第7話 オレ達の作戦会議
◆
「――とまあ、そんなことにならないように祈ろうか」
詩志の家の地下室。去年の夏もそうだったように、ぼく達の集合場所といったらここである。因みに詩志曰く「絶対に電波が外に漏れないから、盗聴器やら何やらの通信機は使えない。だから安心だぞ」とのことらしい。確かにここでは携帯電話は使えない。そんな機能は不便だしいらないと思っていたが、こうやって宣戦布告をした後ではそれも必要かな、なんて考えてしまっている。
ここに8人全員が学校終了後に集まったのは、勿論、これからの勝負も対しての作戦を相談するためである。
「……祈ったところで何か変わるとは思えない」
改多が珍しく、先程の詩志の言葉に反応を示す。詩志は手に持っているボールペンで掌を叩く。
「んなことは判っているって。そうなれば面倒くさくなくていいなあ、と思っているだけだ。どっちにしろオレ達は勝てる」
「そうなのかな……」
誠が不安そうな声を上げる。と、その誠の手をいきなり悠一はガシッと掴み、「うりゃっ」と引っ繰り返す。
「痛いよ悠一」
「お前、見た目は屈強そうに見えんだからさ。もうちょっと男らしくあれよ」
「そ、そんなこといったって……無理だよ……」
「大丈夫だって。堂々と、杏よりもある胸を張れよ」
「あ、ひどーいー」
杏はぷくーっと頬を膨らます。
「男の人よりはあるもんー」
「ほう。トリプルAのお前が何を言う」
「違うよおー。ダ……Bだよおー」
「嘘つけ。それに、どっちにしろないじゃん。因みに美里はEカップだぞ」
「ふっふっふ。そのデータは古いよ」
「なん……だと……」
ショックを受けている悠一の横で、何故か得意そうに美里は胸を張る。
ぼくは思わず眼を逸らした。
紳士の振る舞いだ。
……でも横目でちょっとだけ見てみた。
紳士の振る舞いだ。
そんなぼくの視線には気付いていないようで、美里は悠一に指を突きつける。
「新しいデータが知りたくば、ルル×ロロ本を3冊、私に献上するんだね」
「くそ……2冊しかない……」
「ならば駄目だね。出直しなさい」
「……あのさ」
夢が呆れたように美里の額を小突く。
「バストサイズが知られていることに少しは羞恥心を持ちなさいと美里に言うことも大切だと思うけど……あんた達、どういう立場に置かれているのか判っている?」
「判っているさ。Dカップの夢よ。なあ、どう思う、海斗?」
「強気キャラの基本は貧乳だというのに、情けないぞ、夢。……って悠一、ぼくに振ってくるな。咄嗟の返答に困るだろ」
「すらすら出てきているくせに」
はあ、ともう一度深く息を吐き、夢は腰に手を当てながら眉間に皺を寄せる。
「もうちょっと、自分達が勝負を挑むんだ、って自覚しなさいよ」
「確かに。現にぼく達は少し、現状認識が甘いのかもしれない」
ぼくは軽い口調で続ける。
「ま、だけどさ、今から緊張するより、こうやってふざけあっている方が楽しいだろ」
「そんなの分かっているわよ」
「やる時はやる。やらない時は自由に。まあ、そんなんでいいじゃない。人生なんて」
「そんなの……で、いいのかなあ……」
不安そうにそう言う夢。
そんな彼女に見せるよう、ぼくは肩の力をはっきりと判るように抜く。
「本当は駄目だけどね。でも、ぼく達はそれでいいんじゃない?」
「……うん」
やっと夢が柔らかく笑った。
責任感が強く、人に注意する時はまず自分が出来ていなくてはいけないと思っている彼女が、宣戦布告から相当気を張り詰めていたのは分かっていた。実を言うと、ぼくが馬鹿をしているのは、彼女のためにやっている部分が多い。だが、逆に物凄く怒らせてしまうこともしばしばあるので、効果は今一つなのかもしれない。まあ、それでも本気で怒っていないようなのでこのままでいいか。継続継続。
「あー、そろそろ話を始めてもいいか?」
ぼく達がやり取りしている間、黙って手元の紙に何かを書いていた詩志が、人差し指で頭頂部を掻く。
「いや、締め切りは今週末までだから急ぐ必要はないんだけどな……でも、ま、夢が言った通り、少しは雰囲気を出すために作戦会議を始めようか」
どこにあったのだろうか、ホワイトボードを引っ張ってきた。詩志の家の地下はそんなに広くはなく、どこぞの青いネコ型ロボットのポケットの中を髣髴させる収納スペースと物の量がある。確か去年にはその本体があった気がするが……
それはさておき、その真っ白なホワイトボードを、詩志は、いつの間にかボールペンから持ち替えた黒ペンで叩きながら説明を始める。
「えー、これから2週間後の土曜日、オレ達は2年生に勝負を挑むわけだ。そこで、いくつかの項目について相談しなくてはいけない」
