2話—5 天楼の彼方より

 私は姫夜摩ひめやまテセラ。

 師導学園初等部……すでに春を跨いだので6年生となりますが——実は、何を隠そうこの私……宇宙に浮かぶ天楼の魔界セフィロトと呼ばれる場所にある、一世界の王女なのです。


 少しさかのぼって、まだ私が地球で生活を営んでいた時にそれは訪れます。

 地球と魔界……魔導連結超巨大ソシャールと呼ばれる、惑星へ付き添う衛星ほどの人工コロニーが地球へ衝突軌道に入ると言う常軌を逸した事件——

 その時私は故あって封印されていた力に目覚め、事態回避に尽力したのです。


 後に魔界へ帰郷する事になった私は、その事態を引き起こした元凶である導師ギュアネス——狂気の導師が生まれた世界と、運命的に結ばれた赤き吸血鬼の少女……私にとって掛け替えのない親友となったレゾンちゃんと、魔界への帰郷を見ます。


 そこで自分の無力にトラウマを持っていたレゾンちゃんは、地球でも通信越しでお世話になった魔界は王国の世界マリクトの魔王——地球からの輪廻転生を経て魔王となったノブナガさんの助力の元、抱いていたトラウマを克服し今に至るのです。


「フェアレさん……深淵オロチの胎動と言うお話し——詳細は分かりますか?」


 地球と魔界防衛の折、最後の戦いで力を貸してくれた【星霊姫ドールシステム】であるフェアレ・ディアレさん——すでに見知った彼女が口にしたのは、他でもない……あの戦いの最後に私達が見た絶望の一欠け。

命の深淵ヤマタノオロチ】に関する物でした。


 しかも——


『それが……実は詳細を掴もうにも、巧みに情報が妨害されており——私共観測者側も手を回しあぐねている所です。そのため、不穏の胎動を感じた点を伝えるので精一杯……やはり、観測者の本体であるアリス様を欠いた現状では致し方ありませんね。』


「そう……ですか。分かりました。わざわざご忠告、ありがとうございます。」


『いえいえ、私も想定通りとは言え安直に構えすぎていた所も無きにしも非ず。むしろ、あなた方魔法少女と言う希望がいれば——と、淡い幻想に浸りすぎていたかも知れないですね。』


 詳細は分からず——しかし、彼女の態度からすれば……その訪れたる事態が今までの比ではない事は想像に難くありませんでした。

 そして彼女との通信をモニター越し——私の背後で事の異常を察して集まる素敵な友人達に支える方も、歯噛みする様に視線を落とします。


「解せないな……。私が救われ……そしてギュアネスの件が収束した世界に——再び脅威が訪れるなど——」


「レゾン……気持ちを察します。ままなりませんね。」


「やはり宗家の方でも、事が後手に回りつつあるようですね。観測者側が手をうちあぐねるなら尚の事です。」


 灼熱の烈風を思わせる赤髪を棚引かせ、前髪片側を三本のピンで上げて留めるその奥——燃える赤眼を讃えるのは、私が共にありたいと願った吸血鬼の少女——赤煉の魔法少女レゾンちゃん。

 その彼女に同調する少女は、彼女の使い魔として寄り添い続け——今はレゾンちゃんとの古き友となったブラックファイアのベルさん。


「あちらの事は分かりませんが——命の深淵とやらが如何なる存在かは……この身で嫌というほど味わっておりますわ、お姉様方。」


 さらにレゾンちゃんをお姉様と呼んだのは、正式にレゾンちゃんの世界に受け入れられた——元美の世界ティフェレトの第三王女で、一時は重い罪を受けし罪人とされるも……今は罪赦免を勝ち取った私の義妹でもある少女のカミラ。


「では、急ぎ日本へ向かった方が得策じゃないかな?テセラ。」


 最後に……私へ事を急ぐ必要性を訴えるのは、私の使い魔であり——魔界に置いて伝説と言われる存在のいにしえの伝説に準える者——

 かつて天軍に意を唱え反旗を翻し……大戦の末、魔界の主惑星ニュクスに霊体を封印された元最高位天使——熾天使ルシフェルのローディ君です。


「それは……現実的ではないですね。地球は魔界で言うと違い、各国家間にが存在し——現状船籍も含め、異界からの来客である我らが迂闊に侵入すれば国際問題どころの話では無くなります。」


「現在のルートから強引に地上へ降下したのでは、確実に諸外国への領空侵犯となる故——無用のトラブルを回避するためにも……日本領空へのルートに降下しつつ、艦を進める必要があるかと――」


 この超戦艦を建造した技術屋集団を纏める方——日本は【真鷲組ましゅうぐみ】から王国の世界マリクトへ出向している統括部長 緋暮ひぐれさんが、最もな意見を提示してくれます。

 私も少しばかりではありますが、日本と言う国で暮らしていた事もあり――彼の言い分がよく理解出来ます。


 そう――魔界においての法と言う概念は未発達。

 対しこの世界では、数多の国家間で様々な法制度が整備され……それが人類安寧の支えとなり――人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード以降も一時は混乱を見るも、ようやく再整備が整い始めた頃なのです。

 当然そこへ、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーへの厳しい使用制限も含まれるのですが。


「分かりました。緋暮ひぐれさん、武蔵の速度を極力上げつつ……これより日本への航路を取ります。フェアレさんのご忠告を元に、あちらへ向かい——」


「万一に備え、戦闘も想定した構えで望みたいと思います。」

 

