勝負前

第1話 オレ達が宣戦布告する理由

 まず、この日本を根本的に支配している『あるもの』について説明しよう。


 名前はない。

 その形状も、どんな状態で人々に作用しているのかも、全く判らない。

 だが、その効果はあまりにも有名である。

 

 ――つまり

 

 おおよそ今から1年前の4月2日。

 日本政府は突然、その事実を、マスコミを通じて公表した。

 何故、そう出来るようになったのかは判らない。そもそも、政府がその事実を公表した理由すら判らない。1日前だったら良かったのだが、しかし、それは間違いのない事実だった。


 こうなったら、後は分かるだろう。

 力が強いものが、今まで以上に優位に立つようになった。


 一応、政府は「勝負を挑む際には全て第三者の下で宣戦布告を行った後に行うべし」という法案を即時通したが、それも無意味だった。

 政府が発表していない事実に、「」というものがあったため、裏では頭の良い者――一流大に通う者が、暴力で無理矢理「イエス」と言わされ、喧嘩という勝負の方法でその優れた頭脳を奪い去る、というやり方が横行した。現に、今の閣僚の半分以上が、元来ならそこまで辿り着けるはずがないであろう経歴の持ち主で埋められていた。



「――この国は、もう終わった」



 去年、中学3年生の夏休み。

 つまりは、日本政府の宣言から4ヶ月後の話。


 詩志の家の、地下に広いスペース――その空間は外から見た家の面積よりも遥かに大きく、また天井までの距離が一階のそれよりも明らかに遠い、そんなきちんと地下室と呼べる部屋にぼく達は座って、詩志の話を聞いていた。因みに地下室の床は、変色している古い畳が敷き詰められており、辺りにはパソコンやちゃぶ台、炊飯器や冷蔵庫、さらには21世紀後半から来たようなロボットや、語尾に「なり」を付けそうなからくり人形まで、色んなものがゴロゴロと転がっている。


