第19話 オレ達と3年生の戦いは既に始まっている
◆
「以上が、我々が求める、あなた方が2年生に提示した際の書類の、修正点です」
2年生の時よりも格段に広い会議室。
黒縁眼鏡、学校の規則をミリ単位で破らない髪型、キチンと乱れなく着ている制服。正に生徒の模範ともいえる存在ともいえる生徒会長は、ぼく達にそう言って書類を手渡した。こちらが作った物よりも膨れ上がっている。ざっと見たが、ぼく達が使った手はおろか、書いていなかったことまで記されていた。
「……正に完璧だな」
横にいる夢に小声で話し掛けると、彼女は手で口元を隠しながら小さく首を縦に動かす。
「……うん。見た所、前みたいな手は絶対に使えないよね」
「でも、ここまでは予想通りらしいよ」
「ほほう。これは良く出来ていますね。まさか、2年生に渡した時から、制作していました?」
詩志は頬笑みを見せながら書類を叩く。それに対し、生徒会長はくいっと眼鏡を上げる。
「いえ。我が優秀な製作チームが一晩でやってくれました」
「ふーん。でも、どうせあんたの指示じゃないでしょ」
おっと、いきなり詩志が喧嘩腰になった。挑発しているのは分かるが、ちょっと早すぎるのではなかろうが。まあ、ぼくの計り知れないところかもしれないが。
しかし、効果はあったようだ。
「な、何のことですか?」
「はん。そっちの代表が替わったってことくらい、こっちだって知っているんだよ」
そこで詩志は視線を、端の方で腕を組んで眼を瞑っている青年に向ける。美少年やカッコいい、というよりも好青年という言葉がよく似合う。
「そっちの人が、本当の代表でしょ?」
「……いや」
青年は静かに首を横に振る。
「代表は彼ですよ」
「いいや。形だけの代表に用はない。そもそも形ですらないだろ?」
詩志はにたーっとした笑みを貼り付ける。
「それに、この書類の指示もあんたがやったんでしょ? 月曜に彼らから代表の座を奪って早々、仕事が早くて適切だ。素晴らしいよ。なあ――阿部和也さん」
「――そこまで分かっているなら、話は早いか」
ふ、と吐息を漏らす阿部和也。すると彼は突然立ち上がって、
「はっはっは、いかにも。ここにいる俺、阿部和也がラスボスじゃーい!」
「馬鹿」
隣のもの静かそうな女性が彼の頭を引っぱたいた。
「いってーな……何するんだよ、唯」
「そんなノリは望んでいない。代表らしく、大人しく大人らしい対応で答えなさい」
「やだよ。そんなの俺の性分にあわないんだもん」
……何だ、こいつ。
頬を膨らましている好青年に、ぼくは口が塞がらなかった。話を聞く限りでは余程のキレモノだから、ぼく達を見下しながら心で高笑いをする、眼鏡の端を上げるような人物を想像していたのだが……これじゃあ、生徒会長の方がラスボスに見える。
その見た目はラスボスの生徒会長は、期待を浮かべながら声を上げる。
「じゃあ、やっぱり僕が代表に……」
「勘違いするなよ」
そこで一転。
さっきまでへらへらとしていた彼の口調が、急に鋭くなった。
「あんた達がしていたことを許したわけじゃない。本当だったら先生方と相談してあんた達に退学勧告を突きつける所だけど、今回はあんた達の力が必要だから、こうして傍に置いているんだ。能力がなかったらここどころか、学校にもいられないよ」
「ぐっ……」
「……ふん、偉そうだな、おい」
そこで教室の隅にて足と腕を組んで尊大な態度でいる、見た目から明らかに不良であると主張している金髪の男性がケッと悪態をつく。
「そうやっていられんのも今の内だってのを、忘れていねえよな」
「それはどうかな、本郷。確かに、あんた達とは1年生との勝負が終わったら再戦するって約束したけど、俺達に勝てると思っているのか?」
「……ふん」
本郷は鼻を鳴らすだけで眼を逸らす。阿部は軽く肩を竦めると、詩志の方に身体を向き直す。
「いや、失礼。こちらも交代したばっかりでなかなか混乱が起きていましてね」
