2話—3 数字の名を冠する獣
それは一瞬。
あのドンくさいと名高いSPさんが見せた表情の直後。
ウチにとっても初めてかも知れない、
「
遅れてやって来た痺れる
「あ、あの……
「そうや!何も引っ
ウチを諌めようとしたのか……店内から友人三人が出て来て、確実にウチの深い事情を知り得る宗家組二人が庇う様に声を上げ——
けれどそれよりも早く、ウチを覆ったのはいつもドンくさいと思っていたSPさんのお下げが揺れる御髪……
「お嬢様……あなたの力は、
涙に滲むその声は、怒りと悲しみに震え——
そしてそれは、この身に宿る力の本質を知る世代の者だからこその言葉と理解するウチも……大きく反論する事も出来ず——
「ちょっと……ちょっとだけや。ウチも力の制御がでけへん様な使い方は——」
「ちょっとでもです!万一それが暴走の引き金になれば……お嬢様はご両親の様に——ルーベンスさんとユニヒさんの様に……もう二度と人の世界には……——」
次第に小さくなる声が、否応無しに悲痛を訴えて来て——
そこに映る悲劇の英雄……ウチのお父様とお母様の悲しい笑顔が——当時幼かった
「堪忍な……
気が付けば、彼女と同じ様に……双眸へ悲しき雫を湛えていたのでした。
「
「神様のサクヤちゃんが言うとアレだけど……そうだね……。」
「——やね……。」
いつの間にかお店の外に出て来たサクヤちゃんも、優しく桜咲く様な笑顔でウチを見やり……そばに寄り添って来た彼女が、ウチの裾をチョイチョイと引っ張って来ます。
「
「……うん、そやね。サクヤちゃんおおきに……はよおうどん食べてしまいまひょ。——
「はい……そうですね——私達はまだ注文もしておりませんし……。」
「ウチはもう……迂闊にこの力を振るったりはしまへんよって。
目尻の輝きを拭いながら、首肯を返してくれたSPさん——いつもドンくさいと弄っていたのが嘘の様な……素敵な大人の女性の笑顔を見せてくれました。
「さっさとオウドン……?ての、食べてしまうし!ほんと世話が焼けんな、あんたも!」
態とらしく悪態を付き皆を促すアーエルちゃんも、不器用ながらその場を明るくしようとしてくれ——ウチは本当に恵まれているのだとの実感を、この心に刻みながら店内へと戻ります。
——体内へ僅かに生まれた……災厄の因子の綻びもそのままに——
∽∽∽∽∽∽
§§§ とある聖なる書物より §§§
その者は額に666の数字を刻み、最後の審判の日に海上より出でて——
主に属する者と……魔に属する者を相手取り——
世界へと……終末を持たらさん。
§§§ §§§ §§§
「多分、アーエルちゃんは祖国の書物で似た内容を知りえとるやろうけど――それに近しい伝承が、この地球に存在しとってな?ウチのお母様は、悪い科学者さんによって……その獣の力となる元凶を、体内に埋め込まれた――って、
「いや……
「その様な出来事が……。
すでに頂いたおうどんの
いずれは話すべきと考えていたウチ――ハナから覚悟も受け入れる心構えも、備えた上でのカミングアウトです。
「おおきにな?アーエルちゃんにアセリアはん。せやけどウチは大丈夫――辛ろう無い言うたら嘘になるけど、お母様がその因果に立ち向かったんやったら……ウチかて負けてはおれまへんよってな。」
「
「うん……サクヤちゃんも——」
そのカミングアウトに、只ならぬ
そんなウチらの会話へ、何となしに入り込む影が——視界の隅へ人数分のオレンジジュースを配し始め……はて?と首を傾げて問いかけます。
「あの……ウチらジュースは頼んでへん思いますけど?これは?」
するとにこりと笑顔を送ってくれたのは、店主さんの奥さん——首を横に振って、その意図を示してくれました。
「お代はええよ?お嬢様。……これはちょっと大人気ないお客様へ、勇気ある行動で諭してくれて——その上、私達が作ったおうどんを大切にいただく様促してくれた——」
「それに対するほんのお礼や。ほんまにありがとな、お嬢様。」
「……え、ええんおすか?」
流石に悪いと思ったウチを制するにこやかな表情が、少しギスギスしていた店内へ——さらには常連客の方々にも浸透して行き——
「お嬢さん凄いな!かっこよかったで!」
「兄さん方も、こんなお嬢さんに注意してもらえて感謝せなあかんで?お嬢さんはホンマに心が優しい感じがするからな。」
「そうそう、これは兄さん方の事まで思ってくれた証拠や!兄さん方も……これを機にまたお店に来てや!」
最後には、騒動の発端になった輩族さんへまで暖かい言葉の火が飛び火して……既に平謝りするだけの輩族さんも「すんません……。」と繰り返しつつ、おうどんを味わって頂いてくれています。
その光景を離れた席に陣取ったドンくさいけど、実は素敵なお姉さんである
そちらからもウチへのお言葉が浴びせられます。
「しばらく対話させて頂き、気付いた事ですが……
「しゃっ!?シャルージェさん……やめてーな、ウチ恥ずかしいわ。天命やなんて大袈裟おすえ?」
「……いえ、アロンダイト卿はよくご覧になっていらっしゃる。
「胸を張っても良いかと思いますよ?お嬢様。」
畳み掛ける様に褒めちぎる支える方々の言葉で、むず痒さに顔がどんどん火照って行くのを感じたウチは……何だか言葉も出せ無いまま瞳を泳がせてしまいます。
そして——それを視認した友人達が……ここぞとばかりに弄り始め——
「あ~~
「ウチ、
「正に
「つか、
「……も、も~~!みんなしてメッチや!恥ずかしい言うてるやろ~~!」
赤面が過ぎた顔から噴出する湯気が……それこそ出来立てなおうどんの様に吹き出て、ウチはとうとう茹で上がってしまったのです。
そして……そんなウチを、今まで見た事の無い様な素敵な笑顔で見やる
少しだけ……本当の意味で、素敵なSPさんとの距離を縮める事となったのです。
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