エピローグ
第31話 オレ達の打ち上げ
◆
「かんぱーい!」
グラスが重なる音が、詩志の家の地下室に鳴り響く。
その昼に決着がついたばっかりなのに……いや、だからこそか。その日の夜に、ぼく達はこうして勝利の美酒に酔っていた。かといって、まだお酒を飲める歳には四年ちょっと足りないので、ぼく達のグラスにはコーラがなみなみと注がれていた。そう、決して「このオレンジジュースおいしいねえ」とか「あれ? これってもしかしてお酒じゃないの?」とかあるわけがない。
まあ、そんなフラグは立っているけれどね。
……フラグ、か。
アイアム――『フラグブレイカー』。
あの後、散々からかわれた挙句、「……でも、なんか納得だよな。その二つ名」と真剣な眼で改多に言われた日には、もう心はノックアウト。今なら我が生涯に悔いありまくりで昇天出来る。あまり冗談を言わない改多が口にしたということが、一番のポイント。みんなは勿論、思わずぼくも頷いてしまったのだ。
まあ、それも一時間前の話。
今は、今を思い切り楽しもう。
「にゃー」
「おう! サトルも飲むか?」
「飲ませるなボケ!」
詩志に胸をど突かれる。勝負の間にはほとんどクールなものだけしか浮かべなかったその表情を、ここで爆発させている。
「あー、クールキャラ疲れた!」
「お疲れさん」
あははと誠がコーラを注ぐ。その横で小首を傾げる杏。
「でもー、どうしてそんなキャラにしていたのー?」
「代表ってのはそういう風じゃなくちゃいけないんだよ」
「某仮面の王子みたいにね」
「美里の言う通り! ってか、それに影響されたんだけどね」
「アニメかよっ!」
イカの足を片手に持ちながら、楽しそうにツッコミを入れる悠一。それに向かって美里が頬を膨らませる。
「アニメなめんなー。悠一君なんてベテランのおじいさんに吹き替えられちゃえ!」
「生身の人間だから無理ですー……って、あれ? ん、んんんんん? ……声が変わってる!」
「変わってないわよ」
呆れたように夢が溜息をつく。
「ノリが良すぎてついていけないわ……」
「……俺もだ」
改多がちびっと麦茶を飲む。
「……こうやって大声の出し方を知らないからな。剣道で負けるのも当たり前だった。……まあ、二個あるバッチの一つを持っていたから頭脳は奪われなかったけど、でも負ける勝負に挑むのはテンション下がる……」
「それはぶつぶつ言わない!」
夢が改多の背中をドンと叩く。
「後半の種目は詩志以外、あたし達3人がじゃんけんで決めたんだでしょ。自分で決めたんだから文句言わない。あたしは出られなかったんだからさ」
「そうだそうだ。ぼくも結構苦労したんだぞ。制限時間あったし」
やれやれと首を振りながら、ぼくも話に参加。
「格闘っていっても、ぼくは何の経験者でもないんだからさ。あの時、剣道を選べば良かったと思ったよ」
「……じゃあ、選べよ」
「やだよ。防具臭いじゃん」
「……否定はしない」
「あたしはどっちでも良かったのよ。ああ、暴れたかったなあ」
ブンブン、と竹刀を振る、そして拳を突き出す仕草。それが生み出す風圧を受けながら、ぼく達は遠い眼をする。
「……なあ、改多。出たのがぼく達で良かったな」
「……否定はしない」
「どういうことよ!」
眉を吊り上げてこちらに向かってくる夢。
「いやいや。かわいいかわいい夢ちゃんに格闘は似合わないなと思っただけで……なあ、改多」
「……否定はしない」
「ほーんーとーうー?」
「ほ、本当だって! なあ、改多」
「……肯定はしない」
「やっぱりね」
口元を堕天使的な笑みの形に歪める夢。次に拳が飛んでくるのは大いに予想がついた。
だが、その前に――
「すきありっ!」
「ふにゃああん!」
「ふっふっふ……耳元がお留守ですよ」