「いいえ。ま、こちらはあなたの所為で混乱していますけどね」
「はっはっは。それはすまなかったね」
豪快に笑う彼は、先程、本郷に鋭い言葉を投げた青年とは全く違うように思えた。
「それは俺の考えに賛同してくれる人が多くなったってことかな? それとも、俺がこんなんだからかな?」
「前者ですよ。後者は偽りの可能性があります」
「それはありません」
凛とした声で、六条さんが否定する。
「こいつは頭もいいし喧嘩も強くて運動神経もいいですが、裏なんてないですよ。本当に馬鹿ですから」
「はっはっは。言ってくれるね」
はぁ、と六条さんが溜息をつく。
「……こんな様子なのに、どうしてこんなにも適切な指示を出せるのか、私にも判らないよ」
「まあね。普通は頭がいい唯が裏で俺を指示している、なんて黒幕説が有力だからね」
「誰が黒幕だ」
手刀が入る。いってーと頭を抑えながら、阿部はついでにというように付け加える。
「ああ、一応言うけど、唯は嘘がつけない人間だから、言っていることは本当だよ。俺が言うのもなんなんだし、信じられないとは思うけど、事実だよ」
「……私も一応、嘘はつきますよ」
「仮に嘘を口にしても、その時に耳が凄くぴくぴくするからすぐ判るんだよね。そうだ。試しに質問していいよ」
「……では、質問させてもらいます」
そこで手を上げたのは詩志――ではなく、改多だった。
「……あなたは、私達に勝てると思っているのですか?」
「勿論、イエスですよ」
耳は動かない。
「……では次に、私達はあなた達に勝てる可能性があると思いますか?」
「イレギュラーが起きれば」
耳が動いた。ということは、絶対に勝てると踏んでいるのだ。
その瞬間、詩志が少し口元を緩めたのを、ぼくは見逃さなかった。
しかし他の誰もそのことに気がついていない様子で会話は続く。
「……そこにいる阿部和也さんは、何か裏があってこんな態度を取っているのですか?」
「いいえ。こいつは根っからの馬鹿です」
動かず。
「……では、スリーサイズを上から」
「え?」
六条さんは顔を赤らめて改多を凝視する。こちらも詩志を除いて眼を見開く。冗談も言わない改多の口から、スリーサイズなんて言葉が出てくるなんて、太陽が南から昇る方がまだ事実に聞こえる。
その当人は、表情を変えずに訊ね続ける。
「……スリーサイズは?」
「あ、えっと……の、ノーコメント」
「……それじゃあ、意味がないです。ちゃんと答えてください」
「う、ううう……」
六条さんは小さく震えながら顔を伏せ、そして、
「……………………七三・五五・七六です」
消え入りそうな声で答えた。
耳は動かない。
「……悠一、事実か?」
「え、ああ」
声を掛けられた悠一は急いで手帳を開く。
「えっと……うん、間違いない」
その時「……負けたー……」と小さな声が聞こえた。誰だかはすぐに予想がついたが、あえて口にはしまい。
そう仏心を出すぼくなのだが、それを改多が突き崩す。
「……因みに杏。お前のスリーサイズは」
「え、わ、私?」
急に声を掛けられてびっくりしている杏は、笑顔ですぐさま答える。
「八九・五三・七四だよー」
「……悠一、判定は」
「嘘。バストサイズの捏造がひどすぎる」
「う、うぅぅう……」
崩れる杏。大丈夫。きっとそんな胸を求める人はいるさ。多分。
「……それで、俺が何を言いたかったのかというと」
改多は、弁解するように言葉を紡ぎ始める。
「……こうやって女性は、自分のスリーサイズを少しでも良く見せようと嘘を必ず言うはずだ。しかし彼女は、嘘をつかなかった。杏ほどではないが、決して誇れるようなスリーサイズではないのにも関わらず、一センチも嘘はつかなかった」
地味にこいつひでえ。杏に加えて、六条さんも泣きそうだ。
「……まだ、嘘をつくと言い張るなら、決定的な質問を叩きつけますが、どうしましょうか?」