手元の紙を見ながら、次々と白い板状に文字を書いていく。
「まず、勝負する種目をどうするか。これは、オレ達が8人だから、7対7の形で勝負することになっている。だから次に、誰がどの勝負に出るかを決めなくちゃいけない……ま、とりあえずはこの2つって所かな」
キュキュッと鳴らし、ぼく達の方を向く。
「さて、何か意見がある人はいるかな?」
「……と言っても」
またまた意外にも、一番に手を挙げたのは改多だった。
「……俺達は確実に勝たなくちゃいけない。だから、それぞれの一番得意なもので勝負を挑むべきではないのか?」
「なるへそ! お前やっぱ頭いいなあ!」
「……悠一。少し力が強い」
「悪い悪い。興奮しちまってよ」
「あれれー? 何で美里ちゃんも興奮しているのー?」
「な、何でもないよ……」
「全く、美里はこんな時にもう……」
「あーあー。盛り上がっている所に悪いが」
詩志は大きくバッテンマークを作る。
「今回はそれはなしだ」
「ええぇぇえええ?」
「……だろうな。さっきのは言ってみただけだ」
改多は腕を組んで眼を瞑る。
「う、うそつけやい」
「嘘じゃないと思うよ、悠一。だって、ぼくも気がついていたくらいだし」
だから黙っていたのだ。
「どういうことなの、海斗?」
夢の問いに、ぼくは人差し指を立てる。
「少し冷静に考えてみれば分かるさ。さてさて、ぼく達は誰と勝負するつもりなのでしょうか?」
「うーんと……2年と3年だね」
「そう、正解。ぼく達は――3年生も相手にしなくちゃいけないんだ」
「あ、そうか」
どうやら夢もそこで気がついたようで、手を合わせて反応する。しかし、他の4人は未だに判っていないようで「どういうこと?」と訊いてくる。
夢は人差し指と中指と薬指の三つを立てて4人に説明する。
「つまりはね、あたし達は3年生とも勝負しなくちゃいけないわけ。んで、2年生と3年生だったら、当然、3年生の方が強さが上なの。経験とか、奪った頭脳とか考えると」
「確かに……運動面も勉強面も、個人的にも総合的にも、3年の方が上だな」
手帳をパラパラと捲って、悠一が頷いた。
「でしょ? ってことは、あたし達は2年生に――本気を出すわけにはいかないのよ」
「ああ、そういうことなんだね」
美里も納得したような表情で頷く。
「3年生にその競技で挑むことを、拒否されちゃう恐れがあるからね」
「その通りよ」
夢は大きく頷く。
「でもーだったら2年生とはどうやって勝負するのー?」
そこで杏が首を傾げる。
「うん。それが問題だよね」
誠が顎に手を当てて唸る。
「3年生用に得意なものは隠す。かつ、2年生に勝つ方法なんて……あるの?」
「それだけじゃないぞ、誠」
ぼくは人差し指を立てる。
「加えて、3年生に『これなら絶対に勝てるな』と、そんなことを思わせる勝ち方じゃないと駄目なんだ」
「どうして? さっき美里が言った理由で?」
「ああ。それもそうだけど、もう一つ――」
「……外からの妨害を受けないため」
改多がぼそりと言葉を漏らす。その言葉を拾って、ぼくは続ける。
「うん。ぼく達が手強いと判れば、3年生達は非道な手段に出るかもしれない。それこそ、保護者を動員してこの宣戦布告自体を潰したりね」
「はあ……成程ね……」
感心したように息を吐く誠。
「……ちょっと待って」
美里が神妙な顔つきになり、短く首を横に振る。
「そんなこと……無理じゃないの?」
「おいおいおいおい。無理、ってどういうことだよ?」
両手を広げて肩を竦める悠一に向かって、美里は説明する。
「だって、夢ちゃんが言っていた『2年生に本気を出さない』のと、海斗君が言っていた『3年生に、絶対に私達に勝てると思わせる勝ち方をする』ってこと。この二つを合わせて考えると――」
息を呑んで、美里はその解を導き出す。
「私達は『3年生と勝負する競技をそのまま2年生と勝負しなくちゃいけなくて、しかも本気を出さずに勝たなくちゃいけない』ってことだよ」
「……ああっ!」
「そんな器用なこと出来る?」
その言葉に『出来る』と言う者はおらず、全員が押し黙る。美里は小さく首を振って「……私には出来ないよ」と呟く。
「どの程度なら勝てて、どの程度なら相手に勝てると思い込ませられるなんて、私には判らないよ……」
「くっそ……こんなとこで躓くのかよ……」
悠一がガシガシと頭を掻く。と、不意に何かを思いついたように顔を上げる。
「だったら、いっそ3年生と勝負する内容とは違うものを全力でやれば――」
「それも無理ね」
夢が即座に否定する。
「得意なもの以外で2年生に勝てるものなんて数少ないし、それに、3年生に『勝てると思わせる』ってことは、種目も変えられないのよ」
