5話—5 伝説から未来へ……受け継がれる意思

 エネルギー運用に規制を掛けつつも、日を跨ぐ前に新呉市に到着を見たウチら。

 海洋航行とは言え、超技術を内包する武蔵の速度のなせる技との思いを抱きつつ——薄闇の海上先、視界へ超望遠にて投影されたメガフロートを確認します。


 そこへ不安と焦燥を僅かに宿して——


「テセラはん、新呉市を視認しましたえ!外観の損傷は多くはありまへんけど……やはり所々に黒煙が上がっとります。」


「うん……それはこちらでも視認したよ。急ごう、若菜わかなちゃん——レゾンちゃん!」


「ああ!」


「分かりおした!」


 武蔵に先んじて詳細状況確認と、現在先行できるウチらで空を切る様に西の居城へ飛びます。

 周囲の深淵の尖兵残党がないかへの警戒も共に張りながら——徐々に近付く光景に息を呑みました。

 それは他でも無いウチも良く知るあのメガフロート各所から上がる黒煙と、最下層に当たるドック型格納施設——そこに穿たれた大穴が、大和強奪の真実を否応無しに突き付けて来たのです。


 すぐに施設管制制御室へ飛ぶウチらに遅れる事数分。

 こちらと同じく緊急救難要請を受けた機動兵装隊が駆け付け、次々着陸を試みます。

 その一機体から通信——ウチの戦乙女形態ヴァルキュリアモードの特殊性上、量子通信が聴覚とダイレクトに繋がり……響く音声へ驚愕を伴った様な声が届きます。


『こちら亜相!若菜わかなちゃん、まさかその姿——なるほど……時が来たと言う訳だな!こちらですでにメガフロートへ救急隊を派遣した!』


『詳細から言えば、人命に関わる事態は回避されている!が……手加減されたとは言え、宗家守備隊及び施設機関員数名の負傷者があると——』


「負傷者……!?」


「……若菜わかなちゃん、待って!?」


 ドクンと胸が跳ね上がり、負傷者と言う言葉に戦慄を覚えたウチはテセラはんの言葉を置き去りにして……わき目も振らず管制制御室へと向かいます。


 視界に捉えたそこへ、背に広げた異なる両翼で大気を孕む様に静止——同時に戦乙女形態ヴァルキュリアモード解除もそこそこに舞い降りた足で駆けます。

 すでに救急隊に運ばれる見知った姿に、ぞくりと背筋を凍らせつつ……ウチは急く様な声を上げていました。


「沙織はん、カナちゃんさん!大丈夫おすかっ!?」


「ああ……若菜わかなちゃん。私は……大丈夫っぽいわ。カナちゃんさんも気を失ってるだけ——安心なさいな。」


 その声に反応した現状意識がある方……沙織さん——この施設を預かる局長さんが、運ばれるタンカの上で弱々しく手を挙げ答えてくれます。


「良かった!ホンマに……良かった!」


 暁の伝説ライジング・サンに準える亜相 闘真あそう とうまさんに亜相 沙織あそう さおりさん。

 席を入れた正式な夫婦である二人は、共に違う機関へ所属しながらもこの国を守る守護神となり……これまで日本を襲う数多の危機を打ち払って来た方達——

 その片割れである方のこの様な姿は、少なくともウチの記憶には存在していません。


 漏れ出す安堵の雫が頬を伝うウチの背後に、一人突っ走ったウチを案ずる友人達も駆けつけます。


若菜わかなちゃん、焦りすぎ!でも……死者が出ていないのは何より——遅くなってすみません、沙織さん。」


「いいのいいの、テセラちゃん。……今回は私も焼きが回った感じよ——少し慢心が過ぎたわね。これじゃ若菜わかなちゃんの両親——」


「あの天然ジゴロのルーベンスと、健気けなげなお姫様ユニちゃんに申し訳が立たないわねぇ。」


「……沙織さん——と言ったか。痩せ我慢は良く無い——慢心は我らも同じだ。ここは素直に言葉を述べた方がいい。そのために——」


若菜わかなは自らの力のかせを解き放ってまで駆け付けたんだ。」


 勢揃いした私達を前にし……明らかな痩せ我慢を見せた沙織さんへ、まさかのレゾンはんからの労りが添えられ——

 色々な点への驚愕を宿した目を見開いた後、沙織さんは労りに沿う様に語り始めました。


「……ふぅ、あのレゾンちゃんがここまで大きな器で戻って来るなんて。魔界ではいい経験が出来た様ね。そして——」


「そっか……。若菜わかなちゃん……継いじゃったか——あの二人の後を。そう……なのね。」


 色んな思いを含んだ言葉が切々と語られ……それが支える者達の精一杯の慈しみだと、思考するには想像に難くはありません。

 だからこそ——

 ウチは伝説と言われた支えてくれた大人へと宣言します


 そう——ここからはウチらの時代。

 大人達がウチらのために力の限り残してくれたこの未来を守るは、その想いと力と……そして意思を継ぐウチらであると——


「沙織はん、後はウチらに任せてくれはります?そのためにテセラはんにレゾンはん……アーエルちゃんと桜花おうかちゃんに——焰ノ命ほのめちゃんまでが、今ここに揃っとります。」