「決定的な質問? それって何だい?」
阿部が興味津々に訊ねてくる。
「……彼女が好きな人」
ビクッと彼女の肩が跳ね上がる。
「……それをこの場で、言い当てましょうか」
「そ、それだけは……それだけは……」
六条さんは震える声でそう言い、頭を垂らす。
「勘弁してください。私に癖があるのは知っていますが、自分で調節出来るほど器用ではありません。だから……」
「……どうでしょうかね」
改多は無表情で首を振る。
「……どうやって証明するのですか。そうやって逃げられては、私達は判断がつかないのですよ。この話し合いから真剣な勝負ゆえ、手を抜くことは出来ません」
「しょ、証明……そ、それは……」
「……先程の質問は『本当のことを言っている時に耳が動かない』ということだけです。つまり、『嘘をついたら耳が動く』ことの証明にはなっていないのですよ。もしかしたら事実でも耳を動かせるかもしれませんから。だから阿部さんが嘘をついていない証拠にならないのですよ」
だから、と改多は淡々と紡ぐ。
「今から適当に名前を読み上げます。そこに貴方は全部『その人のことは異性として別に好きではありません』と答えてください。本当に好きな人だけ耳が動けば、その癖は本当だと認めましょう」
「う、うう……」
六条さんは、小さく肩を震わせて、俯きながら必死に言葉を探す。
「では、始めます。まず――」
「……なあ、君」
そこで、すっ、と阿部が口を挟んでくる。
「冗談なら黙っていようと思ったけどさ、そんな女性をいじめるような真似、俺は絶対に許さないよ」
その眼は、先程、生徒会長に向けたものと同じ、鋭いものであった。並の人間ならば竦んでしまうだろう。
だが、改多も引かない。
「……いじめていませんよ。いじめていると思っているのなら、それは、あなたが私達に対して真剣になっていないということです」
「俺は真剣だよ」
「……真剣なら、女性がどうとかいうフェミニストの考えは捨てているはずです。ここであなたが口を出して話を中断させても、メリットがありません。ましてやそんなに怒りを表情に現していたら、相手に対する心象も悪くなります。ここは彼女を犠牲にすべきなのです」
「どんな状況でも、俺は女性に危害を加えないし、女性に手を上げる奴を許さない。真剣な時でもそれは同じだ」
二人の間に、電流が走っているように見えた。
睨み合いの時間が続く。
やがて、
「……そうですか」
ふう、と改多は息を抜いて、小さく頭を下げる。
「……失礼しました。私達は挑戦者。故に、こうして慎重になっていることをお許しください」
「いや、いいよ。……ってか、そりゃそうだよね」
阿部は顎に手を当てて唸る。
「君達は2年生に、あんな手――頭脳戦で勝ったんだ。こちらに対しても何か考えてくるはずだよね。書類だけ訂正すればいいと思っていた俺が甘かったよ」
……これはまずいんじゃないか。
ぼくは思わず詩志の顔を窺った。
無表情。
内心の焦りは、全く表には出ていない。
もしかしたら、本当に焦っていないのかもしれない。
ぼくには判らない。
「――そこでだ」
突然、阿部が声の調子を変えて教室中に響かせるように張り上げる。そして舞台上で演技をしているように腕を広げ、大げさな振りで書類を指し示す。
「この書類を見てもらえば判る通り、いくつかの項目を追加しておいた。一応、ということで書いてあったんだけど、気が変わった。というよりも、本気を出そうと思うんだ」
「……へえ」
そこで詩志が、眼を細めて肩肘をつく。
「ってことはやっぱり、なめていたってことか。オレ達のこと」
「なめていたんじゃない。ただ、こちらは本気で勝ちに行く、と宣言しただけだよ」
「同じことだ」
「同じじゃないよ。だから、俺達は君達が2年生に使った手を、こうして封じた」
書類を右手で持っている書類を軽く持ち上げる。
