第2話 オレ達だけが集まる屋上で
◆
「やっぱり8人だけか。しかし、もう1人くらいいても良かったけどな。情けないぞ、なあなあ主義の現代人」
屋上の中心で、詩志が嘆きの声を上げる。その屋上という単語から、ふと、晴天じゃなかったらどうしたのだろうかということが頭に浮かんだのだが、実際こうして晴天なのでどうでもいいか、と思考を停止させる。
そんな春も真ん中な、このまま寝転がったら1時間目の授業に遅れること間違いなしの陽気の下、西校舎の屋上の真ん中にいる、ぼく達8人。
運がいいのか悪いのか(詩志に言わせるとバラケた方が良かったらしいが)クラスがみんな同じだったために他のクラスの様子が判らなかったので、ぼく達の他に誰かがここに来る可能性はあった。だが結局はこの通り、ぼく達だけしかいない。
ぼく達が通っている学校で、偏差値や進学実績はそれなりに良い方だったのだが、この地域の高校の中では、政府の発表後に一番荒れてしまった学校でもある。その事実を学校側は隠していたため、何も知らず今年度入学した新入生はすぐに後悔をすることになった。
ぼく達はそんな情報など、入学する以前から入手していたのだが、あえてこの学校に入った。詩志が言うには、計画を実行するためには、こういう高校から始めるのが必須条件らしい。
余談だが、入るに当たって誠と杏の2人が危なかった。まあ、詩志の『地獄の学力トレーニング』のおかげで無事こうして一緒にいられるわけだが……ぼくだったら絶対にもう二度と受けたくないと思うね、あれは。
そんなわけで、入学してから1ヶ月、この学校の様子を見つつ、自分の能力を各自抑えながら今日まで過ごしてきた。
そして、ゴールデンウイーク中に作戦を確認し、こうして実行した、というのが今までの経緯とぼく達の現状である。
「さて、考えうる最悪の状況から3番目の状況だが」
「でも、上から3番目だろうが」
「そうともいう」
考えられた状況は5つ。
一番良いのは、宣戦布告した相手がすぐさま降伏すること。これは一番良い方法だが、一番ありえない。
2番目は、同学年の誰かが参加すること。この状況を変えようとする心構えがある人がいれば良かったのだが、やはり負けた時のリスクが怖いのだろう。勝負を挑むということは、すなわち負けたら、公式的に頭脳を奪われるということ。そうなったら、とてもこの学校にはいられない。腐ってもここは進学校だし。
だからこそ――この学校が最適だったのだが。
まあ、それは置いておいて。
3番目がこの状況で、ぼく達8人が集まること。
その次に悪い状況が、ぼく達の誰かが来ないこと。まあ、それは当たり前のように心配していなかったが。
そして最悪の状況とは、宣戦布告すら出来ない――つまり教師も敵に廻すということ。
それは――まだ早い。
それが詩志の意見だった。まだってことは、ゆくゆくは敵対するつもりなのだろうが、その計画はまだ聞いていない。まあ、今は目先の計画を遂行しよう。
「海斗、美里、誠、改多、夢、悠一、杏。みんなよく集まってくれた。これでオレの計画が成功する確率は変わっていない」
「意味ないじゃん」
「ツッコミをありがとう、悠一。ついでに放送器具もありがとうな」
「おう。放送部だからな。先輩なんておれが口説いたら一発だったぜ」
「男性ばっかりだったけどな」
「はいはいー。それより詩志くんー、どうやって先生達を納得させたのー?」
ゆったりとした声を出しながら、杏が手を上げる。
「ここ頭いい学校だから、戦いますよーって言ったら、普通はダメって言うんじゃないのー?」
「条件を出したのさ。大体を言うと、授業にはきちんと出る、そして勝負するのは教師の前で、しかも休日に、ってとこかな」
不敵に詩志は口元を歪める。
「ま、先生達も今の上級生の態度には困っているみたいだしさ。進学校として誇っていたのに、こんな不良校になってしまったからな」
「そもそも進学校に不良がいること自体、元々おかしい話だけどね」
「ギリギリで入れたけど、高校の難易度の高い授業についていけなくなってグレちゃうことは意外に多いそうな。だからお前も危ないんだぞ、誠」
「ううん。僕にそんな度胸はないよ」
たくましい腕を振り、誠はそう否定する。そんな誠を見ながら、詩志は顎に手を当て、にやりと笑みを浮かべる。
「いや、そういう奴が意外と……」
「えーっ! いやいやないって!」
「……あのさ、詩志」
夢が腰に手を当て、綺麗な黒いロングヘアを揺らす。
「1時間目の始まりの時間に近いし、話を早く進めてくれない?」