「しかも、勝てそうにないと思わせられたら、その種目自体を拒否されちゃうのかー……」
杏が珍しく難しい顔になる。その横で悠一は完全にお手上げだという顔で、天を仰ぐ。
「あー、2年生にギリギリ勝てて、3年生に本気出せば勝てるなんて、一つくらいしか思いつかねえよ」
「え? 悠一君、そんなものがあるの?」
「あるさ。具体的に言うと、『100メートル走』なんだがな」
悠一はホワイトボードに近付くと、何やら数字を記していく。
「おれが持っているデータではおれ達の中で二番目に早い奴のタイムは、2年生で一番早い奴よりも0.2秒早い。でも、3年生の一番早い奴は、それよりも1秒弱早い。ま、おれ達のタイムは中学3年生の時であるとはいえ、この差は埋められないだろう。……だが」
悠一は左手の人差し指を立てる。
「おれ達の中で一番早い人は――それよりも1秒以上早い」
「多分、全国でも上位の方に行くんじゃないかってくらい早いからな」
ぼくの言葉に、みんなが頷く。彼の実力は、みんな知っているからだ。
「おっと、全国といえば3年生に、長距離走で全国クラスの生徒がいるぞ。ハーフマラソンを1時間10分で走る人が」
「それって早いのー、悠一君―?」
「1分に大体303メートル走る、って考えたら速いだろう」
さらりと悠一はそう答える。
「そういうわけで、データからは、2年生にギリギリ勝てて3年生に絶対に勝てるなんて競技は、一つしかないってわけだ」
「そうなのか……」
周囲が落胆の表情に影を落とす。
ぼく達の計画は、ここで頓挫してしまう。
誰もがそう思った。
――だが。
「おいおいおい。みんな、何を言っているんだ?」
一人だけ笑っている者がいた。
「オレが――その程度のことを考えていなかったと思っているのか?」
「……え?」
自信満々の詩志の顔を見て、ぼく達は戸惑いの表情を浮かべる。
その中心にいる人物は「うんうん。今度は改多も表情を変えてくれて嬉しいぞ」と言って、ホワイトボードを叩く。
「確かに、お前達が相談していたことは至極正しいし、導き出した結論も当然のことだ」
「なら、何でお前は――」
「最後まで話を聞け、海斗」
黒ペンでビシッと指された。
「それはな――『真っ向から立ち向かった場合』なんだよ」
「真っ向から……」
「今一つ、みなに確認しておく」
と、詩志はホワイトボードに一つの単語を書く。
書かれた文字は――『正義』。
その文字を、
「この宣戦布告でのオレ達は――正義じゃない」
詩志は大きなバツ印で否定した。
「それは理解しているか?」
「…………」
全員、黙って頷く。
現に、1年生全体を騙しているのだ。今更正義面するわけにはいかない。
「なら、いいんだ。――さて、そろそろ作戦を説明するぞ」
詩志は黒ペンのキャップを取る。
「オレの作戦は、そのまんまだ。3年生に勝つには、自分達の得意な競技をやるしかない。だからそのために、2年生も同様の勝負項目にする」
「あれ? でもそれってさっき詩志君自体がなしって……」
「慌てるな、美里」
手で押さえる仕草の後、詩志は堂々とこう言い放つ。
「それは今回――当人がその競技を行わない、ということだ」
「異議あり」
即座に悠一が不満そうな顔で右手を挙げる。
「それはさっき、オレが否定された通りだ。出来るわけがない」
「ふふふ……それがあるんだよな」
にやり、と笑みを浮かべる詩志。
どう考えても悪いことを考えている顔。
「あー、なんとなく分かったよー」
そこで杏が手を合わせて得意そうに言う。
「つまり、あのバッチを付けるんだねー」
「残念ながら違う」
「えー」
まあ、そりゃそうだよな。
「あのバッチの効果は見ただろ? あれならばやり過ぎて、得意な種目でやった時と同じ問題が生じる可能性がある。それじゃ本末転倒だろ?」
「あ、そっかー」
「ってことは……」
夢は、詩志の胸元のバッチを指差しながら、残念そうに声のトーンを落とす。
「それ、今回は使えないのね」
「うん。そういう用途では使わない。使わないで出来る」
「なら聞こうじゃないか」
畳を叩いて斜に構え、ぼくは自信満々の詩志に問う。
「お前は、どういう手を使って、この状況を乗り越えるつもりだ?」
「ふふん。至極簡単なことだよ、ホームズ君」
それを言うならワトソンだろ、なんてツッコミを入れる前に、
「いいか」
ドン、とホワイトボードを強く叩き、我らが代表は口の端を大きく歪める。
「オレ達の作戦は――」
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