第27話 オレ達と3年生の勝負 ――ミスコン

      ◆



『皆さん! お待たせいたしました! 校舎にいる方々もぜひぜひ顔をお出しになってグラウンドに注目してください!』


 その先輩の声が鳴り響くと、窓がガラガラッと、まるでタイミングを合わせたかのように一斉に開いた。うわあ、男の顔ばっかり。


『始まりますよ! じゃあ、皆さん、ご一緒に。せーの』



「「「ミスコンだぁぁぁああああああああああああっ!」」」



 地鳴り、地響き、轟音、怪音。

 太い叫びが、空間を支配した。


「……そういや、思ったんだけどさ、この学校って今は荒れちゃったけど進学校だったよね?」


「ああ、そうだよ」


「なんかノリが良かったり、ミスコンの運営が化物じみたりしていない?」


「男の本能だろ?」


「じゃあ、乗り気じゃないぼくはどうなんだよ」


「魚だな」


「せめて哺乳類でありたいよ!」


 そんな風にふざけていると、


「ほい、海斗」


「ああ、戻ってきたのか、悠一……って、何だこれ?」


 いつの間にやらテントに戻ってきていた悠一から紙を渡された。あぶり出しでもするようなものでもないし、見た所、コピー用紙を重ねてはさみで切ったかのように、歪な四角形のただの紙キレ。


「お前ルール見ていないのか? ってか裏を見ろよ、裏を」


 悠一が呆れた声を出す。


「裏? ……ああ、ミスコンのアレか」


 言われた通りに裏返すと、文字が書いてあった。すっかりと頭から抜けていた。


「それと詩志。伝言」


「ん?」



「午後の準備は整った――『1分』」



「了解。それで十分だ」


 そんな短い会話の後に拳をぶつけ、満足そうな笑みを浮かべながら、悠一は去っていった。

 それとほぼ同時に、


『皆さんのお手元に紙が渡ったでしょうか? 男性用と女性用で違うので注意してください』


「おかまはー?」


『男性用でお願いします。――さあ、お判りの通り、このミスコンは皆さんが審査員です。その紙に書いてある通り感じた方の人物にマークを付けて、終わった直後に提出してください』


