第3話 オレ達は他のクラス相手に交渉する
◆
「今回、君達は戦わなくていい」
教室のドアを開いた瞬間に、詩志はそう言い放った。
あまりにも唐突な言動故に、みんなは頭にはてなマークを浮かべている。まあ、無理もない。主語、述語がはっきりしていても、事情が判らないのにいきなりこう言われたら、誰だって困惑するだろう。
「え? どういうこと?」
呆気に取られたクラスメイト達の中、眼鏡の男子がそう訊ねる。
「一言一句、そのままの意味だよ」
詩志はそのクラスメイトを指差して、口元を歪めた。
「上級生に戦いを挑むのは、オレ達8人だけでいいんだ。君達も、他のクラスの奴らも、戦いに参加しなくていい」
「ってことは……獅子島君達が負けても、僕達は頭脳を奪われないってこと?」
「そういうことだ」
ざわめく教室。お互い顔を見合わせて、「それって、この宣戦布告に俺達は関係ないってこと?」「巻き込まないんならいいけどさ」「っていうか、それが当たり前だよねー」と、様々なことを口にしている。中には、顔をほころばせている者さえいる。
「……何かむかつくね」
美里がぼそりとそう言葉を漏らす。ぼくも同意する。
「……だな。自分のことしか考えていない。実際に勝負を挑むぼく達のことなんか、これっぽっちも考えていない」
「本当だよ。全く、もう」
「まあ、でも声を荒げるな、美里。みんなも同じだって。ああいう態度には業を煮やしているだろうさ。だけどな――」
ふふふ、とそこで小さく、笑いを零してしまった。
「どうしたの、海斗君?」
「いや、ごめん。あいつら馬鹿だな、と思ってさ」
「え? どういうこと?」
「まあ、聞いていれば分かるさ」
そう言って人差し指を天に向け、後ろのみんなにだけ聞こえるように小声で、次のように告げる。
「これから詩志が言うことは――嘘だ」
「――でも、それじゃあ駄目じゃないか!」
眼鏡の彼が、声を大にしてかぶりを振る。
「君達だけだったら、相手は絶対に宣戦布告を受け入れてくれないよ。だったら、あの宣戦布告は上級生に怒りを買うだけの無駄なものに……」
「大丈夫さ」
詩志は大きく手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
「オレには策がある。君達学年全員ではなく、オレ達のだけで、勝ったら上級生全員がオレ達の学年の下に着くことになる策がな」
「本当か!」
「ああ本当だ。ま、一部の人には通じないかもしれないが、大部分の人には通用する方法があるんだ」
「それは一体どんな方法なんだ?」
「まあ、待て。ここで言ってしまうと、全く効果が無くなってしまう可能性があるものなんだ。だからその内容は言えないんだよ。残念ながらな」
キーンコーンカーンコーン。
ちょうど計った――いや『図った』ように、授業の開始を告げるチャイムが、教室中を駆け巡った。その瞬間、詩志はぼく達の方を向き、
「――さて」
まるで悪戯をした後の子供のように満足そうな笑みを見せた。
「みんなは昼休みに、他のクラスに行って同じことを伝えてくれ。オレは上級生の代表と交渉してくるからな。――覚悟しておけよ」
ぼく達には分かっていた。
最後の「覚悟しておけよ」というのは、教室で呑気な表情を浮かべている彼らに向かって言った言葉だということを。
◆
「了解しました。こちらとしても3年生全員、戦わせるわけにはいきませんからね」
「同感です。2年生代表の私もそう思います」
「ありがとうございます。こちらの提案を受け入れてくれたこと、心より感謝します」
相席しているぼくの横で、詩志がにっこりと微笑む。
「――1年生代表として」
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