第23話 オレ達と3年生の勝負 ――100メートル走

      ◆



 ポップコーンを両手に抱えてテントに戻ると、ちょうど先輩の放送がグラウンドに響いてきた。因みに、今までは夢の実況が流れていたのだが、これがなかなかうまく、先に席に戻っていた悠一が凹んでいた。


「恥ずかしがりながら実況する夢が聞きたかったのに……」


 その発言を聞いてぼくの中で何かが閃いた。

 ぼくは先程の汚名を返上すべく、詩志に小声でこう耳打ちした。


「……分かった。悠一は夢のことが好きなんだな」


「ハッ」


 鼻で笑われた。どうやら汚名挽回してしまったようだ。

 まあ、それはともかく。


『はいはーい。マラソンの実況の方は一旦中断いたしまして、今度は100メートル走の実況が始まるよー』


 イエーイ、と観客。


『ありがとー。さてさて、もう始まるのですが、ここで走者の紹介でも致しましょう。ってかしなきゃ駄目だよね。マラソン実況の素人さんに教えてもらったよ。後輩! 彼女を見習え!』


「ういーっす、先輩……」


 やる気のない声。マイクを通していないため先輩には聞こえておらず、無視して放送は続く。


『ってなわけで、まずは3年生から。来澤要君。生徒会長――ああ、公式ではないけど、もう元生徒会長になっているんだね。失脚した経緯を話したりするとこの私が反則になってしまうので、いい所だけ紹介しますね。足が早い』


 そりゃそうだろ、他のことを話せよー、とヤジが飛ぶ。


『だって言うことないんだもん。おい後輩! ちゃんと調べておけよ!』


『調べたら手元にあることしかなかったんですよ』


 いつの間にかマイクを掴んでいる悠一。


『いい所ないじゃないか!』


『ないものは探してもないんですよ』


『なら仕方ないか』


 十分にひどいことを言っているが、ルールには抵触しない。事実は酷なり。


『じゃあ、次は1年生の紹介。今野誠君。ガッシリとした身体で足が速いのかどうかというのは微妙ですが、データは……あれ……おい、後輩、ないぞ!』


『書くわけないじゃないですか。情報流出は罪ですよ』


『ああ、そっか。では続けます。彼は見た目とは裏腹で優しき少年だ。男性のファンクラブが出来ているという噂があるが、本人は至ってノーマルだから、狙っている奴らは諦めるんだな』


 えー、という野太い声があちこちで上がる。これ、ぼくだったら相当精神的に来るぞ……。


『ま、紹介はここら辺にして、そろそろ始めてもらいましょう』


 その声を合図にして、20000メートル走と同様に先生が準備する。

 誠と生徒会長。

 両者は視線を一度ぶつけて、スタートラインに立つ。


「では、いちについて」


 二人の足の筋肉に力が入るのが見えた。


「よーい……」


 ――パン。


 ピストルの弾ける音と共に、二人も弾け出た。


 スタートダッシュは、互角。

 両者は10メートル。

 20メートル

 横一直線。


 だが――30メートル地点で異変が。


『おーっと! 3年生がほんの少し前に出たーっ!』


 頭一つ分だけ、生徒会長が先行する。


 まずい。

 誠の味方側の人間は、そう思っただろう。


 だが、ぼくはそう思わなかった。

 そして、ぼくは見逃さなかった。


 ――誠の笑みを。


『あーっと! 1年生! すぐに並んだ! そして抜かしたぁーーーーーーっ!』


 二人の差はぐんぐん離れていく。

 70メートル辺りではもう既に50センチ程の差が。

 勝敗は明確だった。


『先頭は1年生、先頭は1年生、速い速いこれは速いぞ! あと10メートル、ラストスパート――――ゴールイン!』

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 1年生側から歓喜の声が湧き上がる。


『なんという速さでしょう! 圧勝です! 1年生チーム、まずは白星をあげました!』


「うっし!」


 思わずガッツポーズをしてしまった。2年生の時には、あんな手を使ったので勝負をしているという実感が湧かなかったが、今回は真正面から向かって行ったのだからだろうか、嬉しさが込み上げてきた。悠一と杏もぼくと気持ちは同じようで、諸手を上げて喜びを表していた。


「ま、当然だな」


 だが詩志だけは一つ頷いただけで、何もアクションを見せなかった。もうちょっと喜んでもいいのに……まあ、このくらいでなくては、リーダーは務まらないのかもしれない。

 ふと、相手側の代表の阿部を見てみる。周りの人間が失望した表情を見せている中、彼だけは眉一つ動かしていなかった。ああ、負けたのか、程度にしか感じていないように思える。


「さて、次は10時45分からの計算早解きか」


 それは横にいる小さな人物も同じで、思考は次の勝負に移っている。

 この二人には共通点がある。


 それは大局を見ているということ。

 一つ一つの勝負に一喜一憂するのではなく、それが次の対局へどう繋がるか、どうするのかを考えて、次に備える。詩志は勿論だが、3年生代表の阿部も、恐らく次の対局での選手への言葉とか注意を促すとか、勝つための方法を考えているだろう。少なくとも、今回の負けを反省しているわけではなさそうである。


 そして。

 この二人には違う点がある。


 それは――


「じゃあ……チョコバナナを食べに行こうぜ!」


 お前はリラックスしすぎだ、詩志。

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