第20話 オレ達の作戦通り
◆
その日の夕方から夜に掛かる淡い時間。
詩志の家の地下室。
「いやー、迫真の演技だったよ、みんな」
詩志が、腹を抱えて笑い転げていた。
この様子と言葉から判るだろうが、あれは演技。詩志が髪を掻き上げたら、すぐさま詩志に反発する態度を見せて退出する準備をしろ、と予め指示が出ていたのだ。
「特に……ひ、ひひひ……海斗の……へ、へたれっぷりが……」
「あの時の海斗君、サイテーだったね」
「うん。最低最低。自己保身しか考えていないよね」
「あははー。サイテーだねー」
「……あのな」
女性陣に最低と言われ、少し……いや、思い切り傷ついた。まあ、もしかしたらこれはお姫様抱っこの報いなのかもしれないな。さっきから悠一が背後でそう囃してくるように。
「言っているけどさ、お前達もぼくの後ろを着いてきたってことは、同じことなんだぞ」
「ちゃんと分かっているよ、海斗」
誠が優しく肩を叩いてくる。
「うう……友情に涙が出て来たよ」
「にゃー」
「おお、サトル。お前も慰めてくれるのか……」
傍に寄って来た黒猫に思わず頬ずりをする。黒猫は「にゃーご」と声を出しただけで逃げ出さなかった。そんなぼくに、笑いを止めて詩志が言葉を投げてくる。
「あー、サトルをいじめないでくれるかな、海斗。たった一人の家族なんでね」
「これのどこがいじめているんだ? 愛でているだろうが」
「『ヒゲが痛いにゃー』だってさ」
「ヒゲ生えてねえよ」
「ってことは下の――」
「下ネタは禁止な」
「う……」
詩志は言葉に詰まる。
「……ああ、そういえば。みんなが退出した後の話をしようか」
話を逸らしたか。だが、言及しても仕方ないので話を続けさせる。
「あの後、何かあったのか?」
「ま、大したことはないけどな」
そう言いつつも、詩志は一転、ご機嫌そうに鼻を鳴らす。
「簡単に言うと、相手はオレが挑発に乗ったと思って次々と要求してきたから、ほとんど呑んであげただけだ。ふっふっふ。挑発に乗らされたのはそっちだとは知らずにな」
あの時にそのような指示が出された理由は、相手に詩志の器を小さく見せるため、そして、詩志が頭を使わずに感情だけで挑発に乗る奴だと認識させるためだった。
「因みに、オレ達全員を呼び出したのは、ただ単に同じ手は使えないぞということを、用いた当人に突きつけるためだったそうだ。大方の予想通りだったな」
ということはあの時点で、既にぼく達がいる意味はなかったのか。だから、3年生側はぼく達の退出を止めなかったのか。
「ってなわけで、オレ達は3年生相手に、2年生の時と同じ種目で、小細工なしの真剣勝負をすることになった」
うん。まあ、ここまでは詩志が言っていた通り――
「……と、いきたかったんだけどな」
「は?」
「いやー、ここにきてちょっと、いや――大きく計画がずれた」
あはははは、と詩志は笑う。
「いやいやいや、笑っている場合じゃないでしょ!」
夢の言う通りだ。詩志の計画が大幅にずれたら、勝てる見込みは無くなってしまうのではないのか。
「笑っている場合でいいんだよ、夢」
そんなぼく達の心配を余所に、詩志は笑みを崩さずにこう続ける。
「良い方に計画がずれたのだから」
「え……?」
その場にいる全員が、小さく驚きの言葉を漏らす。
正直、計画がずれたとなると当然悪い方に転がると思っていたが、まさか真逆とは考えもしなかった。みんなも同じ考えだったのだろう。
そうみんなが唖然としている中、改多がひっそりとした声で詩志に訊ねる。
「……で、具体的にはどう良くなったんだ?」
「うん。全部に勝つ必要がなくなった」
さらり、と凄いことを口にする詩志。
「というか勝てなくなったな」
さらり、とおかしいことを口にする詩志。
「……って、良くなったんじゃないのか!」
「それは『都合』が良くなったんだよ」
指をクルクルと廻しながら、詩志は告げる。
「この勝負なんだが、オレ達は――全勝するわけにはいかなくなった」
「あれ? 午前中で終わらせなくていいの?」
心配そうな声を上げる美里に、詩志はコクリと頷く。
「ああ。というか、終わらせちゃいけないんだよ。必ず、午後の武道三種目同時までもつれ込ませる必要がある」
「それが詩志の……『新しい計画』、なのか?」
「その通りだ、悠一。修正後のオレ達の計画は――これだ」
キュキュ、とあの日から定位置に置かれることになったホワイトボードに、新しい文字が記される。
『4(5)勝2敗』
「これが、オレ達が目指す、対3年生の最終成績だ」
「ちょっと待て、詩志」
ぼくは単純に気になる所を指摘する。
「この、(5)ってのは何だ?」
「ああ、それは裏向きの話だ」
「裏向き……?」
表向きの逆って裏向きなのかな、と疑念を抱きつつ、意味は伝わるので流す。
「……んじゃ、どういうことになるんだ?」
「つまり表面的には、午前中で3勝、午後で1勝するってことだ」
そして、と詩志は得意げに胸を張り、
「5勝目は」
5指を全て伸ばした手の甲をこちらに向け、
「4勝目の裏側で」
親指を曲げる。
「――オレが勝つ」
「お前が……?」
「その通りだ。おお、そうだ」
くるり、と一回転、その場でターンをして、
「ここで発表してしまおうか、今回のオレの作戦を」
詩志は毎度おなじみの不敵な笑みを浮かべた。
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