 そんなごちゃごちゃした部屋の真ん中で、詩志は拳を握り締め、語る。


「他国からの干渉は、今までのらりくらりと回避して来た。日本人は口だけは上手いからな。でも、それじゃあ、何の解決にもならない」


 確かに、とぼくは声を上げる。


「だが、だからと言ってぼく達に何が出来る?」


「そうだよね。中学生だもんね、僕達」


 そうは言うものの、この中では一番ガタイが良く、中学生に見えない誠がそう頷く。


「はいはーいー」


 それに続いて、別の意味――具体的に言うと色気で中学生に見えない杏が手を上げる。


「だからといって何もしないのは、今の大人達と同じじゃないー?」


「だーかーら、その手段、方法がないって言っているんじゃない!」


 こつん、と夢が杏の額を小突く。


「痛いよー夢ちゃんー」


「何を言ってんだ、杏。痛い訳ないじゃん」


 額を押さえて口を尖らせている彼女に、悠一が異を唱える。


「夢が本気で小突いたら、小突くってレベルじゃねえぞ。そう。指先一つでダウンさあべしっ!」


「あら悠一、これがお望みなのかい?」


「うごごご……」


 うずくまって本気で痛がっている悠一。そこに美里が心配そうに声を掛ける。


「大丈夫、悠一くん?」


「これが大丈夫に見えるんなら、お前は大した男だよ……」


「えっ? 私、男だったの?」


「ああ。今から股間を見てみな。にょきにょきっと生えていて……」

「んなわけないでしょ」


 夢の一撃をもう一度受けた悠一が部屋の隅に転がっていく。そんな彼に冷たい視線を投げながら、夢が大きくため息をつく。


「全く。あんた達、何の話をしているのか忘れていない?」


「……俺は忘れていない」


 小さく、しかし力強く、今までずっと黙っていた改多が言葉を発する。


「……話を戻すが、要するに詩志が言いたいことは、俺達がこの国を変えるってことだろ?」

「ええっ!?」


 ぼくと改多と詩志を除いた5人が驚きの声を上げる。因みに、ぼくが驚かないのは、事前に詩志から全部聞いていたからだ。


「で、でもさっき僕や海斗、夢が言った通り、どうやってやるのさ?」


「まあ、もっともな話だよな。で、そこんとこどうなんだ、詩志?」


 誠の質問に同意し、ぼくは詩志に訊く。


「至極簡単だ」


 詩志が胸を張って答える。


「言い出したのはさっき言ったように、この国が駄目になったから。そして、それをオレが実行出来ると胸を張って言えるのは――これがあるからさ」


 そう言って詩志が指差したのは、自分のこめかみ。


「頭脳だ」


「はあ?」


 先程の5人が口を開けて、ただ視線を詩志の方に向ける。その当人は自信満々に腕を組み、微笑みを返している。


「……あのね、詩志」


 夢が、やれやれと首を振って詩志の肩を叩く。


「詩志が成績だけではなく、本当に頭がいいのは知っているよ。だけどさ、それだけで世界が変えられるとは到底思えない。まさか、その頭脳による戦略、戦術のみで変えるなどとは言わないよね?」


「当然だな。それだけで覆せるとはオレも思っていないよ」


 だけどな、と詩志は唇の端を上げる。


「お前、思わなかったのか? 力で頭脳を奪えるなら、頭脳を力に換えるものも存在すると」


「そりゃ、少しは思ったことがあるけど……でも、そんなのないでしょ?」


「あるよ」


 さらりと、とんでもないことを言い放った詩志。

 一瞬にして、静けさが、その場を走り抜けて行く。


「――――にゃあ」


 みんながやっと声を出すことが出来るようになったのは、詩志の飼い猫のサトルが、いつの間にか地下室に降りてきて、その存在をアピールした時だった。


「ええぇぇぇぇぇええええええええええっ!」

「うむ。大いに驚いてくれてオレは嬉しい」


 改多も声を出して驚いてくれたら完璧だったけどな、と笑顔の詩志は、自分の胸についている薔薇の形をしたバッチを指で摘む。


「このバッチがその効果を示すんだよ。説明は面倒くさいので省くけど、出力を調整すれば、一人分から、最大で半径5メートル――大体4人くらいに影響を及ぼすんだ」


「へえ……」


 こんなに小さなのがねえ、と夢が感心の声を上げる。他のみんなも同様で、バッチをじーっと大きく眼を見開いて眺めている。その中で改多だけはバッチの方ではなく、詩志の方を向いて小さな声で訊ねる。


「……どうしてお前がこんなものを持っている?」


「おう?」


「……これが一般に広まっていれば、絶対的な効果が見込まれるだろう。少なくとも今の世界よりは良くなるのではないか?」


「んー。ま、そうだね。でもこれ、試作品でまだ2個しかないし」


「……ならば、もう一度最初の質問に戻る。どうしてお前がこんなものを持っている?」


「うーん……」


 詩志が唸り声を上げ、悩む仕草を見せる。


「ここでそれを話してもいいけど……うん。やっぱりやめた」


「……どうしてだ?」


「このままだと冒頭で全部ネタバレになっちゃうじゃん。オレが何故それを持っているのかっていうのは終盤までの秘密、ってのが定石だろ?」


「……説明になっていない」


「まあ、別にそんなこといいじゃんってことだよ。これは本物なんだから、その手に入れた経緯なんて」


「そもそも、それが本物だって怪しくない?」


 悠一がそこで口を挟んでくる。


「頭脳で力を奪うことが出来るって証拠を、ここで見せてみろよ」


「違うぞ、悠一」


「何が?」


「奪うんじゃなくて、力に換えるだけだ。知能が高ければ高い程、筋力や体力が増強されるんだよ」


「そうなの?」


「それに、力で頭脳を奪える今の悪システムだって、本当は頭脳をみんなで共有出来るものだったんだぞ。副作用で、その共有された人の頭脳を奪うようになってしまったんだけどな」


