4話—3 地球と魔界邂逅の地 W—3 新堺市

 メガフロートであるウエスト−3【新堺市】は大半が建造の只中にあり、地球と魔界同盟が向かう先は目下の所特設会議室を臨時に設置した建物である。

 先んじてそこへ訪れる者達が、すでに会議室隣の要人控え室で小さき親善大使を今かと待ち侘びていた。


「よもやあの偉大なる魔族に連なる者が、当国へ親善大使として赴くなど……この荒廃からの復興最中——感慨ですな。」


「ええ……魔族世界とのこれ程までの直接的な接触は、かの【堕ちし魔王事変】時分でさえ無かった事。これは人類の新たな一歩かと——」


 控え室にあつらえられた豪勢なソファーに鎮座する、初老の男性へ言葉を投げるは草薙家が誇る〈勝利を呼ぶ者ビクトリアス・コーラー〉——現草薙表門当主 草薙 炎羅えんらである。

 初老の男性よりは幾分年配であるはず——しかし彼はかの〈宇宙と重なりし者フォースレイアー〉……その覚醒からくる生物学的老化遅延により、三十~四十代の若々しさを宿している。


「その一歩までの石組みも……あの堕ちし魔王ベルゼビュードとの戦いを乗り切らなければ、決して訪れる事は無かっただろう。故に炎羅えんら君――そして狩見かりみ防衛長官率いる【日の都の暁ラジング・サン】には感謝しか浮かばないな。」


「本当に……ありがとう。」


 草薙を代表する男へうやうやしくこうべを垂れる初老の男性こそ……現日本に於ける荒廃からの復興の原動力であり――国家の要でもある聖眞 清宮ひじりま せいくう内閣総理大臣である。


 総理が下げたこうべへ慌ただしく返す女性……今しがた殊勝な総理清宮が口にした暁の伝説ライジング・サンが一人——狩見 音鳴かりみ ななる防衛長官が嫌な汗を吹き出しつつかしこまる。


「いえ、ですから総理……その件は過ぎた事です!あまり過去の話を蒸し返さないで下さい。そもそも私一人であの危機を乗り越える事など不可能で——」


 すでに五十代を数える防衛長官もまた、覚醒を迎えた人類——確実に三十代の若さから来る大人の魅力を振りまく彼女。

 しかし必要以上に過去の栄光を煙たがる背景には、憂いを持つ女性であったから。


「かく言う私もその事変前までは、学校への登校すら拒否していた引き籠りです……世界を救った英雄と言う賞賛さえ、烏滸おこがましいと思ってますし。」


 ショートボブカットで纏められた御髪に輝く下縁眼鏡……とても当時引き籠っていたとは思えぬ美貌が眩しい謙遜長官音鳴は、大げさすぎる程に己を卑下する。


 そんなやり取りを微笑ましく一瞥した勝利呼ぶ当主炎羅は、左腕に備えた腕時計を視認……示された時間はウエスト−3【新堺市】特設港へ、守護宗家から魔界へ譲渡された超戦艦着港時刻——すっと顔を上げた勝利呼ぶ当主はSPへ目配せした。

