第17話 オレ達と2年生の勝負 ――終盤

      ◆



 ぼく達が校庭に出ると、いつの間にか誠がゴールしていた。

 勿論圧勝である。


 そして改多と悠一と誠に夢を含めた4人は一緒に、校庭の真ん中に立っていた。ここまで来るのに全く気が付かなかったということは、ゴールの際に歓声や拍手が何もなかったのだろう。放送もなかったのだが、まあ、それはこちらの策略だから大丈夫。


「にしても、見事なまでのブーイングだな、おい」


 2年生側から物凄い音の塊がぼく.達にぶつけられる。大方予想は付くが、ほとんど詩志に対してのものだろう。1年生側はというと反論したりせず、ただ黙っているだけ。中にはぼく達に怪訝な視線を送る生徒もいる。本当に自分勝手な奴らだ。

 そんな中、ぼくは校庭の4人に片手を挙げて声を掛ける。


「よっ。夢、誠。おつかれ」


「全然疲れなかったわよ。前もってこの電卓の使い方を学んでいたし」


「僕はちょっと疲れたかな。坂がないとはいえ」


「……俺は、悠一の相手が疲れた」


「仕方ないだろ。実況だけじゃなくて解説がほしかったんだから。しかしノリノリで解説していたじゃないか」


「そうそう。改多君の解説、分かりやすかったよー」


「……ありがとう、杏」


「悠一の実況はまあまあ、ってか聞いていないな」


「そんなぁーひどいよ詩志」


「知るか。絶対に勝てる勝負なんだから見てもつまらないだろ」


 さて、とそこで一息つくと詩志は唐突に、


「――さて、2年生の代表さんよ」


 観客席に向かって大声を出して指を突き付ける。


「こちらが既に3勝だ。ここでつまらない勝負を見させてしまっている皆さんのために、予定よりもちいっとばかし早いんだが、さっさと4試合目を始めようか」


「くっ……」


 2年生側の客席から、副会長が数人を引き連れてグラウンドの真ん中に姿を現す。


「ま、まだだ。まだ、分からないぞ……」


「あー、分からないかもねー。だから、早く四つめの種目をしましょうか」


「グッ……」


 副会長は怯み、一歩後退する。だが、


「ひ、一つ提案がある!」


「何ですか?」


「今までの勝負をもう一度やり直せとは言わない。だ、だが、負けても残った種目を全部、消化試合としてやらないか?」


「嫌だね」


 即答。

 気持ちがいい程、きっぱりと詩志は断った。


「何でそんないらない労力を使わなければならないんだよ。あほか」


「でも……1勝も出来ないなんて、私達2年生の気が済まない……」


「わがままを言うな」


 一蹴。


「オレ達はお前達と違って、まだ終わりじゃないんだよ。何で戦力を明かさなきゃならないんだよ。少しは考えろよ」


「ぐぅ……」


「そのために午前と午後での種目の分割を提案したのだし、あんた達はそれを呑んだ。文句を言われる筋合いはないし、あんた達には筋がない」


「ぐ……こちらの要求を読まない、というのだな」


 副会長は大きく顔を歪め、


「な、なら……そちらの提案も呑まない……」


「ほう?」


「きちんと書類に書かれた定時の11時30分まで……次の種目は始めない!」


「へえ、そうか。あと30分以上も待たなくちゃいけないんだ」


「そ、そうだ。ははははははは!」


 愚かな抵抗だ。そんなことされても、こちらは少しも痛くないのに。

 むしろ、


「――1年生、2年生諸君!」


 突如、手を広げて詩志は声を張り上げる。


「この勝負、つまらなくないか?」


 あちこちで「ああ、そうだ!」「つまらない!」「さっさと終われーっ!」と1年、2年生に関わらず怒り声が挙がる。


「みんな早く帰りたくないか? 30分も待ってられるか?」


 当然の如く、それにも否定の声ばかりが上がる。詩志はうんうんと頷き、くるりと振り返って悠一からマイクを受け取り、副会長に向けて言う。


「だ、そうですよ。副会長さん」


「う、ううう……」


「でも残念ですね。早く勝負をしましょうと言った提案は却下されてしまいましたし、私達は待つしかないんですか。はあ、残念」


 校庭中に詩志の溜息が流れる。それがきっかけだっただろうか、観客席から「早くやれ」とヤジが飛び出し、最終的にはサッカーの応援のように「はやくしろ!」とコールが始まり出した。いい意味かは判らないが、会場は一つとなっていた。


「う、うううううう……」


 いまや完全なアウェイとなっている副会長はブルブルと震えて顔を青ざめさせ、とても立っていられないような状態に見えた。それでも、コールは収まらない。

 そして、最初のヤジから一分後。


「……分かりました……今すぐ勝負することを……認めます」


 ついに折れた。

 よっしゃあわーわーぴーぴーと無駄に盛り上がる会場。ガクリと頭を垂れる副会長。そしてそれを冷徹な仮面を被って見つめる詩志。


『さあて、盛り上がってきましたが、トイレに行っていたために実況出来なくて申し訳ありませんでしたーっ!』


 そこで放送部の先輩の声。恥ずかしいというか言わなくてもいいことを無駄にテンション高く話しているため、会場のみんなも騙されて拍手喝采。現在のここはテンションが支配する狂乱の世界。

 そんな状態で行われる競技は、これだ。


『じゃあ、始めてもらうよーっ! 次は――漢字書き取り!』


「……」


 途端に会場が空気が冷めていくのが分かった。テンション高く暴れ回っていた人々は冷静さを取り戻し、曖昧な顔をする。


『あー、うん……みんなの気持ちは分かるよ……地味だしね』


 罰が悪そうに言葉を落とす先輩。あのテンションなら何でも続いても良さそうだが、いかんせん、漢字書き取りは地味すぎた。テンションを上げるどころか、維持すら出来ない程だ。

 というわけで、ここからの描写も省略することにする。


 漢字書き取り勝負。

 勝者は美里。

 卑怯な手とは、辞書のこと。

 因みに、辞書は関数電卓とは違って用意出来るものだったため、美里にはバッチを持たせていた。バッチ使用した場合、効果範囲と同じだけ、相手から頭脳を奪われなくなるからである。因みに、ぼくがバッチを持っていなかったのは、使用しないと奪われないという効果が発揮されないからだった。つまり、思い切り速く走りすぎる可能性があるから駄目だった、ということだね。

 ……あれ? 今、重要なことをさらりと言った気がしたよ。

 まあ、気のせいだな。


 とりあえず――1つ確かなこと。

 結果、ぼく達は勝った。


 最後の最後がこんな形でも、2年生に勝利した。

 故に、2年生は1年生の下に付くこととなった。

 勿論、代表者である詩志が頭脳の受け渡しを拒否したため、一般生徒も含め、誰も2年生の頭脳は奪っていない。2年生に奪われた1年生の頭脳は持ち主に戻ったが、それ以外に何の変化もない。一体、どのようにしたのか分からないが、詩志はそれを成し遂げている。


 ここまで、何一つ計画に狂いなし。



 恐ろしい程――狂いなし。

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