ても目の前の女生徒。言っていることが支離滅裂で、破綻している。
「――ああ、もう。こんだけ分かり易く説明しても無駄かよ」
自分のキャラに合わないことをするんじゃなかった。ちょっと詩志に言われたことが頭に引っ掛かっているのかな。
ま、どうでもいいか。
「本当に面倒くさいな、お前」
ぼくは女生徒に指を突き付ける。
「いいか? お前が知りたいことを、きっちりはっきり言ってやろうじゃねえか」
それを真後ろに向ける。
「杏、ぼくはお前のことは好きだけど、恋愛感情としては好きじゃないよ」
「あ、うんー。私も海斗君のことは好きだけど、海斗君に恋しているわけじゃないからー」
「お前……」
思わず振り返ってしまった。
「素直すぎて少しショックだよ。こうやって自分のことを必死で庇った人間を好きになるのが定石だろうが」
別に恋して欲しかったわけじゃないが。まあ、間違ってもそうならないことは、端から判っていた。杏は、見た目は大人、精神は所々子供だからな。その所々の中に、恋愛感情も入っているのだけれど。
「そういうものなのー?」
「そういうものなんだよな」
杏は不思議そうな顔で、うーんと唸る。
「あ、でも、カッコいいとは思ったよー」
「そりゃありがとさん。――さて」
と、女生徒の方を見る。
「こうやってライトノベルがいかに非現実的なのかをこうやって身を持って証明したわけだが、どうだ?」
「あ、あんた達……」
女生徒の眼が大きく揺れている。
「おかしい……狂ってる!」
「何が狂っているんだ?」
大げさに手を広げ、ぼくは語る。
「互いに相手のことが好きだけど、恋愛感情は持っていない。ただそれだけじゃないか」
「あんた達、幼稚園生?」
侮蔑の眼差し。
「高校生にもなって男女で恋愛じゃなくて仲良く出来る? はっ。笑い者だね」
「笑えば?」
こちらも、冷たい視線を彼女に浴びせる。
「こうして目の前にいるんだからさ。ほら、笑えよ」
「……可哀想過ぎて笑えないわ」
「どっちだよ」
しかも、それはこっちの台詞だけどな。
女生徒は唇の右端を歪める。
「どうせお互いの腹を探り合っているだけでしょう。あーあ、怖い怖い」
「内容によるだろ」
彼女の嫌味を軽く一蹴。
「相手を貶めるようなことじゃなきゃ、別に腹を探ってもいいじゃないか。そんなことは、ぼく達は絶対にしない。何故なら――」
そこで言葉を区切り、ぼくは堂々と言ってやる。
「ぼく達は仲間だからだ」
「へ……」
ぼくのその言葉に、女生徒は、一瞬、キョトンとした顔になった。
が、すぐに――
「仲間ですって? ぎゃははははははははははははははははははっ!」
大きく、馬鹿にするような笑い声を、叫ぶように発した。
「何よそれ、小学生かっつうの!」
微妙に昇格した。
「アホじゃないの? 仲間とか、あーあ。気持ち悪い」
「……なあ、お前、知っているか?」
気持ち悪いと言った彼女に、ぼくは静かに侮蔑を込めた言葉を紡ぐ。
「何よ?」
「恋人にしたい人と恋人になった人より、仲間になりたい人と仲間になっている人の方が多いんだぞ」
「はあ?」
女生徒は素っ頓狂な声を上げ、ケッと言葉を吐き棄てる。
「それが何よ。ホント馬鹿らしいわ」
「馬鹿か。それはどうかな」
そう言いつつ、ちらと後方を確認する。
そして、ぼくは笑みを濃くする。
「な、何を笑っているのよ!」
「あんた、仲間のことを笑っていたよな」
「ええ、そうよ。本当にお子様で馬鹿らしいわ」
「お子様で馬鹿らしい、か」
ふん、と鼻を鳴らし、本当に馬鹿らしいのはどっちなんだ、という侮蔑の意味を込めて見下したように彼女を見る。