『久方ぶりの顔合わせが、この様な不吉を届ける役目で申し訳ありませんでしたわね、テセラ様。もっと積もる話もあったのですが——』


「ふふっ……お気遣い感謝します、フェアレさん。ではまたお会い出来る日を……それと管制官さん——よろしくお伝え下さい。では——」


 地球防衛がなった僅か後——桜花おうかちゃんから話に聞き……魔界へ向かう際にも、航宙旅客船が月管制へ向かった際少しだけお話しする機会もあった女性。

 深いブラウンの長髪を肩口で纏め、切れ長の双眸に凛々しさと厳しさを湛えつつ——それでいて、他者への慈愛は決して欠かさぬその方は……桜花おうかちゃんのお母様であるシエラ・シュテンリヒさんでした。


 れいさんやミネルバ姉様とはまた違う大人の雰囲気は、私が知る中では新しいタイプの大人な女性と捉えたのを覚えています。


 ですが今は……注された不穏に備え、私達は少々足を速めなくてはならない現実に立ち返り——


「超戦艦 武蔵は航行ルートを、日本への最短ルートへ変更。ではカミラ……——」


「はい、お姉様。壱京いっきょう様、超戦艦 武蔵……微速前進でお願いしますわ。」


「アイ、マム!」


「よしなに……。」


 総監の座を預かるカミラが緋暮ひぐれさんへ指示を飛ばし……それに呼応する真鷲組ましゅうぐみブリッジオペレートの方へと伝達——

 そして、全長が200mを超える魔導と古の技術で生まれた——いえ、大和型弐番艦となる超弩級戦艦【武蔵】が咆哮を上げます。


 目指すは日本——大切な友人達が、私達の帰りを待つ場所——


 けれど私は知りませんでした。

 この第二の故郷への帰還がもたらすたった一つの幸せと——同時に、大切なが足を踏み入れる事となる……絶望的な試練の訪れの序章であった事を——



∽∽∽∽∽∽



 月面軌道上——

 航宙艦航行管制施設は、静止衛星の形を取り……宇宙を行き交う太陽系各地から地球へ訪れるあらゆる船を管制下に置く。

 しかし現在……古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジー使用の大幅制限の影響により、もっぱら航宙旅客船が大半を占めていた。


 そんな中……今しがた、管制施設宙域を悠然と進む航宙戦艦を見送った管制官の女性——それを尻目に、遠く深淵の宇宙を見つめていた。


「大きくなりましたね、魔族のお嬢様。私達にとっても、彼女の存在は不可欠だったと言わざるをえません。あの子がいたお陰でルーベンスとユニヒの一人娘……そして——」


『俺たちの娘にとって、良い方へ運んだ——って所だな?シエラさん。』


「はぁ……と思ってるの?いい加減、さん付けは勘弁してくれるかしら?界吏かいり君。」


「いや……(汗)シエラさんだって〈君〉付けのままじゃないか……。」


 管制官の女性シエラへ、宙空モニター越しに声をかけるは長身の男性。

 細身であるが、磨き上げられた体躯は武術を志す者のそれ……刈り上げ、赤茶けた御髪を後方へ無造作になびかせる男性——その目元は小さな当主を彷彿させる。


 この男性こそ草薙裏門家が誇りし伝説。

 草薙どころか、三神守護宗家における最強を欲しいままにした男——東洋最強の剣豪と呼び声高き草薙の生きた剣——

 草薙 桜花の父である者——草薙 界吏かいりその人であった。


『ところで……シエラさん。あの噂——聞き及んでるよな?』


「——八咫やた裏門家……ね。ええ……聞いているわ。」


 最強の剣界吏が口にしたのは同じ守護宗家——つまりはのよからぬ噂。

 そしてそれが現実であれば、まさに三神守護宗家と言う機関全体の信用が吹き飛ぶ非常事態……最強の剣は長年連れ添った管制官の女性シエラへと、その身内の不穏の話を振った。


「事は常に、一見関わりの無いあらゆる事象を起因として……より大きな事象を引き起こす。それが良き悪しきに関わらず、摂理に従い長き時を経て具現化して行く。そう——」


——アリスが支配する、いにしえの遺跡へ足を踏み入れた時の様に……。」


 管制官の女性は双眸を閉じ……遠く——忌まわしき過去を思いふける。

 彼女は【邪神の試練】時代……その引き金となった事件の当事者——否……その災いを引き起こした張本人であり——


 アリスを遺跡の台座から引き摺り下ろし——その観測者の力を奪い取った組織に属していた、組織子飼いの特殊工作員であったのだ。


『過ぎた過去に囚われる前に、未来を見ようぜ?シエラさん。先ほどこちら月面上の【ヴァルハラ宮殿】へ臨時クロノ・サーフィング通信が入った。議長閣下が——』


『太陽系外縁宙域――木星から冥王星宙域を統括するクオン・サイガ議長閣下が、地球圏の有事の際——地球・宇宙間協定条約に基づいた、臨時的軍事防衛支援を承認してくれたぜ。』


「そう……全ての因果は集まりつつあるわね。悲劇の英雄の娘——アイシャの元へ……——」


『後はアイシャの決断次第で——如何が決まるな。』


 遠く、月面宙域で支える者達は憂いを振り払い——新たな未来招来に望みを賭ける。

 たった一人の少女の……廻る因果の向かう未来に——

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