第29話 オレ達と3年生の勝負 ――青春

      ◆



「この文字の送り仮名を言ってみ」


 悠一の放送が終わった直後、詩志は杏からバッチを返してもらい、それを誠に渡して彼が大分遠くに離れたのを確認してから、そう訊ねる。


 マニュアルの表紙に書かれた文字は、『紅娘』。


 ぼくにはさっぱり判らなかったが、杏はすぐさま答える。


「てんとうむしー」


「正解。じゃあ次はこれ」


『兀兀』


「こつこつー」


「オッケー」


 安心した表情を見せ、詩志は笑みを見せる。


「玖堂がこんな読み方知っているわけがないから、頭脳は奪われていない。バッチはきちんと流出防止効果を発揮しているな。……おーい誠、もう大丈夫だからこっち来てくれ」


 杏がバッジの適用外になる屋上の扉付近まで離れていた誠がコクリと頷いたと同時に、ガチャリと後ろの扉が開いて悠一が顔を見せた。


「おう。準備は他の人に任せられる所まで終わったぜ」


「おお、ちょうどいいタイミングだな悠一。こっち集まってこい」


 その声に従って誠と悠一が近くに来た所で、


「さて、これから午後の種目についての説明をしようと思う」


「いよいよね」


 夢がそう頷くと同時に、皆に緊張が走る。


「――が」


 しかし、詩志はそこで一つ言葉を切って、そしてぼくに視線を向けてくる。

 ……ああ、結局言うことにしたのか。

 その意図を理解し、ぼくは黙って頷く。

 すると詩志は小さく頷き返し、こう話を切り出した。


「……うん。その前に、オレについての話をしようと思う」


「詩志君について?」


 美里が首を捻る。


「私達が知らないことでもあるの?」


「ある。しかも恐らく、悠一も知らないことだ」


「おれも知らないことだって?」


「そうだ。意外とあるだろう? 例えば、この、力で頭脳を奪えるシステムが何なのかは判らないだろ?」


「ああ。さっぱり判らん」


「で、そのシステムと詩志のことが関係あるっていうの?」


 眉を潜めている夢に、詩志は顔を引き締めて頷く。


「ああ。オレとあのシステムは、切って離せないものなんだ」


「……それが、お前があのバッチを持っている理由にもなるんだな」


「さすがに目の付け所がいいな、改多」


「あのさっきまでわたしが付けていたバッチのことー?」


「そうだ」


 感心したように顔を緩ませて、


「みんな分かっていると思うが、このバッチは、この悪システムとは真逆となっている」


 力で頭脳を奪う。

 頭脳で力を増強する。


「言うなれば、二つとも原理は同じなんだよ。んで、開発したのが


「……」


 こいつ、さらりと核心を言いやがった。普通はもうちょっと細かく、焦らすように言うだろうに。ほら、みんな呆気に取られて言葉すら出ていないじゃないか。まあ、ぼくは知っていたから、驚かなかったが。

 そんなみんなの様子に構わず、詩志は語る。


「オレのお父さんが死んだの知っているよな?」


「あ、うん。去年の春、だっけ……?」


 誠が気まずそうにそう訊ねる。


「そう、オレが中学2年生から3年生になる辺りだったよ。ま、気にするな。オレはあの時、散々泣いたからさ」


 頬をポリッと一掻きして、


「本題はそこじゃなくて……実はさ、みんなにはオレの父さんは病気で死んだ、って言ったけどさ。あれ、嘘だったんだ」


「嘘?」


「本当は、共同研究者に殺された」


 金目当てでね、と淡々と言葉を紡ぐ。


「んで、今の日本政府に売りつけた。……というよりも、強制的に買わせたんだね。交渉した時点で、散布した後だろうからさ。ま、止める方法はそいつしか知らないわけだし、消し方も今の所ないのだから、政府に研究させるためと言って多額で売りつけたんだろう。もっとも、その直後に政界は大きく変わって、そのシステムの恩恵に預かった奴らばかりになったから、結果的に、金だけをもぎ取って、そしてマシンの研究をさせないという、どこまでもがめついことをしているんだね」


「……ちょっと待て、詩志」


 そこで改多が、静かに口を挟んだ。


「……色々驚くことはあるが、一つ気になることがある」


「何だ?」


「……『散布』って、どういうことだ?」


「目の付け所が相変わらずいいな――そう、そこが言いたかったんだ」


 満足そうな顔に頷く詩志。そして不意に虚空を掴むと、次のように告げる。


「これが――このシステムの正体だ」


「……は?」


 みんなが口をあんぐり開けるのも無理はない。詩志は空中で手を開け閉めしているだけにしか見えないのだから。

 だが、その中で改多だけは首を小さく縦に振り、口を開く。


「……成程――『』か」


「おお、正解だ」


 凄いな。あれだけの情報でこの結論が導き出せるとは。やはり改多は凄い。


「りゅうし?」


 そう。普通は美里のように首を捻るだろう。だから、ぼくが横から説明をする。


「粒子。粒の子供。この粒子は特殊で、どういう理屈で勝負に勝った負けたを判断しているとまではぼくも知らないし、詳しいことも2年生との対決の時に詩志から説明してもらってやっと理解出来たんだけどさ。そうしてお互いの意思があった時に、眼に見えないほどの小さい粒子で相手と繋がり、情報の行き来をするらしいよ。んで、あのバッチには、そういうのとは逆の働きだけど原理は同じ、という役割の粒子を製造する機械が入っているんだってさ」