 紙には、『どちらがミスコンの勝者に相応しいと思うか』という文字と共に、二人の名前が書いてある。


 一人は杏。

 そしてもう一人は――見れば判るであろう。


『どうやら皆さんの手元に渡ったようですね。では、ミスコンを開催します! 代表の二人、入場です!』


 スモークなどは焚けないが、音楽だけはそれっぽく、


『一人目は、1年生代表! 名橋杏さんです!』


 ナレーションと共に、少女が入場する。


「うわあ……」


 ぼくは感嘆の声を口から漏らしてしまった。

 彼女は紅を引き、髪をヴェールで纏め、純白の花嫁衣裳に身を包んでいる。


「き、綺麗……」


 どこからかそうポロリと零した女性の声が聞こえる。女性ですらそう思ったのだ。男性ならさらにそう認識しているだろう。

 元々彼女が持っていた妖艶な雰囲気と相まってその姿は、突然、目の前に天女が舞い降りたのかとも錯覚させた。


『…………ああっと、すいません。思わず見蕩れて、実況をサボってしまいました。しかし、これは凄い……』


 杏がシャランと髪を掻き上げると、男女生徒教師関係なく、はあと吐息が漏れた。


「あいつ、本当に黙っていればいいのにな」


 そう言うのは詩志。


「それを言うなら、こっちの女性陣は全部そうだろうが」


「あ? 夢はしゃべった方がもっといいと言われているぞ」


「女性にな」


「ひどいわね、それは」


 苦笑しながらぼくの肩を叩いたのは、夢だった。


「うわ! いつの間に戻ってきていたのか!」


「美里も改多も戻ってきているわよ。20000メートル走の終わり、見ていなかったの?」


「いやあ、さっぱり」


 本当にいつ終わったんだろうか。記憶にない。


「で、改多と美里は?」


「改多は放送部員の手伝い。美里は誠に介抱してもらっているよ」


 なにい? 誠に美里の介抱を? ……喜ぶだろうな、誠。


「お前、いいことするな」


「何が?」


「何ってお前、誠に美里の介抱をさせてあげているんだろ?」


「いやいや。美里が誠に介抱されているんでしょうが。あたしは何もしていないわよ」


 本気で判らないようで、夢は首を傾げる。


「おお! 心の友よ!」


「な、何よ!」


「ギャルゲーの主人公同士、めげずに行こうな!」


「一緒にするな! な、何であたしがギャルゲーの……って、あたしは女だっ!」


「そんなのは判っているさ。最近は女が主人公のギャルゲーもあるんだぜ」


「そうなの?」


「いや、嘘ついた。ごめん。知らん」


「『双子姉妹のドキドキ百合女学園生活 ――ああ、ダメェ、お姉さまぁ――』


 ぼく達の時が、一瞬止まる。


「……いきなりどうした? 詩志」


「女が主人公のギャルゲーだよ」


「「何故に知っている!」」


「はっはっは」


 ぼくと夢のダブルツッコミを、詩志は一笑してかわす。

 と。


『――さて、以上の二人が、今回、ミスコンを争うのです』


 ……あれ? いつの間にか、話が進んでいるぞ。小説で言えば乱丁で一ページ分を飛ばしたような、そんな気分だ。


「なあ、二人目、いつ登場したよ?」


「『これは凄い』の後の『続きまして』の時」


「『続きまして』なんて言葉聞いた覚えないな……」


 夢が親指で放送室の辺りを示す。


「ま、杏に対するざわめきで、ほとんど聞こえなかったけどね」


「お前は本当に耳がいいなあ」


 そう感心していると、詩志が声を挟んでくる。


「んで、その時の周りの反応はどうだった?」


「変わっていないわよ。見ての通りよ」


 ふう、と夢は肩を撫で降ろす。


「杏一色」


 ああ、成程。二人目の選手はあまり見向きもされなかったということか。

 無理もない。

 だってあいつだもの。

 ぼくの視線の先にいる出場者は二人。


 名橋杏。


 そして――

 あの1年三組での出来事の、最低女だ。


 何故、彼女が3年生代表として出ているのか。

 それはひとえに――


「うらあ! お前ら! 泉ちゃんを応援しろよーっ!」


 観客席に向かって怒鳴り声を散らす、本郷剛のわがままによるものだった。というよりも恐らく、玖堂のわがままだろう。そして、ぼく達に滅茶苦茶に懲らしめられたから、その復讐をしたいという、単純明快で至極馬鹿らしい理由だろう。全く、そんなんで一種目消費させられるとは、3年生代表の阿部も可哀想だな。


 だが結果的に――1


『さて、ここからが本番――なのですが……』


 しょんぼりとした先輩の声。


『頭のかた……オッホンホン。この学校の良俗を守ろうとしてくれる先生方の配慮により、水着審査やら何やらといったことはことは出来ないので、残念ですが、本当に残念ですが、誠に残念ですが、皆さん、お二人の支援者代表のスピーチを聞いて、それが終わった時点でお手元の紙にお書きください』


 当然といえば当然、不満の声があちこちで上がる。しかしこれはもう決定事項で、どれだけ騒ごうとも動かない。


『ではまず、3年生側の支援者代表、お願いします』


『……3年生支援者代表の、本郷剛だ』


 その声が聞こえた瞬間、会場内はしんと静まる。一人だけ、中央で和服姿の玖堂が「きゃーん。剛君、かっこいいー」とくねくねしているだけだ。


『俺からは一言だけ』


 ドスの聞いた低い声で、本郷は告げる。


『こんなに可愛い泉ちゃんに投票しねえ奴は……覚悟していろよ!』


 主に3年生の側から、ひいいという小さな悲鳴が聞こえた。これが証明している通り、本郷の暴力の恐怖は、代表が変わってもまだ続いているようだ。


 そう。

 これが、杏が勝てない理由の一つである。


「性欲は恐怖には勝てない。ヤクザに銃を向けられたら裸の女に飛びつこうとしないだろ?」


 そう詩志は説明したが、それはまた別な要因な気がする。まあ、要するに、恐怖は強いということを言いたいのだろう。故に、男性の得票の半分は得られないと考えるべきなのである。

 そして女子は――


『はいありがとうございます。では次、1年生側の支援者代表、お願いします』


 おっと、次はぼく達の番か。

 というか、ぼくの番だ。

 悠一からマイクを受け取り、ぼくは言葉を発する。


『あー、こちらは1年生側の支援者代表、陸羽海斗です。えっと……こちらも一言だけです』


 瞬時に思いついたことを口にする。まあ、相手に対抗してなんだけど。


『杏は本当に馬鹿なんだ!』


 聞いての通り、中身などない。


『以上!」


「ひどいよー」


 杏が涙目になってこちらを見る。マイクはないが良く通る声だ。流石役者の娘。


「あたし馬鹿じゃないよー」


『じゃあ、赤ちゃんはどうやって出来るのか答えてみろ!』


「コウノトリが連れて来るんだよー」


『じゃあお母さんが腹を痛めるって言う表現はおかしいだろ!』


「え? お母さんのお腹から出るのはウンチだけだよー」


 世にも美しい彼女の口から、『ウンチ』という単語が出てきた。

 それを踏まえて、結論。


『ゴメン、違った! 馬鹿じゃなくてアホだった!』


「それもひどいよー」


 性に関する知識も経験も乏しすぎる。中学で保健体育の授業を受けていないのか? いや、本でも読めばそんなこともすぐに知識として吸収出来るのだろう。しかし杏は、国語全般が得意なのにも関わらず、何故か本当に判っていない様子なのだ。本当に不思議な話だ。