「そうだよ。まだバナナ食べていないし」
「おう、すまんな夢。海斗、バナナはおやつだ。さっさと要件だけを伝えるぞ」
「どうでもいいが、バナナは野菜だ」
「知らん。本当にどうでもいい。――まず上級生徒の対決は、恐らく先に二年生、そして三年生になるだろう」
「二年生も、三年生に抑圧されているんだろうね」
「その通り。やっぱり美里は頭がいいな」
「えへへ」
「2年生は、3年生プラス今の大学1年生の世代の人にも抑圧されていたから、頭脳が弱っている人が多いだろうね。現在、オレ達の世代を狩っているのも主に2年生だしな。こんなチャンスを逃すはずがないし、3年生に与えるわけがない」
「まさに負の連鎖だね。だから最初に、2年生と戦わなくてはいけないんだよね」
「……違う」
と。
そこまで地蔵のように微動だにしなかった改多の口が、重々しく開く。
「……最初に戦わなくてはいけないのは、別にいる」
「そう。しかもこの後すぐにな」
「ええぇぇぇぇえええええええっ!」
去年の夏休みの時と同じ5人の驚き声が、屋上中を駆け巡った。
「ちょ、ちょっと待て、詩志。これから、って、そんな話聞いてないよ」
夢が言うことはもっともだ。詩志に言われた計画の概要はアバウトなもので、正確なことは聞かされていなかった。今日の昼休みに宣言することや、自分の特長を封印することだけで、この後の計画は後々に説明すると言われていた。それなのに、説明する暇もなくすぐに戦うと聞いては、驚くのは当たり前だろう。
「まぁまぁまぁ。戦うっていっても、口先だけだから」
「なんだ……」
ほっと胸を撫で下ろす5人。
「で、誰なのよ?」
眉を歪めて、夢が問う。
「誰って?」
「まず戦うのは一体誰なの、ってこと」
「ヒントをあげよう」
詩志は人差し指と中指を立てる。
「一つ、誰という特定の人物ではなく、集合体と戦う。あ、戦うって言い方は少しおかしいかもしれないけどな。そして二つ、この宣戦布告に確実に異を唱える人達」
「あ、分かった」
表情を明るくして手を一つ叩き、夢が人差し指を立てる。
「1年生ね」
「正解」
その言葉に、残りの4人が感心の声を上げる。
1年生、つまりは同級生。詩志の放送を聞いての反応を見ての通り、また、ここに来ているのがぼく達だけであるその事実からも判る通り、唯一、この宣戦布告でのリスクが大きいため賛成のしない学年である。
この学校は、1学年に7クラスだから、およそ280人。
その人数を納得させなけらばならない。
「オレ達は『1年生全体』として、挑まなくちゃいけない。だからまず、この学年の奴らに勝負を挑まなくてはいけない。そうじゃなきゃ上級生は、この宣戦布告を受けないだろうからな」
確かに。彼らはぼく達8人の頭脳を奪えても、大したことはないと思うだろう。
8人と280人。
35倍もの差があるのだから。
「でもさ、策はあるのか?」
大体は判っていたが、そこまでは判らなかったので、ぼくは詩志に問い掛ける。
「はっきり言ってぼくが逆の立場だったら、こんな宣戦布告、絶対に反対するぞ。このまま大人しく学校生活を過ごす方がマシだと思うから」
「大丈夫」
詩志は大きく口の端を歪める。
「利用させてもらうのは――名前だけさ」
「……そういうことか」
その言葉の瞬間、納得した。
こいつの性格を考えれば、質問するまでもなかった。
唯我独尊でありながら、絶対的な自信の持ち主。それでいて論理的な考えもきちんと持っていて、慎重でかつ大胆。
ただ、この考えには溜息をつかざるを得ない。
「……あのな、普通は勝算があっても、そういうことするのは悪役だぞ」
「オレは正義のヒーローになりたいわけじゃない。そのためには手段など選んでいられないさ」
「ふーん。まあ、いっか。それで」
「……あのさ、お二人さん」
その声に横を向くと、夢が、じとーっとした眼でぼく達を見ていた。彼女は1つ息を落とすと、からかうような口調で言葉を投げてくる。
「あたしにはさっぱり判らないんだけどな。2人だけの世界に入らないでくれる?」
「2人だけの世界っ?」
「はいはーい、美里、そこに反応しない」
手刀を軽く与えて、彼女は詩志に指を突きつける。
「だからさ、説明してくれない?」
「説明するまでもなく、至極簡単なことだよ」
肩を竦める詩志は、来い、というジェスチャーをして、校舎内に入るための扉に手を掛ける。
「ま、実際にやってみるから、今から教室に戻ろうか」
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