「こちらも同じ手でいこうとしても、さらに上をいく虚をついた手を出されると困るから、考え付くだけ、普通に種目を行えば何一つおかしくない範囲で制限事項を追加した。ここまでしているのに、なめていると言うのかい?」
「馬鹿か。本気で勝ちに来ていない時点で、なめているんだよ」
「なめているんじゃない。俺達が勝利する。これは予想でも予測でもなく、事実なんだ」
はっきりと、阿部は断言する。
「いくつかは負けるかもしれないが、真剣に普通に真面目に勝負すれば負けない種目が4つ以上ある。そのメンバーも整っている。さらに、君達は1年生の中のおおよそ280――今は俺の考えに賛同してくれている人もいるからそれよりも少ないだろう。そこから俺達に確実に勝てる種目を選ばなくてはならない。そうなると種目を変更しなくてはならない」
阿部は一つ首を縦に振る。
「それでもいいと思ったよ、俺は。なんせこちらには、2年生のほとんどが味方に付いているのさ。君達が勝つためとはいえあんな手を使ったからね。結果、2倍程度人数の差が出ている」
280人対560人。
「この状況から、1年生のモチベーションはほとんどマイナスになっているのではないか。さて、そんな状態の君達に協力してくれる同級生はいるのかな?」
「……」
詩志は答えない。
話は続く。
「だから、君達は2年生の時にあんな手を使った。そして恐らく、今度は別な種目、方法で俺達に勝とうとしたのだろう。だが――俺達3年生は、それを入り込ませる余地を与えない」
眉をキリッと上げ、極めて真剣な眼差しで彼は告げる。
「種目変更は認めないし、ルールも俺達が改訂したモノを用いてもらう」
――その瞬間。
ぼく達、1年生の空気が凍った。
だが、それは本来用いられる理由からではなく、
「……ああ、それで結構」
にやり、と詩志が歯を見せながら、
「ああ、受けて立ってやろうじゃないか。何の小細工もなしに」
――髪の毛を掻き上げたからだ。
「そのまんまの種目でやってやろうじゃないか!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、詩志!」
ぼくは勢いよく席から立ち上がり、机を思い切り叩く。
「話が違うじゃないか。ど、どうするんだよ」
「うるさい! 黙っていろ!」
「黙っているわけないでしょ!」
夢も立ち上がる。
「あんた、少し冷静になりなさいよ!」
「うるさいうるさい! 冷静だ!」
「……どこがだ」
改多が呟き、
「そうだよ……みんな、落ち着いて……」
誠が震える声を出す。
しかし、詩志は怒号をやめない。
「うるせえな! じゃあ、お前が代表やるか誠? ああ?」
「そ、それは……」
「もう、いい加減にしなよ!」
語尾を延ばさず、杏が泣きそうな顔で叫ぶ。それを宥めながら、美里は優しく声を掛ける。
「詩志君、落ち着いてよ、ね?」
「落ち着く? ああ、落ち着いていないともさ。だからどうした!」
「もう……なんも言えねえよ」
悠一のその呟きに、詩志は歯をギリッと鳴らして、
「何にも言わないんだったら役立たずだ! 今すぐ出てけ! 後は全部オレがやる!」
詩志は思い切り椅子を蹴り飛ばす。
「どうせお前らがいたって意味ねえよ! 今までだってオレが考えていたことを実行しただけじゃねえか! 少しも考えないでさ! 正直腹が立つんだよ! 後は全部オレがやってやるよ! だから出てけや! 邪魔だ!」
「……はっ。馬鹿らしい」
ぼくは口汚く、言葉を投げつける。
「宣戦布告が確実に勝てなくなったんなら、お前についていく必要なんてねえんだよ。もうお前一人でやってろよ。バーカ」
「うるせえ! とっとと失せろ!」
詩志の大声を背中で受けながら、ぼくは会議室を出て行く。
そしてぼくの後に、詩志以外の皆が続くこととなった。
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