2話—4 宵闇の月が嘆く時

 西日本、瀬戸内はカガワの都沿岸部——

 その周辺へ居を構えるとある企業の工場地帯……だが——


『——これは最終通告となります。世界的にも、既に大型船舶の過剰製造が海洋汚染へ直結するとされ……未だそれらの建造に携わる者を何故擁護するのかと――我が国へ多数の非難として寄せられております。我が日本としてもこれ以上……そちらを擁護する事は——』


「わ……分かっている!だがこちらも収益なくしては企業としても——っくそっ!」


 世界において、人造魔生命災害バイオ・デビル・ハザード前後……過剰に製造される大型海洋船舶に変わり——主流となる航宙高速艦船へ需要が移り変わる中、瀬戸で細々と海洋船舶を製造し続ける企業があった。

 しかしその時代以降……崩壊寸前の世界よりこちら著しい人口減少を見た世界では、いたずらに製造された大型海洋船舶が殆ど運行出来ぬまま放置され——内包された膨大な量の燃料等が海洋汚染助長に繋がるとし、世界的に大型海洋船舶製造を禁止する条約が結ばれた。


 それに先んじた多くの企業は、その大半を航宙高速艦船へと指針転換し……今現在、大型海洋船舶建造――それもは、世界でも数えるほどとなっていた。


「我々こそが海洋船舶製造の担い手なのだ!宇宙など知った事か!我らこそが、世界で最も優れた船舶企業なのだぞ!それを——」


 そんな中……太陽系全土を股にかけて活躍する大企業【真鷲組ましゅうぐみ】——宇宙に名だたる施設であるソシャールコロニーを始めとした超巨大設備や、さらに多くの宇宙艦船を手がけるそれは守護宗家お抱えの技術屋集団として名を馳せていた。


 世界の最たる技術——L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーを自在に操る彼らはかつて、瀬戸の沿岸で現在虫の息である造船グループに属する一下請け企業であった。

 が、先代となる棟梁が機を見計らい……旧世代産業から脱却した後宇宙へと上がるや、瞬く間に宇宙と地球の文化を支える巨大企業へとのし上がる事となる。


 対するその瀬戸で地を這いずる企業……もはや虫の息である会社をまとめし、悪態尽きぬ経営者の奮闘も虚しく――すでにそこは、歴史に埋もれた遺物と成り果てていたのだ。


「……はっ……またえらくハブられたな。だが、これではエネルギー供給も大してまかなえんだろう。ではさっさとここを叩き潰して——」


「まっ、待て!……待ってくれ!今ここを潰されたら、我ら一族のが——」


「ならさっさと、会社を稼働させるこったな!——ただでさえこちらは、現世へ実体化するのに負の霊力が不足してるんだ……。しっかりと、ここの力を供給しろ愚物が!」


 瀬戸に居を構える——が、企業を代表する者の思考は常軌を逸していた。


 否——その者の思考では無い。

 常軌を逸するのは、その様な場所にが紛れ込んでいる事態。

 今その造船企業は、あるまじき存在の手足として動いていた……動かざるを得なかったのだ。


「——奴ら……三神守護宗家!奴らが俺たちの本体を、こんなところに封じ込めさえしなければ——直ぐにでも地球のレイラインを吸収して、現世に権限出来るものを——」


「よりにもよって八十八の霊場が備わる場所になど……!そしてあのふざけた巨大さの、封印結界さえ無ければ——」


 企業の建物と思しき場所——その豪華絢爛な一室で足を投げ出していた、不穏をばら撒く存在は……手足となる代表者を睨め付け建物外へ——

 しかしおおよそ人では無い軽やかな動きで宙を舞うと、建物から少し離れた巨大なる門型クレーン上へと舞い上がった。


「おい……来ているのだろう?闇夜の月を統べる者。」


 遥かカガワの都の南方へ視線を固定したままで、独り言の様に吐き捨てた不穏の存在——だがそれに呼応した一つの影が、不穏の存在と相対する場所へと現れた。


「全く……どうかしているんじゃ無いか?お前は元来、俺らを封じ——討滅するのが役目のはずだぜ?……それがまさか俺らと——【命の深淵オロチ】を手助けするなど——」


 不穏の存在はあろうことか、【命の深淵オロチ】と吐き捨た。

 それに答える声も、静かであるが……暗き決意を宿した双眸を揺らし——


「利害の一致です……。どの道私は、この主の身体に長くは居られない。時間が無いのです。」


「私の目的はただ一つ。宗家が有するあの ……封絶鏡を超えた彼方――の国と同位相にありし黄泉比良坂よもつひらさかへ向かう事。しかし――」


 深淵を名乗る存在から距離を置く門型クレーン上――闇夜を思わせる紺色の御髪を風になびかせる、少年とも少女とも取れる姿が……カガワの都の西に位置する瀬戸の居城――

 イースト‐1【新呉市】の方向を睨付けながら手を伸ばし――


「私がそこへ赴くためにこの地の封印へ干渉すれば、おのずと深淵の残滓が溢れ出し……街を浸蝕し始める。そこであなたにそれを吸収させれば、直接及ぶ民への被害は軽減されるでしょう?」