「でもな、さっきも言っただろ? 仲間になりたい人と仲間になっている人の方が多い、と」
「それがどうしたのよ!」
「だからな――」
「こういう時に助けてくれるってことだよ」
頭を掻きながらそう言って入室してきたのは――詩志。
そしてその後ろを、誠、改多、悠一、美里が続く。
「お前ら……」
ぼくはやれやれと溜め息を吐く。
「いつからそこにいたんだよ」
「ついさっき。おお、グッドタイミング!」
「嘘つくな。ずっとお前のアホ毛が見えてたんだよ、詩志」
「バレてたか」
気付いたのはちょっと前だったけどな。
「しっかしお前……こんな女に手間掛けてるんじゃねえよ」
「仕方ないだろ。久しぶりに本気で怒っていたんだから。思考が少し鈍ったんだよ」
「怒っていても、やる気がないのがお前じゃないか」
「仲間が侮辱されていたら、さすがにやる気も出すよ」
「ほう、そりゃいいことだ」
にっこりと笑う詩志。そして視線をぼくから女生徒に移すと、
「で――何なんだ、お前?」
表情を一変させる。
「ああ、名前なんだっけ。なあ――悠一?」
「
さらりと名前を口にする悠一に、女生徒は信じられないという表情で指を差す。
「な、なんで私の名前知ってんのよ! す、ストーカーなのっ!」
「何言っているんだ? お前になんか魅力を感じねえよ」
悠一は不愉快そうに顔を顰める。
「お前なんか、ここにいる3人の誰の足元にも及ばないブサイクだよ。自意識過剰だ、バーカ」
「……ッ!」
悔しそうに表情を歪めて、玖堂は唇を噛み締める。この人が不細工だとは言わないが(確実に性格は不細工だが)杏、夢、美里の3人は、ベクトルが違うが魅力的な女性であることは間違いがなかった。
杏はショートカットがよく似合う妖艶な美女。
美里はウェーブの掛かっている髪が靡く、ふわふわして可愛い女の子。
夢は真っ直ぐなロングヘアに合う、キリッとしたカッコいい美少女。
前述の通り、女性の細かい表現をすることが苦手なぼくだが、それでも3人ともジャンルは違えど、ナンバーワンを争う容姿の持ち主であるということは断言出来る。
因みに、男の方はそんなに目立った人物はいない。寡黙な改多がカッコいいと言われていたり、誠が男らしいと言われていたりしている程度だ。
だがその代わりといってはなんだが、ぼく以外は、みんな凄い能力を持っている。
例えば――
「玖堂泉。一六歳。――ああ、一浪してんのか」
轟悠一。
普段はお調子者の彼は、驚くほどの情報能力を有している。
彼が胸元から取り出した手帳には、全生徒どころが、この地域全員の名前が書かれていると噂があるくらいだ。本人にそのことを訊いても「黙示録だ」と言って教えてくれない。この台詞から判る通り国語は苦手であるが、情報能力のおかげで相当助かっているらしい。それでも平均点以下なのは、彼曰く「単純に嫌い」だからだそうだ。
「んで、一浪したのは学力が悪かったから。なのに今年は入れたのは……ああ、彼氏のおかげね。
「ど、どうしてそんなことまで……」
「おれの情報網をなめるなよ」
焦りの表情を見せる玖堂に嘲笑を投げ、悠一は手帳のページを捲る。
「おっと、そういうわけか。だからこのクラスのみんな、お前が騒いでも何にも言っていないんだな」
「なっ!」
「ん? どういうことだ?」
悠一にぼくは問い掛ける。実はそれはぼくも気になっていたことで、彼女があんなに罵倒していたのに、クラスの人達は眼を逸らして、何だか怯えているように見えた。加えて、ぼくが彼女を圧倒し始めると、その表情がどんどん希望に満ち溢れていった。単純に彼女が嫌われているのだと思ったが、そういう反応とは少し違うようだ。
「簡単なことだ」