「ひ、ひきょうもにょお!」
夢が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる。だが可愛いものだ。
「……何だこれは?」
「ああ、改多は知らないんだっけ。夢の弱点だよ」
「教えるにゃあっ!」
「ぐはあ!」
予想外だ……パワーは変わらず……いや、むしろ……
「……強く……なった……」
「……かいとー」
口の周りを手で筒状に覆って、改多がそう叫ぶ真似をした。
「……ごめん。大声出ない」
「まあ気にするなよ」
「……うん。でもごめ……え?」
改多がそう言葉を止めたのは、ぼくが平然と立ち上がったからだ。
親指を立てて、ぼくはペロリと舌を出す。
「もう一回、叫ぶ機会があるからさ。それで練習しなよ」
「にゃ! か、海斗! にゃぜ立てるにょ!」
「ふー、危なかったぜ」
汗をぬぐって、
「もし手元にコレがなかったらやられてたぜ」
「にゃん……だと……」
眼を見開く夢。
「みゃさか……悠一で防御したにょか!」
ぼくの後方の悠一。
若い人生だった。
「……ゆういちー……ああ、これじゃあ杏みたいだ……」
「『悠一ぃぃぃぃぃぃいいいいいいっ!』。えへー。わたしは叫べるよー」
「……負けた」
「誰も悠一の心配をしないんだね……」
誠が苦笑を浮かべながら、ただ一人、悠一の元に向かう。
「おう誠。どうだー?」
「かろうじて生きてるよ……あ、起きた」
「かろうじてじゃないじゃん」
「いつつ……一体どうしたんだよ……」
腹部を押さえながら、悠一は唸る。
「誰かに盾にされたような……」
「悠一。何を言っているんだよ! お前が美里の胸をいきなり触って、それで吹き飛ばされたんじゃないか」
「え、ええええ……」
「ああ、そんな気がしてきた……」
ごまかし成功。
しかし当然、濡れ衣の美里は困惑の表情。
「わ、私にそんなに力はないよ……」
「あ、そうだよ。じゃあ絶対ちが――」
「あのバッチを付けていたんだよ。きっとそうだよ、うんそうだよ」
「バッチか。なら仕方ないね」
「納得しないでよーっ! 私は無実ーっ!」
「ああ。バッチなら柔道の前からずっとオレが持っているし」
空気を読め詩志。
……あ、そうだ。柔道、といえば――
「そういやお前、柔道場で何があったんだ?」
「ん? 何って?」
「ぼくに3分半というノルマを課したじゃん。それに始めの1分間は映像を映さないようにしてただろ。いや、大体は予想がつくけどさ……でも、お前の口から何があったのか、そしてどんな意図があってああいうことをしたのかを話してくれないか?」
「おお、そっか。忘れていたよ」
残っていた少量の飲み物をグイッと飲み干し、詩志はコップを机の上に置く。
「うん。カメラマンの誠以外のみんなは、あの時の様子、テレビに映っていなかったから知らないんだよね?」
「ああ。具体的な記録で言えば」と悠一は手帳を捲る。「お前の会場が映されていたのは、始まってから、最初の一分と復帰してすぐの剣道場のアップの1分、さらに体育館の1分半を差し引いたから……1分も映っていないよ」
「ありゃりゃ。そんなに短かったのか。じゃあ、最初の一分いらなかったかもね」
計算ミスだな、と呟く詩志。
「ま、結果的にうまくいったからいいか」
「うまく、って?」
「いいか、みんな。実を言うとな」
腰に手を当て、口の端を上げる。
「この柔道こそが、今回の勝負での一番の目的だったんだよ。それ以外は、いわば布石だったといっても構わない」
立てた人差し指をくるくると廻しながら、詩志は柔道場での出来事について語り始めた。
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