「へえ、あんな小さなものに……凄いね」


「……って、さっきから説明しているけど、もしかして海斗は全部知っていたの?」


 夢の質問に、ぼくは頷く。


「まあ、幼馴染だから親父さんのこととか知っているし、気兼ねなく話せたんだろうよ。そういうわけだから、別に夢たちのことを信頼していなかったわけじゃないぞ」


「うん。それは分かっているし、そういうことを聞きたかったわけじゃないけど……」


「まー、こうして話してもらっているしねー」


 えへへ、と杏が微笑む。


「これで本当の仲間だ、って安心感が強くなったかもー」


「ポジティブだね、杏は」


「誠君がネガティブすぎるんだよー」


「うん、つまりはこの情報は他人に易々と話しちゃいけねえよな」


 悠一が取っていたメモを破り捨て、飲み込んだ。


「……おい、食って大丈夫か?」


「心配ない。こうなると思って、金太郎飴とかの周りについている食べられる紙で書いていたから」


「あれって、書けるのか……?」


「はい、ちゅうもーく」


 詩志が指先を天に向ける。


「これの製造法の知識は、今はオレと、そしてその裏切った開発者しか知らないわけだ。その開発者はオレが知っていることは知らないから、まぁ、それがバレたらオレは当然、殺されるわけだな」


 軽い口調なのに、とてつもなく重いことを詩志は口にする。


「だからさ、オレがこうした技術を持っていることを、言い触らさないでほしいんだ。幸い、裏切った技術者はお父さんの資料を全部持っていったと安心して、隠してあったこのバッチやその製造法の書いてある書類には気がついていないようだからさ」


 でも、とそこで詩志は俯く。


「ここまで巻き込んでおきながら、ずっと重要なことを隠していてごめん。嫌いになったよな? 軽蔑したよな? 何ならもう離れてもらっても」


「「「「「「そんな訳ないじゃないか」」」」」」


 6人の声が揃った。


「そんな程度で嫌ったり離れたりすると思っているの?」と夢。


「そこまで僕達の絆は浅くないでしょ?」と誠。


「わたし、みんなが大好きだもんー。みんなもみんなが大好きでしょー」と杏。


「……杏の言い方は、少し恥ずかしい。だが、同意する」と改多。


「某仮面の男や某ノートを持った悪党と、詩志君は、考え方が全然違うもんね」と美里。


「人を駒として見るのが上に立つ者が持つべき考えだが、詩志はそこが甘いんだよな」と悠一。


「みんな……」


「お、泣きそうなのか?」


「ば、馬鹿だな。何を言っている……と、言ってみたり」


 そんなことを言っても、顔を逸らしているから、バレバレだぞ。

 さあて、締めますか。

「あのさ、詩志……」


「……?」


「――周りに聞こえるから、もう少し声の音量小さくね」


「…………」


 あれ? 何か空気が死んでいないか? ぼく、普通のことを言っただけなのに……みんなの視線が痛いよ。


「…………………………台無しじゃっ!」


 噛み付かれた。猛獣が暴れ出したかのように、もう、手が付けられない。


「何でだよ! ぼくは当たり前のことを注意しただけだぞ!」


「うるさい! 最高級に感動の言葉を待ったいたのに、出た言葉がそれか!」


「じゃあ、何て言えば良かったんだよ! はい、夢!」


「『ぼく達、最高の仲間じゃないか!』はい、誠!」


「えっと……『ああ、友情って凄いんだな』はい、美里!」


「ふぇ! えええ……『馬鹿言っていないでこっち来いよ、詩志』はい、改多君!」


「……『仲間ってのはこういうものだぞ』はい、杏」


「んーとねー……『ぼく達は無二の親友であり、そして家族だ!』はい、悠一君ー」


「『なあ、詩志、お前もみんなのことが好きだろ? ぼくも好きだーっ!』はい、詩志!」


「みんな最高だーっ!」


 詩志の満面の笑み。

 みんなの溢れる笑顔。

 雲ひとつない青空の下、屋上に笑い声が木霊する。

 ぼく達はすっかり、午後の勝負のことなんか忘れていた。

 ただ、嬉しかった。

 ただ、楽しかった。

 そして、これが――

 

 

 ぼく達、8人だった。

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