「へえ、そういう仕組みなのか」


「勝負する、なんていうリミットを付けたのはいいが、中途半端な効力に終わったわけだ……ま、これはそれみたいに副作用はないから安心してくれ」


「でも、何でお前がそんなことを知っているんだ? おれですら知らなかったのにさ」


「んー、それも秘密ってことで」


 人差し指を唇に当ててそう誤魔化しながら、詩志はポケットから取り出したもう一つのバッチを美里に手渡す。


「へ? へ?」


「お前は天然だが、頭脳明晰だ。だが女性故に力が弱い。だからそのバッチの効果が一番判るだろう」


「あ、うん。じゃあ私、どうすればいいの?」


「とりあえず、悠一と腕相撲をしてくれ」


「おっけー」


 そう美里が返事している間に、ぼくは地下室の端の方にあるちゃぶ台を二人の前に置く。


「ほほう。この中では4番目に腕相撲が強いおれに、杏と最下位争いをしているお前が勝てるのかな?」


「詩志君を信じれば、勝てるんだと思うよ」


「じゃあ何か賭けようぜ。おれが勝ったらお前は脱げよ」


「ええええええええ! 嫌だよ!」


「その代わり、お前が勝ったら、お前が持っていないキラ×アスの本を二冊上げるからさ」

「乗った!」


 お前にとって自分が脱ぐよりもそっちの方が大事なのか、と言いたかったが、意気揚々とちゃぶ台に腕を置く姿に、ぼくだけじゃなく、誰も何も言えなかった。


「さあ、来い!」

「望むところ!」


 闘志剥き出しの二人の間に、詩志が立つ。


「じゃあオレが掛け声を掛けるぞ。――おっと、美里、さっき渡したバッチ、胸元につけなきゃ駄目だぞ」


「あ、うん」


「というか胸元に近い所、例えば胸元のポケットに入れておくのでも構わないんだけどな」


 さて、と美里が胸にバッチをつけ終わったところで、二人は手を握りあう。明らかに細い美里の腕は、普通の男子中学生並の太さである悠一に勝てるとは到底思えない。


「そんじゃ、レディー、ゴー」


「えーい」

「ノワァァアアアアッ!」


 バギッ!

 悠一の悲鳴と共に、鈍い音を立てて、見事なまでにパックリとちゃぶ台が割れた。

 ついでに、悠一も思い切り引っ繰り返った。

 その割った当の本人は、戸惑いを浮かべつつ、


「えっと……しょ、しょうりー」


 右手を高々と挙げ、嬉しそうな表情。

 一方、敗者の方は虫の息だ。


「こ、これは……夢の様な威力……凄すぎるぜ……カクッ」


「悠一君が私に殺されたーっ!」


「お、おれ……田舎に帰ったら結婚するんだ……」


「死んだ後に死亡フラグがっ!」


「はいはいはい。漫才はここで終わりね」


 夢が強烈な蹴りを悠一に叩き込む。悠一は転がり廻って唸る。


「うごごご……いってーな! 死んだらどうする!」


「こんなので死ぬわけないでしょうが」


「判らないだろ! 当たり所が悪ければ……」


「そうだよ、夢ちゃん!」


 予想だにしない人物からの非難に、夢は眼を丸くする。


「な、美里……まさかあんた……」


「殺すなら同人誌をもらってからにして!」


「そっちかい!」


「なにをやってんだよ」


 呆れ声で詩志が口を挟む。


「バッチがあるんだから、殺してでも奪い取ればいいじゃん」


「成程。その手があったね」


「やめてやめて! おれは何も持っていないよ!」


「同人誌はっ?」


「あ、それはちゃんと持っているよ」

「殺してでも奪い取る!」

「うわぁぁぁああ!」


「ま、冗談はそこまでにしておけ。悠一も計画には必要なんだから」


 お前がけしかけたんじゃん。


「んで、どうするんだ詩志? いきなり天下取りに行くのか?」

「この8人だけじゃ無理」


 ザックリとそう言い切った。


「いくらそのバッチがあっても、それだけでこの国を変えられる訳が無いさ。それで変えられるなら、オレ一人でも変えられるしな」


「まあ、そりゃそうなるだろうな」


「それは不可能。だから、お前達の力が必要なんだ」


 詩志はいつになく強く、そう言い放った。


「オレだけじゃ駄目だ。みんなそれぞれ持っている特技、特徴、長所などが必要なんだ」


「でも、それだけでも無理なんでしょ?」


「その通りだ誠。残念ながらオレ達はただの中学生だ。常識外れな能力を有している者もいるが、それでも無理な話だ」


「だったらどうするんだよ」


「それが今から喋る計画になる。もしかしたら国家反逆罪に問われるかもしれないから文書とかで残さないんで、口頭で言うぞ」


 うん、と全員一斉に頷く。


「いいか。こういうのは下から人を集めつつ下克上するものなんだよ。だから――」


 そこで冒頭の台詞に戻る。

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