 謎のしたり顔で聞き入る深淵を名乗る存在が、ひゅうと口笛を一吹きして少年の様な少女を一瞥する。


「おお、こりゃおっかねぇな。民への被害は避けたい――が、己の欲望も果たしたい……。だが、その結果世界が滅んじまうとは考えねぇのか?」


 しかし深淵の質問への解は無く――少年の様な少女は沈黙を貫く。

 その沈黙は想定通りであったのか……深淵を名乗る存在はヒラヒラ手を振り、興味をなくした嘆息を零し――


「……まぁ、俺には興味はねえ事だが——まったくてめぇの仲間共は、とんだ裏切り者を産んじまったらしいな。同情するぜ……。」


 同情と口走るその表情は、訪れたる惨状を楽しむ様な——愉悦にまみれた卑しい笑いを浮かべていた。

 そして再びひらりと舞うそれは、やはり人としては考えられぬ身体能力にて地上へと降り立ち——人類の未来へ暗雲を呼ぶ言葉の羅列を吐き捨てた。


「てめぇがそう言う考えならば……せいぜい利用させてもらうぜ?俺は所詮手足——封印を破り……本体である【オロチ八卦将はっけしょう】をの国から顕現させるには、未だ遠く及ばぬいと小さき負の螺旋——」


「その螺旋に反転された竜脈エネルギーが満ちるその時までは——せめてその身体を持たせろよ?裏切りの魔法少女……いや、少年か?」


 不敵な笑みを浮かべた深淵を名乗る者は、己を深淵の手足と称し——あまつさえ、その背後へ本体と呼称した八卦将恐るべき者の存在をチラつかせる。


 そして——

 身に纏う着衣から瘴気しょうきを撒き散らし……無造作に伸ばされたツヤの無い灰色の御髪の奥に舞う、死者の如き双眸で——深淵を名乗る者は、虫の息である企業の建物の中へと消えて行った——


「これは私の天津神としての贖罪。私は立ち止まれない……立ち止まれないのです!私が主のお身体にさえ降臨しなければ——」


 少年の様な少女は歯噛みし……双眸へ悲痛をまぶしながら切なる思いを吐露した。

 程なく、巨大な門型クレーン上から姿を消す少年の様な少女は——


 一人の少女が今享受しているささやかな日常へ……世界の終焉齎す、最初の砲火を撃ち放つのである。



∽∽∽∽∽∽



 不穏の陰りと運命の少女の日常が、因果の交錯を見せる中——太陽系は月近隣宙域へ巨大なる影がその体躯を進めていた。

 月面軌道経由にて地球圏へ向かう際は、月衛星軌道上にある管制施設より地球圏までの通行許可を取り付ける必要があり……巨大なる影はそれを得るため、同宙域へと訪れていたのだ。


『地球圏へようこそ——と言うよりはよくぞお帰りになられました……の方が妥当ですかね?』


 月面軌道上の管制衛星施設と思しき場所からの通信で響く声——涼やかでいて凛々しき声音こわねが、今しがた地球圏へ訪れたる客人を身内の様に出迎える。


「そう……ですね。も、あの蒼き星とは縁も所縁ゆかりも深い……こちらも「ただいま」と言う返答が相応しいでしょう、シュテンリヒ管制官殿。」


『ふぅ……あなたも大概仰々しいですね。——ですが……見違えましたよ緋暮ひぐれ統括部長。余程の経験をなされたのでしょうが、何か吹っ切れた様な——』


「ええ……それはもういろいろと——」


 管制官はシュテンリヒと呼ばれ……その名を呼んだ者も緋暮ひぐれと呼ばれた。

 それは詰まる所、今月面で任務に勤しむ守護宗家に席を置く女性——シエラ・シュテンリヒと——

 宗家お抱えの技術屋集団……【真鷲組ましゅうぐみ】統括部長にして、魔界出向組みである緋暮 壱京ひぐれ いっきょうの身内間のやり取りであった。


『まぁ世間話はこれぐらいにして——船籍を天楼の魔界セフィロト所有と確認……現在の貴艦総括者は、勝利の世界ネツァク魔王の妹君であるカミラ・オルフェスと——』


『……魔王——そしてオルフェスですか。本当にいろいろあった様ですね。——月軌道管制より魔導超戦艦 武蔵へ……貴艦の地球圏への通行を許可します。良い旅を——』


「ありがとうございます。では、シュテンリヒ管制官も——」


 シュテンリヒ管制官——地球と魔界防衛作戦も聞き及ぶ彼女は、モニターに映り悠然と宇宙を行く艦を見送りつつ回線を切断しようとした。

 と……その女性の背後より掛かる言葉で、急遽再交信へと移す。


『……失礼!緋暮ひぐれ部長、すみません——臨時の件が。そちらに美の世界ティフェレト第二王女ジュノー——いえ、姫夜摩ひめやまテセラ様はおいでですか?彼女とお話ししたいという方が——』


「——だそうです、テセラ様。」


「ふぇ?私?」


 管制官の突然の振りに、何らかの事態急転を察した統括部長緋暮は速やかに……背後で滞りない通行許可を確認するため同席していた美の世界ティフェレト第二王女へと場を譲った。

 金色の御髪に後頭部サイド……二房の縦ロールが舞う少女がいぶかしげにモニター前へと歩み出る。


「あの……お久しぶりになりますね。私に御用の方とはいったい——って!?フェアレさん!?フェアレさんじゃないですか、お久しぶりです!」


 管制官側モニターへ映し出された少女——否……少女それを形取る存在を知り得た金色の王女テセラが声を上げて再会を喜んだ。

 のだが——そこに宿る雰囲気を察した王女は深呼吸の後、凛々しき双眸へと移し——


「……重要な件での面会——と言う事ですね?」


『ええ……ご察しの通りです。テセラ様——地球にて、深淵オロチ本体の胎動が……始まった様です。』


「……っ!?」




——語られた言葉は……この世界に産み落とされた、破滅の胎動の序章であった。

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