 まあ、それはおいておいて。


『では皆さん、これにて両者の支援者代表のアピールは終了です。最後に、出場しているお二人から、一言お願いします』


 まずは玖堂がマイクを手に取り、客席に向かって指先を突き付ける。


『あんた達! 私の方が綺麗なんだから、私に入れなさいね』


 そう言うと玖堂は、マイクを地面に投げ捨てた。何と傲慢な言動と態度。しかし、それでも通用してしまう。あえて口にはしなかったが、その背後には本郷がいる。本郷に恐怖を感じている生徒は、従ってしまうだろう。

 そして、投げ捨てられたマイクの行方はというと、


『あーあーあー、マイクは大丈夫、デスデスー』


 嬉しそうに杏に握られていた。その杏は右手を高々と挙げ、


『わたしには主張することは何もないですー。けど、一つだけー』


 観客席に、とんでもないことをぶち撒けた。


『誰か赤ちゃんがどうやって作られるか、私に教えてくださいー』


 場内が静まる。

 いやはや、みんな答えを知っているはずだから、顔色がピンクになるのは当たり前のことで。変な雰囲気になるのも、当然なわけで。そして、誰も何も言えないのも、ある意味普通の反応なわけで……


 だが――その中で一人、


『あーっはっはっは! あんた、そんなのも分からないの? 馬鹿なの?』


 マイクが、杏の横で高笑いを上げている玖堂の声を拾う。


『それとも、ブリッコで男相手に点数稼ぎかしら?』


『そんなことないですよー。あー、ということは、玖堂さん、知っているんですかー?』


『知っているも何も、常識でしょうが』


『お願いしますー。教えてくださいー』


『ふん、いいわよ』


 にたーっと意地の悪そうな笑顔を浮かべる玖堂は、大きな声で言いやがった。


『赤ちゃんてのはね、男がピーして女がピーしてピーヒョロロパープーすると出来るのよ!』


『……へ?』


『だから男が裸でピーをピーして、女がそれをピーでピーすれば出来るのよ!』


 あまりにも卑猥な言葉だったので、ぼくの脳内でフィルタを掛けておいた。放送禁止用語たっぷりだったので仕方ない。

 そして、その言葉を真正面から受けた杏はというと、


『はうー』


 撃沈。

 頭から煙を出して地面に崩れていった。ああ、なんとピュアな子だろう。恐らく、嫁入り前に花嫁衣裳を着ると婚期が遅れるなんてことも知らな……いや、でも文献とかで知っているのかな? だとしたらどうして着ているんだろうな?

 っと、そんなことはどうでもいいか。

 とにかく、今は高笑いする玖堂の横で倒れている杏を助ける術を考えなくては……。


「……あれ?」


 ぼくが助ける?

 そうしたら、彼女の評判は――


「……行っちゃ駄目じゃないのか?」


 思わず呟いたその言葉。それを詩志は拾って、いやらしいものを見る眼でぼくを映す。


「卑猥な言葉を言っちゃ駄目かって? 駄目だろ」


「んなわけねえだろ。……いや、杏を助けようと思ったんだけどさ。というかフォローを。『この通り、こいつは計算づくじゃない。天然だ』ってさ。でも、それをしたら逆にあいつの評価を下げることになるじゃないかって思ってさ。わざとだと思われて」


「ま、そうだろうな」


 詩志はそう肯定の声を上げたが、


「でも、どうせ勝てないんだから、助けてもいいよ」


「いやいや、これからのあいつのイメージに関わるじゃん。勝負うんぬんじゃなくてさ」


「おお、アフターケアを大切にする。さすがギャルゲーの主人公!」


「褒めている……いや、どうみてもけなしているよな」


 このまま定着したら嫌だな。もし漫画の登場人物になったとして、紹介欄に一言、『ギャルゲーの主人公っぽい男』…………泣ける。

 いや、今はそれを置いておけ。杏の救出が先だ。


「……とりあえず物理的な杏の救助をさ、夢、お願い出来る? ぼくでもいいけど、助けるのが女性の方が、あいつに対するイメージは良くなるからさ。悪くならない、って言った方が正しいかもしれないけど……とにかく、お願い」


「うん。了解」


「ありがとう」


「いいっていいって」


 すぐさま向かおうとする夢に向かって、詩志が一つ付け加える。


「あ、杏の胸にあるバッチを外さないように気をつけてね」


「オッケー」


 親指と人差し指で小さな丸を作って、数秒も経たないうちに夢は素早く杏の元に辿り着く。その夢の手で白色の衣に包まれた杏は舞台から降ろされていった。

 会場内は再び、水を打ったように静かになる。


『……えー、あー、こんな形で出場者が退場してしまうというハプニングがありましたが、あの時点で後は集計だけになっているので、この場にいなくても問題はありません。よって皆さん、お手元にある紙を、箱を持っている先生や生徒に渡してください。結果発表は恐らく今から3〇分後ぐらいでしょう。それでは皆さん、よい昼食を』


 先輩は早口で無理矢理にまとめて、この場を切り上げた。

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