「バックアップであるアセリアはんにカミラはんさえ、これからの未来のために立ち上がった今こそ——」


 新時代を戦う魔法少女を代表して、ウチは宣言します。

 これより先——自分へと降り掛かる業は、最早自分では想像だに出来ない壁となり立ちはだかるのは明白。

 だから今この時こそ、受け継がなければならないんです。

 先達が守り抜いたこの——


「あなた方日の都の暁ライジング・サンと三神守護宗家が……そして戦い続けた先達方が守り抜きはったこの世界の行く末を——ウチら魔法少女と言う未来に、託してはくれまへんやろかっ!」


 驚愕――次いで優しき双眸へ移り変わる沙織はん。

 そして語るは、今まで伝説と言うかせを背負い続けた一人の女性としての切なる思い——ウチの言葉がキッカケとなり、それは漏れ出したのです。


「……みんな、強くなったわね。そして若菜わかなちゃん——あなたをルーベンスとユニヒちゃんから預かったのは間違いじゃなかった……。」


「あの子達の未来が絶望へと進むのを……私達は止める事が出来なかった。だからせめて、あの子達の忘れ形見であるあなた——若菜わかなでありアイシャには安寧をと……そう思って守護宗家と共にあなたをその人生ごと引き取ったの。」


 お父様とお母様は、存在した頃には沙織はんが局長を務めたかつての機関に属し——度重なる事件が引き金となり、二人の絶望の未来を呼び寄せてしまったと……れい姉様から聞き及んでいました。


 その時の後悔が溢れ出た素敵な大人の女性が、タンカの上から優しくウチの頬を撫で——


「けれどあなたが……あなた達がそのいばらの道を再び歩むと言うなら——もう止められないわね。ならば——」


「行ってきなさい、新たな地球と太陽系の未来たる少女達!この世界から、襲い来る深淵オロチの恐怖を打ち払って来なさいっ!」


 優しさと……力強きエールをくれた沙織はんが、タンカで救急隊により運ばれるのを決意の双眸で見やるウチらは——


「テセラはん、このメガフロートの現状確認に移りまひょ!大和が強奪されてから、現在武蔵でも姿が確認でけへん言う事は——」


「……だね、若菜わかなちゃん。今大和は、何処かの海上で八咫天鏡やたてんきょうを絶賛展開中——なら直ぐには事を起こすとも思えない。」


 先の防衛大戦の折、大和への最初の乗艦経験があるテセラはんは……ウチの言葉へ的確なる反応を示します。


「ならば、ここでの情報収集の猶予が十分あると見て良いようだな。カミラっ、メガフロートの現状……どんな些細な物でも構わない——各種スキャニングデータを通して情報をくれ!こちらも目で見て収集に当たる!」


『了解ですわ、レゾン姉様。では壱京いっきょう殿……各種スキャニングを開始して頂けますか?』


『アイ・マム!これより、新呉市メガフロートのスキャニングに移ります!』


『よしなに。』


 続いて現状把握のため、速やかな行動に移るレゾンはん——応じるカミラはんが武蔵による情報収集を敢行。

 暁の伝説ライジング・サンから受け継がれた意思と思いをしかと背負い、事態対応へと乗り出します。

 テセラはんが聞き及んだ、八咫やた家の御津迦みつかの強行が真実か否か——今はその確証を得るだけの情報が不足しているからこそ、冷静に動かななければなりません。


 けれど——事を起こした者が誰であれ……そこへ八咫やた家が多分に絡む現状。

 何よりもその現状に心を痛めていた子がいました。


 メガフロートへ到着してこちら、言葉を挟むことなく黙し……ただ悲痛に埋もれたままの焔ノ命ほのめはん。

 案じたサクヤちゃんが隣へ寄り添うも、それすら瞳に映らぬほどにふさぎ込む様は……まるで桜が散り終えた後の大樹の様に憂いを帯びていたのでした。

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