悠一は手帳を閉じ、忌々しげに玖堂に視線をぶつけた。
「こいつはその3年生の威厳を使って、このクラスを支配していやがった」
「……ッ!」
「汚い奴だな。反吐が出るぜ」
悠一がここまで嫌な顔を見せるのは久しぶりだった。しかも、かなりはっきりと言葉や態度で表すということは、余程頭にきているんだろう。基本的に悠一は人には好意的で、こんな敵対の意思を見せるのは極めて珍しい。
そんな稀有な悠一を呼び出した張本人は、涙を流してへたり込み、必死にぼく達を睨み付けていた。
「な……何なのよ、あんた達……ありえない……」
「おい、最低女」
そこで詩志が侮蔑の言葉を投げつけながら、ゆっくりと彼女の前まで移動し、視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「な、何よ」
「安心しろ。上級生に彼氏がいようがいまいが関係ない」
「……は?」
そう口をあんぐりと開ける玖堂に対し、詩志は天使のような優しい声で囁く。
「言い忘れていたが、オレ達が上級生に勝利しても、上級生の頭脳を奪う気はないんだよ」
「ほ、ホントッ?」
「ああ。――だがな」
一転して、悪魔の笑顔。
「当然、二度と力で頭脳を奪わせないようにはするがな」
「へ……?」
「ま、それでも今までの甘い樹液をもう一度吸おうとする馬鹿が出てくるだろうな。禁止っつったって、守らないだろうしな。どうしようかなあ?」
わざとらしく、詩志は顎に手を当てて唸る。
「あ、そうだ。そんなことをするような奴だけは例外だな。だからそいつだけは奪っておこうとするか。例えば――本郷剛のような奴とかな」
「そ、そんな……」
へたり、と放心する玖堂。頭を抱え、小さな声で「それじゃ……意味がないじゃない……」と呟いている。
「自業自得だ、ばーか」
詩志はそう嘲りの言葉を投げつけてから、教卓の上に立つ。
「さあて、1年3組の皆さん、聞いての通りだ。オレ達が勝ったら、こんな女には支配されない学校生活が送れるぞ。しかも、上級生からの弾圧を受けない、つまりは普通の学校生活が送れるんだ。だから、オレ達が宣戦布告をすることを受け入れてくれるな?」
その詩志の問いに対し、教室中に拳が一斉に挙がる。人々の顔はみんな明るく、ぼくらに希望を見出している眼をしていた。
と。
「あの……」
そんな中、一人の男子生徒が、そろりと手を上げた。
「どうしたの? えーと……」
「
「何?」
「さっき、皆さんだけで宣戦布告するって、そこの女子の人が言っていたんですけど……」
「不満?」
「いえ、違います。その、もし良ければなんですけれど……僕もその中の一人に入れてくれませんか?」
「へ?」
「あの放送の時には悩んでいたのですが、実際、皆さんを見て、決心がつきました」
この言葉に、ぼく達は非常に驚いていた。移動中に聞いた夢の話だと、他のクラスの人達は喜ぶだけで、誰もこのようなことを言わなかったらしい。自分が安全ならそれでいい、そういう人だけだったのだ。
なのにこのクラスは――「俺も」「私も」「僕も」と、次々と手が挙がる。
そしてついには、へたり込んでいる一人を除いて、全員の手が頭上にあった。
この反応は、正直とても嬉しかった。
だが――
「ありがとう。3組の皆さん。手を下ろして」
静かな声で、詩志は告げる。
「皆さんの気持ちはとても嬉しい。だけど、もうこの8人で宣言しちゃったから、変更できないんだ。ごめん」
「なら、僕達も同じように宣戦布告を――」
「それは駄目だ、三宮。そうすると他のクラスの人達が黙っちゃいないだろうさ。あくまで、賭けるのは、オレ達のモノだけじゃないといけないんだよ。そうやってオレ達は、周囲を説得してきたんだからさ」
