VS 3年生
第18話 オレ達は次の戦いに備える
◆
「ほぼ計画通りの結果だ、詩志」
「おう、ご苦労だったな悠一」
至極あっさりと終わってしまったあの宣戦布告から三度の太陽が昇って沈んで、火曜日の放課後。
ぼく達はいつも通り、詩志の家の地下室に集まっていた。
その理由は勿論、3年生に勝つ算段を話し合うため。
「さて、あの2年生との勝負の後、どうなったのか言うぞ」
その話の前に、悠一が事後報告を始める。
「まず1年生だけど……どっこいどっこいだね。勝って2年生に頭脳を取られる心配がなくなったのは嬉しいけど、あのやり方はどうかと思う、というのが半数。あとの半数は本当に感謝している。因みに前者と後者の違いは、被害にあっているかいないか、って所だな。基本的に」
「例外的なのは一人を除いた三組の奴らだけか」
「その通り。で、次に2年生だが、宣戦布告の効果によって、1年生から奪った頭脳を強制的に元に戻された。宣戦布告がこのような働きをするということを知らなかった人も多かったようなんだが……ま、それは1年生にも言えたことだ。政府が大々的に提示しなかったとはいえ、一応法令の端っこの方に書いてあるのだから、勉強していない方が悪い」
これは名目上、1年生対2年生という形を取っていたからこそ、執行されたことである。
「んで、これは納得する人の方を数えた方が早いな。あんなやり方は認めないと憤然としている人が大多数。もっとも、ルール上はきちんとしていたから、覆すことは出来ないけどな。だからその結果、副会長の信用は失墜し彼は自殺――」
ふ、と悠一は肩を竦める。
「……とまではいかないで、普通にリベンジのために策を練っているらしい」
「おう。それは計画通りでよかった」
実は【卑怯な手で勝つ】という手段を用いた理由の一つとして、副会長がいじめに合わないようにするというものがあったのだ。加えて、あそこで詩志が2年生全体に駄目だと指摘することで、その可能性は低くしていた。2年生の憎しみの対象は、あくまでぼく達に向けられなければならない。
「そして3年生なんだが……ここに来る前、学校で先輩から伝言を渡された」
悠一は、一枚の紙をひらひらさせる。
「明日、代表者――つまり詩志、お前のことな。それと種目に出た人、もしくは出るはずだった人は放課後、全員で第一会議室に来るように、だそうだ」
「明日か。随分と早いな」
驚き顔の詩志。
「3年の代表者の器を考えれば、あと二日は掛かる見込みだったのに」
「そこだよ、詩志」
ビシリ、と詩志の額に向けて人差し指を向ける悠一。
「今まで3年の表向きの代表は、生徒会長の
ああ、1年三組のあの騒動の時に、確かそんなことを聞いたような気がする。
「この二人が3年の表裏の代表――のはずだったんだ」
「はず? ってことは何だ? どっちかが替わったのか?」
「それが……どちらも替わったんだよ。月曜日だけで」
「ははーん。下克上か。この混乱に乗じて乗っ取ったのか。賢い奴だな」
詩志は面白そうだという表情を見せる。
「ま、予想はしていたけどな。だが、計画に変わりはないさ。で、誰なんだ?」
「その新しい代表は、
悠一は顔を顰め、髪をわしゃわしゃと掻く。
「この二人、以前から今の体制を変えようと運動していた二人なんだよ。だから一部の下級生からも慕われていているんだ。残念ながら、2年生での支持者はおれ達よりも遥かに多くなっている」
「そうだろうな。噂には聞いていたし。新しい代表者になったって聞いて、真っ先にこいつらの名前が浮かんだよ」
詩志は畳にごろん、と寝転がる。
「ま、誰が相手だろうと問題じゃないさ」
「問題なんだよ、詩志」
あまり見せない真剣な表情で、悠一は手帳を閉じる。
「この二人、先の二人を――生徒会長と不良の、代表だった二人をどうしたと思う?」
「分かりきったことを言うなよ」
詩志はうつ伏せになって左手を上げる。
「仲間に引き入れたに決まっているだろ」
「え……」
思わずぼくはそう声を漏らしてしまった。
――その瞬間。
「「「「ダウトーッ!」」」」
みんなから指を差されてしまった。
実は、ずっと会話していた詩志と悠一以外の6人は「声を出さないでいられるかゲーム」というのをやっていた。それで、ぼくが負けたというわけだ。
というわけで、重要なシリアスな場面だったというのにそこで話は中断し、『ギルティボックス』と書かれた箱の中から、罰ゲームが記された紙を一つ引く。
「えっと……『名橋杏をお姫様抱っこすること』……は?」
「やった。わたしのだー」
杏が大喜びで諸手を挙げる。
「……お前、そこまでお姫様抱っこして欲しかったのか?」
「うんー」
本当に嬉しそうだから困る。
「あのさ、それ、ぼく以外の人でいい?」
「それじゃあ罰ゲームにならないじゃん。ダメー」
「はあ……」
罰ゲームなら仕方ない。ぼくは溜め息をついて、ひょいと杏を持ち上げる。
………………あれ?
