第21話 オレ達と3年生の勝負 ――勝負前

    ◆学校


 来たる土曜日。


『さてさてさて! 前回の2年生との勝負から二週間後。ついに始まる3年生との勝負。果たして勝つのは1年生か? はたまた下馬評どおり3年生の圧勝か?』


 心地よい先輩の放送が、校内中に鳴り響く。

 いよいよ決戦の日。

 今回の宣戦布告の、最大の戦い。


 3年生。


 前回と違って3年生が学校に来ているのに加えて、前回の勝負に不満を持っている2年生が、ぼく達がやられる様を見ようと来ているので、生徒の数は膨大になっていた。なので学校は満杯。直接勝負が見られるグラウンドの周りには大勢の人が集まっていた。

 さらに今回はそれぞれの控え室が、校庭に距離を離して設置された二つのテントに変更されていた。勿論、1年出場者と3年出場者に分かれており、そのテントに設置された放送部のテレビで種目を確認する形となっている。

 このように変更された理由は、お互いに見える場所にいて、応援を真っ向に浴びさせるという3年生の提案から実施されることとなった。


 ……まあ、本音はぼく達をブーイングなどで、精神的な圧力を掛けるためだろうけど。

 もっとも、ここにはそんなに心が弱い奴はいないので、意味がない策だけどね。


 因みに、放送席もグラウンドにあって、トラックの外の中央部から、先輩がマイク片手に熱烈な実況をしている。


『なんせ今回は、前回とは違って真剣勝負が約束されています。見ているこっちも、前回のような拍子抜けしたものにはならないと思いますからね。それに加えて、俺の邪気眼がうずき出す……逃げろ、逃げろーっ! と口走った直後の周りの反応のようだった、漢字書き取りがなくなりました!』


 言われた通り、漢字書き取りだけは、3年生側の要求により無くなった。まあ、前回があれだったし、無くなっても文句言えないよな、と詩志は苦笑も交え認めていた。因みに、計算早解きも対象になるのではないかと懸念していたが、そちらは3年生側に勝算があるのか、全く触れられなかったらしい。


『新しく入ってきたのは、みんなもお待ちかねであろう……ってかよく学校側が許可を出したな……ま、学園モノでは必ずあるが現実ではある方がおかしいもの――』


 溜めに溜めて、先輩は叫ぶ。



『ミスコンだーっ!』



 うおおおおおおおおお、と野郎共の声が会場内を駆け巡る。男女は問うが学年は問わず、叫び声があちらこちらで聞こえてくる。


「ありがとう、3年生!」「最高だぜーっ! 阿部和也さーん!」「好きだーっ結婚してくれーっ!」


 このように、テンションが高い男子達。

 だがその反面、女子は冷ややかな反応を示す。


「何でミスコンなのよ」「男の子もやるべきよね」「あたしは不動君がいいかな。可愛いし」「私は陸羽くんかな、やっぱり」これは多分空耳だ。「私は断然、獅子島君っ」「お、有名どころをつくね。あたしは悠一君だな」「誠君……」「って、どれも1年生だけじゃん。誰か3年生はいないのー?」「いなーい」「だよねー、あははは。勝負にならないか」


 いやそんなことはないだろう、と思いながら、そういえばミスコンの男バージョンってどう言うんだろう、などと余計なことに思考を燻らせていると、


『さてさて、皆さん、そろそろ静かに! そこの男子! 服を脱がない! ……さて、今回の宣言も1年生代表にやってもらおうと思い――ました』


 ました?


『――が、今回は3年生代表からの言葉で、開会しようと思います。では……』


『皆さん、3年生代表の阿部和也です。まずは一つ、言わせていただきます』


 グラウンドの3年生出場者待機テントから出た阿部は、右手を挙げつつ、1年生の集まる場所に向かって告げる。


『1年生の皆さん、まずは安心してください。勝ってもこちらはあなた達の頭脳を奪いません』


 この言葉に、1年生側の生徒から戸惑いのざわめきが起こる。


「え、うそ……」「でも今回、書類の最初にデカデカと書いてあったぞ」「それにあの人、頭脳を奪うな、って宣言しているよ」「なら、俺達が3年生に宣戦布告しなくても……」