「でも……それじゃあ僕達はただの卑怯者で……」
「……学年全体がお前達みたいだったら良かったのにな」
しみじみとした口調で、詩志が微笑する。
「気持ちは本当にありがたい。遠慮なく受け取っておく。でも今回は、オレ達だけ、という条件が、実は勝利への鍵にもなっているんだ。だからごめんな。だけど今後さ、必要となったら力を存分に借りると思う」
「……分かりました」
「マジでありがとうな」
柔らかい笑みを見せ、詩志はゆっくりと教卓を降りる。
そしてそのままいい雰囲気で3組を去ろうとした。
――のだが。
「ま、待ちなさい!」
空気を読まない女が1人、そこにいた。
「ああ、本気で忘れてた」
詩志は手を叩き、教室のみんなに一言付け加える。
「3組のみんな。こいつが何か上級生に言ったり力で奪おうとした時はオレ達の誰かに言えよ。ボッコボコに対処してやるから」
「大丈夫です」
三宮が立ち上がって胸を叩く。
「僕達はあなた達のおかげで、彼女と、そして上級生と戦う意思がみんなに生まれました。だから、ここは僕達が力を合わせて対処します」
そうだよな、と三宮が呼び掛けると「おー」という声が一斉に返って来る。
「うん。なら大丈夫か。良かった良かった」
「良くないわよ!」
玖堂が顔を真っ赤にして叫び声を上げる。詩志は本当に面倒くさそうに頭を掻く。
「うざいな、もうお前の場所はどこにもねえよ」
「あるわ!」
「どこにだよ?」
「剛君よ!」
ビシッと指を突きつけ、玖堂はピーピーと喚く。
「あんたなんかに剛君は負けないわ! 見てなさい! あんた達は絶対に3年生には勝てないわ! 勝つのは3年よ! だからあんた達の夢物語はここで――」
「――うるせえよ!」
ついに、詩志の堪忍袋の緒が切れた。
……まあ、予想以上に持った方だとは思う。
物凄いスピードで玖堂の胸倉を掴み上げると、詩志は強く言葉を吐き捨てる。
「虎の威を狩る女狐が! オレはお前みたいな奴がだいっ嫌いだ! こういう奴は滅びればいい! お前の縮図が今の日本だ! 宣戦布告するのはお前みたいな奴を滅ぼすためだ! だからだ!」
そこで詩志は先程のような悪魔、いや、それ以上の――魔王の様な笑みを浮かべて、迫力のある声を放つ。
「オレ達が勝ったらお前は――殺してやる」
「ひ、ヒィッ!」
だらん、と力なく玖堂の両腕が垂れ下がる。涙を流し、口は半開きになっている。
「ケッ」
詩志は下卑たものを見るような眼で手を離す。
「嘘に決まってるだろ、バーカ」
「あ……あ……」
彼女にはどうやら届いていないようで、放心している。
「ま、いっか」
詩志はくるりと彼女に背を向ける。
「それでは3組の皆さん、一人を除いてありがとう。じゃあね」
そう声を掛ける詩志の後ろを追って、ぼく達は教室を出た。
◆
「あーあ。あの女のせいで時間食ったな。多分原稿用紙12、3枚は掛かったよ」とぼく。
「えらく具体的だね」と誠。
「ごめんね、わたしのせいでー」と杏。
「杏が悪いとこは一つもないよ。あの女がおかしいだけだって。だから気にしないで」と夢。
「……あいつは嫌いだ」と改多。改多にも嫌われるとは相当だな、あの女。
「ま、もう終わったことだし、次のことを考えようぜ」と悠一。
「そうだな。これで何とか昼休み中に1学年のクラス全部説得できて、2・3年とも確約をつけた。計画通りにことが進めて良かったよ」
さて、と右拳を左拳に打ち付け、詩志は口元を緩める。
「2年生との勝負の内容でも考えるか」
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