 SPの一礼を確認した当主は総理へ促す様に提示する。


「では総理……そろそろ魔界の幼き親善大使が到着を見る頃です。特設会議室の方へ……。」


「そうだな。では——希望を背負いし幼き勇姿を拝むとしようか。」


 勝利呼ぶ当主に促され、殊勝な総理はゆっくりと腰を上げ——来訪者を迎えんがため、要人控え室を後にした。

 続く勝利呼ぶ当主と謙遜長官も互いに視線を交わすと、きたる前人未到の未来に羨望を送る様に——


 魔界を代表する地球を救いし英雄の少女との会談会場――臨時特設会議室へと赴くのであった。



∽∽∽∽∽∽



 メガフロートウエスト−3【新堺市】の臨時港へ現れた巨大なる影。

 国家の守りの要を生み出す職人達も、その影到来に手を休め……羨望に満ちた眼差しを送っています。

 当然全てが昔の形ではない——けど……海洋に浮かぶ全容はほぼ軍艦。


 誰もが水面に沈んだ哀れな残骸の姿しか知らぬ時代に、それは地球を防衛せんがために国家守りの要メガフロートへ訪れていました。


「ようこそ、新堺市へ。すでに臨時会議室で総理がお待ちです……大使ジュノー王女姫殿——」


「あのっ!……確かに私は魔界よりの親善大使として訪れましたが——地球での名は、誇るべき方々から名付けられた姫夜摩ひめやま テセラです。ですので——」


「この地では、その名で扱って頂けるとありがたいのですが……。」


「ええ……かしこまりました。ではテセラ姫殿下、こちらへ。」


「……姫殿下それは付けるんですね(汗)」


 すでに武蔵から降りた親善大使であるテセラはん——そしてその魔界一行を迎えるのは、桜花おうかちゃんの叔父である炎羅えんらさんのSPにあたる方。

 その仰々しい呼び名に意を唱えたテセラはん……テセラの名に変更を見るも、殿は変わらぬ呼称に肩を落として嘆息します。


 すると何やらニヤニヤが止まらぬ魔界勢の皆さん——それを代表する様に、レゾンちゃんがしたり顔でテセラはんを弄り始めました。


「良かったな、殿。ちゃんとテセラで呼んで貰えて。」


「くぅ~~!これはお言葉だね、!きっと総理大臣からすればレゾンちゃんも閣下だからね!?」


「ははっ……これは手厳しいな。確かにそうだ——まんまと一本取られた。な?カミラ。」


「ふふっ……そうですわね。」


 それは傍目でも分かる様な仲睦まじさ。

 テセラはんとレゾンちゃん……そしてその妹となる事が叶ったと話されたカミラはん。

 そこには聞きしに及んだ以上の預かり知らぬ魔界での出来事こそが、この三人を強く結び付けた――その事実へとウチも辿りつきます。


「なんだ……あんましアタシの前で見せ付けんなよ、吸血鬼。テセラとはアタシだって仲良くしたいんだ……場合によっちゃあ、すぐにでもここでお前を——」


「……お姉様?では私との関係はどうなるのでしょうか?」


「ファッ!?いや……大丈夫だ!それはあれだ——つか、アセリアの事をアタシが放っとくわけ……な、こっち見んなこの吸血鬼っ!?」


 睦まじさを見せつけられたアーエルちゃん——ここぞとばかりにケンカを売ろうとしますが——

 こちらはウチも知り得る別方向の睦まじさ……でしたがなんとアセリアさんが、二人の仲裁に一役買うと言うファインプレーをこなします。


「なんやみんな……ほんまに仲がよろしい事やなぁ。それはええねんけど——目的地には足を付けたばかり。やのに、そんなとこで立ち止まってたら——」


「ほら後ろ——荒ぶる赤炎の明王が今にも〈アメノムラクモ〉を抜かんとしとるでぇ~~(汗)」


「ふえ?赤炎の明——ひっっ!?」


「……うん、そうだな(汗)すぐに進もう……これは流石に恐怖を感じる。」


「ははっ……しゃーねぇなぁ……。行こ行こ……(汗)」


 まさに定番の百合っ百合をほとばしらせた皆が、焔ノ命ほのめちゃんの声で揃って向いた背後——巻き上がる赤炎に包まれた桜花おうかちゃんが「早く行きなさい……!」と無言で凄んでたのには、さしものウチもビビりました。

 今までテセラちゃんにも負けない慈愛が売りだった桜花おうかちゃん——それがあの魔王に至ったレゾンちゃんに、狂気が服を着てる様なアーエルちゃんへすら恐怖を植え付けるなど——


 経験は人を成長(いろんな意味で……)させるのだなと、思い知りったものです。


「ああ……レゾンってば。久方ぶりの地球の方々の前での初々しさ——帰って来たと実感が湧きます~~☆」


『ウチのアルジサマーも、こんなヒョウジョウ見せるのデスネ~~僥倖デースネ~~☆』


「お二人とも……楽しんでらっしゃいますっしゅね。と言いますか、ガブリエル様はその量子体のままっしゅか?」


『オウ!?これは失礼シマシタネー。実はワターシ、現実世界への実体化……セイゲンアリマスネー。ナニブン、私天使デスカラネー。』


「ふむ、なるほど……理解しましたっしゅ。異教は何かと大変でございますっしゅね。」


『タイヘンっしゅね~~。』


「なんやガブリエルはん、サクヤはんが移ってしもとりますな(汗)」


 すでに意気投合した感のある従者になる方達も、主である友人達へ微笑ましさを抱きつつも見守る様に後へと続き——

 中々に大所帯となったウチら守護宗家組と親善大使一行は、巨大にそびえる建設途中のメガフロート上層階……臨時特設会議室へと足を向けます。


 背後へ寄港した日本の魂武蔵……真鷲ましゅうの統括部長 緋暮ひぐれはんにその留守を任せ——今後訪れるであろう危機のための備えに取り掛かるウチら。

 それを嘲笑うかの事態が、背後から牙を剥いて襲い来る瞬間を……その時はまだ、思い描くことすら出来なかったのです。


 日本の魂の一角魔導超戦艦 大和が——敵方の手に落ちると言う非常事態など……——

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