「わーい、やった、きゃほー」
「……杏、お前さ……」
「何ー?」
「夢や美里よりも、重いぞ」
「ふぇっ!」
嬌声を上げ、杏はぼくの手から飛び降り、真っ赤な顔で必死に反論する。
「そ、そそそそそんなことないよーっ! だってあの二人と比べてわたしは胸とか胸とか胸とかの分だけ軽いはずだよー!」
「いや、お前も軽いんだろうが、あの二人はおかしいくらいに軽いんだよ」
「嘘だー! 絶対に嘘だー!」
「……ここに体重計がある」
「お、どこから持ってきたんだ、改多」
「……あの山から」
「じゃあ、計ってみなよ、女子3人」
改多から体重計を受け取った悠一はそれを美里に渡しつつ、同時にぼくの肩を叩く。
「男子はこっちで、ちょーっと誰かさんに用事があるからさー」
「そうそう……ん? 誰かさんに用事?」
「誰かさんって、誰だろうねー?」
「本当に誰なん……はっ!」
しまった。口が滑った! あの言葉聞いたら、夢と美里にもお姫様抱っこしてることがバレるじゃん!
「いや、あれはちょっとした冗談だよ、やだなあ、悠一君たら。てへりんこっ☆」
「こっち来いや、おい」
「……はい」
悠一が怖いよー。そして見れば、改多と誠の顔も怖い。
哀れなぼくは、端の方へと引きずられて行った。
――数分後。
ぼくと杏は青ざめた顔をしていた。その理由も違うだろうが、一つの大きな違いとして、手足が自由に動かせるかどうかだ。
「あー、さっきの話に戻っていいか」
詩志の言葉に黙って頷くぼく達。
そして、密かに第二回戦が始まる。
「んで、どんな話だっけ?」
「新しく代表になった二人が、前の代表の二人を仲間に引き入れたって詩志が当てたとこだよ」
「ってことは、正解でいいんだな」
「うん」
「ま、ほぼ予想通りだな」
詩志は畳に寝転がったまま肩を竦めるという器用な真似をしてみせる。
「どうせ『ここで仲間割れをしてもしょうがない。君達の力が欲しいんだ』とか何だとか言ったんじゃないの?」
「口説き文句は知らないけど、とりあえず、仲良くやっているらしいよ」
「ふん。女で釣りでもしたのか」
「いいや、それは絶対ないね。その阿部和也って人は、女性に対して凄く紳士的で、手は絶対に出さないらしいよ」
「フェミニストか」
「本物のね。女性に手を挙げる奴は生きる価値がない、とまで言っている程のね」
「ふん」
本当に嫌そうな顔を詩志はしている。因みに、ぼくは半強制的に横にされているので、詩志の顔は真正面に見える。
「んで、それのどこが問題なんだ?」
「1年生の心も動いているのさ。彼の人柄に。自分と敵対した人間も許し、そして優しく、強い。理想の英雄像だよ」
「自分から相手をぶっ潰しておいて拾って、何を言うか」
ふうやれやれと息を吐く詩志。
「許したんじゃなくて同情したんだろ。もしくは利用しようとしているんだろ。情報操作ってのは怖いねえ」
「加えて、だ」
悠一は険しい顔で指を一つ立てる。
「彼は今まで代表だった二人に勝利したことを告げると――『頭脳を奪う行為は全面的に禁止する』という新しい決まりごとを、代表権限で3年生全体に言い放ったんだ。そこで文句を口にした奴には『不満があるなら、私に勝て』と黙らせていたよ」
「正に英雄だな」
「この言葉に、おれ達のやり方に不満を持っている1年は根こそぎ持っていかれたよ」
「ふん、先を越されたってわけか」
詩志はそこでようやく身体を起こす。
「どうせ明日オレ達を集めたのだって、こっちに『これならお前達が勝負を挑む理由はないだろ』とでも言うんだろうな」
「だから問題なんだよ。この人を相手にすると」
手強い。
悠一と詩志の会話を聞いてそう感じた。
