6話—2 宇宙で二人だけの……


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 ある時魔界の王を名乗る者は、地球と言う世界を知り——

 その世界の文化と言う概念を欲しました。

 それは魔界と言う世界に於ける同族が野良魔族に堕ちぬ様、必要と感じたから。


 しかし当時の地上は混乱と不穏渦巻く状況であり、長くたもとを分かってきた光と闇は……都合よく手を取り合える状態ではなかったのです。


 そこで魔王はすでに魔界に残した、己が血族の魂を残し——

 己の身一つで光満ちる世界……地球へと降り立ち、地球と魔界——光と闇を結ぶ架け橋にならんと考えたのです。


 ですが……魔王は地球に満ちる光の余りの強さにその身を焼かれ、かつて魔界で誇ったいにしえなぞらえる力の大半を消失してしまうのです。

 そんな中彼の存在を存続させる案を持ちかけた女性がいました。


 その技術……人造魔生命バイオデビル創造技術と言われた禁断の力にて、魔王はその地上での生命活動に支障無き体を手に入れる事に成功するのですが——

 本来相反する力であった光と闇を融合させた彼の肉体は、一時的に彼の記憶を弾き飛ばし——そして魔王としての力が、急激な対消滅反応を起こして暴走したのです。



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「——そして引き起こされた災害は、あなた方も知っているでしょう……最初の人造魔生命災害バイオデビルハザードです。」


 憂う当主は切々と語る。

 悲しくもそればかりでは無い記憶の扉をこじ開けて。

 しかしそこまでは、二人の少女にとって地球と日本の歴史と言う知識の範疇であり……学園での勉学——さらに言えば、宗家より伝えられたその裏まで及ぶ情報として蓄えられる。


 だが——語られた言葉は、違う面を暴き出す。

 それは——


「あの……その魔王って言うのが、若菜わかなちゃんと関係があるん——って……えっ?」


 憂う当主への浮かんだ質問の途中——何かを察した様な金色の王女テセラが、その至る結末を描き……思考を停止させた。


『魔界より降り立った魔王は当初、記憶を飛ばし……自分が誰なのかさえ分からなかった。——故に消滅した研究機関に変わり彼を保護した我ら……三神守護宗家より名前を与えたのです。そして——』