「へえ、ここで言うのか。まあ、流石にチャンスを逃さないか」


 1年生の支持を集め、彼らがぼく達に反抗心、とまではいかなくとも、少しの疑念は抱かせられるだろう。

 そう感心していると、突然、ぼくの横にいた詩志がその場にあったマイクを掴んで立ち上がり、テントの外に飛び出す。


『騙されるな、1年生!』


 怒号。

 同時に、3年生側に人差し指を突き付ける。


『3年生は《これから奪いません》って言っているだけだ! 《今まで奪ったものを返す》とは言っていない!』


『ちゃんと返すよ、1年生の代表さん』


『どうやって? あんたには1年生全員の奪われた頭脳を返す方法があるってのか?』


『それは……時間を掛けて必ず』


『無理だな。むしろ時間を掛ける程、被害は増えていくだろうよ。しかも、もし3年生が勝利したならば、それは加速するだろうな』


『それは……』


 阿部は閉口する。彼もそのことは判っているのだろう。見る限り苦い顔をしているようだ。


『ほほう。反論して来ないのか。そりゃそうだよな。3年生側だったら、策が立てようがないもんな』


『……』


 声が返ってこない。それを確認して、


『でも――オレ達は違うんだよな』


 詩志は、にぃっと歯を向き出しにする。


『オレ達が勝ったら、宣戦布告の影響で確実に、奪われた頭脳は返ってくる。絶対だ。その証拠に、2年生との戦いが終わった直後に頭脳が戻ってきたと感じた者がいただろう。オレ達は1年生代表で、みんなはそれに付き従っている形だから、2年生に勝利した、ってことでね』


 その詩志の言葉に、次々に声が上がる。「あ、僕、そう感じた」「うん。あの日から、なんかすーっとして……」「そうか。あれは2年生に奪われた頭脳が戻ってきたのか」「知らなかった! ありがとう、獅子島君!」


『この通りだ。それにオレ達は、勝ってもそっちの頭脳は奪わない。奪われた者を奪い返すだけで、新たに奪いはしない。現に、2年生のは奪ってないだろ』


 今度は2年生の方から、ポツポツと言葉が流れてくる。


「あ、そういえば……」「俺達、なんもなってないよな」「うん。あんな形でも負けは負けだから、奪われると思ってたんだけど……」「あたし、ちゃんと勉強受けられていたよ」


『聞いたか3年! オレ達は正義ではないが悪ではない! 正々堂々と向かってやるから、ちゃんと逃げずに正々堂々と受けやがれ!』


 詩志も負けずに口が上手い。こちらは正義ではない、と2年生の戦いの時に言った言葉がここで生きてくる。前回詩志は、勝った方が正義だという、理不尽な理屈を述べた。結果、ぼく達は勝った。だが、卑怯な手を使ったため、誰もがぼく達を正義だとは思っていないだろう。

 しかし、今回は違う。

 正々堂々と勝負すると言っているのだ。ここで、正義という言葉に混乱が生じる。反発を持っていた1年も、今回ばかりはどちらを応援していいか判らなくなるはずだ。

 つまりは、『正義』という言葉を利用して、前回のぼく達の卑怯な行いを、皆の中から薄れさせたのだ。

 その証拠に、1年生側から、ぼく達を応援する声が大きく聞こえてきた。なんとまあ、単純なのだろうか。

 そんな1年生の歓声の中、


『……ふっ』


 阿部が小さく息を漏らす。


『いいだろう、1年生。正々堂々と真正面から受けてやろうじゃないか!』


 その言葉と共に、うぉおおおおお、と2年・3年生側から叫び声が上がる。

 負けじと、1年生側の声も大きくなる。


『勝つのは1年だーっ!』

『勝つのは3年だーっ!』


『ガンバレ! ガンバレ! い・ち・ね・ん!』

『負けるな! 負けるな! さ・ん・ね・ん!』


 いつの間にか、応援合戦になっている。1年生の方はぼく達のクラスと、3組の人達が中心となって声を上げてくれている。

 そんな風に、わーわーと声が飛び交う中。

 両代表は、腕を組み、静かに視線をぶつけ合っていた。

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