ぼく達が宣戦布告し、2年生に勝利した瞬間に行動を起こして頂点に立ち、加えて、ぼく達が勝負を卑怯な手で行ったのを逆手に取って、1年生の支持すら集めている。
素晴らしい、賢い戦略だ。彼らにはもう、小細工は通用しないだろう。
しかし、だからこそ――
「――計画通りだな」
詩志の計画は崩れていない。
いや、正確には、複数立てていた計画にまだ当て嵌まっている、ということだ。細かいことは判らないが、あいつがまだこんなに余裕ぶっていることが、それを証明している。
嘘をついてもいい。秘密を隠してもいい。
だが――我慢してそれらを行うな。
それがぼく達の中でのルールだった。そのルールを定めるきっかけを作ったのは詩志だったので、詩志は絶対にこのルールを破ることはしない。
「こういう頭の良い奴等の方が行動も読めやすいし、作戦も立てやすい。前の馬鹿のままだったら、それこそどうなるか分からなかった」
「……ま、そう言うと思ったよ」
ようやくそこで、悠一はほっとした顔で腰を降ろす。
「ここまで先を読んでいたら、こちらも安心出来るよ」
「考えを読めなくとも、ここまで来たらもう、ほぼ確実に全勝出来るけどな」
詩志は大きく伸びをして、大きく欠伸をする。
「宣戦布告を受けたから、ということを理由にして勝負は絶対に受けさせる。後は、どうやって種目をそのままにさせるかだけだが……ま、あいつらは普通に戦えば勝てると思って、先に使った手段を使用禁止に書類を書き直すくらいしかしないだろう。特に問題はないな」
「うーん……そういけばいいんだけど……」
歯切れの悪い悠一。
「何だ? まだなんかあるのか?」
「実は……問題は他にもあるんだ」
「問題?」
「いや、これはおれの情報能力が駄目なのかもしれないけど……」
「何だよ。お前の情報能力は十二分以上に信用しているから、とりあえず言ってみろよ」
悠一は少し躊躇った様に間を置いた後、告げる。
「……ないんだ」
「ない?」
「裏がありそうな行動を取っているのに、この二人には裏がないんだ。そう、杏と同じように」
名指しされた杏はビクリと跳ね上がるが、話はそこではない。
「ってことは、本当に純粋に『頭脳を奪う行為を禁止するため』に、今まで活動していたということか」
「そういうこと。『頭脳を奪うことを禁止にする』ってのは、その場限りの戯言じゃないんだよ」
「……」
詩志は少し考え込むと、手で口を押さえているウェーブの美少女に声を掛ける。
「……美里、この応答だけは喋っていいから、質問に答えてくれ」
「何?」
「お前のネットワークでも、阿部和也に悪い噂はないか?」
「あ、うん。黒い影が全く見当たらないから、あるということにして創作している人もいるけど、女子の視点からでもあの人は正義感が強い、いい人だってさ。ただ、コブ付きだとちょっと……という程度」
「コブ?」
「六条唯さんのことだよ。彼の傍には……いや、彼女の傍には、いつも彼がいる状態だから」
「因みに、六条唯についても、阿部和也同様、裏心は発見出来なかった」
悠一のその言葉に、詩志のうーんという唸り声が部屋内に響く。
……まさか、詩志も想定はしていなかったのか?
善意が――障害になるということを。
「……」
やがて、重苦しい空気が支配を始めようとする辺りで、
「……オレが、直接確かめるか」
ふーっ、と詩志は息と共に言葉を思い切り吐き出す。
「それでも、もし本当に裏がなくて、純粋にオレ達と同じようにこの国を変えようとしているなら――」
キシリ、と歯を噛み締める音。
「――少し面倒くさいことになるぞ」
いつも不敵な笑みで話を締める詩志の表情も、今回ばかりはそうはいかなかった。
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