『その後苦難の戦い……災害後の世界へ大量に増殖した、人造魔族討伐と言う戦いの最中——記憶を取り戻した彼よりその時、我等も初めて忘れられた名を教わりました。』


 憂う当主は金色の王女と獣宿す令嬢若菜を見やると双眸を閉じ——令嬢の父である存在が口にした言葉を語る。

 己が語った昔語りの辻褄が重なる様に——


『彼が魔界にて名乗っていた名は——魔王……。魔界に於いてはと言っていました。』


「ちょっと……待て!?それは……その名は……——」


 語られた名に反応したのは、事を静かに聞き及んでいた赤き魔王レゾン

 当然だった……彼女はいにしえなぞらえる竜魔王 ブラドの力を継いだ者——今語られた名は、その竜魔王より聞き及んでしかるべきなのだ。


 視線でそこに続く名を今より語ると、赤き魔王へ目配せした憂う当主——魔王もすでに事を知り得た様な面持ちへ……祝福にも似た笑顔を乗せ二人の友人を見やった。


『テセラ……あなたはミネルバ卿と姉妹であるも、——父親が違う事は聞き及んでいますね?』


「はい……。」


『ではあなたの母親が誰かは——聞いていますか?』


 憂う当主の言葉に……詰まる様に言葉を切った王女——口元が信じられぬとの思いで歪みながらも……力強く宣言した。


「――はい……!私の母親の名は、いにしえなぞらえる魔王の一人——シャス・エルデモアさんだと……ミネルバ姉様から聞き及んでいます。」


『では……父親の名は?』


 溢れる雫がすでに王女をぐしゃぐしゃに濡らす。

 そのまま王女は、憂う当主へ返答を返すと共に……隣り合う獣宿す令嬢を見た。

 そして映ったのは——


 全てを悟ってしまった獣宿す少女の……溢れ出た雫で濡れる驚愕を宿した眼差しだった。


「父の名は……父の名はザイード——ザイード・……——」


 王女の言葉が終わるか否か——

 獣宿す少女は嗚咽と共に、王女の胸に飛び込んでいた。


 近いとは決していい難いであろう——だが確実に、——



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 告げられた言葉は、ウチの想定など遥か彼方。

 信じられぬとの思いも……語られた事実に偽りなど無き事を、魔界より帰還した大切な友達が——


 いえ——大切な……教えてくれます。


「テセラはん……テセラはんっ!ウチ……ウチは——」


「うん……大丈夫だよ?若菜わかなちゃん。ちゃんとお父様の思いは、私にも伝わってる。若菜わかなちゃんを——」


「ううん……『、アイシャを頼む。』って言う、地球と魔界を最初に繋ごうとしていたお父様——ザイードお父様であり……ルーベンスお父様の思いが。」


 語られた真実が今、ウチの心の隅々まで伝わっています。

 そしてウチが今まで大切な親友と思っていたテセラはんが――ううん……この現在、ウチのすぐ傍にいた魂の繋がった肉親が――

 暖かな慈愛溢れる手で撫でてくれます。


 偽りなき真実であると――ウチらは紛う事無き姉妹であると。


 それを静かに見やり、頷きあった運命の邂逅を遂げた姉妹のレゾンはんとカミラはん――二人が歩みより、更なる抱擁がウチを包みます。

 一度は姉妹の形が、永遠に分かたれる悲劇を経験をした彼女達だからこそ……今のウチの想いを何よりも理解しての行動と感じました。


 そして――


「生まれのタイミングからして私がお姉ちゃん……なのかな?それで若菜わかなちゃんは――」


 すっとウチを解いたテセラはんは、そんな言葉を口にし……そして抱擁する二人の吸血鬼さん達が、静かに頷いてウチを見やり――

 それを一瞥したウチは、眼前の素敵な金色の眩き光宿す魔族の王女さまを……初めてこう呼んだのです。


「……そうおすな。ウチにとってテセラはんはお姉ちゃんおす。そしてウチがその妹……言うことおすえ。」


 心へお父様とお母様の想いが止め処なく伝わり――ウチは奇跡の様な出会いに感謝しました。

 すでに両親と永遠に再会する事叶わないウチにとって……この宇宙でたった二人だけの姉妹との出会いに――

 少しの間だけ、浸っていたのでした。





 語られた奇跡から暫く時を置き……現状得られる情報整理をれい姉様へと振ったウチは——

 ウチの幸福からは、真逆の憂いにさいなまれる少女の元へ向かいます。


 直前の幸福すらも吹き飛ぶ様な、焔ノ命ほのめちゃんの置かれた状況には……皆一様に重きを表情へ宿す今——

 向かった武蔵医療室でただ言葉なく、今は気を飛ばす大切な友人を慮ります。


 そんな中……集まる一同を見渡す焔ノ命ほのめちゃんの従者サクヤちゃんは、切り揃えられた艶やかな黒の御髪を流す様にこうべを垂れたのです。


「皆様……この様な事態になり、なんと申してよいのやら——わらわの仕えし八咫やた家の不祥事にわざわざ心を割いて頂き、感謝の極みにございますっしゅ。」


 花の咲き誇る笑顔が特徴でもある天津神の女神様。

 けれど今はその面持ちにさえ陰りが射し——彼女がいかに八咫やた家を慕っていたのか……それが痛いほど伝わって来ます。


 と、サクヤちゃんの悲痛が溢れた空間へ……恐らく今までの経験でもまず無い友人からの配慮が満たす事となるのです。


「気にすんなし……。大切な人の心が違えたかも知れない——どころか、その命すら消えているかも……そんな絶望に直面したんだ——」


焔ノ命ほのめの気持ちは痛いほど分かる。だから、サクヤ——だっけか?今はアンタが主を支えてやるし……。」


 言葉を放つは断罪天使から聖霊騎士パラディンへと昇華したアーエルちゃん。

 いつもの日常ならば、レゾンちゃんに桜花おうかちゃん……ウチも含めた所からいじりが飛びそうな物ですが——

 含まれた意味を悟る皆はアーエルちゃんと——隣り合う場所に立つご令嬢を見やります。


 隣り合うアセリアはん——その手はアーエルちゃんと固く結ばれ……今口にしたのは、自分たちが経験した悲しき因果であると訴えかけていたと悟りました。

 レゾンはんに桜花おうかちゃんも……それを確認してなお場を読まぬいじりを口にする様な事はなく——互いで目配せしつつサクヤちゃんへと視線を移します。


 そんな素敵で誇らしき友人達の労りは、天津神であるサクヤちゃんの心へ余す事なく伝搬し……きっと彼女がこの物質界に顕現してからは初めてであろう姿――


 溢れ出る熱き雫で、桜色の頬を濡らす天津神の女神様がそこにいたのでした。

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